裸(ふんどし)、
雪、
水浴び、
夜
と言うのがセットだ。
なぜこの寒い時期にこんな心臓に良くない祭りが古くから続くのであろうか?という事をふと考えた。
◯暇
都から離れた農村で行われる祭りは大抵豊作を神様にお願する、ということで、農民の参加者が多いと推測。
春、夏、秋はどうしても農作業で忙しく、祭りの準備をする余裕がなく冬に集中するのではないか?
◯小正月・旧正月の行事
昔は火山や冷夏など異常気象や天変地異が荒れ場即収穫に影響する(今もだけど)
今年の収穫の豊作を祈る、と言うのは旧暦のお正月時期が適当なのだろう。
◯全裸
今はカメラも入ってるし、カメラ小僧ならぬ望遠レンズのカメラを抱えた見物人が問題になっているらしいけど、江戸時代とかは、多分全裸で行われたんではないか?
神様にお願いするのに、生まれたままの姿で、と言うのが基本のような気がする。
寒い冬に裸で神様にお願いする、という姿勢は100%本気だよね。神様も応えてくれそう。
◯門前仲町の富岡八幡宮の例外
とはいえみんながみんな厳冬下で行われるわけではない。
富岡八幡宮のお祭りは真夏。
真夏に水を掛け合うから、まだ涼しい。
これは江戸時代の江戸城の城下街なんで、農民というより氏子は商人とかが多かったのではないか?
ニッパチは客が遠のく月。
だから参加しやすいお祭りだったのでは?(知らんけど)
いずれにしても、情報流通が遅かった時代に、全国各地に厳冬下の裸祭の習慣がある、ってところに、昔の人の神様との向かいあいの真剣さが感じられて興味深い。
なんか自分が柳田國男や南方熊楠になった気分。
今宵はここまでにしとうございます。
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