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おっさん、子供達の装備に悩む

 洗濯機、それは一般家庭において必須のアイテムである。

 洗濯物を洗うだけでなく、農家にいたっては野菜を洗うのにも重宝する便利な道具。

 しかし、いざ製作するとなるとこれがまた難しい。

 洗濯槽の回転数や必要となる魔力の値。稼働時間の調整など色々と面倒な設定があり、一つずつクリアしても別の箇所で問題が発生する。

 振動で発生する騒音や本体の金属疲労、ただ回転させれば良いという訳でなく、確実に汚れが落ちる回転を維持したままタイマー設定を施し、魔力消費を計算したうえで規定時間まで稼働させる。

 脱水機能を付けると少なくとも三時間はかかるであろう。しかし、それだけの時間魔力を貯え維持し続けるだけの許容量をどこに持って来るかが問題であった。

 魔力のオーバーフローで爆発し、回転振動のせいで外装が分解し、単純構造ゆえに負荷が掛かりやすくなりがちになる。あまり重いと運ぶ事が出来なくなるゆえに軽量化したのだが、その結果本体の耐久力が低くなってしまう。

 

「う~む……難しい。しかしどこから魔力が逆流するんだろうか? 魔宝石に変えたはずなのだが」


 幾度となく改良して構造自体は問題ないはずなのだが、なぜか魔力が過剰に規定量を越えて流れ、魔力式モータを過剰なまでに回転数を上げてしまう。

 制御術式も組み込んでいる筈なのだが、どうしても暴走してしまうのであった。

 実のところ、おっさん自身の魔力が高過ぎて魔宝石が変質し、規定量以上の魔力を吸収してしまう物に変化する事で引き起こされる魔力暴走だった。軽い気持ちでチャージした魔力の量が予想外に多く、洗濯機を使用すると一気に過剰な魔力がなだれ込んで来るのだ。

 要はおっさんが意識して魔力を最小限に抑えるか、別の誰かが魔力を込めれば良いだけの話だった。しかし、そんな単純な事にゼロスは気づかず、しきりに頭を捻らせている。

 いい加減に自分の保有する魔力量が異常である事を自覚すべき事なのだが、本人は未だにその答えに辿り着けないでいた。単純な答えほど見過ごし易く実際に発見するのは難しい。

 元より魔法が無い世界の住人だったので感覚が掴み切れないのだ。

 開発の迷いの中にいるおっさんは、何気なく向けた視線の先に、子供達と共にこちらへと歩いて来るルーセリスの姿を確認する。


「おっちゃ~~~ん! 生きてる~ぅ?」

「やったよ、おっちゃん!」

「とうとう許可が下りたよ、おっちゃん!」

「昨日シスターを縛り上げて……エロかった」

「君達ぃ―――――――っ、ルーセリスさんに何したのぉ!?」


 狩りに行く為に、子供達はとんでもない暴挙に出たようである。

 どうにも夢を叶えるためには手段は選ばない様だ。


「拙者達はしすたーを縛り上げて、コッコの羽でくすぐっただけだぞ? 拷問などとんでもない」

「……拷問なんて言ってないぞ? つーか、それは既に拷問でしょ……。だ、大丈夫だよな……? ルーセリスさん……変な趣味に目覚めてないよな?」

「目覚めません!!」


 顔を真っ赤に染めながら否定するルーセリス。

 おっさんは何かモヤモヤしたモノを胸の内に感じていた。


「まさか、この子達があのような暴挙に出るなんて……。あんな縛り方をどこで覚えて来たのでしょう……あ、あんな……あんな、恥ずかしい……」

「は、恥ずかしい……だとぉ!?」


 言葉を澱ませながらも次第に俯いて行くルーセリス。

 不敬と思いつつも、おっさんは思わずイケナイ妄想を頭の中に浮かべてしまう。

 おっさんも男なのだ。


「近所のオネェさんから教えてもらったのさ!」

「旦那さんを良く縛ってたよね?」

「鞭でも叩いてたよ? 旦那さん……嬉しそうだったなぁ~、痛くないのかな?」

「アレはまるで……煮込み豚(叉焼)のようだった。肉が食べたい……」

「教育上、よろしくねぇ―――――――――――――っ!?」


 イケナイ妄想は事実だったようだ。

 まさか近所に、そっち趣味のプレイを楽しむ夫婦がいるとは思いもしなかった。

 そんな人妻に教えられた縛りのテクにより、ルーセリスは哀れな犠牲となった様である。


「なぜ……なぜ昨日、我は孤児院に行かなかったのだぁ!! 無念……」

「言葉使いが変わるほど、心の底からガッカリしないで下さぁ~~~~い!! あんなのを見られたらお嫁に行けなくなりますぅ~!!」

「大丈夫! その程度で嫁に行けなくなるなら、僕が貰い受けますから……」

「はぅ!? そ、そんな……いきなりそのような事を言われても困りますぅ……。こういった事は順序良く……(できればジャーネと一緒に……)」

「……今、最後の方でとんでもない事を言いませんでしたか? って……順序を守れば、いずれは……」

「あぅ!? わ、私ったら……何を口走っているのでしょう……」

「「「もう、結婚しちゃいなよ。シスター……」」」

「そうすれば、毎日肉が食える……にくぅ~……」

「結婚……それは人生の墓場。剣の道に夫は要らぬ……」


 ブレない子供が二人いた。

 片や食欲、片や血生臭い剣の道。ルーセリスをくっつけようとする意志はなく、どこまでも自分の欲望に正直だった。


「それより、おっちゃん! 鎧を作って!」

「全身フル装備で金ぴかのヤツ。宝物庫から武器をたくさん出すようにして」

「もしくは動物の形から分解して着こむ感じ?」

「掌サイズから呪文一つで自動装着なんて楽そう。どこかに動物の顔がついてる感じで、乗り物にもなるんだっけ?」

「拙者は……ふむ、東方風の騎兵ような……。装着中に反物が飛び交うようにしてほしい。白い虎がいれば最高だな」

「……君達は何と戦う気だ? それ以前に、何でそんなものを知っている……」

「「「「「昔、勇者が伝えたお話の中に出てきた装備だよ? 誰もが羨む神秘の装備。そこに痺れる、憧れる~~~ぅ!」」」」」

「おのれ勇者ぁ! オタク文化の先駆けをこの世界にも植え付けていたかぁ!」


 無茶な要求だった。

 古い世代のオタク文化がこの世界でおとぎ話のように広がっている。

 勇者召喚の影響は少なからず文化に影響を与えていた。とは言えど、オリジナル作品がそのまま伝えられていた訳ではなく、地方によっては話や展開の形を変え別の話に変貌している事もある。

 

「「「「一人で皆殺し! 皆でフルボッコ!」」」」

「名作がぶち壊し!? いや、ヒーロー物はある意味で正しい……か? しかし教育に悪い」

「拙者は高速の剣技も極めてみたいと思う。不殺の誓いを貫く話は感慨深い‥‥‥最後は修羅道に戻るのが素晴らしい」

「カエデさん? 君……真逆の道を突き進んでいるよねぇ? それと原作が壊されてるぅ!?」


 孤高のヒーロー物は敵に苦戦しながらもジェノサイド。また、戦隊物は物量と火力に任せてタコ殴り。

【勇気・友情・努力】が揃っていたとしても、巨大な悪に対してやっている事は殲滅。

 ラブなロマンスも盛り込まれている場合もあるが、結局のところ敵であるなら必ず倒すという点では同じだった。勧善懲悪物に『なぜ戦うのか』といった苦悩はない。あったとしても意外に早く解決する程度の悩みだったりする。

 特に昔の物はそうである。颯爽と現れ、悪を倒して消えてゆく。そこに迷いなんてものはない。

 仲間の結婚式に行く最中に、通り魔に刺されて死ぬなんていう話も在ったり、科学者の脳みそを摘出してシステム化という非人道話が在ったり、教育に適しているかと言えば微妙だろう。

 最近は仲間が死ぬという話を聞いた事がないが、その代わりロボの数が増え過ぎている傾向が強い。

 悪側にしても最終的に正々堂々真っ向勝負だったり、全く悪役らしくない。むしろ怪人がコミカル過ぎて微笑ましいくらいである。


「話を戻すが……君達が望むような装備は作れない。そもそも神話の時代から続く誰が作ったか分からない装備だったり、邪神の一部なんて作れる訳…………ないからね?」

「できないのか? おっちゃん!」

「おっちゃんならできる!」

「諦めるなおっちゃん! 諦めたらそこで仕合終了だよ?」

「作れないなら肉をくれよぉ~」

「無理は言えないか……。少し、残念だが……」


 あえて言わなかったが、邪神の装備は素材があるために作れそうな気がした。

 しかし、装着したら確実に呪われるので作る訳にはいかない。放たれている瘴気がハンパではないのだ。

 魔法耐性が低ければ、真っ先に死ぬほどである。


「普通の装備にしなさい。そもそも、そんな伝説級の装備が君達に使える訳ないぞ? 絶対に弾かれる」

「適合できれば大丈夫なんじゃない?」

「俺達、運が良いし」

「歌で装備できる物もあった気がするぞ?」

「アタイ達なら大丈夫さ!」

「無理なら肉でぇ~~っ!」

「いや、普通に死ぬでしょ……何の根拠もない。しかし適合なんて言葉も覚えていたか、おのれ勇者……」


 中途半端なオタク文化によって汚染された子供達。

 夢を見るのは自由だが、それを現実にしろというのは無茶だった。作れる訳がない。


「すみません。子供達が無茶な事を言って……」

「無茶というか、不可能だねぇ。そんな技術があるなら、この世界はもっと発展しているだろうし」

「鎧を動かせば良いんじゃないかな?」

「リビングアーマーとか?」

「装備したら勝手に動かないかな?」

「楽で良いんじゃない?」

「そう言えば……生者を取り込んで動く鎧なんて話もあったな。やろうと思えば作れるのでは?」


 次第に物騒な話になってゆく。

 カエデはヤバい装備を装着したいのだろうか? だが、おっさんは子供達の要望に応える事は出来ない。

 危険物を作る事は可能だが、そんな物騒な代物を与える事など出来る訳がない。

 間違いなく衛兵に捕縛されるだろう。死刑レベルである。


「はいはい、ムチャ振りは止めようね? おいちゃんにも出来る事と出来ない事があるから」

「「「「うぃ~~~っス」」」」

「残念だ……。呪われた生きた鎧を着て修羅の道……。それはそれで良い……」

「そこに侍魂があるなら構わないけど、普通に考えて操られるだけのアンデッド。それで剣の道が極められるのかねぇ?」

「!? た、確かに……。そんな簡単な事に気付かなかったとは……」

「リビングアーマーに操られるようじゃ、剣を極めるなんてどう考えても無理な話でしょ。自分が戦っている訳じゃないんだから」


 根本的な事に気付き、カエデはどこか残念そうであった。

 修羅や羅刹の道と、闇を歩く者は全く違う存在である。


「ふぅ……先ずはサイズを測ろうか。作るのは普通の装備だからね? 間違っても変な機能を付ける気はないからね? 念のため……」

「あの……手伝いましょうか? この子達のサイズならある程度は分かりますので」

「お願いします。女の子もいますから」

「はい!」


 こうして始まる子供達の初狩猟準備。

 製作するのは体格に合わせた防具系と武器、弓と矢も用意する事にした。

 問題は数だが、適当に揃えておけば良いと判断を下す。


「槍も用意した方が良いかな?」

「あの……ゼロスさん? 子供達の狩りなのですが、私も同行しても良いでしょうか?」

「えっ? 構わないが、装備はどうするので?」

「私は自分の武具がありますので、お気になさらず……」

「いつもの慈善活動は? 回復魔法を必要としている方々もいるのでは? その方々達に言っておかないと、後々不味いと思いますよ?」

「司祭様の方々から休暇を取りなさいと言われてますので、ここで有給休暇を使ってしまおうかと思います」

「あるんだ……有給休暇」


 孤児院の見習い神官というより、保育士に思えて来た。

 

「明日からから皆さんの所に廻って、休暇の事を知らせておきます。あの子達だけだと、見えない場所で何をするか心配で……」

「怪我とかの心配じゃないんだ……分かる気がする。しかし、出発がいつになるか分かりませんが?」

「そうですね……一週間くらいなら休めると思います。日にちは後日教えておくとして……あっ、司祭様にも連絡しておかないと……」

「色々と面倒な手続きが必要なのか。休暇を取るのも大変だなぁ~」


 毎日が日曜日のおっさんは少し羨ましかったりする。

 おっさんは無職の上に自由人、生きて行くだけならそれなりに稼ぎはある。

 しかし、真面目に働く人々を見るとちょっぴり罪悪感を覚えるのだ。

 そんなおっさんの元に、ジョニー君が何か紙の様なものを持ってこちらに駆け寄ってきた。


「おっちゃん! 俺達の装備はこんな感じにしてくれ」

「これ? マジで?……いや、やめようよ。これは駄目でしょ……」


 紙に描かれていたものは、どこかの世紀末に出てくるようなデザインの装備であった。

 終末世界後の映画か、はたまた管理された世界の裏側で暗躍するレジスタンスの様なデザインに、おっさんは頭を悩ませる事になる。

 首を動かしただけでトゲが刺さるようなショルダーに、実用性があるとは思えない。ハッキリ言えば悪趣味だった。

 そんな装備を着たがる子供達の感性が分からない。


 出来るだけデザインを反映させて欲しいとしつこく言われ、おっさんは頭を悩ませながら装備製作の準備に取り掛かるのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日からゼロスが子供達の装備を作り始めた頃、ルーセリスは休暇を取るために各孤児院を歩き回っている。

 休暇を取る以上、自分が回復魔法で治療して回る担当区画を他の人に廻さねばならないからだ。

 サントールの街にある孤児院は計四か所。うち一つがルーセリスの管理する古びた教会なのだが、残り三か所は新市街の四方に分けられており、その中で一番大きな孤児院に各神官達を束ねる司祭がいる。

 何故このような面倒な施設配置になったのかと言えば、原因は次期当主であるツヴェイトの精神暴走であった。

 イストール魔法学院で洗脳下にあったツヴェイトは、ルーセリスと出会い恋愛症候群を発症。そこから程良い感じで洗脳魔法と症候群の症状が混じり合い、結果として力尽くで女性をモノにする糞野郎が出来上がった。洗脳の所為で本来の誠実さが失われたツヴェイト君は、あえなく失恋。ただ、その時に行ったムチャ振りで孤児院が解体され、未だに街の四方にある教会に分散されたままであった。


 しかし、この政策は決して無駄という訳ではない。

 司祭や神官達にして見れば自分が受け持つ奉仕治療の範囲が決められる事で、無駄に体力を消費してまで街の中を歩き回る必要がなくなった。

 予め管轄が決まっていれば、効率良く回復魔法で治療を行えるようになったのだ。迷惑を被ったのはルーセリス一人だけで、司祭達からしてみれば実にありがたい事だったのである。

 唯一面倒な事といえば、休暇を取るためには司祭の管理する南側の教会に行かねばならない事で、ここで書類手続きをする事で休暇を取れる事になる。

 そして、その教会の司祭こそがルーセリスやジャーネを育ててくれた恩人でもあった。


 ルーセリスは一呼吸をして真新しい教会の扉を潜ると、二人の神官が孤児達の面倒を見ながらも人としての道徳を説いていた。

 だが、子供に難しい事を言ってもつまらない訳で、何人かは既に夢の中にいたりする。

 そんな光景を眺めながら、ルーセリスは仕事の邪魔にならないよう神官達に軽く頭を下げ、教会の奥へと足を進めて行く。

 光の当たる通路を進み、司祭のいる部屋の扉の前に立つと、ルーセリスは軽くノックをする。


「メルラーサ司祭様、神官見習のルーセリスです。本日は休暇の申請をいたしたいと思いまして、こちらに伺いました」

『いるよ、さっさと入って来な。面倒な事は嫌いなんだよ、あたしゃ』

「失礼します……」


 扉を開け会釈をして部屋に入ると、テーブルの上に胡坐をかいて座り酒を飲む、50代の中年の女性司祭の姿があった。神官服を着ているのに酒の注がれたグラスを傾け、口に煙草を咥え煙をふかしている。

 お世辞にも聖職者とは思えぬ姿だが、ルーセリスは溜息を吐いた後に「相変わらずですか……」と呟いた。この教会では司祭の放蕩振りが日常なのである。


「おぅ、ルー! 久しぶりだねぇ。今日はどうしたんだい?」

「休暇の申請です。子供達が狩りに行く事になりまして、私も引率としてついて行く事に決めました。つきましては数日休暇の許可を頂きたいのですが」

「狩り? アンタのところのガキ共が? そりゃまた思い切ったねぇ」

「子供達がやる気でして……。私ではもう止められません」

「アハハハハハ! あのガキ共は問題児だからねぇ、けど自立は早いと思っていたが予想以上だよ! しかも狩りか、あの子達は傭兵にでもなるつもりなのかい?」

「はい……私としては危ない事をして欲しくはないのですが、あの子達は本気です」

「そろそろ自立する歳だからねぇ。良いじゃないか、行っておいで」


 メルラーサ司祭は豪快な人だった。

 そして司祭とは思えぬほどに酒と博打が好きで、しかも恐ろしく強い。ついでに喧嘩も好きだった。

 普段の行動から見ても司祭とは思えないロクデナシのようだが、これでも街の人々からの信頼は厚い。

 特に船乗り達とは気が合うようである。


「そんなに簡単に決めても良いんでしょうか? 私は不安なのですが……」

「ルーが初めて面倒見る子供達だからねぇ、その気持ちは分かるつもりだよ? けどね、いつまでも子供のままではいられない。いつかは自立して出て行くものさ、アンタもそうだっただろ? なぁ、ルー……」

「ハイ……ですが、いきなり狩りだなんて……。確かに訓練はしていますが、実際に戦うのとは違いますし……」

「戦う? 狩りに行くんだろ? 何でそんな話になるんさね」

「あの子達の場合、絶対に大物を狙って無茶をします。最初はともかく、間違いなく大きな魔物を狙うでしょうし」


 メルラーサの脳裏に、嬉々として魔物に向かって行く子供達の姿が思い浮かぶ。

 彼女もルーセリスの元にいる子等の性格を知っているので、ルーセリスの取り越し苦労ではなく真実になると確信した。変な方向で信じられている子供達である。


「あー……不思議だねぇ。その光景が目の前に浮かぶようだよ。やるな、間違いなく……」

「ですよね、だから心配なんです……。絶対、大物を仕留める事に夢中になるはずです!」

「しかし、なんだね……。あのお転婆娘が人の心配をするようになるなんてねぇ……。アタシも歳をとるもんさね」

「司祭様……それは言わないでください。幼い頃の事はちょっと……」

「角材掴んで、近所の悪ガキ共をシバキ倒していたあのルーがねぇ……。随分と女らしくなっちまったもんさ。で? 男はもうできたのかい? 聞いた話だと、親子ほど歳がも離れた男に惚れてるらしいじゃないか、やっちまったのかい?」

「な、なんて事を言うんですかぁ、司祭様!?」


 女性司祭というより、寧ろ酔払ったおっさんだった。

 酒瓶を指でつまんで揺らしながら、ニヤニヤと笑みを浮かべながら絡んで来る。

 この放蕩司祭、意外にも古い連中からは姐さんと呼ばれ慕われていた。


「しかも魔導士なんだって? ジャーネも気があるらしいとか、三角関係かい? いいねぇ~、青春だねぇ~。未だに男が出来ず行き遅れたアタシから見れば、実に羨ましいじゃないのさ、こんちくしょう!」

「し、司祭様……いったいどれだけお酒を飲んだのですか? ……酔っていますか?」

「いんや、シラフさ。たかが酒瓶10本開けたくらいで酔う訳ないだろ? このアタシがさぁ~、グヘへへ」

「いえ、普通なら酔いますよ……。なんで正気を保っていられるのですか」

「それは、アタシが酒に強いからさ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 どう見ても酔っ払いだが、ルーセリスは知っている。これでもシラフなのだと。

 本当に酔った時の司祭は凄い。そこには記憶が残らない程の恐怖が吹き荒れ、気が付けば目の前は散々な有様へと変貌する。

 怪我人の数も半端ではなく、そのどれもが何故か裏側の人間だったりする。

 何が引き起こされたのか誰にも分からない。しかも、衛兵達からなぜか感謝されるのである。


「ときに、最近のジャーネの様子はどうだい? あの子が傭兵になると言い出した時には驚いたもんさ。引っ込み思案で人見知りの激しい子だったのにねぇ……」

「元気にお仕事をこなしていますね。たまに孤児院に泊まりに来てくれますし」

「あたしゃ心配だよ。人の真似をしてるのは良いが、あの子は元より繊細な子さ。無理を重ねていると、ちょっとした事でボロが出るだろうしねぇ」

「まぁ、【強い人】=【司祭様】ですからね。言葉遣いは変わりましたが、内面は昔の可愛いままですよ?」

「あの子の目から見たアタシは、あんな感じなのかい? 何かむず痒いねぇ……」


 幼い頃の自分達の話をされるのは何とも気恥ずかしかった。ジャーネは司祭の影響を強く受け、ルーセリスは修道院で礼儀作法を習い現在のように矯正された。

 ルーセリスとジャーネは幼い頃と比べて、見た目の印象が大分変ってしまっている。孤児院関係の知り合いが二人を見ると、誰もが『似合わねぇ』と言うほどに。


「それにねぇ、ルー……。あんたは神なんてものを信じちゃいないだろ? いくら孤児院を手伝いたいからとはいえ、何も神官になる必要はなかっただろうさ」

「信じてはいますよ? 人並み程度ですが……。それに、司祭様も言っていたではないですか。『神は何もしてはくれない。自分の人生は自分の力で切り開くものさ』って。私は少しでも同じ境遇の子供達の力になりたかっただけです。自分で選びました」

「だからってねぇ、神聖魔法が使いたいが為に神官の修業までする必要はなかったんじゃないかい?」

「あの頃は、それが一番早いと思っていましたからね。今だったらしませんよ、最近ですが街で良く噂を聞きますし……」

「アタシも聞いたね。『各国家の魔導士が協力して回復魔法を完成させた』って噂だろ? 近い内にスクロールの販売を始めるってもっぱらの噂だねぇ。嘘か本当かは知らんけど」


 最近になって降って湧いた回復魔法の販売の噂。

 その噂の正否が分からないために、メーティス聖法神国から派遣されている司祭や神官達は困惑している。だがメルラーサやルーセリスは元よりこの国の民で、派遣された司祭達よりは混乱はしていない。

 何しろソリステアは魔法国家。回復魔法を開発する可能性も十分あり得ると考えているために、派遣神官程に驚く事もなかったのだ。寧ろ回復魔法があるなら広めた方が良いとさえ思っている。


「派遣された連中はかなり慌てているみたいだよ。これで好き勝手に治療費を値上げできなくなる訳だし、神聖魔法の価値が極端に下がる事になる。魔導士が治療魔法を使えるようになったら神官の立場はなくなるわな」

「神聖魔法はただの魔法らしいですよ? 魔導士と神官の違いは【職業ジョブ】の効果が違うというだけのようですから、効果は落ちるけど魔導士も回復魔法は使えるようです」

「あんた、そんな情報をどこから仕入れたんだい? そんな話は聞いた事……あぁ~お前の男かぁ~、なるほどねぇ~って事は、ジャーネの男でもある訳だねぇ……。寝床で聞きだしたのかい?」

「違いますぅ! 普通に教えてくれましたよ。魔導士と神官は同じだとか……」

「それは言わない方が良いぞ? ルー……。四神教に属している以上、異端審問の対象になるだろうさ。くれぐれも世間に広めるんじゃないよ? いいね!」

「異端審問官……この国で活動できるのでしょうか? 仮にも魔法王国ですよ?」

「難しいね。けど、リスクは少ない方が良い」


 異端審問官はメーティス聖法神国の暗部である。

 教義に反した神官を処罰する裏の部署であるのだが、実際はただの暗殺組織。

 法皇や司教の命に従い神敵を抹殺する狂信者で構成された部隊であった。


「ふぅ……まぁ、この話は胸の内にしまっておけ。それより、休暇の事は了承した。しっかりガキ共の面倒を見て来るんだよ。馬鹿な事をしたら殴りつけるのも教育さね」

「子供を殴るのは虐待ではないのでしょうか? 少し躊躇いますよ」

「甘ったれたガキに、物事の分別を教えるのも大人の務めさね。優しくするだけが教育じゃないよ」

「訳も聞かずに殴りつけるのもどうかと……。教育は難しいですから」

「それを理解していれば、間違う事はないだろうさ。まぁ、気をつけて行ってきな」

「はい……留守の間の事はお願いします。いつ行くかは後日報告に来ますので」

「おう、さて……あと三本開けるか。貰い物だから遠慮する必要がないからねぇ、今日の内に全部飲み切れるか……」

「・・・・・・・・・・」


 机の下から酒瓶を取り出しコルクを器用に指で開けると、そのまま一気に煽るように酒を飲む。

 これで司祭というのだからどこかおかしい。なぜ異端審問を受けないのか不思議である。


 何はともあれ、こうしてルーセリスの休暇申請は通る事になった。

 その後、治療行為を行っている患者や知り合いなどに声をかけ、休暇で出かける事を伝えて行く。

 無論その合間にも怪我人などの治療を行い、子供達と共に出かける準備を着々と進めていった。

 後はどこぞのおっさんが準備を整え終えるのを待つだけである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その頃、おっさんは一人、子供達の装備を製作するにあたり頭を痛めていた。


「……トゲ付肩パッドはまだ良い。ザ○みたいにトゲが邪魔にならないよう、短めにすれば良いんだからな。問題はモヒカンヘルムだ。これ、どうしろと?」


 モヒカンヘルム。

 顔が見えるタイプの頭部を守る防具でヘルムの亜種。しかし、頭部のモヒカンをどう考慮すれば良いのか理解に苦しむ。子供達がモヒカンになり、そのモヒカンがヘルムの真ん中を通り抜けるようにすれば良いのか、はたまたモヒカンの飾りを付ければ良いのか分からない。

 仮に前者だとした場合、頭部を守るという防御面に関しては著しく低下する。後者の場合はモヒカンを飾り立てる事に意味があるとは思えない。

 本気でこれを装備する気なのだろうかと理解に苦しんでいた。


『革のジャケットなどはまだマシだろう。鉄板を急所を防ぐように仕込めば良い。問題はカイの胸部アーマーだな……防御力が全くねぇ!』


 心臓部をわずかに守る申し訳程度のプレートを、革のベルトでショルダーパッドと共に固定する。

 上半身は他に何も着ておらず、体にチェーンを巻き付けているだけである。

 防御力など全く考えていない無駄に危険なスタイルだった。こんな姿で狩りに出かけたら真っ先に死ぬ可能性が高い。

 何しろゴブリンやオークは武器を扱う。弓で攻撃されたら間違いなく体に矢が刺さるだろう。

 子供達の要望に応えてやりたいところだが、現実に考えると無理な話である。


「あの子達は……どこまで本気なんだ? わからん……普通で良いか、めんどくさい」


 防御力があるかどうか分からない装備より、普通に販売しているものを作る事にする。大事なのは子供達の命だ。そもそも世紀末風の装備など見た目が悪く、お世辞にも機能が優れているとは言い難い。

 こうして子供達が必死で考えた装備案は没になるのであった。

 まぁ、考えるのがめんどくさくなったとも言える。


 要望に応えてやる事よりも安全を優先し、独断と偏見を以て製作を始めた。

 ジンクスいう訳ではないが、何かの間違いで子供達が爆発されてはかなわない。

 変に行動力があり、何をしでかすか分からない子供達なだけに、おっさんは安全面に苦心する事になったのである。

 そして、五日ほど時間を掛けて製作された装備、そこに世紀末ファッションは全く反映される事はなかった。 


 

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