前回のブログでも書いたのですが

 

 

うちの子たちの学歴や通学状況や

 

職歴をもう少し詳しく書きますね。

 

 

長男の一太郎(旧ベム):

小学校は普通校卒。

6年生2学期からは担任筆頭の学級全体のいじめにより不登校。

中学校は病弱児の特別支援学校(旧養護学校)。

途中入院のため別の特別支援学校に転校。

退院と共に元の特別支援学校に戻り卒業。

 

長女の二姫(旧ベラ):

小学校は5年生まで普通校。

でも1年生の時から行ったり行かなかったり。

5年生の途中で病弱児の特別支援学校(旧養護学校)に転校し卒業。

中学校は病弱児の特別支援学校卒業。

特別支援学校はほぼ休まず登校。

 

次男の三太郎(旧ベロ):

小学校は2年生まで普通校。

でも1年生の時から行ったり行かなかったり。

2年生の途中で病弱児の特別支援学校(旧養護学校)に転校し卒業。

中学校は病弱児の特別支援学校卒業。

でも途中母親の病気の都合で不登校(というか登校不可)

 

3人とも高校は通学形式の通信制高校。

 

通学は

 

週1でもよし

週に数日でもよし

毎日行ってもよし

 

という感じで選択できるスタイルでした。

 

 

そこから

 

3人とも普通大学を受験し入学、卒業。

 

3人とも普通大学院を受験し入学、卒業。

 

 

一太郎と三太郎は

 

みんなと同じように就職活動をして

 

発達障害児を専門にする仕事についています。

 

職場の誰にも

 

養護学校卒の経歴や発達障害であることを知られずに仕事をしています。

(就活には大抵最後の2つの学歴を書けば良いので)

 

むしろ優しくて

 

子供の心がわかり

 

的確なアドバイスのできる素晴らしい人と

 

信頼してもらっています。

 

 

娘の二姫は

 

病気の関係でフリーランスで仕事をしていましたが

 

現在は病気療養中です。

 

 

上の彼らの学歴を見ていただけるとわかるように

 

初めは普通の学校に入ったのだけれど

 

結果的にそれは難しくて良い結果を生まず

 

個人に合わせた指導をしてくださり

 

温室のような手厚い指導をしてくれる学校に転校し

 

通学時間を調整できる高校を通して徐々に社会に順応し

 

大学、大学院は普通に通うことができました。

 

 

大学の教授たちも

 

誰一人として

 

この子達に発達障害があると気が付きませんでした。

 

 

 

養護学校(今の特別支援学校)に入れるというのは

 

軽度の発達障害の親としては

 

なかなか勇気のいるものだと思います。

 

 

目に見えない障害を受け入れるのも難しいことですし

 

ましてや近所のみんなとは同じ学校に行かなくて

 

うちの場合は町内の子供会などへの参加もやめたので

 

正直、かなり世間体は良くなかったし

 

子供全員が養護学校というのは

 

かなり差別的な目で見られました。

 

 

でも

 

私はその学校の方が子供たちにあっていると思ったんです。

 

「自分の世間体より子供の心を大切にしなければ」

 

この気持ちで

 

どんな視線にも耐えました。

 

 

「子供達が笑顔でいてほしい」

 

「子供が自分自身を嫌いにならないでほしい」

 

「自分に自信を持つ子供でいてほしい」

 

それだけを願って

 

養護学校を選択しました。

 

 

でも結果的に

 

すごく良い選択になったと思っています。

 

 

 

今の彼らの人生を

 

私が計画して学校を選んで作りあげたとしたら

 

それはすごいことだと思いますが

 

そんなことは全くなくアセアセ

 

 

当時は

 

将来のことまでなんか全く考える余裕はありませんでした。

 

 

結果的に

 

たまたま選んだ学校が彼らにあっていて

 

何年もかけて

 

社会というものにある程度適応できるようになったんです。

 

 

 

 

彼らが行った特別支援学校は

 

病院に隣接している小さな学校でした。

 

 

人数も非常に少なく

 

1つ1つの教室も小さくて

 

 

3人が通った中で最大に人数が多くて1クラス6人。

 

 

三太郎の小学生時代は

 

三太郎たった1人のクラスでした。

 

 

でも一般の学校と同じように

 

朝礼があって、掃除があって、行事があって

 

実験をやって、料理を作って、修学旅行もあって、

 

人数が少ないからと

 

なあなあになることは一切ありませんでした。

 

 

三太郎の小学校の修学旅行なんて

 

先生と三太郎と校長先生とで

 

知らない人が見たら

 

ただの家族旅行泣き笑い

 

先生と一緒にホテルにお泊まりでした。

 

 

家庭科で出来上がった料理を食べる時は

 

手のあいている先生が来てくれて

 

生徒1人に先生3人とかで食べてました泣き笑い

 

本人が作ってみたいというメニューを作るので

 

ラーメンとか餃子とか

 

ケーキとか団子とかを調理実習で作るという状態泣き笑い

 

しかも先生も初めて作るという泣き笑い

 

 

本当にそれぞれの個性に寄り添ってくれる学校でした。

 

 

おかげさまで三太郎は料理好きになり

 

大好きな奥さんに日々お料理を作っています。

 

 

 

皆さんは

 

「窓ぎわのトットちゃん」を読まれたことはありますか?

 

私の子供たちが通った特別支援学校は

 

黒柳徹子さん(トットちゃん)が通われている

 

小林先生が作られたあの学校のように

 

様々な生徒が通っている学校でした。

 

 

〜つづきはこちら下差し