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おっさん、【あの頃】にリターンす

 ゼロスが少年達の護衛をしている頃、セレスティーナ達もイリスとジャーネと共に森を進んでいた。

 セレスティーナはともかく、ウルナとキャロスティーのレベル上げが目的で、イリス達二人は護衛とて周囲の警戒に当たる。

 問題は、このメンバーはもの凄くバランスが悪かった。

 魔導士が三人、獣人と剣士の接近戦タイプが二人。回復役が誰一人いない。


「……このパーティー、凄く不安定じゃないか? 前衛が二人、しかも一人は格が低い」

「うん、女性同士だから気兼ねしなくても良いけど、戦闘面ではいまいちかな?」

「失礼ですわよ! こう見えてもわたくし達二人は、学院では成績上位なんですのよ?」

「成績で戦える訳では無いだろ? アタシも格は人の事は言えないが、少なくともイリスはこの中で一番強い。だが、索敵面ではそこの……ウルナだっけ? この子に頼らなければ魔物の発見が出来ないぞ?」

「魔法で魔物を探す事は出来るけど、下手に強い魔物を引き当てたらピンチになるのはこっちだよ? おじさんなら瞬殺だけどね」


 何気にゼロスの事を口にするイリスだが、その教え子であるセレスティーナは少し面白くない。

 決してイリスの事が嫌いな訳では無いが、事が師の事となると自分の知らないゼロスを知っているイリスが羨ましく思える。細やかな嫉妬を感じていた。


「あの魔導士、それほどの実力者なのですか? わたくしにはそうは見えませんでしたわ」

「強いよ? 五人いた【殲滅者】の一人だもん。私も憧れてたけどね、おじさんじゃないけど」

「ず、随分と物騒な二つ名ですわね……。何をしたら、そんな通り名が付くのですの?」

「大量繁殖したオークをキングごと纏めて殲滅して、龍王クラスのドラゴンを五人でタコ殴り、ベヒーモスに挑んでは襲われた街ごと灰にして、名声目的の殺し屋を全て皆殺し。知っているだけでもまだまだあるよ?」

「危険人物ですわ! 魔導士の風上にも置けません」


 伝説上の賢者に憧れるキャロスティーからしてみれば、【殲滅者】達がやらかした偉業は看過できないものであった。まぁ、あくまでもオンラインゲーム内の話だが、キャロスティーには知らない事だ。

 ただ、魔導士の姿に理想を求める彼女とは真逆の方面へと突き進んでいるせいか、受け入れがたい事であるのは確かだろう。

 

「なぜ、そんな危険人物達に憧れるんですの!? 信じられませんわ!!」

「独自に魔法を開発したり、弱い冒……傭兵には親切だったり、見た事も無い魔導具や秘薬を完成させたからかな? 実験と称して犠牲になった人もいたけど、冒険を楽しんでいて他人の誹謗中傷を尽く無視し続けたのがカッコイイ」

「思いっきり身勝手な人達じゃありませんか! 要は自分達の好き勝手に行動して、他人に迷惑を掛けたのにどこ吹く風の犯罪者ではありませんか!」

「それのどこが悪いのかな? むしろ常識に縛られないで自由にしてきただけだよ? この国の魔導士だって凄く身勝手じゃん。偉そうな態度で街の人達にいちゃもんつけてたのを見たけど?」

「うっ……」

「おじさん達は、少なくとも弱い人達には親切だったよ? 気に入らない相手は殲滅してたみたいだけど」

「イリス……フォローになっていないぞ?」


 確かにフォローになっていない。

 現実かゲーム内での話かに違いはあるが、ゼロス達【殲滅者】はとにかく悪目立ちし、何かにつけて騒ぎを起こす愉快犯であった。

 ただ、独自の理念に基づいて行動していたので、他人からすれば賛否両論に別れるところだろう。


「先生、かなり有名人だったのですね。この国まで噂は届きませんでしたが、それ程の魔導士だったのですか……」

「悪名が凄かったけど、我が道を行く姿勢がカッコ良かったなぁ~。砂漠の街では巻き添え食ったけどね」

「あ……あのぉ~、それって、仲間同士で喧嘩になって、魔法の撃ち合いになったって言う……」

「そう。凄かったよ? 砂漠を埋め尽くすデス・スコーピオンが一瞬で消し飛んで、そこから発展した喧嘩が周囲を巻き込んでねぇ~、災害級の魔物【ファラオ・スコーピオン】ごと派手な爆発で吹き飛んでたけ」

「あのおっさん、良く生きてたな……普通は死ぬぞ?」

「……それに憧れるかなぁ~? もの凄く危険な状況だったんじゃないの? 倒す魔物を無視して喧嘩してたって事だよね?」


 ウルナの至極もっともな意見に全員が頷く。


「何者にも縛られない姿勢がカッコイイんじゃない。弱者に寛容で敵対する者には容赦なし、心の思うが儘に自由に生きているところに憧れるなぁ~」

「強い事は正義だね。アタシは何となく理解できるよ?」

『『野生児に共感されても、一般人には迷惑なだけなんじゃ……』』


 ウルナ、あっさりイリスに同調。一般人であるジャーネや、貴族であるキャロスティーにはとても共感できない話である。

 セレスティーナにいたっては微妙な所で、好き勝手に派手な戦いを繰り広げていた師の行動は褒められたものではないが、だからと言って有能さを否定する事も出来ない。

 一般の倫理観を取るか、ゼロスの非常識な行動を肯定するか、そこが問題であった。


「あっ、こっちから獣の匂いがする……」

「ようやく来ましたわね……。わたくし達の格を上げる好機ですわ。セレスティーナさんとイリスさんは待機してくださいまし、ここはウルナさんと私で相手にいたしますわ!」

「お~、キャロスティーやるきだね? 手が震えているみたいだけど、大丈夫?」

「だっ、大丈夫ですわ! 騎士(武者)震いですわよ!」


 初めての実戦で緊張からか手が震えるキャロスティーを、ウルナはどこ吹く風で、いつも通り緊張感の無い声で茶化していた。

 森の奥の茂みが騒めき、奥に何らかの魔物がいる事が伺える。

 イリス達は念のために杖や武器を構えるが、出てきた魔物は予想外のものであった。


「……うそ、な、なんて事ですの………」

「マジか……アレに攻撃をするのか?」

「うぅ~ん。正直、気が引けるかなぁ……」

「か、可愛いです……」


 茂みの奥から出て来たのは、全身が白と黒の体毛に覆われた、全長二メートルを超す巨大ウサギであった。


「……美味しそう」

「「「「!?」」」」


 ただし、ウルナだけは違い、巨大ウサギは美味しそうな肉に見えていた。


「う、ウルナさん? 貴女、あのウサギを食べる気ですの?」

「えっ? 兎の肉は美味しいんだよ?」

「いや、確かに美味いが、アレを殺せるのか!? おかしいだろ!」

「まぁ、獣人てこんな感じだよねぇ~。基本的に本能で物事を考えているし……」


 巨大ウサギとウルナの一言で緊張感が台無しになったが、それも無理無からぬ事だ。つぶらな瞳の大きなウサギはあまりに愛らしく、とても殺す気にはなれない。

 まぁ、それはあくまで見た目の話だ。 

 そのウサギは上下に飛び跳ね始め、何とも微笑ましい光景がウルナを残して仄々した感情に全員が包み込まれ、それが致命的な隙に繋がる。

 ウルナだけがその危険性に気付く。


「ねぇ、このウサギ……危険みたい」

「「「「えっ?」」」」


 その一言と同時に巨大ウサギは突如として高速回転を始め、猛烈な速度でセレスティーナ達に向かって突っ込んで来た。勢いをそのままに轢き殺さんばかりの殺意を込めた攻撃を辛うじて避け、呆然とする四人。

 ウサギはそのまま木に激突し、大木がが激しく揺れる。


 ―――ベキ……ベキベキベキ…ザザザザザザザザザザザザ、ドズゥ――――――――ン!!


 その大木は音を立てて倒れ、セレスティーナ達に迫ってきた。

 全員急いで退避する。


「思い出したぁ! 【クラッシャー・ラビット】だぁあああああああああああああっ!!」


 イリスは目の前のウサギの正体に思いだす。

【クラッシャー・ラビット】。武器破壊効果を持つスキルを多数所持した凶悪なウサギで、基本的に雑食性。獲物を発見すれば真っ先に攻撃を仕掛けて来る好戦的な性格。

 主に肉を好み、見た目の愛くるしさからは程遠い獰猛な魔物であった。

 また、【暴食】のスキルも持っており、鉄だろうがオリハルコンだろうが、口に入れば何でも食らう。

 単に意地汚い魔物とも言える。


「あ、あれが……【可愛い悪魔】ですの!? 初めて見ましたわ!」

「見た目の可愛らしさとは程遠いよ! だって、何でも食べる暴食スキルを持ってるし、すんごく獰猛」

「それを早く言えぇ――――っ! なんで忘れる!」

「噂だけで、戦った事ないもん! 仕方が無い、『ピット・ホール』」


 地属性魔法【ピット・ホール】。

 その名の通り、落とし穴を作る魔法である。

 だが、ローリング・クラッシュを仕掛けて来るクラッシャー・ラビットは、落とし穴を巧みに避け此方へと突っ込んで来た。


「避けろぉ――――――――――っ!!」

「きゃぁ――――――――――っ!!」

「あ~……この魔物、確かファイアーグリズリーと同等の強さだっけ。防御力はこっちが上だけどね」

「そ、それを早く言ってください。イリスさん! 弱点は無いんですか!」

「確か……耳が良い筈だから、大きな音に弱かったね」

「大きな音ですね? 分かりました……『サウンド・ボム』」


 ―――ドォオオオオオオオオオオオオオオン!!


 森の中に、凄まじいほどの爆発音が響き渡る。

【サウンド・ボム】は風属性の魔法で、攻撃力は無いが耳を覆いたくなるような大音響を放つ魔法である。

 音以外にこれといった追加効果は無いが、聴覚の優れた魔物には有効で、魔物によっては気絶する事もある。

 案の定、クラッシャー・ラビットはフラフラになり、このチャンスを逃すイリス達では無い。


「それじゃ行くよ? 『シャドウ・バインド』」


 イリスが使った魔法は闇属性魔法【シャドウ・バインド】。

 影を操り獲物を捕らえる捕縛魔法であるが、効果時間が短い欠点がある。

 だが、即効性に優れ直ぐに捕縛できるため、短時間に獲物の動きを封じるには重宝する魔法であった。


「これなら……氷槍よ、我が前に立塞がりし敵を穿て、『アイス・ランス』」

「こっちも行くよぉ~♪ 【闘獣化】」


 キャロスティーが氷の槍を撃ち込み、ウルナが魔力で身体を強化し肉薄する。

 ウルナの戦闘スタイルは格闘戦。ガントレットに爪のような刃を複数取り付け、俗に言う鉤爪状と化した装備で殴りつける。


「追加で、『パワーブースト』『ウィンド・エンチャント』『インテリジェンス・ブースト』」


 連続して殴り続けるウルナだが、【闘獣化】は魔力消費が激しく長くは続かない。そこでイリスの補助魔法で攻撃力を上げる事により、一時的にダメージを与える効果を高める。

【ウィンド・エンチャント】は、武器や防具に風属性の魔法を纏わせ、防御力と攻撃力を強化する魔法だ。

 キャロスティーの魔法も威力が加算され、肉厚なクラッシャー・ラビットの外皮を貫き、そこから追加効果による凍傷で確実にダメージが蓄積されて行く。

 

 キュオォオオオオオオオオオオオッ!!


 吼えるクラッシャーラビット。

 すると、白と黒のパンダ色の体毛が逆立ち、イリスの拘束魔法を振り解いた。


「いけない! ウルナ、逃げてください!!」

「マズ……魔力切れ!?」


 クラッシャー・ラビットは、前足の鋭い爪をウルナに向けて振り翳す。


「させるかっ! うあっ!?」

「わぁあっ!?」


 咄嗟にジャーネが間に入り、剣で攻撃を受け止めたのだが、その勢いを殺しきれずにウルナ共々吹き飛ばされた。イリスがすかさずフォローに入る。


「『スタン・ブリット』」


 ギュオォオオオオオオオオオオオオッ!?


 雷系の麻痺魔法を受け、クラッシャー・ラビットは感電し、追加効果により麻痺する。

 この瞬間、キャロスティーのが呪文を詠唱する時間が稼げ、彼女は自分の出来る最大の魔法を行使する。


「吹きすさべ、風と氷の奔流。かの敵を切り裂き、凍てつく眠りへと誘え……『アイス・ストーム』」


 イリスの魔法効果が加わり、その威力は一つ上の魔法【ブリザード】に匹敵する威力となり、クラッシャー・ラビットを風の刃が切り裂き、全身を凍りつかせた。


「やったか?」

「ジャーネさん、それ死亡フラグだよ?」


 その一言が当たっていたのか、鈍いながらもクラッシャー・ラビットは攻撃しようと動き出す。


「えい!」


 ―――ボグゥ!!


 だが、そこにセレスティーナが駆けつけ、メイスで殴りつけ止めを刺す。

 最後の足掻きであったのだろう。クラッシャー・ラビットはそのまま倒れ、動かなくなった。


「にゃっ!?」

「きゃあっ!?」


 突然襲い来る倦怠感と眩暈に、ウルナとキャロスティーはその場に座り込む。レベルが上がった事による副作用である。

 この症状が出るという事は、二人のレベルが大幅に上がった事を意味する。


「二人ともレベルが上がった様ですね。ですが、今日はこれ以上は無理でしょう」

「だな。アタシも上がった様だけど、二人ほどじゃない。倦怠感は明日まで続くぞ?」

「う、嬉しくはありますけど……残念でもありますわ」

「うぅ……起き上がれない……。魔力切れが酷くて、頭がクラクラするぅ~……」


 大物を仕留めた五人だが、問題がある。

 このクラッシャー・ラビットをどうやって運ぶかであるが、まともに動けるのはセレスティーナとイリス、そしてジャーネの三人だけなのだ。


「確か、荷台で乗せて運ぶ事が出来たよね? どうやってここに知らせるんだろ?」

「狼煙を上げると、待機している傭兵達がこちらに来てくれたはずです。前もって連絡用の発煙筒を持たされましたし、使ってみましょう」

「それまで二人の護衛だね」

「今回は学院生がメインだからなぁ~。大物を倒しても素材はみんな学生の物になるし……儲からない仕事だな」


 確かに傭兵としてみれば赤字も良い所だろう。だが、ジャーネ達は護衛の報酬以外にもソリステア公爵からも報酬が貰える。彼女は分かっていないが、合計する金額はここに来ている傭兵達よりも遥かに多い。

 ただ、公爵からの依頼交渉をしたのがゼロスなため、いくら貰えるかが分かっていない。

 そして、おっさんも知らない。


「他の傭兵さん達も、勝手に魔物を倒して素材を確保するんじゃないかな? 学院生が倒すにしても魔物が少し強いよ? 全員が魔導士だとかなり苦戦すると思う」

「なるほど、学院で回収できるのはあくまでも学生が倒した魔物だけ。傭兵が自分で倒した場合はそのまま懐に入れられるか……」

「細かい規約文にも『傭兵自身が倒した魔物も学院の物です』て書いてないし、学院生が倒せる魔物なんて大した事ないと思う」


 イリスのレベルをこの世界の常識に照らし合わせれば、大魔導士クラスである。

 解体こそできないが、魔導士的に見れば一流に値する。ラーマフの森のレベルはイリスには弱すぎた。


「あのイリスさんて方、信じられませんわ。私達と同い年で、既に魔法の多重展開を習得しているなんて……」

「それも、全て無詠唱です。まるで、先生みたい……」

「だから言ったよ? 『強い気配がする』って……うぅ……気持ち悪い……」


 初めて見るイリスの実力に対し、学院生で成績上位者の二人は世界の広さを知った。

 学院生の成績上位者の大半は、卒業して以降は魔導士団に配属される者が多い。しかしその全員がイリスほどの実力を持っている訳では無い。むしろ足元にも及ばないだろう。

 ゼロスの知り合いである魔導士は、やはり規格外であるとセレスティーナは思った。


「それより、早く回収班を呼ばないと、他の魔物が寄って来るぞ?」

「発煙筒で呼ぶんだっけ? セレスティーナちゃん、発煙筒をつかって」

「えっ? ちゃん? は、発煙筒ですね……え~と……」


 いきなりイリスに『ちゃん』付けでで呼ばれ、戸惑いながらもセレスティーナは自分の腰のポーチから発煙筒を取り出した。


「……コレ、どうやって使うのでしょうか?」


 だが、セレスティーナは発煙筒の使い方が分からなかった。


「ちょっと貸して……あ~……車に付いてるアレと同じかぁ、じゃあ簡単だ」


 イリスは発煙筒のキャップを外すと、先端の導火線と思しき芯に『トーチ』を使って火を点けた。

 火は出なかったが、代わりに見た目とは違い凄い煙が発生する。

 手に持っていたイリスは直ぐに煙に包まれた。


「ケホッ! ケホッ! コレ、火を点けたら直ぐに投げないと駄目だぁ~……」

「当然だろ。イリスは時々常識外れの事をするよな?」

「こんな小さな筒なのに、こんなに煙が出るなんて思わないよぉ~。目に染みるぅ~……」


 発煙筒の煙を発見し、回収班が来るまでしばらく時間がかかる事となる。

 その間、他の魔物が現れないか警戒しながらも、一行は回収班が来るのを待ち続けるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「『ファイアーボール』」


 ―――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 紅蓮の炎に包まれ、【アーマー・ボア】は地面に倒れた。

 クロイサスは倒した獲物を一瞥すると、直ぐに周囲に生えている薬草などを探し始める。

 魔物よりも魔法薬の素材が重要だった。


「お前……こんな時もマイペースだよな。他に魔物が出たらどうするんだ?」

「私に解体は出来ませんからね。ならば、開いている時間を有効に使うべきではありませんか?」

「まぁ、そうなんだがよ……。こんな時も魔法薬の研究かよ」

「魔導士の高みは、果てがありません。常に学び続ける必要があると最近知りましたよ。マカロフは将来どうするのですか? やはり錬金術師を目指すとか」

「それが一番利口かな。何なら、お前のとこの派閥に世話になろうかと思っている」

「私では無く、御爺様の派閥ですがね」


 傭兵達は発煙筒を使い、回収班が来るまで警戒に当たる。

 魔物の解体は出来ないが、血抜きなどの下処理はこの場で行う方が早いのだ。

 森に入ってから7時間あまり、クロイサス達パーティーはさほど損耗も無く森を進み、大物を倒す事に成功していた。

 森を探索しながらも薬草などを回収し研究の素材にしようとするのは、研究目的の派閥であるサンジェルマン派らしいと言えるだろう。


「これは毒草ですか、確か……【デッドリリー】とか言いましたか? 根や茎に猛毒があるとか」

「何か、完全犯罪に使われそうだな」

「この毒は体に紫の斑点や、目に充血を引き起こしますので、直ぐに毒が使用されたと分かりますよ」

「詳しいな……。お前、人に実験として使ってないよな?」

「・・・・・・・・・・・」

「何とか言えよ! 仕込んでたのか!? 誰かを実験に使ってたのか!? 怖いだろ!!」


 クロイサスは答えない。

 今は薬草を採取する事が優先で、マカロフと会話するのも億劫なのだ。更にレベルも上がった事による倦怠感から口を開く気力も無い。

 それでも薬草を採取するのだから、見上げた研究者根性と言えるだろう。


「にしても……あの傭兵の女、暗いな。ほとんど無言だし、ブツブツ独り言を言ってるしよぉ」

「世の中には変な人達が大勢います。気にする必要も無いのでは?」

「お前に言われたらお終いだろ……」


 マカロフの視線の先には、何もかもに絶望し『何で私だけ男達の……目をつけてた男の子たちはゼロスさんが護衛だし…。神は敵よ……私の愛を阻む悪魔よ……』などと言っている。

 その姿は普段の彼女とは程遠い、あまりにも暗い情念に捉われた怨霊の様であった。

 はっきりと言って、不気味の一言に尽きる姿だった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ディーオ! そっちへ行ったぞ!!」

「くっ、動きが速い……。コイツ、強いぞ……」


 ツヴェイト達もまた、森の奥で魔物と戦っていた。

 相手は二足歩行の恐竜の様な魔物で【ヴェノムラプター】だ。

 外皮は鱗で覆われ、その色もどぎつい紫色。動きも素早く魔導士とは相性が悪い魔物であった。


 他の学院生もその動きに対応しきれず、翻弄されながらも少しづつダメージを与えている。

 しかも数が多い。この魔物は群れで行動する習性があるので、実戦経験の無い魔導士には荷が重い。

 それでも彼等が生き延びている理由は、まさかのコッコ三羽烏のおかげである。


「ガキ共! 確実に仕留めて行け、数が多いがその分だけ狙えば当たりやすい!」

「いけぇ――――っ!! 『ファイアーボール』」


 言われた通りに狙いをつけて魔法を放つ学院生。しかしヴェノムラプターはそれをあっさりと左にに飛んで避け、見た目よりも狡猾な魔物であるという事を浮き彫りにした。


「こいつ等、魔法を避けやがるぞ……」

「こちらの動きを観察して、動きを見ながら避けているのか……?」


 傭兵の指示は当てにならない。こうなると生き残る為に独自で行動するしかない。だが、連携を取る目の前の魔物は動きは隙が無く、迂闊な行動も出来ない有様だ。

 どこかで指示を出しているのか、ヴェノムラプターは高い鳴き声に反応し、陣形を整えるべく周囲を囲も始めていた。


「できるだけ自分達の力で切り抜けたかったが……このままじゃ犠牲者が出るか。仕方がねぇ、え~と……ウーケイだったか?」

「コケ?(何だ?)」

「この魔物は、どこかでボスが指示を出している筈だ。そいつを見つけて倒してくれ」

「コケッ(承知した)」


 ツヴェイトの指示を了解し、コッコ達は翼を羽ばたかせて木の枝に飛び、木々の間を跳ね回りながら消えた。


「ツヴェイト……あのコッコに頼んで大丈夫なのかい? こっちも戦力的に余裕が……」

「大丈夫だろ。あの師匠が育ててたんだぜ? まともなコッコじゃねぇのは見て分かるだろ」

「そうだけど……」

「後は、俺達がどれだけ粘れるかだな……。全員、密集陣形を取れ! 魔力は温存、近接戦闘で行くぞ!!」

「「「「おうっ!!」」」」


 ウィースラー派のツヴェイトを含めた魔導士達は、全員が接近戦の訓練を受けていた。

 短期間で覚えられる事など大した事はないが、それでも近接戦闘のスキルを手に入れるには充分な時間はあり、この訓練で格闘スキルを上げる事も訓練の一つとして取り上げられていた。

 過酷な近接戦闘の修練を積んだ彼等は、それなりに戦う事は出来るようになっている。まぁ、達人程では無いが、それでも出来ないよりはマシであろう。


「来るぞ!」

「任せろ! うりゃぁ!!」


 学院生の一人がメイスをフルスイングして一匹を倒す。だが、間髪入れずにヴェノムラプターは攻撃を仕掛けて来る。が、密集陣形における訓練はツヴェイト達はしっかり行っていた。

 全員が持ち場に着き、互いを守りながらも代わる代わる攻撃を仕掛けるのだ。野生の直感で獲物を仕留めようとするヴェノムラプターには、彼等の防衛陣形は鉄壁であった。

 だが弱点もある。長期戦になると不利であり、一斉に襲い掛かられれば間違いなく全滅する。

 頼みの綱はコッコ達がボスを倒す事にある。


「くそ、数が多いぞ!」

「焦るな! 業を煮やせばそこが隙に繋がる」

「だけど……数の面では不利だよ。早くボスを倒して欲しい……」

「今度は楯を用意するべきだな……もう、魔導士の戦い方じゃねぇぞ?」


 魔導士は基本的に砲台である。だが、今の彼等は半分騎士と同じ戦い方をしていた。いや、傭兵の方が近いだろう。

 身を守る手段が無ければ、殺されるのは自分達になる。正に命懸けなので、なりふり構っていられない。

 ツヴェイト以外の魔導士の卵達は、近接戦闘の重要性を肌身で感じ取っていた。


 ―――ゴパァアアアアアアアアアアアアン!!


 その時、突如として森の奥から何かが、上空に飛ばされた。

 良く見れば、それはヴェノムラプターより大きな肉食の魔獣で、キリモミ回転をしながら地面に叩き付けられる。


「【ヴェノムポイス】だ。あのニワトリ……殺りやがったな」

「おっしゃあぁ! ここから反撃だ!!」

「殲滅するぞ! 魔法を併用して行け!!」


 ―――ギョパァアアアアアッ!!


「「「「ハァ!?」」」」


 反撃に転じようとした時、奥から吹き飛ばされて来た二匹目の【ヴェノムポイス】に呆気にとられた。

 斬撃により至る所が斬り裂かれ、大量に出血をして息絶えている。

 更にもう一匹、奥から逃げる様に駆け出してくる。しかも動きが鈍い所から、【麻痺】しかかっているのが伺われた。

 やがて麻痺は全身に廻り、動けなくなるとその場で地面へと倒れて行った。


「さ、三匹もいたのかよ……」

「俺達、実はヤバかったんじゃね?」

「あぁ……これは勝てんわ。ボスが三匹じゃ相手にならんし……」

「つ~か、コッコ…強過ぎだろ……」


 ボスが尽く倒され、配下のヴェノムラプターは浮足立つ。

 司令塔が失われた事により、統制が取れなくなったのだ。


「今がチャンスだ! 混乱している内に、できるだけこいつ等を叩くぞ!!」

「「「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 統制が取れなくなれば、軍団など直ぐに瓦解する。

 命令するボスがおらず、右往左往するヴェノムラプターは大した事はなかった。弱い個体は真っ先に逃げだし、好戦的な個体はツヴェイト達に襲い掛かり返り討ち。

 動きがバラバラになれば、後は的確に叩き潰すだけである。程なくして戦闘は終わった。


 不憫なのは傭兵達二人で、彼等よりもコッコ達の方が頼りになるところを見せつけられた。


「……俺達、ここにいる意味があるのか?」

「言うなよ……空しくなるだろ」


 統制のとれた接近戦を行う学院生の魔導士達と、桁外れに強いコッコ達。傭兵二人の肩身は狭かった。

 この二人は決して弱い訳では無く、実は集団戦闘に関しては素人同然で、大人数での戦闘をした経験が無かった。こうした傭兵は少なからずおり、いざ戦争に参加すると自分の判断で勝手に行動を始め、真っ先に死んで逝くのだ。

 隔絶した強さがあれば生き残れるだろうが、戦争は質よりも量で行われるので、個の強さで独断専行する者は生き残れない。

 傭兵二人は複数による戦闘の重要性を初めて知る事になる。学院の魔導士達の戦い方は、この二人に少なからず衝撃を与えていた。


「一先ず訓練はここまでだな。後は魔物の死骸を回収して、今日は早めに休む。疲れを明日に残す訳にはいかんからな」

「そうだね。無理に強行しても危険だし、引くべき時に引くのが定石だと思う」

「あぁ……。少し疲れたし、格が上がったからな。体がだるくて仕方がねぇ」

「発煙筒を使うぞ? 回収班が来るまで、周囲の警戒は怠らない様にしないとな」


 ウィースラー派の魔導士達は、ツヴェイトを交えた実戦想定の作戦遂行案において、休息は重要であると判断していた。

 その為か、彼等の引き際を弁えており、これ以上森の奥へ進むのは危険と判断した。

 何よりも、ツヴェイト以外レベルが上がった事により、戦闘を継続する事が出来そうにも無かった。


 発煙筒が焚かれ、回収班が到着すると、彼等と共に撤収するのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「僕達……いつまで此処にいればいいんだろ?」

「知らないよ。あの人に聞いて欲しい」


 トーチカに隠れて獲物を狙い撃ちにしていた学院生少年パーティーは、集まる魔物を倒し続け大分レベルアップを果たしていたが、周りに魔物が溢れ返り逃げられない状況になっていた。

 魔力が尽きるまで攻撃し、魔力を回復させてはまた攻撃を繰り返す。血の匂いに誘われ溢れ返った魔物に囲まれ、帰るに帰れない有様だ。


「ふむ……魔物を集め過ぎましたかねぇ~。どうしたものか……」

「貴様っ、これでは陣地に戻れぬではないか!! どうしてくれるんだ!!」

「このまま帰らずに倒し続けて、格上げ(レベルアップ)をするというのは? どうせそれが目的なのでしょうし、問題ないのでは?」

「食料はどうするのだ!! 日が暮れる前に戻らねば、食事すら出来ぬではないか!!」

「戦場で孤立した時、同じ事を経験する事になるけどねぇ。その時を想定した訓練だと思えば良い」

「私に、こんな穴倉で一晩過ごせと言うのかっ!」


 甘やかされて育ったカーブルノ君は、トーチカの中で一晩過ごす事など出来ないと言い切る。

 仮にここが戦場なら、真っ先に見捨てられるところだろう。我儘で身勝手な上官など始末に負えないからだ。


「君は、本当に甘やかされたんですねぇ……。だから、坊やなのさ……フッ…」

「っ!?」


 再び放たれる冷たい言葉。

 そこには非情な意思が込められており、カーブルノは言葉を失う。


「こんな序の口ていどの状況がピンチだと? 笑わせてくれますねぇ……ククク…。こんなの大深緑地帯ほどでは無いでしょう……。

 君は知ると良い……。権力など何の意味もなさない、本当の弱肉強食の世界をねぇ……」


【あの頃のゼロス】リターン。雄大な自然の森が、彼を狂気の戦士に変える。

 そう、過酷な環境でも生き延び、弱肉強食の真の恐ろしさを経験し生まれた最悪の獣が、再び目を覚ましたのだ。

 彼は口元を吊り上げ、怜悧な笑みを浮かべる。目元を覆った仮面が、その表情をわずかに隠している分だけまだマシであろう。

 おっさんは狂ったかのように、本当に愉快そうに少年達を嘲笑していた。

 一言で言うと……これ以上に無いくらい邪悪であった。


「さぁ……地獄を見せてあげましょう。これから君達は、嫌と言うほど戦い続ける事になる。

 泣き言は許さない。弱音も諦めも、死んで楽になろうとも思わせない。戦え……最後まで戦って生き延びろ……クハハハハハハ!」


 少年達は青褪める。そして気付く、これが始まりなのだと……。

 この日、イストール魔法学院の少年パーティーは、野営地に戻る事はなかった。

 彼等は一晩中戦い続ける事になる。狂気を目覚めさせた最悪の魔導士に背後から監視されて……。


「「「「誰か……誰か、助けてぇ――――――――――――――――――っ!!」」」」


 ラーマフの森に、少年達の叫びが空しく響く。


 ちなみにラーサスは見ているだけであった(危険な時には助けに入ったが……)。

 なんにしても、少年達が地獄の戦いに身を投じたのだけは確かである。 


 

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