YAJICO GIRL「EUPHORIA」インタビュー|こんな時代だからこそ、我を忘れるダンスミュージックを

YAJICO GIRLが“ダンスミュージックアルバム”「EUPHORIA」を発表した。

ギターロックに端を発し、その後R&Bやアンビエントなどを取り込んだポップミュージックへとその音楽性を柔軟に変化させてきたYAJICO GIRL。彼らが2024年11月に発表した「EUPHORIA」は、四方颯人(Vo)の嗜好の1つであったダンスミュージック、クラブミュージックからの影響を前面に押し出したアルバムで、鮮烈なサウンドからタイトル通りの“高揚感”を得られるような作品だ。

音楽ナタリーではバンドの作曲を担う四方と、サウンドメイクを手がけている吉見和起(G)にインタビュー。それぞれのダンスミュージックとの距離感や、変化してきた楽曲制作の裏側、現代でダンスミュージックを奏でる理由とは何なのか語ってもらった。

取材・文 / 森朋之撮影 / YOSHIHITO KOBA

バンドとダンスミュージックの新しい接合点

──ニューアルバム「EUPHORIA」、素晴らしいです。バンドサウンドとダンスミュージックのハイブリッドな音を更新する作品だなと。

四方颯人(Vo) ありがとうございます。

吉見和起(G) うれしいです。

──アルバム制作当初から、サウンドの方向性は明確だったんでしょうか?

四方 いえ、そこまではっきりしてなかったです。配信シングルを4曲(「APART」「MissU」「平凡」「sour」)出した時点では、アルバム全体のことはそこまで考えられていなくて。最初からコンセプトが明確だったわけではないですね。

吉見 最初にリリースした「APART」の制作のときに四方からデモ音源が何曲か送られてきて、その時点で「変えてきたな」という印象がありました。前のアルバム「Indoor Newtown Collective」を出したことでひと区切りついた感じもあったし(参照:「Indoor Newtown Collective」インタビュー)、「今後はモードが変わっていくだろうな」と思ってました。そこから徐々にダンスミュージックに向き合うようになったんです。

四方 前作のリリースツアーのときに、ダンスミュージックっぽく曲をつなげるパートを作ったんですよ。それが自分的に満足感があって、BPM120~130台の曲をつないでいくのはけっこうYAJICO GIRLに合ってるのかもと。そのあたりからモードが変わってきたのかな。海外の音楽シーンのムードも踏まえて、ダンスミュージックをやってみたいと思うようになって。

吉見 「Indoor Newtown Collective」の前の「インドア」(2019年8月発表)というアルバムはかなり内省的な作品だったんですよ。その後ライブを繰り返すことで、徐々にフロアとの対話みたいなものを意識するようになりました。

YAJICO GIRL

YAJICO GIRL

──なるほど。ダンスミュージック自体は、以前から聴いていたんですか?

四方 僕はもともとSUPERCARが好きでした。2020年に上京してからクラブカルチャーにさらに興味を覚えて、DJをやらせてもらう機会もあって。「こういう楽しみ方、気持ちよさがあるんだ」と体感できたし、“DJ的な耳”で楽曲を聴くようになったことも自分の中で新しかったんです。例えば「キックのニュアンスが近いから、この曲とこの曲はつなげやすい」「リバーブの感じが似てる」と細部を分析するようになって、そこからもっとダンスミュージックにハマっていきました。

吉見 自分たちのワンマンライブのあとに四方がDJをやったり、DJイベントの合間にバンドとしてライブをすることもありました。

──バンドとダンスミュージックのつながりを体感できる機会も増えたと。

四方 そうですね。その中で新しい接合点をうまいバランスで提示できたらいいなと。

吉見 うん。僕自身は「APART」の制作時期からダンスミュージックをめちゃくちゃ聴き始めて。以前からサウンドメイクやアレンジには興味があったから、自分の中でカチッとハマりました。

「クラブに行ったほうがいいよ」

──ひと口にダンスミュージックと言ってもさまざまありますが、特に興味を惹かれたアーティストは?

吉見 グッとのめり込んだきっかけはDuskusです。もともとアンビエントっぽいものが好きだったし、柔らかい音像に惹かれていたから、そこが自分の中でダンスミュージックへの入り口になったのかなと。

四方 サウンドメイクに関しては前作アルバムくらいから吉見に力を入れてやってもらっていて。楽曲の方向性を示すのは僕がやるんですけど、細かい調整は吉見に任せてます。

四方颯人(Vo)

四方颯人(Vo)

吉見 以前はフィジカルというか、生音を中心にして作ることが多かったけど、ダンスミュージックを取り入れてからはパソコンで制作することが増えてきて。そういう作業も好きだし、自由気ままに細部にこだわって作ってます。もちろんメンバーともデータを送り合ったり、一緒に聴いたりしながら、ああでもないこうでもないと言い合って。

四方 大枠は僕が持っていって、それ以外は「好きにやってよ」という感じですね。吉見が8、9割くらいまで仕上げて、それを聴いて、さらに調整して。

吉見 最終的には四方がジャッジしてくれるから、本当に好きなようにやらせてもらってます(笑)。アレンジした音源を聴かせて「いいね」と言われるとうれしいし、「ちょっと違うかな」というときもネガティブになるわけではなく別のアイデアを考えて、かなり建設的。ライブで演奏することも意識してますね。どれくらいバンド感を出すか、どうやってフロアを盛り上げるかイメージして。

──ライブでどうなるかを想定するのも大事ですよね。ちなみにお二人はクラブに通っていたことはあるんですか?

吉見 ……「行ったほうがいいよ」と言われてます、ディレクターの方に。

四方 ハハハハ。

吉見 DJプレイの映像がYouTubeとかにいっぱいアップされているので、それを観ることでクラブのバイブスはつかんでるつもりなんですけどね。そういう理解と現場での体感は違うんだろうなと。

吉見和起(G)

吉見和起(G)

四方 僕はクラブには数回しか行ったことがないんですけど、確かに経験があるのとないのではまったく違いますよね。いろんなアーティストのDJミックスなども試聴しているし、クラブでの体感をもとにしながら、バーチャルで肉付けしている感覚もありますね。

──ダンスミュージックを取り入れているバンドを参考にすることもありますか? BOOM BOOM SATELLITES、the telephones、サカナクションなど、それぞれ異なるスタイルがありますよね。

四方 それこそSUPERCARもそうですし、いろいろ聴いてますね。ブンサテはビッグビートの影響があると思うし、サカナクションはテクノ寄りで、Lucky Kilimanjaroはハウスミュージックが強い印象がある。日本のバンドがどんなジャンルのダンスミュージックをどんなバランスで融合させているのかは気になるし、それを踏まえて「自分たちはどのあたりを取り入れようか?」と考えることはありますね。

──具体的なジャンル感としては、どのあたりをイメージしているんですか?

四方 まだ模索している途中ですが、今回のアルバムでいうとジャージークラブですね。1小節内にキックが5つ鳴るビートなんですけど、それを「バンドでやれたらカッコいいよね」というところから制作が始まったのが「APART」なので。Y2Kリバイバルを踏まえたうえで、今のクラブミュージックのムードを取り入れられたらなと。

吉見 ジャージークラブを自分たちの音楽に取り入れるのはかなり難しかったです。プレイリストを自分で作って、それを繰り返し聴きながらバイブスをつかんで。バンドとのバランス感は毎回悩みますけどね。

榎本陸(Mm)

榎本陸(Mm)

──ジャージークラブは2022年から2023年にかけてブームになり、その後はひとつのジャンルとして定着した感があります。

四方 そうかも。ピンクパンサレスあたりが火付け役になって、NewJeansなどが取り入れて、日本ではCreepy Nutsがやっていますね。「日本のポップスのフィールドでも受け入れられるようになったんだ」と驚いたし、その流れはエキサイティングでした。僕はもともと流行りものが好きで、取り入れられそうなものはやってみたいタイプなので。

現代に必要な“我を忘れる瞬間”

──アルバムタイトルの「EUPHORIA」にはどんな思いを込めましたか?

四方 ダンスミュージックと向き合いながら制作を続けてきて、そこに何を求めていたのか?と考えたときに“高揚感”や“多幸感”を意味する「EUPHORIA」という言葉が一番しっくりきたんです。我を忘れるというのかな。普段考えているようなことは一旦脇に置いて、気持ちよさに身を委ねるような感覚がダンスミュージックのよさでもあるし、そもそも音楽の素晴らしさでもあるのかなと。

吉見 このタイトルを示されたときは「なるほど、これがアルバムのテーマになるんだ」と思いました。自分自身もライブを観て没頭する瞬間があるし、1人でトラックを作って「めっちゃいい感じだな」と浸っているときもそう。自我を忘れる瞬間って、自分がひとつ上のステージに上がってる感覚になるんですよね。

武志綜真(B)

武志綜真(B)

四方 僕自身もクラブで「うわー、気持ちいい!」みたいな体験をしたこともあるし、そこに救いを求めているところもある。今って、どうしても自分を周りの人と比較しがちじゃないですか。そういう時代だからこそ、自分という存在を脇に置いておける瞬間はかけがえのないものだと思うし、すごく愛しくて、美しい時間なんじゃないかな。

──確かに今の時代は四六時中、自分と向き合わされている感じがありますね。

四方 やっぱりSNSの影響がデカいと思います。多くの人が1人ひとりアカウントを持って“運営”してるわけじゃないですか。自分のブランディングみたいな「どこに特徴があって、どうやってアピールするか」について、昔以上にみんなが考えている。そのことに苦しんでいる人もたくさんいるだろうし、だからこそ、自分を忘れる時間がすごく大切だと思うんです。

吉見 自分のことを振り返っても、バンドを始める前、学生の頃からSNSに投稿するときはすごく考えてましたから。「これをポストしても大丈夫か」「写真はどうするか」って。そういう意味でも自我を意識せざるを得ない時代なんだろうなと。

古谷駿(Dr)

古谷駿(Dr)

──「考えないこと」って意外と難しいですけどね。個人的にはライブを観ていてもすぐに「このアンサンブル、どうなってるんだろう?」とかいろいろ考えちゃうんで。

四方 (笑)。でも、それも「自分とは?」みたいな思考からは解放されてるじゃないですか。僕自身もそうですけど、解釈したり分析したりするときも音楽に没入しているし、自我を忘れている時間だと思います。ライブのときもそれに近い感覚がありますね。

吉見 ライブでゾーンに入って、奏でている音楽にグッと入り込めている瞬間って、無敵感があるんですよ。考えると負けというか(笑)、冷静になりすぎるのはよくないなと思います。

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緻密なようで感覚的