高梨 みつば(たかなし みつば)
悪魔で候(あくまでそうろう)
第06巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
二人の関係に気付きはじめた母に、付き合っているという事実を告げた、猛と茅乃。しかし予想通り、時間が欲しいと距離を置かれてしまう…。納得してもらえるまで何度でも話をしようと慰めあう二人だが……!?
簡潔完結感想文
- 娘のために自己犠牲を厭わない母と、困難な恋をしているとヒロイン気取りの娘。
- 鶴の一声で一発解決。江戸川家の男性に情報が伝わると問題が問題じゃなくなる。
- トラウマ・家族問題・遠距離恋愛騒動の少女漫画3大クライマックス要素を並べる。
江戸川家の男性と情報共有したら問題は秒で解決する、の 文庫版6巻。
新・家族問題から旧・家族問題へと移行して、またしても恋愛要素が少ない。やっぱり本書は最初から最後までヒロイン・茅乃(かやの)たちを嵐の中に置くことで、サバイバル(に見える)生活を送らせたいようだ。それが本書の考えるドラマチックな物語 ということなのだろう。そして最後の外圧によって、最近 良いところの無い茅乃は輝けるか という正念場にも なっている。
今回 良かったのは、この新旧2つの家族の話に流れが あること。猛(たける)のトラウマの元であり、精神的な歪みの原因でもある実母の登場は単なる彼女の気まぐれではなく、彼女なりに機が熟すのを待って、自分の願望が成就する可能性を高めていた という点に説得力を感じた。出来るなら1つ目の家族問題解決の後、間髪を入れずに次の波乱を予感させるのではなく、1話で良いからインターバルを置いて、茅乃たちの新生家族の描写を入れて欲しかった。
どうも若手作家である当時の作者は間(ま)を恐れている節があり、次から次へと問題を匂わせて緊張感を持続させようとしている。サスペンスならいいけど少女漫画である。少しも落ち着いて2人の変化を見て取れない構成は緩急が付けられていないと言わざるを得ない。
呆気に取られたのは あれだけ茅乃が悩んだ交際のカミングアウトを猛の父親の一言だけで解決してしまったこと。前々から茅乃が必要以上に悩んでいる印象はあったが、それにしても鶴の一声で問題が消滅する様子は清々しいというより虚しさすら漂った。
おそらく作者は江戸川(えどがわ)家の男たちが好きなのだ。猛も父親もヒロインである茅乃に甘々で、彼ら親子には問題を解決できる才覚と度量が備わっている。
だから本書は どれだけ江戸川家の男性たちと問題を共有しない期間を設けるか が勝負で、彼らに話が伝わると その無敵の能力で問題を秒で解決してしまう。例えば猛の弟・譲(ゆずる)編では、茅乃が振り回される「ゆず」という存在を猛に秘匿し続けることで話が進んでいた。それは猛は譲の存在を当然知っているし、彼が問題に介入した途端、解決への道筋を すぐに示してしまうのだろう。それが今回は猛の父親だった、というだけ。作者の お気に入りである男たちは伝家の宝刀なのである。
一方で気になったのは江戸川家の女性。今回 謎に感じたのは猛の祖母だ。
文庫版『6巻』の描写によると祖母は、猛の実母に対して水商売あがり だと偏見をもって接して、決して良好な関係を築かず、息子の離婚の際も長男である猛の必要性を訴えた人とされている。
しかし その祖母が今回の再婚に関しては何も言わない。再婚相手である茅乃の母親は水商売ではないけれど、豊かとはいえない暮らしをしていた彼女が財産狙いである可能性はある。また再婚相手(と連れ子)の存在で猛の将来の相続額が減るという現実的な考えも出来るだろう。この家の存続と猛の将来を心配する祖母なら尚更だ。
それなのに両家の再婚に際して親同士の挨拶に顔を出したり妙に協力的なのが不思議だ。
そして一番の謎が義姉弟となった2人の交際を すんなりと認めていること。祖母にとっては一番の頭痛の種のような気がするが、後妻の妊娠に気を遣って手伝いに来たり、色々と対応がチグハグな気がする。
祖母には厳しい存在であり続けて欲しいという訳ではないが、祖母の性格が変わったエピソードが欲しいところ。実質的な「ラスボス」は実母だから、祖母が2人の前に立ち塞がることを避けたかったのだろうが、そうもヒロインの茅乃が目指す「理想の家族」のために祖母が善人化しているように見える。
上述のエピソード間の幕間として祖母に交際をオープンにするような話が読みたかったかも。それに1話を消費すれば交際をしても江戸川家が安泰であることが より明確になったのではないか。緊張感の持続と せわしなさ は表裏一体である。
親にバレたから猛と全てを話す気になった茅乃。電車を運休させていた雨脚が弱まったのは終電間際で、彼らは それに乗って帰宅する。
帰宅後、母は自宅から連絡した自分に折り返しの連絡がないことを叱責する。それに対して猛がホテルにいたから と誤解を与えるような答えをして、茅乃も沈黙をもって それを認めたため、母親は娘に平手打ちをする。激昂すると平手打ちするのが茅乃たち母子の特徴なのか。
母親は彼らが姉弟になるのだと言うが、それは親の都合であることを考えていない。自分のことしか考えられず視野が狭いのも この母子の特徴だろう。
娘が罰せられる覚悟をもってカミングアウトしたことを知り、母親は この日の追及を止める。後日、猛の父親を含めた全員での話し合いをすることにした。そうして去ろうとする母親に猛は、茅乃が母親のことを念頭に置きながら後ろめたい交際をしていたことを告げる。いつもは問題が起きると距離が生まれる茅乃と猛だが、今回は2人で乗り越えるべき問題なので手を携え合う。
翌朝、いつも通りに何事もなかったかのように過ごそうとする母に「はぐらかさないで」と茅乃は彼女の意見を聞く。ここまで人を騙してきて母が臆病者のような言い方は鼻につく。茅乃の方は これまで言うタイミングが いくらでも あっただろうが。
母は恋をする娘の人格を認め、そして彼女のために家を出ていく決断をしていた。それは自分よりも娘を優先する利他的な考え。茅乃は自分と母親の格の違いを思い知った。留美(るみ)といいヒロインとして敗戦続きである。
自分が幸福を諦めることで娘の交際を認め、猛に娘を託し、この件は終わろうとしていた。だが その直後、母親が倒れて病院に運ばれる。それが自分のせいだと茅乃は責める。やがて猛の父親も駆けつけ、3人は診断結果を聞く。医師は疲労と貧血、そして妊娠が原因だという。彼女は38歳ぐらいだから妊娠の可能性はあるだろう。それにしても再婚同士が入籍の前に妊娠が発覚というのは やや外聞が悪いのではないか。まぁ子供たちのために時間をかけたから この2人の場合は ちょっと事情が違うのだろうけど。
茅乃は自分が一人暮らしをすれば、家族の形態を残せるのではないかと考える。まして これから生まれてくる茅乃と猛の弟妹にとって家族が離散するんは良くない。それを猛は それは母親も自分も納得しないと止める。
2組の親子は それぞれに話をする。茅乃は病室で母親に、これまでの経緯と妊娠を告げる。母の驚いた顔からすると自覚がなかったということか。そして猛は自分たちの交際の事実を告げ、自分が家を出ると宣言する。それに対し父は激昂し、一緒にいることが家族でいる意味だと告げる。
そして病室に駆け込み、義理の姉弟の恋愛を許す。それが父親が誓った家族の幸せなのだ。こうして鶴の一声で全てが丸く収まる。ここまで茅乃がヒロインとして葛藤してきたことが一瞬で解決するのは呆気ない。父親が やや変わった人というのが前振りなのだろうが、徒労を感じずにはいられない。
その後、病室に母親を残し、3人は父親の運転する車に乗る。そこで茅乃は交際の報告をして、父親にとって茅乃は息子の恋人として相応しいと告げられる。そしてトラウマ持ちの猛を支えることを期待される。
これから少々の困難や不自由はあるが、家族の形態を残そうとする父親の意向を改めて伝えられ、2人も その現実を受け入れ、家族の再出発となる。
心配をかけた友人たちにも事情を説明し、一件落着なのだが、すぐに暗雲を予感させるモノローグが挿まれ、息をつく暇もない。(茅乃の主観では)ドラマチックな展開を用意し続けることが連載の命綱なのだろう。せめて新しい家族の日常回を1回挿んでから、次のエピソードにいって欲しかった。
戸籍上、姉弟になって夏休みを目前に控える。
茅乃は学校でも「江戸川」姓を名乗ってる。しているんだか していないんだか不明となったバスケ部のマネージャーも引退している。恋愛沙汰で仕事を放棄した描写しか印象にない。
そして高校3年生の夏ということで進路問題も迫ってきていて、茅乃は学費の問題から国公立大学を志望している。これは母に負担を強いないためで、親の再婚の前から立てていた目標なのだろう。
そんな時に猛にとっての母親の存在が もう一度クローズアップされ、その布石とばかりに茅乃は猛の弟・譲と再会する。彼が暗躍していたのが年末または年初だから作品の登場は半年ぶりぐらい。その間に譲は身長が伸びて、150センチ台だったのが茅乃よりずいぶん 大きくなっている。そして譲は近々 母親の仕事に同行してイタリアに行くという。
その話は実の母親から手紙で猛に知らされているはずなのだが、彼は その情報を茅乃に開示していない。そのこと自体に猛にとっての母親の存在や不在の大きさを感じる茅乃。だから近づく猛の誕生日プレゼントを買っても心は浮き立たない。
お節介な茅乃は猛から母親の話を引き出し、水商売あがりで義母(猛の祖母)と上手くいかなかったこと、家や子育ての重圧で心が壊れかけていたことを話す。そうして心の傷を晒させてから、自分が聖母の役割を担っているのが狡猾に見えてしまう。
だが茅乃との出会い、恋愛は彼の心持ちを変えた。最近はバイトを初めて自分で賃金を手にしているようだし、母親とも会える気がすると言う。こうして茅乃も含めて、実母、猛・譲の子供たちの4人で会うことになった。
その実母は別れた夫にアポイントを取り、元夫婦が再会する。母親は そこで猛を自分のもとに引き取ることを切り出していた。こうして別離の予感を読者に与えている。
会食の日は猛の誕生日。5歳の時に別れて、この日が17歳の誕生日となる猛との再会は穏やかに始まる。猛の母は離婚してから復職の勉強を始め、今の店に努めて10年でイタリアでの店を任されたらしい。何もかもが苦しかった あの頃とは違うから今の母親には猛と一緒に暮らす余裕がある。
実母にとって猛は、江戸川家によって引き裂かれた存在。江戸川家には跡取りが必要で、離婚後の実母には経済力がなかった。だから泣く泣く譲だけを選んだ、というのが母親の言い分。そして今度は強引に猛のイタリア行きを断行しようとしている。
そんな自分の積年の恨みを茅乃に吐き出そうとする母親を猛は制し、一緒に暮らさない道を選ぶ。この一件から会話は続かなくなるが、母親は猛が一人になったのを見計らって、もう一度 説得を試みる。だが捨てられたという思いの強い猛は自分の都合で子供を動かそうとする母の存在が我慢ならない。母の行動は江戸川家の復讐に見えてしまうのだ。
こうして母子の再会は決裂するのだが、ヒロインの茅乃は猛の中の母親の大きさも、子供に拒絶された母親の存在も見過ごせないのだろう。誰も見捨てられないのがヒロイン様である。