相原コージによる忍者マンガ「ムジナ」の完全版全5巻が、2024年10月から2025年6月にかけて、復刊ドットコムより順次刊行されている。メディア化の展開や、マンガ賞の受賞こそないものの、かねてよりマンガ読みの間では「名作」との呼び声の高い本作。マンガ家や著名人の中にも「ムジナ」ファンを公言し、影響を受けていると語る人は少なくない。「ジャングルはいつもハレのちグゥ」「ライアー×ライアー」などで知られるマンガ家の金田一蓮十郎もその1人だ。
これまでも自身のSNSやテレビ番組「週刊まんが未知+」など、数々の場所で「ムジナ」の魅力をアピールしてきた金田一。そんな金田一に、「ムジナ 《完全版》」の発売にあたってインタビューの依頼をすると、すぐさま快諾の返事が。また「最大限に『ムジナ』を宣伝したい!」とのことで、金田一から「ファンアートを描かせてほしい」という逆オファーまで飛び出した。そんな金田一に、インタビューでは「ムジナ」や相原コージ作品への愛をたっぷりと語ってもらった。
また完全版の刊行にあたって、相原からもメッセージが到着。記事の最後には「ムジナ」の第1話および第2話の試し読みも掲載しているので、かつての読者はもちろん、この記事をきっかけに「ムジナ」が気になった人も、「ムジナ」の世界の入口に触れていってほしい。
取材・文 / 小林聖
相原コージ「ムジナ」紹介
1993年から1997年にかけて、ヤングサンデー(小学館)で発表された「ムジナ」。コソコソと逃げ帰ることだけは得意なため、周囲から「ゴキブリ」と呼ばれる落ちこぼれ忍者の父を持つムジナは、自身も修行中の身でありながら劣等生としてバカにされていた。そんなある日、首領に呼び出された父は、黒姫城城主の暗殺を命じられる。黒姫城へと向かう直前、父はムジナに悲しき忍者の“現実”と秘術を教え……。白土三平に影響を受けた相原コージが描く長編忍者マンガだ。作中には「構図に凝ってみる」「普通なら大きくすべきコマを小さく、小さくすべきコマを大きくしてみる」「漫画にもBGMをつけてみる」といったさまざまな表現方法に挑戦していく「実験シリーズ」が登場する。
単行本は全9巻が刊行されているが、絶版となり、紙の本としては長らく入手しづらい状況が続いていた。そこで復刊ドットコムでは多くのリクエストに応える形で、A5版の全5巻となる新装版を発売。新装版の編集にあたり、相原の手元で保管されていた生原稿から改めてスキャンを行い、デジタル修復を加えることで、従来にない美麗な画質を確保した。また雑誌連載時に多色印刷だったページはオリジナル通りに印刷し、発表当時の画面を再現。さらにこれまで単行本に未収録だったエピソードや各種資料も収められている。
ストレートな「気持ちよさ」はくれない、今のトレンドと真逆の魅力
──金田一先生は折に触れて「ムジナ」の話をしていますよね。やっぱり人生のベスト作品の1つなんですか?
間違いなくベストに入ります。
──出会いはいつだったんですか?
「ムジナ」との出会いはマンガ家になってからだったんですが、もともと相原コージ先生は好きだったんです。小学生時代だったかな? 「かってにシロクマ」を読んで「面白い!」ってなったのが相原作品との最初の出会いでした。それで単行本もずっと取ってあったんですね。そうしたら、あるときマンガのお手伝いに来てくれた相原コージファンの人が、それを見つけて「相原コージ好きなの?」「ほかの作品も面白いで!」っていろいろ教えてくれたんです。その1つが「ムジナ」だったんですが、「何これめちゃくちゃ面白いやん!」って。でも、当時からすでに紙の単行本が書店になかったんですよね。
──「品切れ・重版未定」、いわゆる絶版状態でしたよね。
それが悔しくて! 「こんなに面白いのになんで!!」って。確かに万人受けするかって言われたらそうじゃないのもわかるんですけど、間違いなく面白いんだから出版社も強気で刷ってくれよって思ってましたね。
──わかります。完結から数えても30年近くになりますが、今でも斬新だし、絶対にハマる人がいる作品ですよね。
そうそう。心の深いところをえぐってきて、絶対消えない傷跡みたいなものを残してくれる作品なんです。だから、今回の完全版刊行はすごくうれしいです。やっと紙の本がちゃんと買えるようになる。めちゃくちゃ売れてほしいです。
──ただ「ムジナ」の面白さって伝えづらくないですか? 相原先生らしいギャグでもあるし、残酷でシリアスな忍者マンガでもある。
そうなんですよ。面白さの言語化がむちゃくちゃ難しい。だから、人に薦めるときも「なんと言ったら読んでくれるかな」っていつも悩みます。絵も濃くて、いわゆるきれいな絵ではないから、そこで敬遠しちゃう人もいるだろうし……。だけど、相原先生のこの絵だから魅力がある作品なんですよ。
──あの絵だからいいんですよね。きれいな絵だったらこんなに胸を打たれない。
で、改めて読むと文字も多い。読み手のスキルも必要な作品だと思います。特に最近ってどちらかといえばわかりやすいマンガのほうが受け入れられる流れになっているでしょう? 「楽しい」という部分をコンスタントにもらえる作品が喜ばれる。「ムジナ」は真逆なんですよね。
──気持ちよくなる瞬間を待っていても、下手をするとそんな瞬間ずっともらえない可能性がある作品ですよね。ストレートな気持ちよさがある作品では決してない。
なのに、めちゃくちゃ面白いんですよ。不思議。
絶対命を削って描いてる
──金田一先生自身はどの辺で心をつかまれたんですか?
私はそもそも「相原コージ先生はオモロい!」って知っていたので、どんな展開だろうと没頭して読めてました。
──相原先生の世界がどういうものかわかってるとスッと入れるんですけどね。
だから、知らない人が読んだらどう感じるのかは気になります。
──第1話も冒頭から裸踊りじゃないですか。
そうそう。「相原先生、1話からこんな!」ってなりますよね(笑)。すごく相原先生らしい始まり方。でも、重厚な正統派忍者マンガでもある。
──今っぽいポップカルチャーのアイコン的な忍者でなく、白土三平作品なんかを想起する系譜の忍者マンガですよね。でも、主人公・ムジナが父に教わる秘術が、いかにも相原先生らしいものだったり……。
「跳頭」ね! あれ、めっちゃ好き。
──荒唐無稽な技ですけど、あれに図解をつけるのが相原コージですよね。そこはギャグでいいじゃんってところなのに、「こうやってるからできるんだ」って(笑)。
そうそう。「できるかあ?」って(笑)。すごくまじめな方なんだなって思います。
──あれって金田一先生から見るとまじめさなんですか?
「跳頭」に限らず、本当にまじめな人が描いてるなって思います。ギャグ作家さんってだいたいまじめなんですよ。どうやって楽しませようかっていうのを真摯に考えている人ばかり。「ムジナ」を見てても、すごく作画なんかが丁寧なんですよね。無駄ゴマがない。
──そこって、僕みたいな読者が見ると不条理ギャグめいた部分なんか含めて、勢いで描かれていると勘違いしちゃうこともありそうです。
マンガを描く側から見ると、雰囲気で描かれているコマがほとんどないんです。すごく計算されている。私なんかはけっこう雰囲気で描いてしまうこともあるので、こんなに丁寧に描けない!って思ってしまう。途中で出てくる実験シリーズなんかも、「連載でこんなしんどいことできないよ!」って。
──第三章の途中から始まるシリーズですね。ストーリーはストーリーで普通に進むけど、その中で毎回「構図に凝ってみる」とか「擬音・描き文字に凝ってみる」とかいろんな実験をしていくという。
しかも、ただストーリーと無関係に実験をやってるわけじゃなくて、展開と噛み合ってるんですよね。もう本当に天才! 実際どうやって描いてたんだろうって気になります。
(復刻版担当編集) 連載前からいろんな実験のアイデアはストックしていたそうです。それを展開に応じてはめていった感じだと伺ってます。
そうなんや! それにしても、例えば「マンガにもBGMをつけてみる」とか、作り方は気になりますね。いったん原稿を全部描いてから足していったのか、1ページごと入れながら描いていったのか。
──どちらにせよ労力がすごいですよね。
これは絶対命を削って描いてますよ。ギャグマンガ家さんって命を削ってるんです。私自身デビュー作が「ジャングルはいつもハレのちグゥ」っていうギャグ作品で、たまに「また『ハレグゥ』みたいなギャグ描いてほしいです」って言われることもあるんですけど、「いや、無理!」って(笑)。年齢考えて!って思いますもん。1回こっきりの読み切りだったらできるかもしれないけど、また毎月とかお話を考えて、ギャグで埋めていって、っていうのはしんどいっすよ。
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