街での初仕事
今回は5話同時更新。
この話は1話目です。
翌日
今日は一人で冒険者ギルドにやってきた。スライムは居るが人間は俺一人だ。
朝食の席で公爵家の皆さんは今日、役所に行き代官に会わなければならないと伝えられ、俺は単独行動する事になった。奥様は一人で街を歩くのが嫌なら宿に居てもいいと言ってくれたが、せっかくギルドに登録したので、初めての依頼を受けることにしたのだ。
まずは無難に薬草採取か?
森で使っていた特製の籠付き背負子(スライム入り)を背負いなおし、依頼が張り出されている掲示板からGランクの依頼を見てみる。すると薬草採取の他にも掃除や引越しの手伝い等、豊富な内容の依頼があってなかなか面白い。
初めは薬草採取にしようかと思っていたが、薬草は採ってくればその時に受けられるらしい。ならこれはいつか他の依頼の帰りにでも採取してこよう。そう考えて薬草採取以外の依頼を探していたら、沢山の依頼書の中でも一際目立つように貼られた2枚の依頼書が目に付いた。
内容は家の掃除と街の共同トイレの掃除。家はともかく共同トイレはスカベンジャースライムと前に編み出した魔法で何とかなるだろう。受付で詳細を聞いてみるか。
「すみません、少しお聞きしたいのですが」
「いらっしゃい、なにが聞きたいのかしら?」
「あそこに張られている2件の依頼ですが、詳細を聞かせてもらえませんか?」
「どれどれ……ああ、あの依頼ね。どっちもかなり依頼が出てから時間が経っている依頼よ。内容的にはただの掃除だけど、臭くて汚いから誰もやりたがらないの。それに、広さがね……」
「広いんですか?」
「とっても、ね。まずこっちの家の掃除なんだけど、この依頼人の家の隣がゴミ捨て場だったの。依頼人も不快だったけど、安かったから我慢してその家を買ったのね。
でも買った数ヵ月後にゴミ捨て場と家を隔てる地下室の壁が崩れて、ゴミ捨て場のゴミが地下室に流れ込んじゃったのよ。それで家中に匂いがこもっているからどうにかしてくれって事。掃除をしても壁を直さなきゃどんどんゴミが入ってくるし、壁を直すにはゴミをどうにかしなきゃいけなくて堂々巡りなの。
こっちの共同トイレは本来役所がスラムの人達を雇っていたはずだけど、どうも役所からの支払いがされてないみたいで、スラムの人が断っちゃったの。それで汲み取り作業をする人がいなくなって、もう3ヶ月放置されているわ。悪臭で苦情が来ているけど、抑えるのももう限界近いわね……」
それは酷い……いや、酷いの一言じゃ言い表せない。
「苦情以前に疫病とかが心配なんですけど……2件とも……」
「あら、よく知っているわね。えらいわ~。そうなのよ。不潔な場所には病魔が巣食う、疫病が流行り易くなる、なんて言うからね。だから何とかして欲しいんだけど誰も依頼を受けてくれないし……」
「具体的な広さはどれくらいでしょうか?」
「家が200平方m位の地下室で、共同トイレは横幅7m、長さが2kmの汲み取り槽が30本よ。共同トイレの方は1本ごとの受注ね」
「ゴミの内容は? 共同トイレの方は聞かなくてもわかりますが」
「家の方は家庭で出る生ゴミが大半、あとは木材の端材とかだけよ」
それならスカベンジャーに食べさせられる。
「そうですか……では家の方の依頼を受けさせて貰えますか?」
「え!? 受けてくれるの!?」
「ええ、少々都合よく掃除に使える魔法がありまして。魔力が多めに必要なのであまり使い手はいないそうですがね」
「そうなんだ~、じゃあギルドカードを出して。期限はないけど途中で放り出したら罰金だよ」
「了解です」
本当に受ける人がいないからか、それとも単にこの受付嬢さんが仕事熱心なのか。速やかに用意を整えた彼女に言われた通りギルドカードを預け、手続きを済ませて依頼主の家に向かう。
依頼主の家はギムルの街の東部、住宅街の中でも安い家が立ち並ぶ地区にあった。周辺の建物はおおむね古め。目的の家もレンガ造りのボロ屋だ。
家の扉をノックする……出てこないな……もう一度ノックする…………まだ出てこない…………留守か? …………もう一度ノックして今度は声ででも呼びかける。
「すみませーん! 冒険者ギルドから掃除の依頼を受けてやってきましたー!」
俺がそう声を上げた瞬間、中から激しく誰かが走るような足音と木の軋む音が響き、勢いよく扉が開いた。
「掃除に来たというのは本当かにゃ!?」
出てきたのは頭に猫耳、腰にしっぽのついた猫人族の女性だった。知識では知っていたし姿だけならギルドでもチラっと見えた、けど現実に交流するのは初めての獣人族だ。少々喜びで気分が高揚しかけたが……残念ながら、俺の獣人との初交流は凄まじい生ゴミの匂いとともにやって来た。しかしこれも立派な客商売、元日本人として笑顔は崩さん!
「はい、冒険者ギルドから派遣されたリョウマ・タケバヤシと申します。依頼者の方でよろしいですか?」
「そうだにゃ! 本当に掃除に来てくれたんだにゃ! もう諦めかけてたにゃ~!」
「では、依頼書の確認をお願いします」
「うん、うんっ! 間違いないにゃ!アタシは依頼主のミーヤだにゃ! 来てくれて本当にありがとうにゃ!」
「お礼は仕事を終えてからにしてください」
「……うっ、うええぇぇぇぇっぇん!」
泣いた!?
普通の対処を心がけていたのだが、何度も依頼書を見直していたミーヤさんがいきなり泣き出してしまった。……っちょ、どうすれば良いんだ?
「ちょ、ちょおっと! 落ち着いて下さい、ね?」
「ごめんにゃさい……嬉しくて……今まで来た冒険者は皆ここに来るとものすごく嫌そうで、文句タラタラで……皆途中で帰っちゃうんだにゃ~……酷いときには玄関先の臭いにも耐えきれず帰る子もいて……君みたいにやる気を出して来てくれた子は初めてにゃ……」
いや、そこは我慢しようよ今までの冒険者さん。病気とかならともかくね? 玄関先はないでしょ……
「では早速作業に入りたいのですが、作業は地下ですね?」
「そうだにゃ。でも、どうする気なのかにゃ?」
「ゴミの種類は生ゴミや木材の端材だと聞きました。それなら都合のいい魔法があるんです」
「そうなのかにゃ?」
「ええ、魔力の消費が大きいので使い手の少ない魔法ですが、あるんです。それに、僕の従魔も居ますから」
「君は従魔術師だったのにゃ? ……まぁ綺麗にしてくれるなら何でもいいにゃ。早速お願いするのにゃ」
「かしこまりました。念のため聞きますが、地下にはミーヤさんに必要な物はありますか?」
「にゃいにゃ、元々地下は物置にも使ってにゃかったからにゃ。たとえあったとしても、あんなゴミに埋もれた物はもう捨ててしまうにゃ」
まぁ、よほど大切な物でなければ長期間生ゴミに埋もれた物は捨てるか。なら好都合だ。
「それならばだいぶ早く済みそうです、地下室の物は完全に処理、でよろしいですね?」
「それでいいにゃ、頼むにゃ」
「では作業に入らせてもらいます。地下への入口は何処でしょうか?」
「こっちだにゃ」
俺はミーヤさんに案内されて地下へと続く階段にたどり着く。降りてみると突き当たりに扉があり、開けると中には大量のゴミにハエなどがわんさか群がっている光景。
俺は一度扉を閉め、背負子から出したヒュージスカベンジャースライムを扉の中に入れ、もう一度扉を閉めてから分離するよう念じる。すると大量のスライムは部屋を天井付近まで埋め尽くしたようだ。少し悪臭を発させるとスライムにハエなどが集まり、即座に捕食されていく様子が伝わってくる。……スカベンジャースライム的には美味いらしい。
そこからはただ只管スカベンジャースライム達に生ゴミを食べてもらうだけの作業になるが、傍から見たら俺はサボっているように見えるので隠蔽の結界で姿を隠しておく。
それから時間にして大体20分、スカベンジャースライム達がゴミを食べて地下室の床まで到達したことが伝わってきて、ようやく俺自身が中へ入る。
最初よりはだいぶマシになったけど、やっぱり臭いな……それに、ギルドで聞いた通りだ。壁の一部に開いた穴から新しいゴミが崩れて入ってきている。どうやらこの家は坂の下に建っていて、その上にゴミ捨て場があるという、ゴミが坂を滑り落ちるのをこの家で抑えているような状態になっているようだ。誰だよこんな場所に家建てたの……しかもゴミを埋めるために一度掘り返されたのか、壁の向こうは地盤がゆるそう。でも、まぁこれならゴミが尽きるまで食べてもらえば改善できそうだ。
「ミーヤさん」
「あー……にゃにかにゃ?」
「地下に入ってくるゴミの元って、家から出て左ですよね?」
「ゴミ捨て場は、そうにゃ」
「新しいゴミが中に入らないようにしたいので、ちょっとゴミ捨て場に行ってきます。何かあったら声をかけてください」
依頼主に一言伝えてから外に出て、今度はゴミ捨て場にスライムを配置。
「…………」
「スライムだー」
「ええ、そうね……」
……通りすがりの親子の母親に訝しげな目を向けられた。念のためここでも隠蔽結界を張っておこう。従魔術師が一緒で魔獣がスライムなら法的には問題ないけど、嫌悪感を抱く人も居るかもしれない。
ちなみに隠蔽結界は闇属性の魔力を使用する結界魔法で、傍に近づく生物に結界内部の存在を気づきにくくする効果があり、引っかかると曲がるべき曲がり道をうっかり素通りしたような感覚を覚える。
そういえば、習得したばかりの頃は自分で張った結界に騙されて家の前を何度も通り過ぎたっけ……
そんな事を考えながらスライムの手助けをしつつ過ごすと、結界を張ってから1時間程でゴミ捨て場のゴミは食べ尽くされた。
しかしこいつらの体どうなっているんだろう? 別にスライムは大食いじゃない、むしろ燃費はいいのに食事は与えたら与えただけ食べる。
……何はともあれゴミは無くなった。しかし壁はまだ汚れているのでここからが俺の出番。またミーヤさんの家に入り、スカベンジャースライムとクリーナースライムに消臭液を地下室中と外の壁に噴射してもらい、臭いを消してから壁の汚れを水で洗い流す。
「『ミストウォッシュ』」
水魔法により生まれた水が一度圧縮された後に霧状に噴射されて汚れを落としていく。
これは俺が森で魔法の研究をしていたとき、高水圧切断機を再現した『ウォーターカッター』を作ろうとして失敗したものの、的用の岩から汚れが落ちたのを見て前世の掃除用具を思いだし、これはこれで掃除用の魔法として確立させた魔法。
頑固な汚れもよく落とすが、使っている間は常に魔力を消費するので部屋一つ掃除するにも多くの魔力を使う。魔力をつぎ込み続ければずっと使い続けられるという利点もあるが、魔力が多い人じゃないと使いづらい魔法だろう。
「よし、これでいい」
壁の汚れを一通り落とし終わった。洗浄後に残った汚い水もスカベンジャースライムに飲んでもらったので問題なし。しかし部屋が綺麗になってくると今度は壁の穴が気になる。……このままでは無用心だし、適当に塞いでおこう。
『クリエイト・ブロック』で外の土からレンガ大の石材を作り、同じく『クリエイト・ブロック』で壁の穴を四角く整える。スティッキースライムの粘着硬化液をセメントがわりに組んで穴を埋めていけば……スライム達の手助けもあり、作業は約20分で終わった。
俺に出来ることは全て終わったのでクリーナースライムに全身を綺麗にして貰い、スライム達を背負子に入れてミーヤさんの所へ。
「ミーヤさん」
「にゃっ!? 来た時とおなじ格好で……ど、どうしたにゃ……? まさか、もうやめるなんて……」
「……確かにやめますね。だって、終わりましたから」
「…………にゃ? え、どゆこと?」
言葉より見せたほうが早いか。
頭にクエスチョンマークを浮かべているように見えたミーヤさんを連れて地下室へ行く。するとミーヤさんは綺麗になった地下室を見て、顎が外れんばかりに口を開けていた。
「にゃ……にゃにをしたのにゃ!?」
「掃除です」
「すごいにゃ! 本当にきれいににゃってるにゃ! どんどんゴミが入ってくるから今まで皆諦めたのに! そう言えば穴も塞がってるにゃ!?」
「また捨てられたゴミが入ってきてはいけないので、土魔法で作った石材で塞がせて頂きました。少々周りの石材との違いが目立ちますし、見苦しいようでしたら取り除きますが……」
「必要にゃいにゃ! アタシは気にしにゃいし、元から掃除ができたら大工を呼んで塞ぐつもりだったのにゃ。だから見苦しいどころかむしろありがたいのにゃ」
「そうですか、ではそういう事で……依頼は達成でよろしいですか?」
「勿論だにゃ。これだけ早く綺麗にしてくれて、壁まで直してくれたんだから報酬増額するにゃ!」
「ありがとうございます」
ミーヤさんは笑顔で依頼書の達成確認の欄にサインをしてくれた。これで依頼は達成。もうここですべき事はなにもなく、あとはサイン入りの依頼書を受付に持っていけば報酬が支払われる。
俺はミーヤさんからの感謝の言葉で見送られ、問題なく初めての依頼をこなせた達成感と、この世界の町でも働いていけるという安心感を覚えつつ、軽い足取りでギルドへと向かった。