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076 豚のしっぽ亭

 2階の集合場所に戻れば天摩さんがこっちだぞと手を振っていた。

 

『どこいってたのかな。あ、もしかして秘密の特訓とかしてたり?』


 急いで戻ってきたつもりだけどレディーを待たせてしまったようだ。でもそんなことは気にしていないと快く出迎えてくれる。

 

「そろそろ時間ですけれど……Dクラスの方たちが見えませんわね」

「世良様を待たせるとは。Dクラスめ」

「共に行くというのも互いの同意あってのこと。来ないならば揃っている者のみで行きましょう」


 BクラスのほうでもDクラスが来ていないと話をしている。だが苛立たしそうに顔を歪めている様子から心配しているわけではなさそうだ。

 

「我らの荷物を置き去りにして奴らはどこへいったのだ」

「荷物はどうする」

「来ている配下達は傭兵ではなく父上に仕える士族ばかり。荷物を持たせるというのも気が引ける」


 何やら貴族たるもの荷物なんて持たないというのが彼らの矜持らしく、ここまではDクラスに荷物を運ばせていた模様。その任務を勝手に放棄しやがって。後でキツいお仕置きをしてやる、と憤慨しているのだ。ご愁傷様である。

 

 その荷物運びがいなくなったことで代わりに目を付けられたのが――そう、俺だ。


「そこな庶民。我らの荷物を託するとする。身命を賭して任を全うせよ」


 とかなんとか、公家らしき貴族がふんぞり返って言ってくる。指差す方にはリュックが五つ。ざっと見た感じ20kgから30kgくらいあるだろうか。その理不尽な物言いに隣で黙って話を聞いていたフルプレートメイルが割って入ってくれる。


『荷物くらい自分達で持ちなよー。それに君たちの後ろに助っ人たちがいるんだからわざわざ成海クンに持たせる必要ないでしょー?』

「お主の黒ずくめ共と同じにするな。あれらは給仕ではなく将来の家臣なるぞ」

『ブラックバトラーだって歴とした天摩家の家臣だぞー』


 金属製の腰に手を当てプンプンと口で言う天摩さん。後ろを振り返って見てみれば、少し離れたところには異様な集団がいくつもいるのが分かる。世良さんの聖女機関らしき巫女装束隊に、天摩さんの黒執事隊。どこかの士族のみで構成された重騎士隊など、貴族ごとにサポート部隊を連れてきている。2階にいるような冒険者とは装備も雰囲気もまるで違うのでとにかく目立つ。

 

 ゴブリンを狩りに来た初々しい男女の冒険者ペアが重騎士に睨まれ怯えているではないか。学校の試験なので少しは自重して欲しいものだけど。

 

 それはともかく、断りでもすれば難癖を付けられそうなので荷物運びくらいしておいたほうがいいだろうな。この程度の重さは今の俺にとって何の苦にもならないのだし。

 

「大丈夫。荷物運びくらいしますよ」

『成海クンがそういうならいいけどー。でも大変だったらそこらにポイっとしちゃっていいからね。ポイっと』


 ぞんざいに放り投げるモーションをしながら言ってくる天摩さん。気遣ってくれるのはありがたいけど、そんなことしたらその場で後ろに控えている助っ人達とも大戦争になるのでやめておきます。

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 ――4階入り口広場。「豚のしっぽ亭」前。


「皆様の予約は入れておきましたので、こちらでランチといたしましょう」


 小休憩をいくつか挟みながら歩き続け、昼過ぎを少し過ぎたところで4階に到着。世良さんが宿泊施設「豚のしっぽ亭」にあるレストランを前もって予約してくれてたようで、そこで皆で昼食をしようと誘ってくれたのだ。

 

 ダンジョンの天井と壁に埋まるように作られているこの宿泊施設は8階建て。一番上にある展望エリア兼レストランは上流階級が利用する特別な場所らしく、入るためには身分証明書が必要。でも俺達はフリーパスで給仕の人に連れられて通されることになった。

 

 中に入れば大理石を使った真っ白の内装に、キラキラと輝く巨大なシャンデリア。中央にはテーブルクロスがかけられたテーブルがあり、高そうな食器が綺麗に並べられていた。こんなところで食べたら成海家の一週間分の食費がたった一食で飛びそうだけど、今回は全て世良さんの奢りだそうだ。

 

「どうぞ、お座りください」

「ふむ、それでは遠慮なくいただくとしましょう」 

 

 周防が適当な椅子に腰を下ろすと、周りの面々も次々に腰を下ろして寛ぎ始める。世良さんはCクラスの物部さんに興味があるようで(しき)りに話しかけ、片や物部さんは若干戸惑いながらも笑顔で受け答えしている。可愛い女の子同士が会話をしていると絵になるもんだね。俺もそっちに――


『それじゃ一緒に食べようか』


 天摩さんに手を引かれて向かいの席へ連れていかれる。ところでそのヘルムをしながらどうやって食べるのだろうと見ていると、顎の下の方がパカリと開くらしく、そこから食べるので心配無用とのこと。

 

 全員が席に座ると軽やかな音楽が流れ始め、身なりの良い給仕が香り高いお茶を注いでくれる。近所のファミレスでも贅沢を謳歌した気分になれる庶民にとっては、かえって落ち着かない空間である。

 

『おや、指定ポイント到達は1回目の順位が決まったようだねー。ウチのクラスは……1位取れたみたい』


 料理が運ばれてくる間、端末で情報収集していた天摩さんによりAクラスの動向が伝えられる。俺もEクラスの掲示板を見てみると――5着、つまりビリだということが書かれていた。

 

 指定ポイント到達は目的地がランダムで決められ、着順を競う種目だ。今日はまだ初日なので目的地も1階か2階に設定されており、リーダーも赤城君。なのに最下位スタートとは随分と厳しい戦いになっているようだ。

 

 その一方でAクラスは主力が到達深度に(かたよ)っているにもかかわらず、他の種目でも1位を取っている。層の厚みが違うということだろうか。

 

 しかしこの種目はスタート地点も自由なので運要素も強く関係する。また目的地もあと数日は浅い階層限定なのでレベル差は表れにくく、Eクラスにも十分チャンスはある。気を落とさず2回目も頑張ってほしいものだ。

 

『まぁ層の厚さや運もあるけど、他にも色々と理由があるんだよねー』


 その理由は機密なので言えないとのことだが、いくつか予想は付く。例えば世良さんはバフ効果とバフ効果時間を大きく上昇させる《天使の祝福》というチートスキルを持っており、ダンジョンに入る前に移動速度アップをAクラス全員にかけていた可能性がある。

 

 他には“聖女機関”の存在。この国に一人しかいない【聖女】を守る名目で作られた国家機関で、そこに属する巫女達は攻略クラン並のサポート能力を持つスペシャリストばかり。【聖女】の後継者である世良さんのクラスをサポートすべく、きっとあちこちに配置されているに違いない。

 

 しかし、まるで子供の運動会に親が徒党を組んで参加しているよう。数少ない実力試しをする機会なのだし手を貸すにしてもほどほどにして欲しいものだ。

 

『指定モンスター討伐はゴブリン20体かゴブリンチーフを1体倒せという指示だったみたい。この程度なら差なんて生まれないよねー』


 指定モンスター討伐は名前の通り、指定されたモンスターを倒していく種目。Eクラスからは磨島君が率いる精鋭が参加するので期待されている。最初の指定モンスターであるゴブリンはどこのクラスも余裕で撃破しているとのこと。

 

(Dクラスを率いているのは……マズいな)

 

 掲示板によればDクラスの指定モンスター討伐を率いるのはあの刈谷らしい。偶然なのか、それともこちらの作戦が漏れていてEクラスの精鋭を叩き潰そうという狙いなのか。どちらにせよ今後厳しい戦いとなるのは必至だ。


『トータル魔石量はまだ情報はないね。ウチのクラスは10階くらいまでほとんど倒さないで進むみたい』

 

 Aクラスのトータル魔石量は低階層のモンスターの魔石など眼中になく、10階を直接目指す作戦らしい。Eクラス――カヲル達は肩慣らしと昼食代の魔石稼ぎを兼ねて3階で狩りをしている頃か。今のところトラブルらしき報告は書かれておらず順調のようだ。

 

 クラスメイトの皆は頑張って上位クラスと鎬を削っていたり生活費という名の魔石集めをしているというのに、俺だけ高級レストランでランチにありつけているというのは背徳感があって大変よろしい。店から出て行くときはクラスメイトに絶対バレないよう注意せねば。

 

 ほどなくすると子豚くらいの大きさの、こんがり焼けた肉の塊が運ばれてくる。見た感じ鶏肉のようだが、それにしては随分と大きい。

 

『“マムゥ”の肉だね。よく手に入ったもんだ』

「マムゥ? あの人食いトカゲの肉か」 


 確か21階以降の湿地帯にポップする巨大人食いトカゲがそんな名前だったな。聞けば金持ちの間で需要が高く、100gあたり数万円から取引されているらしい。人食いモンスターなのに人に食されているというのはいかがなものか。

 

 給仕の人がその場で切り分けてくれたので早速食べてみると――確かに美味い。ほどよく柔らかく脂も上質。でもやっぱり鶏肉のような味がする。

 

『STRとスタミナがアップするっていう効果があるんだって。今日はこの後10階まで一気にいくみたいだから、成海クンもいっぱい食べておいたほうがいいよ』

「いや、俺は8階くらいでリタイアする予定なんだけど」

『じゃあダイエットの話をしてくれたお礼にウチがそこまで連れていってあげよっか』


 目の前で吸い込むようにトカゲステーキを食し、3回目のお代りまで頼む天摩さん。そんなに食べたらどんなダイエットをしても効果が出ないのでは。

 

「ところで天摩さん達は何階までいくつもりなの?」

『15階くらいを予定してるけど他のクラス次第だねー。でも、もしかしたら20階くらいまで行くかもしれないよ。Bクラスもお供をいっぱい連れてるみたいだし』


 Aクラスの到達深度グループは平均レベルが15から18くらい。それから考えると20階まで行くというのはリスクがあるように思えるけど、優秀な助っ人が後ろに控えているので行けないこともないとのこと。

 

 だがそこまで行かれると8階で引き返しては参加賞が取れなくなってしまう。一人で10階まで行くというのも角が立つので、それなら天摩さんに連れていってもらったほうがいいかもしれない。

 

『じゃ決まりだね。デザートはどれにしようかなー』


 天摩さんはまだ食べ足りないのか、大きなメニュー表を見て食後のデザート選びに夢中になっている。

 

 後ろの大きな窓からは入り口広場が一望できて、同じ学年の生徒らしき集団もいくらか見える。その誰もがこの先一週間を見据えて倹約生活をしているというのに、この空間は別世界のようだ。

 

 そんな風に窓からぼ~っと広場を見下ろしていると、そこにいるはずのない()()の姿が見えた気がした。


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