45話 観察する者達
ドワーフの王ガゼル・ドワルゴは、暗部より報告を受けると思案に暮れる。
気になる魔物を観察するよう申し付けた暗部は、無視出来ぬ報告を王へともたらしたのだ。
魔物の住む町を建設中。
冗談か? そう思いかけたが、暗部が冗談を吐く事など有り得ない。
事実を端的に報告してくる。そして、報告には続きがあった。
豚頭族の群れが暴走を開始。
蜥蜴人族と戦闘状態に。
謎の魔物集団の参戦により、終戦。
謎の魔物達は、例の魔物の一味であると思われる。
報告書を蝋燭の火にくべて、燃やす。
瞑目し、状況を整理する。
現在、森の魔物の活性化による被害は思いのほか少ない。
ヴェルドラが存在していた時期より若干増えたのは確かだが、多い年と比べたら差異は無かった。
最低でも、この倍以上の被害が出ると予想されていたのだ。
森の治安を維持する要因があるのは間違いない。それは恐らく、例の魔物が関係している。
そして、豚頭族の群れの暴走と終息。
もし、オーク達が暴走を続け町へと雪崩れ込んでいたら、被害の規模は想像を絶する。
その矛先が自分達へ向かなかったという保障は無い。事は、運が良かったで済む問題ではないのだ。
至急、会う必要がある。王の判断は早かった。
敵にまわるのは避けたい。幸いにも、自分達には、ドワーフの協力者がついている。
国外追放の件には触れず、上手く交渉を進めるべきだ。
いや…、それよりも確実な手を打つ方が良いかも知れぬ。
王は決断を下し行動を開始する。
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4人の魔王は協定を結び、森への手出しを単独で行う事を禁止した。
そこまでは良かった。
では、誰が監視を行うか? そこで揉めに揉めたのだ。
少女のような魔王、ミリム・ナーヴァは思う。このボンクラ共に任せたら台無しになるに違いない! と。
何しろコイツ等は脳みそまで筋肉が詰まったような奴等なのだ。
ここはやはり、クールで賢い自分が率先して話を進めるべきだろう!
先程、ゲルミュッドに向けて机を投げつけた事など、すっかり記憶の中に残っていない。
彼女もまた、自分で言う所の"脳みそまで筋肉が詰まったような奴"、所謂"脳筋"なのだから。
というよりも…。
彼女が一番短気で単純だというのが、彼女以外の魔王の共通認識である事を彼女は知らない・・・。
有翼族の女王であり、魔王の一人でもあるフレイはウンザリする。
またミリムが暴走するのではないか、そう思うとやってられない。後始末をするのはいつも自分。
しかし、逆らえない。同格の魔王とは言え、歴然とした力の差があるのだ。
自分達は天空を司る者であり、自分は"天空女王"とも呼ばれる存在である。
空を飛べぬ者達には負ける事など無いと自負している。
種族特有の『魔力妨害』を併用する事で、相手の〈飛行系魔法〉を妨害する。自力で飛べぬ者は、それだけで空より落とされ死ぬのだ。
魔王ともなると、かなりの高度から落ちたとしても死ぬ事は無いが、自分に対する攻撃手段も限られてくる。
空を飛べぬ者達等、脅威では無かった。
だが、ミリム・ナーヴァだけは別だ。
彼女は、竜人族。それも最強の王。"破壊の暴君"の二つ名は伊達ではないのだ。
魔力を用い、魔法による飛行をしているわけではない。
彼女は、自らの翼で空を飛ぶ。そして、魔法に頼らぬ肉体性能。圧倒的に分が悪い。
最悪の天敵なのである。
今回も、強引に彼女に連れて来られたようなものであった。
適当に話をあわせつつ、会議の終わりを願う。
何も問題が起きなければいいのだけど…
彼女はそう思い、そっと溜息を吐いた。
獣人族の"獅子王"カリオンは気分が良かった。
魔王会議に暇つぶしに参加したのだが、面白い見世物が見れたのだ。
何としてもあの鬼達は自分の配下に加えたい。そう思う。
有翼族の女王であるフレイは、恐らく興味を持ってない。
ミリムに強引に連れて来られただけであろう。ミリムは短気で単純ではあったが、馬鹿では無い。
魔王の意見が割れて多数決になる事態を見越して、自分に点を入れる仲間を連れてきたのだ。
抜け目の無い奴だ! カリオンはそう思い、そっとミリムを覗った。
自信満々の顔つきである。
そもそも。ゲルミュッド如きに魔王4人も動かす力は無い。
この話は隣にいる、不気味な魔王、クレイマンが持ち込んだモノである。
ゲルミュッドはクレイマンの子飼いの魔人であり、その頼みを受けて自分達に話を持って来たのだ。
何を考えているのか、紳士のような丁寧な物腰に隠して本音を見せない男であった。
さて、ミリムとクレイマン。どちらがより難敵か…。
戦闘力なら、間違いなくミリムだ。
自分でもひょっとすると勝てないかも知れない。この考えも腹立たしいが、戦力分析は正確に行わなければ負ける戦いをする羽目になる。
その判断でいくならば、ミリムと自分はほぼ互角。いや、若干ミリムが上。
クレイマンは自分達より下だろう。
だが!
今回は知略も大事である。となれば、言いくるめるのが簡単なミリムは問題外。
フレイもミリムに従うので考慮の必要なし!
敵はクレイマン。そういう結論に落ち着いた。
あとはどう話を切り出すか。
カリオンは舌なめずりしながら、作戦を考える。
クレイマンは紳士の笑顔を浮かべ、3人の魔王の様子を観察する。
今回、ゲルミュッドに相談を受けた際、魔王を紹介してやったのは自分である。
裏で話を通したのも自分であった。
ゲルミュッドは自分の持つ魔法武具や魔宝具を献上したから魔王が動いたと考えていたようだが、実際は違う。
全て自分が手配したのだ。
そして、選んだ魔王二人は最も単純な性格な者達。
有翼族の女王であるフレイも連れて来られるかも知れないとは予想していた。フレイは慎重で狡猾だが、今回は興味を持たないだろう。
そういう意味で言うならば、計算どおりである。
武力に特化した二人の魔王。
いくら必死に考えても、良い知恵など出ないだろう。
出し抜くのは自分である。
上手く誘導し、ゲルミュッドの敵討ちをネタにでもして話を誘導。情に脆い二人なら、簡単に騙されてくれる!
そう考え、話を切り出そうとした時、
「ねえ、思うのだけど、皆さんで一人ずつ配下の者を出し合ったらどうかしら?
何なら、私の娘たちに行かせても良いのだけれど?」
物憂げな様子で、フレイが発言した。
一瞬固まる3人の魔王。
拒否するには理由がいるが、拒否してから単独調査に話を持っていくのは無理がある。
それが3人が同時に考えた事。
結局、その案を呑むしかない。
3人は同時に相手の顔色を確認し、頷きあう。
「ふ、ふはは! ちょうど、ワタシもそう言おうと思っていた所であった!」
「奇遇だな。俺様もだ!」
「仕方ないですね。先に言われてしまうとは…。決まり、ですか?」
こうして、魔王達は自分達の思惑とは異なるが、各々が配下を一名づつ選出し偵察に行かせる事となった。
彼等の思惑とは裏腹に……
そうして…、リムル達の住む町に、3人の魔物が訪れる事になるのだ。
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3人組の冒険者が森を歩いていた。
カバル,エレン,ギドである。
彼等は森を探索し、討伐や採取依頼をこなしていた。
ギルドマスターに伝言を伝えてから、何度かリムルの町へ訪れている。
冒険の拠点にあの町は最適なのであった。焼肉も美味しいし!
訪れるたびに町は様変わりし、発展している様が覗える。
今では、武具の修理等も頼めるようになり、正に拠点としての家を建てて貰いたいほどであった。
お土産として、香辛料や塩といった調味料関係を持参している。主に自分達の為でもあるけれど。
あそこで巡回し、町の警備を行っている人鬼族と狼のセットの兵隊さんは、素早い移動で周囲の安全を確保してくれている。
森の治安が保たれているのは、間違いなくあの町のおかげなのだ。
何より! 彼等にとって必要ない部位などを無料で貰えたりするのだ!
これは美味しい。
一角兎の角や大毒蛙の水掻き。幸運な時など、甲殻蜥蜴の角などが手に入る事もある。
こうした部位をギルドに持って行けば、討伐依頼達成と見なされる事もあるのだ。
完全にズルだが、バレなければどうって事は無いのだ。
最も最近では、彼等の所属する自由組合ブルムンド支部ギルドマスターのフューズには、疑われているようであった。
急に成績が伸びたら疑われるものである。遣りすぎてバレると不味いので、少し自重しようという話になっていた。
という訳で、
今回もいつもの如く、森で討伐して来る! という建前の元に、リムルの町へと遊びに行く途中なのである。
「でもでもぉ! あそこの料理ってどんどん美味しくなってるよね!
シュナちゃんの腕前って、王都の料理人クラスなんじゃないの?」
「そうでやすねー! あっしはちと、味には五月蝿いんでやすが、あそこのは絶品でやんす!」
「いいか、お前達。あそこに行く目的は、飯を食べに行くんじゃない。わかってるな?
今回は、ちゃんと目的があるって事、忘れてないだろうな?」
「それってぇー、愚問なんですけどぉ!」
「そうでやすよ! 前回から2ヶ月。長かったでやすねー!」
「そうだ! 長かった。だが、やっと"風呂"ってものが完成した頃だろ?
楽しみじゃねーか!」
「王都では、風呂付きの宿屋とかもあるらしいですよ! 一度行ってみたかったんだぁー!」
「何でも、"異世界人"の一部の人が、どうしても作れ! って騒いだとか?
癖になるらしいでやすね!」
「だろう? 楽しみだぜ! 何より・・・
知っているか、ギドよ。世の中には、"混浴"とか言う、素晴らしい規律が存在するらしい。
この前、リムルの旦那が熱く語っておられた。
この町にもその規律を適用してやんよ! と息巻いておられた。
わかるか、ギドよ!
俺達の、まだ見ぬ理想郷(主に、シュナ様やシオンさんと一緒のお風呂的な意味で!)はそこにある!」
「な、なんだってーーー!!!」
「……楽しみにして燥ぐのはいいんですけどぉ、ちょっと私はドン引きです。」
そんなこんなで一行は進む。まだ見ぬ理想郷を目指して!
そして、暫く進んだところで、思わぬ者達と遭遇する事になる。
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ファルムス王国の伯爵領。
ジュラの大森林に沿する辺境地域が、その勢力圏である。
その辺境に属する村々を、辺境警備隊が巡回していた。
辺境警備隊とは、二ドル・マイガム伯爵が任命した組織であり、村から村へと巡回ルートを巡らせる事で緊急事態への対応を速やかに行う事を目的とした組織である。
隊長の名前は、ヨウム。
目端の効く精悍な若者であり、褐色に日焼けして程よく筋肉の付いた引き締まった体付きをしている。
背はそれほど高くは無いが、低いという訳でもない。
油断のならない顔つきをした男であった。不細工という訳では無く、どちらかと言えば、整った顔立ちをしている。
30名の組織であるが、3つの部隊に分けて各村を巡回させている。
戦力が等分になるように注意し、一隊は拠点で休養させている。緊急時、連絡を受け次第応援に向かえるようにという意味合いもあった。
故に、拠点になる村の位置は重要となるのだが、条件に適した村が無いのである。
各村は、森の外周に面した位置に設けられており、それぞれが離れた距離にあるのが問題なのである。
最も最寄りの村までならば、補給物資を持たずに馬で早がけすれば1日で着くのだが、少し辺鄙な位置の村だった場合、補給物資の運搬も必要となってくる。
伯爵の住む町は、拠点としては離れすぎており、拠点としては向いていない。
さらに、各村の生活は豊かであるとは言い難く、出される食事も質素で寝床も快適では無かった。
隊員の不満も溜まっているのだ。
軍資金も豊富に渡されている訳もなく、贅沢出来るハズも無い。
武器や防具の手入れにも、ある程度の金は必要となってくる。
そうした不満をそらしつつ何とかやってこれたのは、村人達が感謝してくれているという事実があるからである。
荒くれ者やならず者だった自分達に、精一杯の持て成しで出迎えてくれる。
魔物の襲撃から守り、周囲の安全の為であると判っているけれど、その気持ちに嘘が無いのもまた確か。
そうした感謝の気持ちは素直に嬉しく、何とか頑張る事が出来ていた。
また、魔物の襲撃も思った程激しく無く、隊員への被害はほとんど無かったのも大きい。
死亡者はおろか、重傷者も未だ0なのだ。
今日もまた、苦い草のスープかよ・・・、そんな事を考え、ヨウムは隊を引き連れ森を進む。
巨大熊を見かけたという報告を元に、退治に出向いた帰りであった。
馬車が通る程広くはない、木々の間を馬で走る。
小さな枝程度ならば、前方に貼った魔法結界により弾く事が可能であった。
馬車だと山側の街道しか通れない。街道まで出るならば遠回りとなり、日数が掛かり過ぎてしまうのだ。
近くだと補給はいらないが、遠くにいくなら補給を持ち馬車も必要となる。
すると、結局より遠回りになる為に時間がかかる。
先程の問題の本質はここにあった。
そんな時、前方から歩いて来る者達の存在に気付いた。
どうやら、冒険者のようである。討伐依頼でもこなしに来たのか? そう思った。
辺境の町毎に報告が寄せられるので、たまに依頼が重複する場合があるのである。
精霊工学による、意思伝達技術が発展してきた現在はそういう事も少なくなってきたのだが、緊急討伐依頼など、各町への確認を前に発令される事があった。
だから、依頼の重複はなかなか無くならないのが現状なのだ。
巨大熊なら自分達が倒した所だ。もし目的が巨大熊だったら無駄足になる。
見た所、3人はそこそこ腕の立つ冒険者のようである。
そういう者にコネを持つのも悪くない。その程度の気持ちで声をかける事にした。
「おい! あんた達。この先に何か用事でもあるのか?
もし、巨大熊の討伐依頼でも受けてたのなら、無駄足になるぜ?」
そう声をかけた。
すると、
「ああ、いや。俺達は討伐じゃないというか、討伐も理由の一つ?」
「旦那、何を言ってるんですかい? あっしらの目的は、一応、討伐でやしょう?」
「そうそう! 表向きはね! って、あ!」
怪しすぎた。
ヨウムは無言で合図し、3人を囲ませる。
他国の間者か? 捕まえる義理は無いが、一応国に混乱を起こされても面倒だ。
討伐以外でこんな所に何用だ? そう思い、
「貴様ら、この先に何の用がある? 答えろ!
さもないと、命の保証は出来ぬぞ!」
殺すつもりは無いが、一応脅しをかけてみた。
3人はジタバタと言い合いをしていたが、やがて諦めたのか、
「実は、この先の町に用事が……」
代表なのだろう、大柄の男が答えてくる。
この先に町などない。
やはり怪しい・・・領主に突き出そうか? しかし、あの狸は虫が好かない。どうしたものか?
「いや、本当なんですって! 親切な魔物さんの・・・」
「おい! ヤバイって、勝手に教えたりしたら!」
「知りやせんぜ? 二度と来るな! って言われたら、姉さんだけおいていきますぜ?」
怪しいが、無視も出来ない。
何やら言い争いを再開する3人を横目に、ヨウムは思った。
確かめる必要がある! と。
「貴様等、どこの所属の冒険者だ? 目的も答えろ!
隠し立てするなよ。
こちらは、ファルムス王国・伯爵領所属の辺境警備隊。俺は隊長のヨウムだ!」
3人は顔を見合わせ、諦めたように頷きあう。
間者の取り締まり等は、業務外だが、出来ない訳でもない。
放置する訳にもいかないのだ。
本来、他国に間者を放つのはお互いに止めるという取り決めはあるのだ。だが、それが守られていない事など、暗黙の了解である。
どこの国の所属か知らないが、冒険者に化けたスパイなのだとしたらお粗末なものだ。
間者なら、捕らえらる前に命を絶とうとするだろうが、この者達にはその気配も無い。
本当に冒険者か? そう思い始めた時、
「いや、マジなんだって! ただな、そこ、魔物の町なんだよ……
言っても信じないだろ?」
「それにですねぇ、リムルさんに迷惑かけるのも不味いのですよ……」
「知りやせんぜ? ポロっと話したの、旦那方ですぜ?
あっしまで出入り禁止とか言われたら、どうしてくれるんです?」
などと、更に言い合いをし始めた。
ヨウムは呆れると同時に、嘘は言ってないのではないか? そう思った。
ならば、確かめてみるだけだ!
こうして、怪しい3人をそれぞれ縛り上げ馬に乗せると、案内をさせつつ来た道を戻る事になる。
まだ見ぬ町があるという方向へ。
そして、この先も深い関わりを持つ事になる魔物と出会う事になるのである。