ドラマ「ブラッシュアップライフ」で国内外の名だたる賞を総ナメにした注目クリエイター・水野格が監督と脚本を担当した映画「あの人が消えた」のBlu-ray / DVDが3月19日に発売される。
本作は「次々と人が消える」とうわさのマンションを舞台にしたミステリーエンタテインメント。マンションの担当になった冴えない配達員・丸子と、彼の会社の先輩で小説家を夢見る荒川は、怪しげな住人の正体を探るうちに思いも寄らない事件に巻き込まれていく。高橋文哉が丸子、田中圭が荒川を演じたほか、北香那、坂井真紀、袴田吉彦、金澤美穂、菊地凛子、中村倫也、染谷将太も出演した。
映画ナタリーではソフト発売を記念し、ライター・イソガイマサトによるレビューを掲載。すべてが伏線、“先読み不可能”な本作をどう観たのか。また豪華版Blu-rayに収録されるメイキングや「あの人に聞いた!『あの人が消えた』の秘密」といった特典映像の見どころも紹介する。
文 / イソガイマサト(レビュー)、小宮駿貴(特典映像)
映画「あの人が消えた」Blu-ray / DVD予告編
水野格が仕掛ける“予想を裏切り続ける”ミステリー
夜、薄暗いマンションに帰ってきた女性が背後の物音にハッとして振り向くと、そこには怪しい人影が。怯えた彼女は階段をダッシュで駆け上がり、自分の住む2階の203号室まで走って逃げるが、後ろから追いかけてくる足音がだんだんと大きくなっていく。次の瞬間、誰もいない203号室の廊下の前にゆっくりと不気味に現れるタイトル……「あの人が消えた」。
そんな挑発的なシーンから始まる本作は、社会現象を巻き起こした2023年の人気ドラマ「ブラッシュアップライフ」で国内外の名だたる賞を総ナメにした映像クリエイター・水野格が、自らの完全オリジナル脚本で挑んだ観る者の予想を裏切り続ける長編ミステリーエンタテインメントだ。
このマンションでいったい何が起こっているのか
「次々と人が消える」とうわさされるいわくつきのマンション。2週間前からそこの担当になった配達員の丸子は、毎日のように通ううち「住人のことを自分が一番知っている」と思うまでになる。そんなある日、彼は荷物を持って行った205号室の小宮という女性が、自分の愛読しているWeb小説の作者ではないか?と思い、あこがれを抱くようになる。ところが同じころ、302号室に住む挙動不審な島崎に小宮に対するストーカー疑惑が持ち上がり、やがて205号室から小宮が忽然と姿を消してしまう……。
小宮は本当に消えてしまったのか? それは島崎の仕業なのか? このマンションでいったい何が起こっているのか? ここからは、探偵のように住人たちに聞き込みを開始する丸子と一緒になって真実を突き止めようという思考になるのだが、住人がこれまた濃いキャラの人ばかり。証言もぶっ飛んだものばかりだから、何がなんだかわからなくなってしまう。
303号室の沼田は、物音がうるさくて怒鳴り込みに行った島崎の部屋で「血だらけの女を見た」と怯えた表情で丸子に訴える。301号室のおしゃべりな女性・長谷部は、島崎がベランダで「返り血を浴びた顔と服のままタバコを吸っていた」という恐ろしい目撃情報を告白。201号室の巻坂も、小宮らしき女性が島崎と思しき男性に抱えられるように運ばれていく現場に遭遇したという。ところが、小宮の身を心配した丸子の依頼で島崎のもとを訪ねた警官は「思い過ごしですね。彼は芸人で、“事故物件に住んでみた”という企画をやっているそうです」と期待外れの報告をする。食い下がる丸子に「しつこいね! 幽霊でも見たんじゃないの!」とまったく取り合おうとしてくれない。
芝居巧者なキャストたちが謎を迷走させていく
果たして真実は何なのか? 誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか? にわかには信じられない出来事の連続だが、それを証言に基づくリアルな映像で見せられるからどんどん惑わされる。しかも、島崎を演じた染谷将太を筆頭に、沼田役の袴田吉彦、長谷部役の坂井真紀、巻坂に扮した中村倫也といった芝居巧者なキャストたちが、観る者を欺くように役になりきっているから始末が悪い。
それこそ高橋文哉が演じた主人公・丸子は、辛い現実から目を背けるようにWeb小説の世界に逃げ込んでいたような青年だし、田中圭が演じた丸子の先輩・荒川も小説家志望で想像力がたくましいという設定。2人とも状況をおかしな方向へと転がしていく傾向があって、独自の解釈で私たちを撹乱してくるのだ。
ただの謎解きミステリーでは終わらない面白さ
真実と嘘、妄想をちりばめたこの構造こそが、水野が周到に仕掛けた罠であり、ただの謎解きミステリーでは終わらない本作ならではの面白さ。ここからは観たときの興奮と楽しさが奪われるので具体的には書けないが、物語の中盤で丸子が205号室に踏み込むシーンに注目してほしい。思いがけない人物が提示したある“真実”によって、住人たちの証言を裏付ける“真相らしきもの”がそれまでとはガラリと変わったコミカルなテイストで明かされていく。物語はそこから畳み掛けるように二転三転。我々の予想をひっくり返す本当の真実に、ようやく溜飲を下げることとになるだろう。
そして思うのだ。人間には実際に目にしたこと、耳にしたことを簡単に信じてしまう弱点と危うさがあるということを。ネットニュースを鵜呑みにし、本当のことを何も知らないのに目で見た情報を気軽に拡散してしまう現代人へ警鐘を鳴らしているかのようだ。
本作を最後まで観終わったあと、もう一度すべてのシーン、すべてのセリフを思い返してみるといろいろなことに気付くに違いない。見過ごしていた重要なシーン、あり得ない言動、3つの章に添えられていたサブタイトル……。あらゆるところにヒントが隠されていたことを。そしてラストシーンに現れる「あの人が消えた」のタイトルを見て、そこに込められた本当の意味を知ることになるのだ。
特典映像も見どころたっぷり
高橋文哉と田中圭がメイキングでじゃれ合う
「あの人が消えた」豪華版Blu-rayに収録される特典映像には、本作を何度でも楽しめるコンテンツがたくさん! 撮影の裏側に密着したメイキングをはじめ、高橋演じる丸子がマンションの住人たちに映画の見どころを聞いて回った“丸子カメラ”、完成披露上映会や初日舞台挨拶、「どこまで話せる?!伏線回収トークイベント」といった舞台挨拶の模様、さらには高橋と染谷、高橋と田中が“本編に隠れた伏線”を明かす「あの人に聞いた!『あの人が消えた』の秘密」映像など、100分を超える大ボリュームだ。音声特典として、高橋と水野によるオーディオコメンタリーも収録される。
メイキングには、調理師免許を持つ高橋がスタッフをねぎらうため牛丼を振る舞う姿や、染谷の“アメリカンなセリフ”に北が思わずクスッと笑みをこぼす場面、高橋と田中がじゃれ合いながらSNS用の告知動画を撮る様子などが収められた。ラストシーンの撮影時に、しゃっくりが止まらない高橋が照れ笑いを浮かべる姿も。物語はサスペンスフルでありながらも、撮影現場は和気あいあいとした雰囲気だったことが感じられる。
本編に隠された秘密って?高橋文哉らが告白
また「あの人に聞いた!『あの人が消えた』の秘密」では、染谷演じる住人・島崎と一緒に地縛霊が映っているシーンがあると話題に。高橋と染谷は問題のシーンを何度も確認するが、「どこ!?」「わかんない!」と口にするばかり。実は監督・水野の演出により、血だらけの女性をイメージした地縛霊がうっすらと映っているそうだ。気になる方は島崎の登場シーンを細かくチェックしてほしい。
ほかにも、田中演じる荒川が着ていたTシャツに伏線が張られていたことが明らかに。田中は「どうりで衣装さんが(Tシャツが見えるように)やたらパーカーを広げるなあと思った」と、当時の状況をお茶目に再現しながら振り返る。また高橋は「住人の名前にも秘密があるらしく……」と告白する。住人の名前に隠された秘密とは? なお、これらの特典映像には一部ネタバレを含むため、本編を鑑賞してからお楽しみを。