071 特等席にて
ダンジョン1階のとある場所で、周防と鷹村君が向き合う。
「おやぁ? 誰かと思えば“元”首席殿ではないですか」
「……周防」
周防が仲間と共にずかずかと部屋の真ん中まで入ってきて、あざ笑うかのような顔で挑発する。
鷹村君は冒険者中学入学試験でもトップの成績を取り、大物クランリーダーの嫡子ということもあって鳴り物入りで中学に入学してきた“元”首席だ。当時は世間的にも大きなニュースとなっていたようだが、今ではCクラスまで落ちてしまっている。それも周防の謀略に乗せられ敗れ続けたせいだ。
またCクラスには鷹村君と共に落とされてきた生徒も多いようで、周防達に恨みのこもった厳しい眼差しを向け始める。
それを予想していた周防の取り巻きたちも前に出て真っ向からCクラスと睨み合う。ただしこちらは薄ら笑いを浮かべてだ。
「こんな良い場所はお前らごときには勿体ない。周防様と我らが使うとしよう」
「先に使っていたのは我々だぞっ。無礼にも程があるだろ!」
(……俺が先なんだけどね)
Bクラスの生徒の物言いに鷹村君のお付きのおでこちゃんが激怒。続いてCクラスの生徒も次々に敵意を露わにして声を荒げる。冷え込むような緊張感から一触即発の状態へ一瞬で移り変わる。
いきなり入ってきて「どこかへ行け」と言われれば癪に障るだろう。だがこんな所で睨み合って無駄な時間を過ごすくらいなら、さっさと他所へ行って練習に移ったほうが生産的だ。見返すにしてもクラス対抗戦で結果を出せば十分だ。
それに。中学入学時は鷹村一派のほうが実力は上であったかもしれないが、今ではすでに周防一派のほうが強いはずだ。周防自身も個の戦闘力で言えば次期生徒会長で首席の世良さんに勝るとも劣らない強さを持っていて、ダンエクでもボスとして登場していたのは伊達ではない。何の対策も無しにこの場で戦ったとしてもCクラスに勝ち目はないだろう。
Bクラスの余裕ある顔つきからして実力差を理解した上で挑発していることが窺える。むしろ、この挑発も周防の策略の可能性すらありえるな。
それらのことがちゃんと見えているのか、鷹村君のリーダーとしての器量を示す場面だと思うのだけど……集団の後方で周防を睨んだまま動かない。中学時代の因縁についてはゲームでもほとんど語られていないので詳細は分からないが、貴族としての立場や矜持が邪魔をして簡単には引くことができないのかもしれない。思っているより根深いものがありそうだけども――
(さて、俺はどうすればいいんだ?)
部屋の中央付近で《ハイド》をしたままの俺を尻目に、CクラスとBクラスが罵声を浴びせ怒鳴り合い、それぞれのリーダーも仲間を止めるどころか殺気を放つ始末。ますます収拾がつかなくなってきている。このままでは乱闘になり兼ねない。巻き込まれないようにさっさと逃げだしたいところだけど、動けば隠密効果が解けてしまう。オラ困ったぞ。
「……ところで、そこのゴミは誰ですか?」
誰にもバレていないと思っていたら、道端に落ちているゴミを見るような目をしながら周防が俺を指差してきた。最初は何を言っているのか分からずキョトンとしていたCクラスとBクラスも、目の前に突然見知らぬ人間が現れたかのようにギョッとしている。
(バレてたー!)
探知系スキルを使われた様子はない。もしかしたら、たくさん付けている胸の飾りの一つに探知アイテムでも付けていたのかもしれない。よし逃げるぞ!
「し、失礼しまっしゅ!」
後ろから待てだの何だの言ってくるが、素直に待つ馬鹿がいるわけない。全ての面倒事から抜け出すように脱兎のごとくその場から走り去った。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「はぁ……ひどい目に遭った。しっかし、どのクラスも仲が悪いもんなんだなぁ」
EクラスとDクラスが対立しているように、Bクラスは首席率いるAクラスだけでなく、鷹村君が率いるCクラスとも対立していた。上位クラスを攻略するならそこが付け入る隙とも言えなくもないけど俺は主人公ではないので動くつもりなどない。
「赤城君かピンクちゃんの活躍に期待だな……って、あそこにいるのは」
新たな練習場所を探しにどこへ行こうかと思案していると、見知った顔がやってきた。我らがクラスメイト達だ。
「あれ。同じ種目だったっけ?」
「ブタオはあの捨て種目だったろ」
「どうせ役に立たないなら私達の荷物くらい持ちなさいよー」
「……ちょっと。そういうのは駄目」
わけも分からず荷物持ちをさせる流れになりかけたところ、カヲルが割って入り断ってくれる。そのカヲルがいるということはトータル魔石量のグループだろうか。
確かサツキもこのグループだった気がするけど今はいない模様。代わりに目に入ったのは月嶋君。最近はいつもカヲルにべったりで、他の男子が近寄ろうとしてきても威嚇し追い返してしまう。彼なりに本気なのだろうが、その様子を見ているのはブタオマインド的によろしくないので目をそらしておくことにする。
「三条。南の方で空いている場所があるらしい。案内しよう」
「あ、はい。えーと……」
「三条さん、荷物重そうだし僕が持つよ?」
もう一人のヒロイン兼主人公であるピンクちゃんも大変おモテになるようで、最近ではアタックする男子を何人も見かける。あのふんわりした可愛さに加え、小動物のような保護欲を誘う雰囲気が初心な男子諸君に刺さるのだろう。
やはりカヲルとピンクちゃんの二人は、ダンエクヒロインなだけあって美男美女が多いこの学校でも一際目を引く。クラスの男子達も放っておくわけがないと最初から分かりきっていたけど、その反面で女子達のヘイトも順調に高まってきているようだ。
「ちょっと! 色目ばっかり使ってないでリーダーならちゃんと指示してよっ!」
「レベル高いのだって、ユウマ君とナオト君のおかげなのにね~」
と、いった感じだ。ただでさえイケメン二人と固定パーティーを組んでいるのに、周りの目ぼしい男子生徒も総取り状態となれば女子から嫉妬されるのも無理はない。
ゲームでのピンクちゃんも序盤は嫉妬イベントに苦しめられていた。上手く彼女らのヘイトを捌かなければクラスメイトの協力が得られず、中盤以降のストーリーに支障が出てしまう。俺ができることといえば……まぁ陰ながら応援するくらいしかない。
そんな悩ましい問題を抱えているカヲル達トータル魔石量グループは、連携や作戦の確認を行うために手頃な広さの練習場所を探し歩いていたという。先ほど出会ったBクラスやCクラスと同じというわけだ。ならば彼女達の健闘を祈りつつ邪魔にならないようこっそり離れ――
「ちょっと。どこに行くの」
と言いながらカヲルが首根っこを掴んできた。何用だろうか。
「どこって……修行をだな」
「何の修行なの。到達深度が終わったら私達のところに合流してほしいのだけど。時間があるのなら一緒にきて」
「おいおい。ブタオなんていてもいなくても同じだろ」
やることがあると言っても聞く耳を持たないカヲルに、もっとオレを頼れと胸を張りアピールする月嶋君。何やら面倒なことになってきたぞ。カヲルを口説いているところにあまりいたくはないんだけど……まぁいいか。
実験なんていつでもできるし、たまにはクラスメイトやカヲルと行動を共にし親睦を深めるのも悪くない。期待されているわけでも役目があるわけでもないのだし気楽にいけばいい。
クラスメイト達に指示を飛ばし誘導する幼馴染の後ろ姿に頼もしさを覚えながら、背中を丸めてトボトボとついていくのだった。