東京五輪「反対」、新谷仁美の苦悩の舞台裏 横田真人が語る/4
陸上クラブ「TWOLAPS TC」代表でプロコーチの横田真人さん(36)による連載は4回目。今回は、指導を続ける女子1万メートル日本記録保持者の新谷仁美選手(36)について語った。
新谷選手は新型コロナウイルス下だった2021年当時、東京オリンピックの開催に疑問を呈した。発言は注目を集め、賛同する声もあった一方、SNS(ネット交流サービス)上で批判を受けて思い悩んだという。そして、新谷選手はパリ五輪を目指さない道を選んだ。当時の苦悩とその後の判断の背景に何があったのか。【構成・岩壁峻】
「五輪に出られない」疲弊した新谷を救ったのは……
「命優先で考えてほしいということで、(開催に)反対しています」
東京五輪直前の2021年5月、国立競技場で行われたテスト大会後に新谷が発した言葉は、大きな反響を生みました。
当時は新型コロナウイルスの感染者がまだ多かったです。新谷がきちんと自分の意見を言ったことはすごく大事なことだと思います。ただし、開催可否に関して意見を言うアスリートは少なく、希有(けう)な存在でした。多くのメディアに報道され、「ここまで取り上げられるのか」と正直びっくりしました。
新谷は一人の人として開催に反対と話し、「五輪は本当に必要とされているのか」と疑問を持ちながら練習していました。その一方、一人のアスリートとしては、五輪がなくてはならないものだったことも事実です。新谷は18年に現役復帰した際、目標の一つにしていましたし、東京五輪出場を約束して20年に積水化学へ加入した経緯もありました。
矛盾した気持ちを抱え、迷っていたんです。新谷は性格的にうまく立ち回るということができず、複雑な思いを消化しきれなかったのだと思います。
自身の発言に対するSNS上での否定的な意見一つ一つに新谷は傷つき、僕も苦しみました。
疑問に思ったことに声を上げるのは僕も同じですし、そこが自分たちの強みだとも考えていたんです。しかし、あの時は投じたボールが思った以上に強く跳ね返ってきた感じでした。
東京五輪の開幕を目前にした21年7月、新谷と僕、積水化学の野口英盛監督らスタッフとオンラインで話し合う場を設けた時のことは今でも印象に残っています。
「正直(五輪に)出られないかもしれない」。…
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