教育のやや専門的な立場から、率直に書かせていただきます。どなたにも分かりやすく書きますので、読みっぱなしになさらないで、読後の感想を書いてくださるとうれしく思います。
わが国の学校制度ができて、まだ120年です。国民の学校教育への理解がまだ未熟であるのです。「休ませてはならない」という保護者の意識は学校教育のあり方に確実な閉塞感をもたらせます。健全ではありません。
世界的な視野から日本の学校を眺めますと、実に画一的で全体主義ともいえるシステムが支配してます。
その1
住所によって子どもが通う学校が指定されています。保護者は公立学校を選べません。このように国によって管理された教育システムをもつのは北朝鮮と中国、キューバ、ベトナムなどの社会主義の国だけなのです。
その2
わが国の場合、子どもが6才になったら小学校に入学します。こんなことまで、国によって指定されているのも稀有な例です。わが子の成長に見合った時期に入学させればよいとするのが世界的な学校システムです。5才でもいいし、8才で入学もよし。
その3
画一的で、均一な学習を行うことが義務教育であるとする国の方針は、子どもの個性を奪っています。このことは、わが国の公立学校に個性的な教育は認められないことにも示されています。
その4
子どもの教育は、学校教育と家庭教育の両面からバランスよく行うことが、今の時代には求められています。ご両親によって各家庭の子育ての方針が求められているということです。このことは、学校選択や職業選択の自由度がますます高まっている現代の特徴を示しているともいえそうです。学校によって各家庭のあり方が制約されてよいものではありません。
その5
このように硬直した学習教育を行っている日本という国の特殊性は、一般市民には知らされていません。その弊害はさまざまに議論されてよいのですが、私たち国民の知るところではないのです。教員だって何も知らないのですから。たとえば、総務省の調査によると、小学校4年生から中学3年生までの間にいじめられた子どもは87%。こんな国は日本以外にありません。このことはわが国学校の画一的で全体主義的なシステムとも関係があるとボクは考えています。
同じ総務省の調査で、高等学校でのいじめは37%に減っていることからも、閉鎖的な人間関係や地域住民による画一的な学校理解は、歪んだ教育の結果を生み出してしまうと考えられるのです。
結論
声を大きくして学校を休みましょうなんて言う必要はありません。しかし、学校だけがすべてのような教育の考え方はあきらかにまちがっているとボクは申し上げます。
学校教育が家庭教育を支配していたかつてのなごりとして「学校を休ませてはならない」とい考え方があるのです。
今の時代、子どもの義務教育の責任の大部分は学校ではなく両親が負うのです。この両親の責任のもと、子どもに充実した経験を与えるために学校を休ませることは正しい選択であると考えるのです。
個性豊かな子どもの育成は、両親の自立した生き方にこそ求められるというのは言い過ぎでしょうか?
今回も、最後までお読みいただきましてありがとうございました。読み飛ばしではなく、ひとことでもご感想をどうぞー(^○^)
□追記 2015年5月21日
たくさんの方からコメントをいただきました。ありがとうございました。読ませてもらって、ボクの感想を少し書かせてください。
学校は、社会からの要請によって、子どもたちを優劣に区分・選別する役割りを担っています。これは学校本来の役割りではありませんから、教育の憲法といわれる教育基本法に子どもの優劣に関する記述はありません。
子どもの優劣を見極めることが学校本来の役割りでないということは、テストを行うことも学校教育の本質ではないということです。文部省はこれを「児童生徒の一部能力をテストをもって計り、これを便宜的に学力とする」としています。
テストという便宜上の物差しによって、私たちは便宜的に優劣に区別・選別されてきたのです。実は、ここが重要なところなのですが、テストによる優劣が区別にとどまっていればまだしも、テストの数値をもとにして人間そのものを優劣に選別するシステムが日本の教育には用意されていたのです。これを評定制度といいます。←このことの真意を学校教員は知らされていません。
テストの数値によって、私たちの人間そのものまでを優劣に決定付ける社会機構として、わが国の学校は存在してきました。このことが、私たちの深い部分での人間不信、自己懐疑、自己嫌悪、自殺願望など多くの問題を生み出していると、ボクは考えています。
そんななか、みなさんからの投稿でひときわボクの目を引いたのは、うめぼしさんからのこの文章でした。「私は自己肯定感の強い人しか成功者を見たことがありません」
教育哲学によると、教育の本質は、自己と自己を取り巻く環境との関係性にあるといいます。
分かりやすく申しますと、今ここに生きている自分をそれを見つめている自分がどのように受け止めるか?つまり、二つからなる自分を無理なくやさしくつなぎ合わせること、これが教育の原点です。
この教育の原点に少しでも立ち返るべく、私たちは意識を向けなければならないと思うのです。
またまた長い文章をお読みいただいて感謝です。ありがとうございます。ひとことでも、ご感想やご意見をいただけるとうれしく思います。ぜひ、参考にさせてください。
■家族旅行で「学校を休ませる」に是非 ネットで話題再燃「学畜かよ」の声も
(キャリコネ - 05月19日 20:20)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=3424273
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