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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2章 転生王女と御伽話の怪物
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第25話:そして陰謀は幕開ける

 魔法省が主催する魔道具の展覧パーティーの当日がやって来た。手持ち出来る魔道具はともかく、エアドラちゃんを運ぶにはどうしても人手が足りず、王宮から人を呼ぶ事になった。

 なんだけど……なんで魔法省の奴等が混じってるのかしらね。普段は離宮には寄りつかないくせに。いや、用意の為には当然の話だとは思いますけど?


「アニス様、眉間に皺が寄ってます」


 ユフィに指摘されても深く刻まれた眉間の皺は戻りそうにない。正直、魔法省の奴等に魔道具を触られるのは嫌だ。故意に壊されて難癖付けられそうだし。

 魔道具は魔法のように使い手の技量によって同じ魔法でも質が異なる、という事は出来ない。あくまで規格は統一されていなければ量産する時に困る。

 そして魔法省の鼻持ちならない奴等はこぞって言うのだ。魔道具は魔法に劣る、と。使い手の技量を反映しきれないのだと。

 魔法を摸したものではあるけれど、魔法と同じような普及を目指してるんじゃないよ私は! 誰でも手軽に使えるって所の方が重要なの!

 日用品として使える魔道具にいたっては、こんなものに精霊石を使うのは如何なものかと言われ続ければ積もりに積もった怒りが弾け飛びかねない。

 普段は相手にしても面倒くさいから避けてるんだけど。だからといって苛立ちが消えるという訳でもない。思わず唸るような声が漏れ出てしまう。


「アニスフィア王女。本日、展覧の為の魔道具は以上でよろしいでしょうか?」

「……目録の確認は大丈夫です。後は各魔道具ごとに説明書を用意してあります。注意点には先に目を通してください。仕様以外の使用方法で使おうとした場合、責任を持てません。それから必ず私が要請した侍女の指示に従う事を徹底してください。何かあっては展覧の際に困りますから」


 概要を書いた分厚い説明書を渡せば、魔法省からやってきた男は引き攣った笑みを浮かべた。これを読めと? と言わんばかりの表情だ。それが仕事でしょうが、こっちも仕事したんだから文句言わない。そもそもそっちが誘った事でしょうが。

 ……いや、いけない。この態度は良くない。何か始まる前にこっちから喧嘩を売ってどうするのよ。今回の目的は恙なく展覧パーティーを終わらせる事。ここは笑みを浮かべて、誠実に対応しましょう!


「何かお困りの事があれば私やユフィにお尋ねください。誠心誠意、わかりやすく説明させて頂きますので」

「ヒッ……!」


 ヒッ、ってなによ。そのまま一礼して、早足に現場指揮に戻っていく責任者。浮かべていた笑顔がまた仏頂面に戻るのを感じる。笑顔で対応してあげたというのに今の反応は解せない。


「……アニス様、今、笑顔から殺気が滲み出ていました」

「あら、そう」

「自分で波風が立たなければ良いと言ってましたのに……」


 ユフィが呆れたように溜息を吐いた。だから笑顔で対応したじゃん! 怖がるあっちが悪い! 私、悪くない!

 そんな子供の駄々じみた事を思いながら、こちらも王宮で身支度を調えなきゃいけないので王宮に向かわなければならない。今日はイリアがお留守番なので、王宮から人を出して貰う事になってる。

 こういう時、普段から少数で回していると不便だなとは思う。肩書きが重たい事この上ない。さっさと彼方へ放り捨てたい。王位継承権って書いた紙飛行機を父上にぶつけてやろうか。あ、だめだ。母上がいるから見つかったら殺される。


「やはりラスボスは母上……!」

「何を言ってるんですか、行きますよ」


 溜息交じりに言い放ったユフィに促されて私は渋々と頷いた。


「それじゃあイリア、行ってくるね」

「はい。どうかお気を付けて」

「何かあったら連絡飛ばしてくれて良いから」

「はい」


 王宮ぐらいの距離なら試作の魔道具の中で使えるものがある。本当は遠距離通信を実現したいんだけどね。流石に電話とかなんてどう作ったら良いのか見当もつかないし、何かアイディアが閃けば良いんだけど。

 はぁ、面倒だけど行ってきますか。お腹の中に重たいものが溜まるような感覚を感じながら私はユフィと一緒に王宮へと向かった。



 * * *



 魔法省が用意した展覧のパーティー会場は、王宮の祝宴などでも使われる広間の一つ。王宮にはいくつか催しに合わせて使える広間があり、その中でも格式は決まっていて催しによって会場を変えている。

 今回、規模もそこまで大きい訳でもないので格式が一番低い広間だ。それでも王宮の敷地内にある広間。装飾は一級品のものが使われているし、規模も考えれば十分華やかと言えた。ならば参加者も当然の如く、着飾らなければならない訳で。


「ドレス重たい、裾が長い。邪魔」

「アニス様……」


 王宮の侍女達に磨きを掛けられ、最近何かと着る機会が増えたドレスに文句を言う。本当、ドレスって重たいし苦しいんだよ。あぁ、やだやだ。普段着の騎士服モチーフのワンピースドレスが良い。勲章とかつけたらそれっぽくならないかな?

 多分、笑顔でイリアとか母上に却下されるかもしれないけれど。それでも私は堅苦しいドレスを脱ぐ事を諦めない……!


「アニスフィア王女、ユフィリア様。用意が整いました。会場へお越しください」


 侍女が恭しく頭を下げて告げる。魔道具の展覧会場はもう設置が終わっていて、後は私が会場入りして魔道具の解説をしていくという流れになる。

 今回の目玉はエアドラちゃん。まぁドラゴンの素材をふんだんに使って何作ったんだ、って聞きたいんだろう。

 端的に言っちゃうと今回はプレゼンテーションだ。ただプレゼンした所で価値観が違うから同意を得られるとも思ってない。どうせ私がボロを出すのを狙ってるんだろうな。


「……大丈夫ですよ、アニス様」

「ユフィ?」

「私はわかってますから」


 私の心中を察したように、笑みと共に伝えられたユフィの言葉に思わず忘我する。染み入るような言葉が妙に気恥ずかしくて、お腹がくすぐったい。してやられた、と思うと自然と歩調が早くなった。

 今のは狡い。でも、それで良い。わかってくれる人がいれば良い。価値を見出してくれる人が傍にいてくれる。それだけで幸福な事なんだ。だから大丈夫。

 会場に入れば自然と視線が私達に集まる。私が向かった壇上にはエアドラちゃんが安置されていた。ユフィと共に壇上へと上がり、一礼をする。


「皆様、ご機嫌よう。本日はこの催しを開いて頂き、大変嬉しく思っております。本日は我が魔学の発明品の理解を深める場と聞き、勇み馳せ参じた次第でございます」


 頭を上げてから挨拶をしてみると反応は様々だ。私の想像した通り値踏みをするように見るものが多い。意外だったのは熱心にこちらの話を聞こうと言う者達が少なからずいる事だった。

 はて、何だろう。そんな視線を向けられる理由がまったく思い付かないんだけど。意外な事に少しだけ驚きながらも、説明を続けて行く。


「まず皆様が気になっていると思われるこちら、私が開発した飛行用魔道具のエアドラです。こちらにはドラゴンの素材が使用されており、竜の吐息の仕組みを活かした推進力とその推進力に耐えうる船体を持っています。こちらは性能の限界を目指して制作されたものですが、この試作品の設計を元に量産の構想も思案中でございます」


 息を整えて説明を続ける。エアドラちゃん及び飛行用魔道具の使用目的、飛行用魔道具が普及することで見込める経済効果、旅程の革命など。

 話を聞く人の反応もこれまた様々。私はそんな聴衆の様子を見ながらも説明を一区切りするまで続ける。


「……飛行用魔道具については以上となります」


 私が説明を区切った所で、ユフィが前に出る。あれ、そんな事予定してたっけ。

 少し戸惑ったままでいるとユフィが一礼してから口を開く。


「アニスフィア王女の助手を務めさせて頂いておりますユフィリア・マゼンタです。今回、魔法省の方々にはこのような場を開いて頂き、魔学による展望ある未来を語る機会を得た事を大変嬉しく思います。魔学によって齎される経済効果などはアニスフィア王女が説明した通りでございますが、魔法省の方々によってはこの発明が精霊や神への冒涜ではないかという疑念を抱かれる事を私共も懸念しております」


 うぇい!? ユフィ、そこを切り込んでいくの!? ほら、見るからに顔色を変えた人達が何人もいるよ。


「確かにアニスフィア王女の発想は既存にない大胆な、言い換えれば余人には理解出来ない理屈に見えているかもしれません。しかし、身近に見てきた私から伝えさせて頂くのであれば魔学は、精霊信仰や神学とは形が異なった彼等への敬意の表れだと私は伝えさせて頂きたく思います」


 ユフィはただ淡々と語る。その姿に注目を集めるばかりだ。かく言う私も目が離せない。


「世を知り、理を知り、魔法を知り、その全てが合わさり魔学は生まれています。魔学とは学問にも等しく、決して信仰や伝統を蔑ろにするものではありません。むしろ我等が受け継いできた伝統と叡智があってこそ生まれたものであり、私はアニスフィア王女という才能がこの世に生まれ落ちた事こそが我が王国が誇るべきものかと思います」


 いや誇らなくていいよ、と思ったけど私とて空気を読む。表情を引き締めて背筋を伸ばす。ユフィが一瞬、私に視線を向けて微笑んだような気がした。一瞬だったので確信はないけれど。


「どうか学びの道を断たないでください。全ては精霊と神の意志と御名と共に。アニスフィア王女が精霊の加護を賜らなかったのは無才なのではなく、その才を精霊と神がお認めになったが故にと私は皆様にお伝えしたく思います。精霊と交わした契約から始まった我が国の起こり、それから一体どれだけの時が経ったでしょうか。私は思うのです。今こそ、変化と共に我等は歩むべきなのだと。ここまで歩んできた礎と共に、皆様と共に未来を目指したく思うのです。今日は、その良き日の第一歩となればと思うばかりでございます」


 ユフィが微笑んで言葉を切る。それと同時に静かな拍手が響き渡る。そして拍手の音は次第に増えていき、少しずつ拍手の音が会場内を包んでいった。

 ……いや、ユフィは凄いな。ユフィは今の言葉を本心から言ってるんだろう。だからこそ響くものがあった。私にはちょっと出来そうにない。

 ユフィを見つめていれば、私の視線に気付いたのか柔らかく微笑んだ。やっぱり狡いな、と思ってしまう。だからこそユフィが私の隣にいる今がどこか誇らしい。彼女が隣にいてくれるだけの価値が私にはあったんだと、そう思えたから。


(本当、ユフィは狡いなぁ……私も頑張りますか)


 ユフィの演説の後、私は持ち込んだ魔道具のプレゼンを行い、恙なく終わった。その次は会食となり、実際にポットからお湯を出して使っている給仕を見て笑いが零れた。

 あれば便利だと思って欲しい。私の功績になるだとか、そういうのは正直求めてない。実際に使った人が仕事を楽に出来るとか、そう思って貰えたなら良い。

 会場の空気は終始穏やかなものだった。私にも魔法省、それも実践派の面々が顔見せにやってきてくれた。


「アニスフィア王女、良い助手をお持ちになられましたな」

「えぇ、私にはとても勿体なく思います」

「ははは! 何を仰いますか。王位継承権も復権なされた身で謙遜など過ぎたる事ですぞ」

「はははは……」


 だから王になんてなりたくないって言ってるじゃん!? とは口に出さずに笑顔を貼り付ける。


「私はこのような光景を見れればそれで満足なのですよ。魔道具が便利な道具として広まり、人々が生活を豊かにする。それが私の本懐というものでございます」

「欲がないのか、あるのか……。やはりアニスフィア王女は面白い御方だ」


 談笑に興じてるけれど、正直ちょっと離れて欲しい。ユフィが心配なんだよ。なので話を切り上げてユフィの姿を探す。

 ユフィの所には私とは比ではない程の人が集まっているのに気付いて、なんだか苦笑を浮かべてしまう。やはり人が集まる人というのはいるものだと。

 なんとかユフィを連れだそうと近づこうとした所で、しかし私の歩みは止められる事となった。進路を塞ぐように前に出てきた人がいたからだ。


「アニスフィア王女、良ければご挨拶を」

「……えぇと、貴方は?」


 正直邪魔と思ったけど、蔑ろにも出来ずに笑顔を浮かべる。あれ、どこかで見た事があるような。歳は私と同い年位、或いは下だろう青年だ。神経質そうな印象を受ける。

 癖がついた銀色の髪に、妖しい色をした紫の瞳を持つ青年は笑顔を浮かべて私に手を差し出してくる。人と顔を合わす機会が少ないから、覚えがあれば名前はすぐに思い出せるのだけど心当たりがない。

 私の前に進み出た青年は笑みを浮かべたまま、私に一礼して己の名前を名乗った。そこでようやく私は彼が誰なのか理解した。


「モーリッツ・シャルトルーズと申します」

「あら、魔法省長官のご子息?」

「えぇ、魔法省長官は父でございます」


 私を毛嫌いしてる魔法省長官の息子。……あぁ、思い出した。どこかで見た顔かと思ったらアルくんの取り巻きの一人だ。という事は、この子もレイニに心を奪われた一人か。

 あまり好んで話したいと思うような出自ではない、と思いつつ顔には出さないように笑顔を心がける。


「アニスフィア王女には大変お世話になりました。それとご迷惑もおかけしました」

「私が、何か? 直接貴方との接点はございませんが」

「ユフィリア様の事ですよ。短慮を働いた事を猛省せよ、と父からもお叱りを受けまして……」

「はぁ……」


 笑顔だけど何を考えてるのかよくわからない。というか本心が見えてこない。どうにも腹の底が掴めない相手だ。口では言うものの、ユフィの事をどう見ているのか定かではないし。言葉に誠意を感じられないからだ。


「今回、この場を提案したのも私でございまして。なんとか名誉挽回の機会と思いまして。良ければ私の名を覚えて頂ければと思います」

「……貴方が? 理由を尋ねても良いかしら。貴方はアル……アルガルドと懇意にしていたのでは?」


 誰が企画したのかと思えば魔法省長官の息子だったとは。これは正直意外な話だった。それに彼は元々アルくん側にいたのだ。どうにも動機が見えない。


「えぇ。ですが、私も考えを改めまして……目を背けていた魔道具を開発した王女様自らのご説明で拝聴したく思いまして」

「考えを改める、というのは私に鞍替えをすると?」

「いえいえ、そのような事は。本日は見定めでございます。父にもそのように話しておりますので」


 どうにも食えない。真意が掴みづらくて相手にしていたくない。それにユフィと合流したいのに実質足止めを受けているので苛々もしてきた。ここはさっさと話を切り上げてお暇する事にしよう。


「そうですか。どうか私の行いを今後とも見守って頂ければ幸いですわ」

「あぁ、アニスフィア王女。良ければ私にも魔道具の講義をして頂けないでしょうか」

「それはまたの機会に」

「それこそ今でしょう。どうか、お願い出来ないでしょうか」


 随分と食い下がるな、しつこい。思わず眉間に皺が寄りそうになったので表情筋に力を込めて堪える。なんだろう、ここまで食い下がれるとユフィと私を引き離しておきたいような気さえしてしまう。


「他の方の目もございます。どうか何卒お控えください。私の今宵の講義は既に終えております故」

「そこをなんとか……」


 しつこい! もう会話を打ち切ってユフィの所に向かおう。なんでいきなり私にすり寄って来たのかわからないけれど、相手にしている暇はない。

 改めてきっぱりと断って、踵を返そうとした時だった。


 ――キィイン、と。甲高い音が遠くから響き渡った。


 会場の皆も耳にしたその音に私は目を見開かせる。この音は知っている。知らない筈がない。だって、これは私が開発したものだ。


「イリアッ!?」


 イリアに渡した緊急事態を告げる警報だ。この日まで終ぞと使う事がなかった警戒音に私はすぐさま行動を開始しようとする。けれど、その動きは遮られてしまった。


「何だ、今の音は! 会場の者達を集めろ! 外に出すな!」


 傍にいたモーリッツが声を荒らげて指示を下す。何の音かと囁き合っていた者達はモーリッツの指示に従って人を集め出した者達の誘導で一箇所に集まっていく。

 その流れに逆らうように私は走りだそうとして、モーリッツに腕を掴まれた。


「どこへ行かれるのですか、アニスフィア王女!」

「離してください! 私は行かねばなりません!」

「――誰ぞ! 誰ぞここに! アニスフィア王女が乱心である! 引き留めろ!」


 はぁ!? 誰が乱心してるって言うのよ!? えぇい、知るかもう!


「邪魔ァッ!!」

「がふっ!?」


 掴まれていた腕を掴み、そのまま背負い投げで叩き付ける。鍛えている騎士などに比べれば軽いモーリッツを投げ飛ばして、腕を振り解く。

 そのまま出口に向かおうとして、しかし既に道を塞ぐように騎士達が集まってきているのを見て舌打ちを零す。

 ドレスをたくし上げ、脹ら脛に仕込んでいたホルダーからマナ・ブレイドを取り出してドレスを切り裂く。その裂いたドレスの端と端を結び合わせ、足が露わになるのも気にせずに私は全力で駆け出す。向かったのは、会場の窓。


「ゲホッ……! 何をしている! アニスフィア王女を止めないか!!」


 モーリッツの怒声が響き渡り、騎士達が戸惑いながら動き出す。本当、邪魔しかしない奴ね!?


「ア、アニスフィア王女!? どこへ行かれるおつもりですか!!」

「邪魔よ! 退きなさい!」


 私の動きを止めようと身を乗り出してきた騎士もいたけれど、モーリッツほど執拗ではない。戸惑いながら伸ばした腕を払いながら、そのまま私は身体強化を体に施して窓へと向かって腕を交差させながら突っ込んだ。

 そのまま窓を突き破れば、体が宙に投げ出される。地上までは幾分か高さがあり、そのまま着地すれば良くて骨折、打ち所が悪ければ死すら有り得る。


「アニス様!」

「!? ユフィッ!?」


 そこに同じように身を投げ出してきたユフィが飛び込んできた。魔法を使っているのか、私よりも早い落下速度で私を捕まえ、抱き締められる。

 ユフィの顔は憤懣やるかたないと言わんばかりで、私を捕まえながら怒鳴り声を上げる。


「無茶をする時は、せめてどうか私を供に!」

「ッ、問答は後! ユフィ、離宮まで飛ばして! 着地任せて良い!?」


 ユフィは私を強く抱き締めながら頷く。風の精霊に呼びかけ、私達の体は弾丸のように離宮の方へと飛んでいく。地面が勢い良く迫っていく中、ユフィが展開した風の膜がクッションの役割を果たして、何度か跳ねるようにして私達は大地に戻って来る。

 ユフィはそのまま膝をつくように、私はユフィの腕から抜け出して転がるように衝撃を殺して起き上がる。顔を上げれば離宮はもう目と鼻の先だった。


「……これは、どういう事?」


 そこで私が見たのは、正直目を疑うような光景だった。

 力なく項垂れているレイニ、大量の出血をしているのか鼻に血の匂いがこびり付く。そんなレイニを縋り付くように抱き締めているイリア。その目から止め処も無く涙が零れていく。あのイリアが泣いている。彼女だって傷を負ってるのかボロボロだ。


「……答えなさい」


 そして、もう一人。

 雲に隠れていた月の光が降り注ぐようにその人を照らす。何よりも目立ったのはその目だった。夜闇の中で輝くような怪しい“紅の虹彩”。

 そして胸元を見せるまで開けた上半身、その胸に“魔石”が根を張るように埋め込まれている。


「……姉上」


 そこに、私の弟のアルガルド・ボナ・パレッティアが静かに立っていた。

 

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