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マンガ酒場【2杯目】暴れん坊の松太郎もビビる田中の酒グセ!◎ちばてつや『のたり松太郎』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。2杯目は、相撲マンガの名作『のたり松太郎』(1973年~98年)から名脇役の飲みっぷりをお届けしよう。

 

『のたり松太郎』

 

あしたのジョー』『おれは鉄兵』などで知られる巨匠・ちばてつやが、初の青年誌連載として描いたのが『のたり松太郎』であった。作者自身が「愛すべき乱暴者の日常を三回か四回ほどの短期連載で描こうと思っていたのが、いつの間にか相撲の話になり長期連載になってしまった」(『ちばてつやが語る「ちばてつや」』集英社新書/2014年)と語るとおり、1973年にスタートした連載は中断を挟みながら25年も続くことになる。

 主人公・坂口松太郎は、九州の炭鉱町育ちの暴れん坊。中学を3年も留年するほど勉強嫌いで生活態度も悪く、先生たちも手を焼いている。そのうえ人並外れた体格と怪力で、頭に血がのぼると何をするかわからない。そんな彼がひょんなことから巡業に来ていた親方衆の目に留まり角界入りするのだが、人を人とも思わぬ性格ゆえにトラブルの連続。本気でやれば横綱間違いなしと言われる圧倒的なパワーがありながら、稽古嫌いとむらっ気のため番付も上がったり下がったりで周囲をやきもきさせ続ける。

 それに引き替え、真面目な努力型なのが田中清だ。ソップ型の松太郎とは対照的なアンコ型。秋田出身で訛りが強い純朴な青年である。松太郎と同じ雷神部屋に中卒で入門した同期生。ほかにも同期は何人かいるが、気弱でお人好しの性格もあって、松太郎のお目付け役というか世話係を押しつけられてしまう。「なんでオラが……」と思いながらも何くれとなく面倒を見る田中。松太郎のほうも田中の人の好さにほだされて、相棒的な関係になっていく。

 ところがこの田中、ひとたび酒を飲むと豹変する。ある夜、兄弟子たちに内緒で酒盛りを始めた松太郎と若い衆。田中は一人で見張り役を務めていたが、おまえも飲めとむりやり飲ませたのが間違いのもとだった。いつのまにか目が据わり、別人のようにふてぶてしくなった田中に松太郎もタジタジ。やがて酒もなくなりお開きにしようとしたところ、トイレに立った田中が何本もの酒瓶を抱えて戻ってくる。「バレたらどうするんだ バカッ」と言われて、「いまバカといったのだれ?」と一升瓶で殴りかかろうとする田中【図2-1】。

 

【図2-1】山ほど酒瓶を抱えてくる田中。ちばてつや『のたり松太郎』(小学館)2巻p150-151より

 

 危険な雰囲気を感じて、やむなく1本だけ飲んで寝ようということになるが、それだけの酒瓶を抱えて兄弟子たちの部屋の前を通ってバレないわけがない。案の定、兄弟子たちがヤキ入れに来る。しかし、松太郎は相変わらずのデカい態度で挑発。先に手を出したのは兄弟子のほうだが、松太郎は当然やり返す。酒が入って強気になっている田中も即応戦。そこからはもう上を下への大乱闘になるのだった。

 その後も田中は、飲んで暴れることたびたび。千秋楽の宴席で暴れて取り押さえられ、縛られたうえに布団の山の下敷きにされたこともあった(本人記憶なし)。極めつきは巡業先の大阪で松太郎に連れられてキャバレーに行った夜のこと。最初は尻込みしていた田中だが、飲んでるうちにゴキゲンになり、歌うわ踊るわ、はっちゃけまくる【図2-2】。

 

【図2-2】キャバレーで酔ってノリノリの田中。ちばてつや『のたり松太郎』(小学館)6巻p194より

 

 さらに、はしご酒して宿舎の寺に深夜帰宅。しかし、玄関もどこも鍵がかかっていて入れない。そこで田中は「部屋のやつらめ…………おらだち二人がもどってねえのを知らねえわけじゃあるめえしよ ふざけやがって」とブツブツ言いながら鐘楼に上ると「フンッ どいつもこいつも起こしてやるだっ」と鐘を連打。近隣住民を巻き込む大騒動を起こしてしまうのだ。

 ことほどさように、田中の酒グセの悪さは超ド級。普段が気弱で大人しいだけに、酒を飲んだときの無敵ぶりが際立つ。それがいいほうに出たのが、序ノ口優勝をかけた大一番だった。緊張でガチガチの田中に松太郎がウイスキーを飲ませる。戸惑いながらも「あのお………なんかしょっぺえもんがあると………」と言う田中は本物の酒飲みだ。ほどよく酔いが回った田中は自信満々で土俵に上がり、声援にVサインで応える。三つ巴の優勝決定戦を見事に制し、優勝インタビューで将来の目標を聞かれて「そんなもんあんた横綱にきまってるだが……」と大言壮語するのだから、酒の力は偉大である。

 酔った田中には、さしもの松太郎も逆らえない。「厄払いしてやるだ」と頭から酒をかけられ、即席の御幣でバサバサお祓いしつつ「弱いの弱いのとんでいけーえ」とやられても大人しく座っている。別の場面でも「コラッ聞いとるのかオラの話をっ」と酒瓶で頭を殴られて「なっ……なにしやがんだ てめ……」と一瞬いきり立つも「んだよ……やるだか?」と据わった目ですごまれると「……いえ はい聞いておりますです」と低姿勢に【図2-3】。スイッチが入ったときの恐ろしさが身に染みて、「これはヤバい」と察知すると手遅れにならないうちにさっさとお開きにするようになった。

 

【図2-3】できあがった田中には松太郎も逆らえない。ちばてつや『のたり松太郎』(小学館)30巻p158-159より

 

「酒さえ飲まなきゃいい人なのに……」の典型であり、現実で周りにいたらたまったもんじゃない。が、この酒グセあればこそ、押しの強い松太郎と伍して相棒キャラのポジションに就くことができた。そういう意味では「酒さえ飲まなきゃいい人」だが、「酒を飲まなきゃ面白味のない人」でもある。しかし、長年の連載で愛嬌ある人柄が浸透してくると、田中のファンも増加。同作の最後の4巻(33~36巻)は「駒田中奮闘編」との副題が付いている(駒田中は田中のしこ名)。この奮闘編では、公私ともども大活躍。本来地味な脇役が、酒の力を借りて主役に上り詰めたのだ。

 

 

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