第14話:束の間の平穏
アニスフィア・ウィン・パレッティアはうつけものとして有名だ。
王族とは何たるかを解せぬ、摩訶不思議な研究に現を抜かす奇人変人。
しかし、視点を変えて見てみればどうだろうか。具体的に言えば、民から見たアニスフィアとはどんな人物像なのか。
奇人変人という印象は大きく変わりはしない。王族の癖に城下町に気軽に降りて来てはひやかしに店を回る。
何が売れ、何か変わった事がないのか。誰が何をして、どんな事件があったのか。世間話に彼女は耳を傾け、そして去っていく。
彼女自身が率先して解決するのは彼女の研究に関わる事が起きた時だけ。けれど、彼女に伝えた問題は人知れず、いつの間にか政策によって救われる事も多い。
偶然なのか、それともアニスフィアが民の声を国王へと届けているのか。しかし、どこまで行ってもアニスフィアは変人であり、王族らしくない奇人なのである。
それでも彼女は愛されている。王族でありながら民の声に耳を傾け、同じ目線を共有しようとする姿は良くも悪くも身近に感じる事が出来る。
そして何より珍しいのだ。彼女が作り出すものが。どこからそんな発想をしてくるのかわからない。そんな物を次々と見せてくれる変わり者の王女様が。
ほら、今日もまた変なもので空を飛んでいる。下手をすれば恐ろしいことになると思えるのに、あの王女様の姿をみれば恐怖は飛んでいってしまう。
またアニスフィア王女様だよ、と。今日もパレッティア王国の民は平和を謳歌しているのであった。
* * *
唸り声のような音が青い空に響き渡る。私は今、エアドラちゃんに乗って空を飛んでいる。とは言っても、エアドラちゃんの操縦をしているのは父上だけど。
普段は国王としての威厳を保つ為の格好だけれども、今はちょっとした鎧を着込んでいて武人のようになっている。私はそんな父上の背中にしがみついて父上と遊覧飛行を楽しんでいた。
「どうですか? 父上」
「最高じゃな! これは良いものじゃ!」
問いかけに返ってくるのは晴れ晴れとした明るい声で、父上はとても楽しそうだった。日々の職務から解放され、空を舞うというのがよほどお気に召したらしい。
子供のようにというのは言い過ぎかもだけど、エアドラちゃんを操縦している父上の姿は大いにはしゃいでる事を伝えてくれる。
父上は普段は国王として立派に務めを果たしているけれど、時折私の発明品を自ら試す事で鬱憤を晴らしている時がある。発明品に率直な意見をくれるので私もテスターとして父上に期待している所はある。
今回のエアドラちゃんは大変お気に召したようで終始笑顔のままだった。もし何か気に入らない点があれば容赦なく不満を突きつけてくるのが父上だ。
そのままゆっくりと高度と速度を下げていき、離宮の庭へと着地をする父上。前回の反省を活かし、ちゃんと着陸の件も問題はクリアしている。エアドラちゃんに盛り込む機能は今の所これで全部だ。完成品と言っても問題はないと思う。
「エアドラちゃんはどうですか?」
「なかなか具合が良い。これを量産出来れば夢がかなり広がるな」
「最初はネットワーク……王都から各街、辺境の村にまで連絡便に使えれば良いですね。数が増えたら騎士団の移動に、行く行くは民の手に渡って交通に使って貰えれば理想的です」
「ふむ……良い案だな。珍しく手放しに賞賛出来る。しかし時間はかかるだろうな。まだ安定して量産できる飛行用魔道具は出来てはおらんのだろう?」
「自分が使うだけなら箒型の飛行用魔道具がありますけれど、安定性と安全面では不安が残る代物ですからねぇ」
空を飛ぶなら魔女の箒というイメージは外せなかった。これは趣味の産物なので他人に使わせる事はあまり考えてないんだよね。
必要機能の確認も終わったし、量産するならちゃんと乗り物として作り上げたエアドラちゃんの設計の方が流用は出来ると思う。問題は素材の値段だね。エアドラちゃんは趣味でドラゴンの素材を使うとか、量産を考えて作ってない。もし量産するとなると量産しやすい素材を探して再設計する必要がある。
「量産するとなれば私の手を離れますね。私個人だと数は作れませんから」
「そうだな。……こうなるとお前と魔法省の不仲が響くな」
「……別に好きで啀み合ってる訳じゃないです」
「恨みは拗らせておるだろうが」
父上の指摘に私は唇を尖らせてしまう。だって嫌いなものは嫌いだ、魔法至上主義者なんて滅びてしまえば良い。私だって好きで魔法が使えなかった訳じゃないやい。
ある意味では私も魔法至上主義ではあるんだろうけどね。別に主義主張は好きに思えば良いと思うんだよ。ただ、それを態度に出して見下す輩が嫌いなだけだ。魔法の才能には嫉妬しちゃうけど、態々口に出すような事じゃない。
それに魔学の研究過程で生まれた魔道具は魔力さえあれば使う人を選ばない。目立たせてはいないけど、魔法に比べれば魔道具にはそうした利点がある。結局、物事なんて利点と欠点がどちらもあって当然で、欠点だけ論じて貶めるのは私の好みじゃない。
だから私は魔法主義者が嫌いだけれど、魔法の存在で成り立っている国の在り方までは嫌いじゃない。魔法そのものに罪がある訳じゃないからね。
「さて、なかなか有意義な時間であった。では余は戻るとしよう。励めよ、アニス」
「はい。父上もどうか無理をなさらずに」
「ふん。本心から言っておるのが相変わらず始末におえんわ」
苦虫を噛み潰したような顔を父上は浮かべた。だからごめんって、悪気はないんだって。
護衛を連れて去っていく父上を見送ってから、エアドラちゃんを倉庫にしまって一息を吐く。
「お疲れ様です、アニス様」
「ユフィ」
一息を吐いたタイミングでユフィが声をかけてくれた。ユフィが正式に私の助手となってから時間が過ぎて、共同生活をする内に互いの呼吸が読めるようになってきた。
ユフィは基本的に私の離宮で寝泊まりをして、週の休みには実家に戻る生活をしている。こちらで生活をするようになってから肩の力も大分抜けたようで、日々のびのびと羽根を伸ばして暮らせているみたいで何よりだ。
「どうです? 一息がてらにお茶でも」
「お誘いなら喜んで、レディ?」
「からかわないでください」
じゃれ合うようなやりとり、互いに気の抜けた息が零れてクスクスと笑い合う。
お茶の為にイリアを呼ぼうとすれば、いつの間にかもう現れて準備を始めていた。イリアの気配をまったく感じなかったけど、イリアに暗殺が依頼されたら私うっかり殺されちゃうかもしれないな。
イリアはそんな事はしないと思うけど。暗殺するより前に嫌がらせに使われそうだ。
「んー! エアドラちゃんも父上に見せたし、暫くはのんびりかなぁ。スタンピードでも起きない限りは」
「スタンピードはそう何度も起きて良いものではないですし、毎回スタンピードだからって飛び出さないようにしてくださいね? 今はもう王位継承権を持つ身なのですから」
「えーっ」
「えーっ、じゃありません。そういった自覚を促すのも私の仕事でございます。ご容赦を」
「まだまだ堅いなぁ、ユフィは」
「アニス様が柔軟すぎるのです」
「やだ」
んべ、と舌を出してお茶を啜る。まるで犬みたいにぺろぺろ舐めてるとイリアに小突かれた。ユフィもジト目だった。大人しく舌を引っ込めて普通にお茶を飲む。
ゆったりとした時間を過ごしていると体や気が鈍るような錯覚に陥る。まぁ、元々スタンピードさえ起きなければのんびりするつもりだったんだから、これが望むべき状況な訳だけど。
「んー、何か基礎研究でも進めたいけれどなぁ。折角ユフィがいるんだし」
「基礎研究ですか?」
「マナ・ブレイドの属性付与とか、そういった方面。土台の技術はあるけれど発展途上の技術を一段上に引き上げる方向で進めようかなぁって」
「属性付与ですか。使用者の魔力を使うだけではなく?」
「私みたいな人や、適性がない人には使えない属性がある訳だし、そこを改善出来ないかなって。まぁ、必要か、必要じゃないかって言われると量産品にはいらないのかもしれないんだけど。単純に私が使ってみたいだけなのもあるし」
マナ・ブレイドの刀身に属性付与をするのは非常に難しい。少なくとも現段階の技術では私も効率の悪さに匙を投げる程。そこまで苦労してマナ・ブレイドに機能を盛り込む必要があるのかと言うと、はっきり言って必要ない。
あくまで刀身に属性を付与するのは私の趣味でしかない。この技術の研究が無駄になるとは思わないけれども、今まではどう研究しても進展が望めなかったから放置してきた訳で。
「ユフィのアルカンシェルなら刀身に属性付与が出来てるからね、ユフィの魔法に依存してるとはいえ。あとはその仕組みを研究して、なんとか技術的に落とし込めれば良いんだけど……」
「そうですね……私が刀身に属性付与をしているのを誰にでも扱える術式にして、それを再現する技術をアニス様が作れれば良いのですね」
「そうそう! うーん、流石優等生。話が早くて助かるよ」
「お役に立てて幸いです」
笑みを浮かべて言うユフィに心がじんわりと温かくなる。こうして研究の事で一喜一憂出来る相手がいるのは良いものだ。あまり魔学の影響を広めないようにしてきたけれども、少し勿体ない気もしてくるのは贅沢なんだろうか。
暫くユフィにはアルカンシェルの習熟と刀身形成の際の感覚を術式に落とし込むのを依頼する。その間に私は何をするべきかなぁ。マナ・ブレイドの設計自体にはもう拡張する部分はないけれど。精々コストダウンが出来る方法がないか模索するくらいかな。
新しい事を始めるのにも今は少し動きにくいし、ユフィの事ももう少し様子見をしたい。まだ生活が変わったばかりだし、気を急かせるような事はしたくない。
「ユフィ、今の生活はどうかな?」
「どう、とは?」
「困った事とかない? ほら、弟くんの事もあるし……」
「あぁ……」
ユフィが弟くんの話題になると少しだけ困ったように微笑んだ。週の休みには実家に戻っている以上、弟のカインドくんだって顔を合わせる事もある筈。
王家のユフィへの対応に腹を立てていたカインドくん。正直、騙し討ちをしてしまうようにユフィをここに連れてきてしまったけれども、それからどうなったのだろうか気になってしまった。
「まだ腹に据えかねてるみたいですね。学院でも上手くやってるのか、少し心配で……ただ私とはあまり話をしてくれなくて……」
「うーん、となると私が直接出向いて顔を合わせるのも難しそうかな」
「もう少し時期を見て頂ければ。お父様もお母様も気にかけてくれてますので……」
うーん、王家の対応が悪かったのもあるんだけども、本当にマゼンタ公爵家には迷惑をかけっぱなしで申し訳ない。
カインドくんとはいずれ、ちゃんと顔を合わせて話をしたいのだけど時期尚早みたいだ。本当にアルくんは面倒な事をしでかしてくれたよなぁ。
(学院、今どうなってるんだろうねぇ……?)
意図してあまり学院の情報は聞かないようにしていたけれども、今後はそうも言ってられなくなるかもしれない。王位継承権を取り戻してしまった以上、これからもっと広くに目を向けなければいけないとは思う。
もしかしたら本当にアルくんが王位継承権を認められない可能性だってある訳だし。あまり気は乗らないけれど、誰かに話を聞いておくべきかもしれない。
研究だけしていたいけれど、そうも言ってられなくなってきた現実にどうしても溜息が零れてしまうのであった。
* * *
さて、学院の現状調査となるとユフィに聞かせるのも酷なので単独行動をする事にした。ユフィが来る事になって傍付きの侍女も新たに迎えるべきかなと思ったけれど、結局迎え入れていない。
離宮で働くなら私に偏見がなく口が堅い人材にしたいとイリアと話し合ってる。だけど、なかなかそんな都合の良い人がすぐ見つかる訳でもなく、結局宙ぶらりんになってしまっている。
なのでイリアは今の所、ユフィについて貰っている。あの2人は相性が良いのか、仲が良いみたいだし心配はいらない。それだけで安心が出来るというものだ。
「さて、と」
私は気合いを入れ直すように呟きを零す。今回の単独行動の目的は情報収集だ。
だけど情報収集となると私は貴族関係の伝手に疎い。今まで政治から一切身を退いていたのもあって伝手がない。あまり私が台頭するとアルくんが困ると思ってたからね。
その分、城下町に降りたり冒険者ギルドに名を連ねている事もあって平民から拾える情報が多い。時折、城下町にお忍びで降りて父上に報告をしている事もあったりする。どうしても民の声というのは直接拾い難いからね。
しかし、今回欲しい情報は城下町の伝手では厳しい。なら別のアテを頼るしかない。そして私が足を向けたのは王城のとある場所。そこからは雄々しい声が響き渡ってくる。中を覗いてみれば、訓練に勤しむ騎士達の姿が見えた。
そう、私のアテというのは騎士団だった。騎士団には平民だけではなく、貴族も多く在籍している。騎士達は魔物退治でご一緒する事も多いので、比較的に仲が良かったりする。情報を聞いて回るのは打って付けの場所だ。
「お邪魔しまーす!」
騎士達が訓練で張り上げる声に負けじと声を上げて訓練所に足を踏み入れる。近場にいた騎士達が訓練の手を止めて、ギョッとした表情で私を見る。
「ア、アニスフィア王女!?」
「ちょっと聞きたい事があって……あ、訓練の手を止めさせちゃってごめんね? 騎士団長はいる?」
「し、少々お待ちください!」
声をかけたまだ年若い騎士達が慌てて走り去っていく。事前に声をかけておいた方が良かったかな、と今更ながら思う。
でも思い付いたら即行動しないとね! イリアからはもうちょっと落ち着いて行動してって言われるんだろうけども。
「お、お待たせしました。騎士団長がお会いになるそうです」
「ありがとう。訓練頑張ってね」
騎士団長と繋ぎを取ってくれた騎士達に手を振って、私は騎士団長の下へと向かった。
ノックを数度叩いてから中に入れば、中には温和そうな美形が待ち構えていた。温和な雰囲気を感じさせるのは、その深緑色の髪色と淡い緑色の瞳がその印象を増させてるからだ。
彼こそがマシュー・スプラウト騎士団長。王都に配置された近衛騎士団の騎士団長だ。私が敬意を払っている人でもある。
スプラウト騎士団の騎士団長は私の発明品に利を見出して、昔から私によくしてくれた。戦い方を指導して貰った事もあったし、王城で逃げ回る私を追い回したりと、何かと騎士団長とは度々言葉を交わす機会が多い。
マナ・ブレイドを侍女達に普及させる時の訓練も引き受けてくれたりするいい人で、既婚の身であるのに未だに女性から熱い視線を送られている。
「ご機嫌麗しゅう、アニスフィア王女」
「ご機嫌よう、スプラウト騎士団長」
「突然の訪問は久しぶりですな」
どこか困ったように苦笑をしながらスプラウト騎士団長は言う。これでも頻度は減らしたし、訪問する前に一言を入れるようにはなった。昔は突然押しかける事なんて多々あったからね。もうスプラウト騎士団長も私の扱いには慣れたものである。
「少々お時間を頂きたくて。職務中に申し訳ないです?」
「疑問形で言わないでください。王女殿下のお相手を務めるのも近衛騎士団の役割でございます。どうぞ、お入りください」
スプラウト騎士団長に案内されるままに彼の執務室へ入る。これはいつも定番の流れだったりする。
来賓用の席に座り、スプラウト騎士団長がお茶を用意してくれる。騎士団長であり、貴族でもありながら堂に入った所作に惚れ惚れする。二人分のお茶を用意して、スプラウト騎士団長は私の対面の席についた。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「はい。実は、現在の貴族学院の噂や現状など何か知っている事があればお伺いしたくて」
私の言葉を聞いたスプラウト騎士団長が目を丸くして、次に苦虫を噛み潰したように表情を歪める。スプラウト騎士団長にとってはあまり耳に入れたくない話なのは承知だったんだけどね。
何せスプラウト騎士団長の息子様も、あのシアン男爵令嬢にひっかかった1人だと言うのだから。
「その件に付きましては、我が愚息が大変失礼を……」
「あ、いえ。私自身何も迷惑をかけられた訳ではございませんし。それに私もアルくんの事を愚弟と呼ばないといけなくなりますので、どうかそこまでに」
「ご寛恕、痛み入ります」
すっかり肩を落としてしまったスプラウト騎士団長に憐れみの念が浮かぶ。この人は昔から王家への忠誠心が強くて、近衛騎士団長として恥じない仕事ぶりを見てきたからなぁ。
なので私としては近所のお兄さんという感じだ。年齢は兄というよりはおじさんぐらい離れてるけど。
「しかし、アニスフィア様がそのような噂を耳に入れようとは珍しいですな」
「王位継承権を復権してしまったのもありますし、今はユフィを引き取ってる身ですからね」
「成る程。……ユフィリア嬢は息災で?」
「えぇ、今はのびのびと療養させております。魔学の研究も楽しんでるみたいで」
「それは良かったです……」
ホッと胸を撫で下ろすけれども、すぐに表情は苦いものへと変わるスプラウト騎士団長。私だって騎士団長の立場だったら心苦しくて仕方ないと思う。本来だったら止めるべき立場にいたのだし。
王族相手に物申すのは難しいのだとしても、せめてアルくんと同じ立場にいないで欲しかったと願うかな。なのに率先して弾劾する側に回ってるものだから騎士団長の心労は推して知るべしである。
「それで率直に聞きたいのですが。今回の件、どのように思われますか?」
「どのように、とは?」
「揃いも揃って有力者の息子が、名も知れぬ男爵令嬢に惑わされたのですか? 私はどうにもそこが釈然としなくて。色恋には疎いものですから」
結局そこである。問題の起点となったのはユフィとアルくん、そしてその取り巻きであった有力者の息子達、そして最後にシアン男爵令嬢。
このシアン男爵令嬢について、私は詳しく知らないのでいまいちピンと来ない。ハニートラップを仕掛けたと言われれば一番納得するのだけど。
「そもそも、シアン男爵家って確か冒険者として大成した現当主が男爵位を授かって、そのまま成り上がった家ですよね?」
「はい。後押しをした貴族の娘を嫁に貰い受けたのも決め手となったようです」
「ふぅーん? で、レイニ嬢はどのような子なのですか?」
「それが……どうやら、色々と複雑でして。レイニ嬢は今の奥様との子ではないようなのです」
「は?」
思わず変な声が出た。え、どういう事ですかそれ。
「冒険者であった頃、想い合っていた女性の忘れ形見との事です」
「シアン男爵は、その人とは結ばれなかったと?」
「詳しくは私はなんとも。ナヴル……息子から聞いた話なので」
ナヴル・スプラウトくんね。あの子、礼儀正しくて悪い子にも思えなかったんだけどなぁ。アルくんの側近として、物腰柔らかくて親にそっくりで将来は父親のようになるのだろう、と言われていたのにねぇ。おっと、話が逸れちゃう。
「まあ、引き取ろうと思った気持ちもわからなくもないですけど、裏は取れてるんです?」
「それが謎の多い女性だったらしく、詳しくは私も。調査はしておりますが、既に亡くなった人物ですので……」
「じゃあ、どうやってレイニ嬢をシアン男爵は引き取ったのですか?」
「孤児院に預けられていたレイニ嬢を見て、その女性の忘れ形見と気付いたそうです。それが引き取られたのが切っ掛けだとか。母親の形見を所持していたとの事で、容姿も似通っていた事から間違いがないと判断されました」
「その孤児院に裏は?」
「ありません。白と見て頂いても良いです。何かの影がちらつくような事はありません」
ふぅむ。ならハニートラップという線も消えるのか、それとも巧妙に隠されているかの2択になるのかな? しかし、どうにも不可解に思う。
「レイニ嬢はどのような子なのでしょうか?」
「勤勉で真面目、温和で慎ましいとは耳にした事があります。成績は元平民にしては成績優秀でしょうか。ただ、それでどうにも悪目立ちもしていたようです」
「悪目立ち、ねぇ」
貴族でもないのに貴族の家に引き取られて、それも成績優秀で大人しいともなれば目の敵にされかねないのはよくわかる。
ユフィからもうちょっと人物像を聞きたかったけれど、ユフィはレイニ嬢とはあまり関わった事がない感じだったからなぁ。
「わからないなぁ、そのレイニ嬢って子の人となりが。そして、どうして有力者の子供ばっかり引っかけたのか。私はハニートラップの線を疑ってたんだけども」
「どう、なのでしょうかね……」
困惑しているのはスプラウト騎士団長もそうなんだろうね。うーん、どうしたものか。
「騎士団長、今、ご子息は?」
「反省の為、謹慎させておりますが……?」
「では、直接話を伺ってみましょう!」
「はい?」
「わからない事はもっと詳しく知ってる人に聞いてみるのが一番です! という訳で、今日はスプラウト家に突撃訪問しちゃいます!」
「えぇ……?」