澤田侑那さん(京都大学、理学研究科:研究当時)と佐藤拓哉さん(京都大学、生態学研究センター)らの研究チームは、寄生生物のハリガネムシに行動を操作されたカマキリがアスファルトの道路に引き寄せられるせいで、ハリガネムシとともに死んでいることを解明し、学術誌「PNAS Nexus」に論文を発表しました。ハリガネムシが進化させてきた巧みな行動操作が、人間がつくり出した環境の下で、不利益な結末になっていると言います。今回の発見の「ここがスゴイ!」について、研究者自身に解説していただきます。(編集部)
秋になると、ハラビロカマキリが、川や池の周りのアスファルト道路をふらふらと歩いているのを見かけるようになる(写真1)。こうしたハラビロカマキリはしばしば、車や自転車に轢(ひ)かれたり、人に踏まれたりして死んでいる。そしてその傍らには、何やらひも状のものがのたうち回っていたり、干からびていたりしている(写真2)。ハラビロカマキリは樹上性のカマキリであり、道路に下りてきて歩くこと自体、非常に不思議である。加えて謎めいているハラビロカマキリと一緒に見つかるひも状のもの、これが今回の悲劇の主人公、寄生生物のハリガネムシである。
ハリガネムシは、ユスリカやカゲロウといった水生昆虫から、カマキリやコオロギなどの陸生昆虫へと宿主を乗り換えながら成長する。この複雑な生き方の最後のステップとして、秋になるとハリガネムシは、陸上でお世話になったカマキリやコオロギの行動を操作して、川や池に飛び込ませてしまうのだ。
我々の最近の研究から、ハリガネムシがカマキリの体内で成熟すると、カマキリの活動が活発になって水辺に遭遇しやすくなり、かつ水辺からの反射光に多く含まれる「水平偏光(波の振動が水平方向に偏った光)」に引き寄せられることで水に飛び込むことが分かってきた(参考記事:「寄生虫ハリガネムシがカマキリを操作、驚きの謎の一端を解明」)。さらに、この巧みな行動操作には、ハリガネムシが進化の過程で宿主のカマキリから大量にもらった遺伝子が関与している可能性もみえてきている。(参考記事:「カマキリを操るハリガネムシ、遺伝子に秘められた衝撃の事実が明らかに」)
そんな超絶な行動操作を進化させてきたハリガネムシが、宿主とともに、アスファルト道路上でたくさん死んでいるのだ。いったい何が起こっているだろう?
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