新型コロナウイルスの流行「第6波」がピークを過ぎた2月土曜の昼下がり。北陸地方の港町にある公立中学校の職員室では、教諭の吉村久子さん(50代、仮名)がパソコンに向かっていた。画面には「卒業式要項 Ver.10」の表題を付けた文書ファイルが映し出されていた。
1月中旬に着手してから改訂を重ねてきた卒業式のプログラムだ。体育館に全保護者を招けるのか、在校生は出席させるべきか、出席者の感染が判明した場合の対応は……。3月の式当日までの感染動向は読めない。さまざまなケースを想定して複数の案を用意せざるを得なかった。
「隣の学校は両親とも出席できるのに、うちの学校は入れない」--。保護者からそんな不満が上がらないよう近隣中学とも相談を重ね、対応の足並みをそろえる必要があった。
自席に着けるのは午後6時以降
残業が100時間を超える月はざらだ。平日は、担当教科の授業がない時間帯もテストの採点や書類作りに追われ、昼休みは行事で披露する合唱の指導で潰れることもある。定時の午後4時半を過ぎても部活動の指導があり、職員室の自席に着けるのは生徒が下校した6時以降だ。
介護が必要な母が家にいるため午後8時には退勤したい。自宅でもたまった家事で自由時間はほとんどなく、部活指導を終えた休日午後に職員室に張り付くしかないという。
前年の卒業式は感染拡大を防ぐため在校生は代表1人しか参加させてあげられなかった。「いつもの卒業式に近づけてあげたい」。子どもを思うと手を抜くわけにはいかない。
学校に言えばなんとかなる
文部科学省が2016年度に実施した教員勤務実態調査では、公立で小学校教員の約3割、中学校教員の約6割が「過労死ライン」の月80時間以上に相当する残業をしていた。
1週間の勤務時間が10年前よりも小学校で約4時間、中学校で約5時間増えていた。20年度に新学習指導要領が全面実施され、外国語活動が加わった小学3、4年生を中心に授業のコマ数がさらに増加している。中学では休日の部活の指導の負担が大きい。教員不足も常態化している。
各地の学校は「働き方改革」を模索するが、「減らした分だけ仕事が増える。改革の実感はありません」と吉村さんは言う。絵画やポスターのコンクールに応募する作品の発送など一部の事務作業は、教育委員会が配置した「スクール・サポート・スタッフ」と呼ばれる事務員が代わってくれるようになった。職員会議の時間短縮や学校行事の簡略化も進められた。
一方で、新たな仕事も次々生まれる。子どもに1人1台のデジタル端末を配備する国の「GIGAスクール構想」や、選挙権年齢の18歳以上への引き下げに伴う主権者教育など、新たな「〇〇教育」の導入に伴って授業研究や研修への参加が必要になる。市町村の文化事業の一環で、講演会の開催や伝統芸能の鑑賞といった「持ち込み行事」を求められることもあるが、計画づくりは教員が担う。
吉村さんは「学校に言えばなんとかしてくれると思っているから、気軽に頼んでくるんでしょう。でも割ける人手も時間もなく、無理して詰め込んでいるんです」と漏らした。
校長「この記録は提出できない」
「勤務記録は恐らく書き換えられたと思います」。東北地方の公立小に勤める教諭の藤井貴博さん(30代、仮名)は…
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