妹の策略 参
「…私、驚きましてよ?お兄様が他者に興味を持ったことも、足繁く通われている事も。お兄様の世界に、私とルディ以外が現れて、お兄様が翻弄されているんですもの。…ねえ、ルディ」
「何でしょうか」
「…身内の貴方に聞くのはどうかと思うのだけれども。アルメニア公爵令嬢は、貴方から見て、どんな方?」
「…良い意味でも、悪い意味でも貴族…ですね」
「悪い意味でも…?」
「ええ。彼女は誇り高い。自らの足で立って歩くだけの強さがある。だからこそ、婚約破棄があっても打ちのめされなかった。その結果が商会の経営であり、領地の経営です」
「…なるほど。ある意味、お兄様と彼女は似ているということかしら?」
「そうですね。……彼女は、誇り高いが故に弱みを見せない。頼ることを知らない。学園で行った嫌がらせも、あんな正々堂々…自ら表舞台に出てやらなくても、彼女の権威があればどうとでもできたというのに、それをしなかった。寧ろ嫌がらせなんぞしなくても、家族に頼れば…もしくは悲劇のヒロインであることを前面に出していれば、周りからの目も違った筈だ」
彼女は、あまりにも堂々動き過ぎた。その結果、彼女の名前は利用され、最後は全ての罪を背負わされることに繋がる。
…彼女の預かり知らぬことだろうが…彼女以外にも、男爵令嬢への嫌がらせを行った者たちはそれこそ沢山いた。
それもそうだろう。貴族社会の中で権威が底辺とも言える男爵令嬢が、第二王子に始まり公爵子息、騎士団長の子息、教皇子息…この国の中で最高の血筋に連なる者たちを侍らせていたのだから。他の貴族のものたちが面白くない、と思わない方が無理だ。
かと言って、既にエドワード様たちの御気に入りとなった男爵令嬢と、アイリスのように真っ向から対立するのも無理な話。
だからこそ、そんな彼ら彼女らはアイリスを上手く隠れ蓑に使って、エゲツない嫌がらせをしたのだ。コソコソと隠れ回って、そして全ての罪はアイリスに。
もしもアイリスが、もう少し上手く立ち回っていたのならば。あの様な公衆の面前で、屈辱的な茶番に引きづり降ろされることもなかったことだろう。
何せ、彼女が行った嫌がらせとは…噂を流すだとか嫌味を言うだけのまだまだ可愛らしい部類なのだから。…それで可愛いというのもどうかとも思うが。
何せ公爵令嬢というこの国でもトップクラスの権力を持つ娘に嫌味を言われるというのも、随分なダメージだ。
とは言え、他の奴らがやった事に比べたら可愛らしく見えるのだから、貴族社会の悪意というのはそら恐ろしい。
「今も、そうだ。…彼女には、確かに全幅の信用を寄せる使用人達がいる。けれども、それはあくまで“信用”だ。彼女はどこかで線引きをしていて、彼らを慈しむことはあれども、何か事が起これば弱みを見せて縋るのではなく、守るべきものとして認識しているだろう」
あの一件以来、信じる事すら難しくなった彼女にとっては唯一無二の存在達なのだろうけれども。“信用”と“信頼”を履き違えている気がしてならない。
「本当に、ある意味でお兄様そっくりですわね。ただ…公爵令嬢の方が真っ直ぐな分、良い人なのかもしれませんが」
ふう、とレティ様は溜息を吐かれた。
「…お兄様も彼女を見てもどかしい想いをしているのならば、少しは己を省して欲しいのですけれども」
「ハハ…でも、変わられたと私は思いますよ。何せ、あそこまで方々を駆けずり回る彼を始めて見ましたから。大切な手札を彼女の為に切りましたから」
教会内部との繋がりを得るのは、アルフレッド様にしても随分骨を折られていた。
何せ教皇の権威というのはとてつもなく大きく、教会内部では絶対的。それ故に自らの陣地に引きづりこめそうな人材を見つけ、そして繋ぎを作るのは中々難しい。
それを王子として使うのではなく、あっさり彼女に与えた。…まあ、タイミング的にその方が効果的だったと思った事もあるのだろうけれども。
「そうでしたわね。…ところで、お兄様と彼女は何処まで進んでいるのかしら?」
「進むも何も、彼の方は自分の気持ちに自覚したばかりですし…彼女に至っては、気持ちがあるのかどうかすら…」
「まあ!それで、お兄様は何か行動に移されているの?」
「いや、それは…」
「全く、お兄様は恋愛面ではとんだヘタレですわね。恐らく、アイリス令嬢もそちらの面ではとんと鈍いでしょうし…」
仰る通りです、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
「分かってあげてください。彼の方には彼の方なりの、突き進めない理由というのがあるのですよ」
「お兄様ならば、欲しいと思ったらどんなに困難な事でも行動に移されるでしょうに。そんなカッコつけた言葉で擁護しても、無駄ですわよ」
あまりにもバッサリ切られて、最早反論できずにいる。
「私としても、お兄様が動かれた方が好都ご……いえ、なんでもないわ。妹として、心の底から応援しているの」
不穏な言葉が聞こえてきたけれども、敢えて聞かなかったことにした。…レティ様ならば早々変な事はしないだろうし。