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おっさん、意外な人物と再会す

 モブの村には様々の者達が訪れる。

 強くなるためにレベルを上げに来る駆け出し傭兵、生活のために魔物の素材を狩りに来る猟師、魔法薬などの秘薬を製作するために採取に訪れる錬金術師。そして、依頼を受けて魔物の素材や薬草などを採取する傭兵達。

 こうした多くの者達の行き来がモブの村を大きく発展させ、今もなお成長を続けている。

 その中に、珍しく女性二人組の姿があった。


 まるで娼婦の様なドレスを着た女性だが、よく見ればマジックドレスと呼ばれる女性魔導士専用の装備であり、黒いマントに大きめのとんがり帽子が特徴的の20代女性。基本的に美人の部類に入るが、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

 手にはトレントという魔物から採取された木材と、魔力伝導率の高い金属であしらわれた杖を持っていた。

 もう一人は一言で言えばメイドである。眼鏡をかけたすっとぼけた表情の女性で、顔のそばかすが印象的などこにでもいそうな町娘である。しかし、メイド服の上には金属製の防具が装着され、身の丈ほどの巨大なハンマーを手に持ち、ゴブリンを容赦なく撲殺している。

 ご存知『ベラドンナ魔法具店』の店主であるベラドンナ―――本名を【キャンディー・スィート】というのは内緒だ。もう一人はそこの店員であるクーティーである。どうやら彼女は戦士系のようだ。


 ―――ブオォン!!


 振り抜いたハンマーがゴブリンの頭部を粉砕し、その勢いは止まらず他のゴブリンにも直撃。

 見た目とは対照的に凄惨な現場である。そんな彼女の一撃は、年頃の娘とは思えないほど早く鋭い。何しろ一撃でゴブリンが肉片に変わるのだ。普通なら身体能力が異常と思えるだろう。

 しかし、クーティーは危なげなくゴブリンを倒し、更なる獲物を求め、手にした鈍器というには生易しいほどの鉄塊を振り落とす。

 実は傭兵ランクBの実力者で、【血塗れの撲殺者】という物騒な異名を持っていたりする。

 そんな彼女が場末の道具店店員に甘んじている理由が、余計な一言でパーティー内の雰囲気をぶち壊し、幾つものパーティーを解散に陥れた実績があるからだった。

 本人に悪気がない事がタチが悪く、同じ女性同士でも二度と一緒に仕事はしたくないと言われるほどだ。

 更に問題なのが、彼女の戦い方に原因がある。巨大なハンマーを振り廻すためにチームワークが取りづらく、彼女の攻撃の巻き添えになる者も続出した。

 死者が出た訳ではない。何気に倒した魔物が肉片に変わり、仲間が血塗れに染まるのだ。臓物まみれになった時など目も当てられない。ハッキリ言えばホラーである。

 彼女の戦い方はとにかく豪快で、細かい事には全く気にしない。思いやりとか、気配りがないとも言えるだろう。

 その場の勢いだけで行動するのである。


「ほらほら、まだいるわよ? さっさと倒しなさい」

「てんちょ~ぉ、店長も手伝ってくださいよぉ~……さすがに疲れましたよぉ~」

「私は、アンタがスプラッタにしたゴブから魔石を回収するのに忙しいのよ。文句があるなら肉片に変えず綺麗に倒しなさい。全く……気持ち悪いんだから」

「気持ち悪いのは私ですかぁ~? それともスプラッタなゴブリンですかぁ~?」

「両方よ! 後で焼き払う私の身にもなりなさい。めんどくさくて仕方がないわ……」

「えぇ~~~~~~っ!?」


 ベラドンナはクーティーから距離を置いている。無論、巻き添えを受けないためだからである。

 一振りでゴブリンが無残な肉片になって飛び散るのだ。近くにいたら撲殺され、死なないまでも返り血で赤く染められてしまう。距離を置くのも当然であろう。


「ほら、来たわよ? まぁ、何匹は逃げたようだから楽勝でしょ?」

「人使いが荒いですよぉ、てんちょ~ぉ……えい!」


 ―――ゴバシャァ!!


 また一匹、ゴブリンが無残な肉塊へと変わり果てる。

 叩き込まれたハンマーの威力が、ゴブリンの体内圧力を一気に破裂させ、狩場に大量の血液と臓物が撒き散らされた。

 狩場は凄惨な殺戮の場に変り果て、ゴブリンもまた冷酷な殺戮の犠牲者へと変わる。

 そこに一切の言い訳など通用しない。容赦なきサーチ・アンド・デストロイ。

 彼女は絶対に戦争が好きだ。撲殺が好きだ。惨殺が好きだ。圧殺が好きだ。強殺が好きだ。蹂躙が好きだ。虐殺が好きだ。滅殺が好きだ。粉砕が好きだ。破砕が好きだ。爆砕が好きだ。殺戮が大好きだ。

 そうでなければ目の前に広がる地獄を作り出す筈がない。彼女の持つハンマーも既に大量の血液で赤く染まっている。しかも顔色一つ変えてはいない。


「アンタ、絶対に殺す事が好きでしょ? 私は『ゴブちゃん、逃げてぇ――――っ!!』って叫びたいわよ。世界の中心で……いえ、狩場の中心でね」

「酷い!? こんな事をさせているのは店長じゃないですかぁ~。私は、大草原にある白い壁の小さな家で起こる殺人事件を、溢れる知性で見事に無事解決する探偵になりたいんですぅ!」

「無理よ。だって、犯人はどう考えてもアンタでしょ? この凄惨で、陰湿で、悪質で、邪悪な地獄を見てみなさい。どの口で『犯人はお前だぁ!』って言えるの? 溢れる知性? アンタのどこを叩けばそんな物が出てくるのよ。考えなしのジェノサイダーの癖に」

「誰がジェノサイダーですかぁ! それを言ったら、店長は共犯者じゃないですかぁ~! 私に殺戮を強要したんですからぁ~」

「あんた以外に誰がいるのよ……私も、ここまで酷い殺し方を頼んだ覚えはないわよ? 好きじゃなければこんな真似はできないでしょ? 認めなさい……あんたは猟奇殺人者だという事実を……。認めて早く楽になりなさい」

「何で、今にも自首を進める友人のような表情をして言うんですかぁ~っ!! 私はただ魔物を倒しただけですよぉ!?」


 その殺し方があまりにも残虐である。

 楽に勝てる相手に問答無用で鉄塊を振り下ろし、情け容赦なくミンチに変える姿は最早悪鬼だ。

 寧ろ犠牲となる魔物に同情するレベルである。狩場はモザイクを掛けなければ見る事が出来ないくらいに酷い有様、言い訳しようがないほどに赤く染まった地獄である。


「見なさい。アンタの残虐非道な殺戮に怯え、ゴブリン達が恐怖に慄き逃げ出してるわよ? この……悪党ぉがぁ!!」

「がぁ―――――――――――――ん!?」


 鉄錆臭が漂う肉片に埋め尽くされた狩場。

 こんな地獄をたった一人の娘が引き起こしたのだから、もはや言い逃れは出来ないだろう。

 

「全く……誰が後始末をすると思ってるのよ。こんなミンチばかりを焼いていたら時間がかかるじゃない」

「仕方ないじゃないですかぁ~、私はハンマーの方が得意なんですぅ~っ! 剣を振るったら間違いなく店長に飛んでいく自信がありますよぉ~」

「それ……何気に私を殺すって言ってない? 喧嘩なら買うわよ? 死ぬ覚悟はあるかしら」

「違いますぅ~! 剣を振るうとなぜかすっぽ抜けるんですぅ! 今まで何人も死にそうな目に遭わせたほど下手なんですよぉ~っ!!」

「だからって……この殺戮は無いんじゃない? 手加減くらいしなさいよ」


 傭兵は狩場の後始末もしなくてはならない。

 たとえ肉片ばかりでも、後始末をしなければ疫病が蔓延する事になる。

 だが、目の前の光景は後始末をするにしても酷い有様だった。


「終わったなら、頭のないゴブから魔石を回収して来なさい。後始末はしておくから……焼くと臭いのよねぇ~、ゴブリンって……」

「店長の横暴! 独裁者! 行き遅れ……」

「【フレア・バースト】」


 ―――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 轟音と共に狩場が紅蓮の炎で赤く染まった。

 ゴブリンの肉が焼ける異臭と、吐き気を起こさせるほどの酷い臭気が辺りに漂い充満する。


「何か、言ったかしら?」

「いえ……魔石を回収して来ます……」


 正直が美徳というが、時として正直者は自分の身を亡ぼす事に繫がる。まさか範囲魔法でツッコミが来るとは思わなかった。

 クーティ-は渋々魔石を回収べく、頭部のないゴブリンの解体へと向かう。

 彼女はいつも一言余計であり、同時に全く懲りない娘でもあった。行き遅れになるのはクーティーも同じなのかもしれない。


「店長てば、人使いが荒すぎますねぇ~……これだから男が寄り付かないんですぅ~。下着姿で店の中を歩き回るし、女としての慎みをどこへ置いて来たんですかねぇ……ブツブツ」


 文句を言いながらもゴブリンを解体するクーティーさん。

 頭部が無いゴブリンの体にナイフを突き刺し、腹から心臓を引きずり出すと、心臓に埋まっている魔石を抉り取る。

 見様によっては酷い光景だが、傭兵は誰もが行う回収作業である。コレが出来なければ、魔物の討伐は依頼として受ける事が許されない。

 余談だが、イリスの場合はジャーネやレナが解体を行い、パーティーとしてのランクは少しずつ上がっている。しかし、個人としての資質の面では信用に値しない傭兵になる。

 だからこそ今現在、必死になって解体を覚えようとしているのだが、かなり難航していた。


 クーティーは魔石を回収を繰り返し、最後のゴブリンの元へと歩いて行く。

 頭部のないゴブリンは3メートルほどの高さがある崖の傍に転がっており、なぜこんな場所に死骸があると言えば彼女がハンマーで吹き飛ばしたからだ。

 魔石を回収すべくゴブリンの体にナイフを刺そうとした時、それは起こった……。


 ―――ギョパァアアアアアアッ!!


「何ですぅ……って、えぇ―――――――――――――――っ!?」


 上から落下してくる茶色い物体。【ビックボア】がクーティーに向かって落ちて来たのだ。

 慌てて逃げようとするも時すでに遅く……。


「グエェ……」

 

 哀れ、クーティーはビックボアの下敷きになったのである。

 情けない声を上げて、彼女はカエルのように潰されるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


《ケース3 ラディ+カイ+コッコの場合》


 角刈り頭のラディとぽっちゃり体形のカイは、茂みからある獲物を狙っていた。

 二人のもコッコの護衛はついているが、現在二人の狩りの邪魔をする魔物の徹底的に排除していた。

 邪魔者がいない二人には心置きなく狩りに集中できる状態なのだが、問題は先にいる魔物である。

 鋭い牙を持つ中型の魔物、雑食性で高い機動力とタフネスさを持つ猪、ビックボアである。

 この魔物の特徴はとにもかくにも突進あるのみ。敵と見れば真っ先に突撃を敢行し、その素早い動きは実に厄介な相手である。

 

「カイ……以外に大物だぞ? 俺達で狩れるか?」

「う~ん……美味そうな肉だね。大丈夫なんじゃないかな? オイラ達も何度か訓練を積んで素早い動きに対処できるようになったし、ウーケイ師匠達ほど速くはないでしょ」

「だと良いけどな。何しろこれが初めての狩りだ……確実に仕留めたい」


 コッコ達との訓練では、その凶悪なまでのスピードに慣れるまでかなり苦労した。

 そのスピードに比べれば、ビックボアの速度など大した事ではない。問題はとにかく頑丈でタフな事である。また、毛皮も売れる事から矢で穴だらけにするのも無理がある。

 打撃で戦うにもハンマーの様な装備はない。


「毛皮は諦めた方が良いな。どう考えても剣や槍では穴だらけにしちまう」

「そうだね。おいらも同感……倒すなら頭に一撃、これしかないと思う」

「今の俺達には無理だな。手古摺りそうな気がするし……」

「何とか探してみれば大物、綺麗に倒すのはやめておこう。怪我したくないし……」


 子供とは思えないほど慎重である。

 夢は自堕落に生きる事、そのために大金を稼ぐことが必要な訳で、大金を稼ぐために怪我をしては意味がない。魔石だけでも小遣いよりも多い金額になる訳で、ここで無理をする理由はどこにもないのだ。


「さて……それじゃ始め、アレ?」


 ビッグボアはこちらに顔を向け、前足で地面を蹴っていた。

 これは【突撃】を敢行する前振りでもある。


「オイラ達の位置がバレた!? でも、何で……」

「知るか! 動きを見て対処するぞ!」


 答えは風である。

 二人は風上にいたために、臭いで居場所がバレたのだ。

 ビックボアは鼻も良く利き、狼ほどでもないが微弱な臭いにすら反応する。これは自然界で餌を探すために発達した能力であり、多くの野生動物が保有している能力の一つでもある。

 聴覚と嗅覚は野生動物にとって身を守る必要な能力なのだ。


「ブキィイイイイイイイィッ!!」

「「き、来たぁ―――――――――――――っ!!」」


 ビックボアは高い移動力で突撃し、鋭い嗅覚で敵との距離を測る。

 突進しながらも微調整を行い、確実に強烈な一撃を与える事を狙って来るのだ。だからこそ冷静に動きを注視し、すれ違いざまに一撃を加える事がセオリーだった。

 しかしながら初心者の、ましてや狩りが初めての傭兵にそんな芸当が出来るはずもなく、多くの駆け出し傭兵がこの強烈な一撃の洗礼を浴びるのだ。

 まぁ、たまに例外もいるのだが……。


「い、今だぁ!」

「避けろぉ―――――っ!」


 コッコと訓練をしていた二人には、この突撃が緩慢な動きに見えていた。

 危なげもなく躱す瞬間に腰のショートソードを引き抜きながら斬りつけ、先にダメージを与える事に成功する。しかしながら動いている相手に痛烈な痛手を与えるには及ばず、かすり傷程度に終わった。


「お、思っていたよりも硬いぞ? 弾かれた感じがした……」

「多分、身体強化を使ってるね。体毛だけでなく固い毛皮に変化しているんだ」

「あー……どうするよ。もうじき日が暮れそうなんだけど……」

「ん~………カウンターで必殺の一撃で良いんじゃないかなぁ? マナ・ポーションはあるよね?」

「それしかないか、剣じゃ上手く攻撃が通らないし、格闘技で行くか?」

「OK! オイラもそれで行こうかと思う。気絶させられたらめっけもの」


 相談は直ぐに終わった。

 獲物を探して狩場をうろついたまでは良いが、どういう訳か獲物に出くわす事がなかった。

 ようやく見つけたらゴブリンとビックボアの戦闘中。コッコに頼んでゴブリンは追い払って貰ったが、ビックボアと戦う事を選んだのは二人である。

 この時ばかりはコッコ達は手助けをしてはくれない。


「オォオォォ……高まれ、俺の魔力!」

「南無八幡大菩薩、アンゴルモアは来なかった……」


 どこかで聞いたような、どこか間違った事を口ずさむ少年達。

 昔に召喚された勇者のオタク知識は、こんな所にまで影響を与えていたりする。


 突進していたビックボアは、その加速力からどうしても機敏には曲がれない。下手に曲がろうとすれば勢いで転倒してしまう。

 そのためか、大きく迂回する事で方向転換をし、ラディとカイの元へ向かって再び突撃して来た。

 鈍重そうな体とは思えない機動力。得てして豚や猪は無駄な贅肉は存在せず、そのほとんどが筋肉である。人間で言うところのナイスバディなのだ。

 身体強化による肉体補正は身体能力や防御力も強化され、ビックボアを肉弾戦車へと変えるのである。


「行くぞ、カイ!」

「オッケー、ラディ」


 猛進して来るビックボアと、タイミングを計るラディ&カイ。

 勝負は一撃。そこに全てが懸けられていた。

 ビックボアの体当たりを直撃を受ければ二人ともただでは済まない。一撃必殺の瞬間は、刹那の中にあるのだ。二人の頬に一筋の汗が伝う。


「俺達は無敵……」

「オイラ達の技に適うもの無し……」

「ブギィイイイイイイイイイイイイイイィ!!」

「「オイラ達の一撃は無敵なり!!」」


 ビッグボアと二人の姿が交差する。

 それは正に刹那の攻防。誰もが目を背ける瞬間に起きた一瞬の奇跡。


「天昇剛拳撃!!」

「修羅死襲蹴!!」


 練り上げられた魔力が込められた一撃が、ビッグボアの横腹に炸裂した。

 高められた魔力が強制的に身体能力を強化し、限界以上に引き上げられた強力な拳と蹴りが、ビッグボアを天高く打ち上げる。

 哀れなビッグボアは、茂みの奥へと落下していった。


「「無敵☆」」


 角刈りBOYとぽっちゃりファイターは、手ごわい相手を仕留めた事を喜び、勝利のポーズをとる。

 見事なコンビプレイである。が、魔力消費し過ぎて直ぐに倒れた。

 二人は鬱状態になりながらもマナ・ポーションを急いで煽る。マナ・ポーションの味は、ちょっぴり苦いオレンジ風味だった。


「んじゃ、解体しようか。ラディ、ビッグボアはどこ?」

「ん? そこの茂みの先に落ちた……ゲッ!? ヤバイ……」


 茂みの先は崖だった。それほど高い訳ではないが、ビッグボアは下の狩場へ落ちたようである。

 問題は、そのビッグボアに潰された人間がいる事だろうか?

 二人の少年達は顔を蒼褪め、恐る恐る下を眺め続けるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「これは……どう表現したらいいのかしらね?」


 ベラドンナは目の前の光景に何と言って良いのか分からなかった。

 連れのクーティーは首なしゴブリンとビッグボアの間に挟まれ、馬車に轢かれたカエル状態。見事なサンドイッチにどう声を掛けて良いのか分からない。

 これくらいで死ぬとも思えないが、取り敢えず無事を確認してみる事にする。


「ク~ティ~死んだ? 死んでいたなら返事しないでね? 生きていても息を止めて……死んでる? 無事に死んでる? ねぇ、生きてないわよね?」

「い、生きてますぅ~……ボスけて………重い、臭いよぉ~~……普通は生きているかを聞くんじゃないんですかぁ~?」

「大丈夫、アンタは殺しても死なないから。殺しても墓穴から這い出て来るわよ。しぶといし」

「酷いぃ~~~……店長は私の事が嫌いなんだぁ~。保険金をかけて自殺に追い込んだ挙句、お金をせしめる気なんだぁ~~………」

「うん、アンタが私をどう思っているのかが分かったわ。好かれていると思っているの? アンタの所為で客足が遠のいているのに、本気です好かれていると思ってる? ねぇ、そこんところどうなのよ」


 返す言葉がなかった。

 クーティーは店に魔石を売りに来る傭兵を片っ端から盗人扱いし、せっかく魔石を購入できる好機をむざむざ見逃している。これでは魔道具の加工ができず、仕方なしにこんな場所にまで魔石を確保するべく赴く必要性が出ていた。

 結果はクーティーの給料もヤバイ状態に経営が悪化し、そこまで追い込まれたのに好かれていると思っていたとしたら、その神経を疑う。

 たとえ店の佇まいがおかしくても、まともな経営をしていれば客は減る事もない。

 全ては謂れなき濡れ衣を押し付けるこの店員に問題があるのだ。


「アンタが普通に客の対応をしていれば、こんな場所にくる必要はなかったんだけど? 親戚でなければ見捨てているんだけど、その辺りの事をアンタはどう思うわけ?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「アンタに給料を払わない事は別に良いのよ。アンタの所為で売り上げが落ちているんだしね。けど、アンタの食費や生活の面倒は誰が見ていると思っているわけ? その辺の事も聞かせてもらいたいわ。ねぇ、聞かせてくれない? 誰もパーティーを組んで貰えず、ハブられてソロで傭兵をしていたけど依頼を失敗し続けて、不憫に思ったおじさんに頼まれ、仕方なしに雇った私の店の経営を尽く不況に追い込んでいる誰かさん」

「シクシクシクシクシク………」


 自業自得だった。

 酷い話だが同情の余地はない。


「あら、泣いてるの? 泣いてすむと思ってるの? 客を盗人扱いし、衛兵まで呼んで突き出した挙句に賠償金を払わせた誰かさん。どれだけの出費だったと思う? それだけ散々迷惑を掛けているにも拘らず、懲りもせずに馬鹿な真似をし続けている破壊しか能がない穀潰しさん。それでも追い出さずに面倒を見て上げているのに陰で悪口を言いまくり、人の神経を逆なでしまくる恥知らずの恩知らずさんは、私を酷いというのね? こっちが泣きたいわよ、無神経で厚顔無恥のバーサーカーさん」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 泣くに泣けない。


「ねぇ、聞かせてくれる? これでも私が酷いというの? ねぇ、何とか言いなさいよ」

「私が間違っていました……反省していましゅ……」

「反省ねぇ……。ねぇ、知ってる? 反省だけなら猿にも出来るのよ? アンタは今まで何度同じことを言ったのかしら? ねぇ、これで何度目? アンタの反省は一歩でも歩くと忘れるものなのよね?

 それ、反省って言うの? 反省と言うのは間違いを正す事じゃないかしら? アンタは間違いを正した事があるのかしら? ねぇ、その辺りの事も聞かせてくれない?」


 救いようがなかった。

 反省の一言も口先だけで、同じ事を幾度となく繰り返したクーティー。助ける者は誰もいない。

 いや、二人ほどいた。ラディとカイである。


「すみません……」

「肉……もといビッグボアを回収したいんだけど、取り込み中?」

「あら、君達がビッグボアを倒したの? なかなか良い仕事をしたみたいね、グッジョブ!」


 二人の少年は顔を見合わせる。

 怒られるのを覚悟していたのに、なぜか喜ばれているのだから訳が分からない。

 まぁ、事情を知らないのだから当然だろう。二人とも困惑している。


「回収という事は、解体は? 血抜きをしないと肉が不味くなるわよ?」

「そうなの? そう言えば、解体職人のおっちゃんがそんな事を言ってたかな?」

「けど、ビッグボアだぞ? 重くて俺達じゃ動かせないし……」


 魔力は多少回復したが、ビッグボアを退かすにはどうしても身体強化を使い力を上げるしか手がない。

 しかしながら、二人は先ほど全魔力を酷使し、身体強化魔法を使うにしても今は些か魔力が足りない状態だった。


「そうね……仕方がないからこの場で血抜きしちゃいなさい」

「「ハァ!?」」

「血液を抜くだけなら、そんなに手間はかからないでしょ?」

「て、店長!? そんな事をされたら、私血塗れで真っ赤になっちゃいますよぉ!?」

「乾けば黒くなるわね。多分、生臭くなると思うから私に近付かないでよ? あっ、君達、魔石が出たなら売ってくれる? 良い値で買うわよ?」


 ちゃっかり魔石購入をしようとするベラドンナさん。見た目は娼婦でも職人であり、商人でもある。

 それはさておき、血液を抜けばビッグボアはある程度軽くなる。しかし、そのビッグボアの真下には潰されたメイド服の店員と、首なしゴブリンの死体。二人にはどうして良いのか分からない。


「遠慮する必要はないわ。どうせこの挟まれているお馬鹿さんも、以前に仲間の傭兵に対して同じ事をしたんだから、因果応報と言うやつよ。やっちゃえ♪」

「い、良いのかなぁ~?」

「けど、こう言っているんだし……肉が不味くなるのは駄目だと思う。解体場のおっちゃんも言ってたよ? 血抜きは手早く行うのが一番だって……」


 血抜きをしない肉は生臭くて不味い。

 こうした大物の魔物は手早く解体作業をする事で、肉の品質を維持するために必要な事である。

 傭兵は猟師の資格を持っていないと務まらない。これも訓練だと思えば遠慮する必要はなかった。

 二人は頷き合い。真っ先に血抜きを始める。


「いやぁあああああああああっ! 生臭いぃ――――――――っ!! 生暖かいぃ―――――――っ!!」


 覚悟を決めたら子供達は遠慮がなかった。何しろ肉は売れるのだ。

 サンドイッチになったクーティーの救助を優先すれば、その時間だけ肉の品質が悪くなる。


「内臓も美味しく食べられるって、おっちゃんが言っていたよな?」

「うん。手早く抜いた後、川で洗う方が良いね。傷みが激しいらしいから」

「あら? あなた達、アイテムバッグを持ってるの? 珍しいわね……」

「これは借り物さ。知り合いのおっちゃんが皆に貸してくれた。買うと高いらしいけどね」

「便利だよね。あんまり入れる事ができないらしいけど、道具を収納できるのは凄く助かる」


【アイテムバッグ】。それは傭兵が喉から手が出るほど欲しがる便利アイテム。

 バッグの中は仕切りで二つの収納層に分かれており、片方に道具や魔法薬を入れておき、もう片方には解体した素材などを収納する事が出来る。

 結界魔法と空間魔法を併用した魔道具だが、これを作れるのは高名な魔導士しかいない。

 その魔法技術は秘匿とされており、マジックバッグは一般に普及するのは少ないのである。この道具が原因で殺人事件が起こるほどにレアな装備品であった。

 ついでに収納の大きさにもよって値段が変わるが、一番安くとも庭付きの家が一軒買えるほどの値が付けられている。とても子供が持つような道具ではない。


「おっちゃんね……何者よ、子供にこんな道具を貸すだなんて……」

「コッコブリーダーのおっちゃんさ。良く卵をくれるんだ」

「美味いよね、あの卵……コッコ師匠にマジ感謝」

「そんな事よりも、助けてくださ――――――――――――――ぃ!!」


 狩場にクーティーの叫びが響く。だが、誰も助ける者はいない。

 何故なら彼女もかつて同じ事をしており、仲間を血染めの肉塗れにした経験者だからだ。

 やられた者の痛みは、同じ目に遭わなければ理解できないのである。

 因果応報、合掌……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 おっさんとルーセリス、そしてジョニーは狩場を移動していた。

 他の子供達は好き勝手に移動を繰り返し、中々捕まえる事が出来ないでいた。

 そんな子供達だが、居場所を知らせる魔道具から反応があり、片方がモブの村へ移動している。


「反応からして、アンジェとカエデさんですかねぇ? 村に戻るルートを移動中……そうなるとこの先にいるのは……」

「ラディ君とカイ君ですね。ようやく見つけました」

「あいつ等、二人で大物を狙うと言ってたなぁ~。何を狩ったんだろ?」


 三人と一羽の捜索隊は、魔力反応が出ている狩場に入るのだが……鼻をつまみたくなるような異臭が漂っていた。この異臭にはおっさんも覚えがある。


「ゴブリンか……ラディたちが倒したのかな? にしては……」

「あっ、あそこにラディ君達がいました。解体中のようですね」

「あいつ等は【アイテムバッグ】を持たせてるから、大物狙いが出来たんだよ。俺は単独狩猟に挑戦したんだけどね」

「君達、本当に逞しいね……おや?」


 ゼロスは、二人の傍にいる見覚えのある女性に気付いた。

 魔法道具専門の店の店長であるベラドンナ。そして、向こうもこちらの存在に気付いたようである。

 何気に手を振りながらこちらへ歩いてきた。


「珍しいところで会うわね。えっと……ゼロスさんだったかしら? お久しぶりね。最近は魔石を売りに来なかったみたいだけど、忙しかったのかしら? あの、少しおかしい老人に頼まれ事をされていたとか?」

「そんなところです。正確には現公爵の依頼ですがねぇ、ベラドンナさんはクレストンさんとお知り合いで? もしかして、ソリステア派とか……」

「まぁ、私は名前だけ貸してるだけなんだけど、良く依頼が来るわ。たとえば……冷蔵庫に使う魔法石の製作とか」


 冷蔵庫、それはゼロスが自分が使うために製作した簡単な魔道具だ。

 クレストンが訪れた時に構造を知ったのか、一ヶ月経たないうちにソリステア商会で売り出された道具である。今では港に冷凍貯蔵庫までせつくりだされ、これまでにない商売に手を染め始めている。


「アレの部品製作、ベラドンナさんも手伝ったのですか? 相当な数になると思いますが……」

「寝る暇もないほどに忙しかったわ。私以外には役立たずの店員しかいないし……」

「その店員は見かけないですね? とうとうクビにしたんでしょうか?」

「あー……そうだったら良かったんだけど、残念ながらあの子は、あそこに……」


 ベラドンナが指を差すと、ちょうど解体作業中のビッグボアの真下から血塗れメイドが這い出て来た。

 はっきり言えばゾンビ、バイオでハザードな世界を彷彿させてくれる。

 ルーセリスは蒼褪め、恐る恐るベラドンナに声をかけた。


「あの……彼女は大丈夫なのですか? 凄く血で……」

「大丈夫よ、アレは全て返り血だし……ダテに【血塗れの撲殺者】何て呼ばれてないわ」

「酷い二つ名ですね……そして、臭いも酷い……」


 生臭い臭気を放ちながら、クーティーは幽鬼のようにこちらに向かって来る。


「テェエェェェンチョォォォォォ……酷イィィィィィ、訴エテヤルゥゥゥ……」


 怨嗟の声を上げながら。


「訴えるならそうしなさい。けど、証人としてアンタの元仲間を法廷に出すわよ? 今までの店で起こした騒動も全て曝け出すけど、勝てると思う? 無実で衛兵に捕まったお客さんもいるのよ?」

「……生意気言いました。申訳ありません……全ては私の不徳の致すところ」


 あえなく轟沈。ベラドンナの方が強かった。

 弱肉強食のヒエラルキー内で、クーティーはベラドンナに絶対に勝つ事はできない。

 何しろクーティー自身が自爆し続けているのだ。そして、仮に裁判でベラドンナが勝訴したとしても、彼女から得られる物など全くない。

 ハッキリ言えば不毛である。クーティーは旨味が全くなく、裁判を起こすお金もないのだ。

 全ては自業自得で身から出た錆。どうしようもない話である。


「なにも見なかった事にした方が良さそうだねぇ~……関わり合いになりたくない」

「そう……ですね。彼女はきっと、酷く残念な人なのだと思います」


 ルーセリスも意外に酷い。だが、正解である。


「おっ、ビッグボアだ。今日は焼肉か?」

「おぉ~っ! 良いなぁ、解体がもう少しで終わるけど、できれば手伝ってくれよ」

「オッケー、解体は初めてだな。皮も剥ぎ取り終わってるみたいだし、後は肉だけか」

「モツもあるよ? 帰りに洗って今夜は鍋にしよう。オイラはモツを食いたい」


 ベラドンナ達を無視し、子供達は元気に解体作業に勤しんでいる。

 血抜き作業がなぜか本格的な解体になり、日が落ちるまで続けられるのであった。 



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