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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第5章 転生王女と“ハジマリ”の魔法
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第57話:ねがい

 リュミエルが自分の正体を明かして、パレッティア王国の初代国王の隠された歴史を語れば父上達は揃って難しい表情を浮かべてしまった。

 父上はリュミエルの正体を聞けば、そのまま倒れてしまうのではないかと思う程に驚いていたけど。いざ、話を聞こうとすればやはり為政者としての顔を覗かせている。

 グランツ公やネルシェル夫人は冷静にリュミエルの話を聞いている。

 冷静じゃなかったのは母上だった。母上は信じられない、と言うような表情でリュミエルを見て、話を聞く度に悲痛に顔を歪めていた。

 ……思えば身につまされる話なんだよね。人じゃなくなった者が王となる。そして最後は身内に殺められる。そんな話が重なってしまったんじゃないかと思う。下手をすれば実現していた可能性がある、もう遠くに行ってしまったアルくんを思う。

 初代国王は民の願いから、アルくんは自分の我欲からの違いはあれども辿る経緯は似たようなものになっていてもおかしくはなかった。そう思えばアルくんへの後悔も募るし、母上とリュミエルは親しそうだから彼女を思い憚っての事なのかもしれない。


「これが隠された歴史の真実。そして私が精霊契約を安易に望むなと警告を出した理由の1つよ」

「……それならばもっと明確に警告して欲しかったものだが、言っても詮無きことよ」


 頭痛を抑えるようにこめかみを押さえた父上が呻く。そして力なく顔を上げて、ユフィへと視線を向ける。


「……このような話を聞かされてお前を王になどと言えると思うのか? ユフィリア」

「はい。それでも私は述べさせて頂きます。だからこそ私が王になるべきなのです。リュミエルの時代から今にかけて、この国は実態がわからぬ初代国王の偉業を神聖化させました。それは精霊や魔法への信仰に繋がり、国を支えてきたのは事実です」


 ですが、と一息入れてユフィは続ける。自分の考えを述べるユフィの目に迷いはない。


「パレッティア王国の貴族達の間では魔法や精霊への信仰の気運が高まっています。これは再び初代国王の悲劇を呼び戻しかねない所まで差し迫っていると私は感じます。魔法は貴族の権威となり、精霊信仰は貴族の権威を保証する。その誉れが過ぎれば傲慢さに変わり、魔法の恩恵を授からぬ民との間に亀裂が生じ始めています。しかし民なくば貴族にあらず、貴族なくば民は導きを失う。何としてもこの断裂を防がねばならないのです」

「……うむ。それはわかる。だが、お前が精霊契約をもって王の証とすることは時代の逆行を示すのではないのか?」

「はい。だからこそ私が終わらせるのです。精霊契約で王となった私がこの真実を国に突きつけ、古き慣習に倣ってなる最後の王とするのです」


 ユフィは胸に手を添え、背筋をぴんと張りながら皆を見渡す。


「私達は初代国王の偉業を継ぐ者達です。初代国王の理念は民が為にあり、精霊や魔法の信仰の為にあらず。一度忘れられた真実を正しく継承し、国を生まれ変わらせるのです。初代国王の理念を正しく受け継ぐ為に、私達は今の体制から脱却しなければならないのです」

「……信仰を否定するのか」

「いえ、その全てを否定する訳ではありません。魔法の全てを否定してしまえばパレッティア王国の基盤をも否定する事に繋がります。ですから、正しく真実を踏まえて祈るべきなのです。精霊に意志はなく、精霊の導きとは己の内側に問うた願望、信念、信仰そのものであると。その祈りが正しく、頂きに至る時こそ精霊契約の道が開く事でしょう。しかし至らぬ願いまで拾い上げろ、と言うのは個人の範疇ならばともかく政治の方針として掲げる事はなりませぬ」


 精霊信仰は別に残っても良い。けれど政治の方針として残す訳にはいかない。あくまで王や貴族は国の安定の為にあるべきだと。だからこそ魔法を権威とした今の体制だけを変えたい。

 それが私とユフィの望みだ。手段は違えど、目指す場所は同じだ。


「今の体制から脱却するだけならアニス様が王になっても出来る事でしょう。ですが、アニス様では反発を抑えきる事は不可能です。アニス様には魔法における正当性がない。説得をするにしても必要な説得力が生まれない。なればこそ私が王となる事で慣習のみを削ぎ落とすのです。私にはその資格があるのですから」


 ユフィの力強い宣言に誰もが黙り込み、それぞれ思案に耽っている。


「……私からも一言いいかしら?」


 皆が思い悩む空気の中、リュミエルが自分に注目を集めるように声を発する。

 視線が集まるのを確認してからリュミエルは再度口を開く。


「今のパレッティア王国はよく栄えてると思うわ。誇る訳じゃないけれど、民が幸せそうだという観点において私達の時代と良い勝負よ。違いがあるとすれば、それは個人による治政ではないという事よ。かつての初代国王、私の父上は1人で民の願いを背負った。その果てに民の欲によって狂ってしまった訳だけどね」


 リュミエルが肩を竦めて事実を語る。あくまで淡々としているのは、悲痛そうな母上に気遣ってるのかもしれない。その視線が何度か母上に向いていたから。


「もうこの国は1人で全てを救わなくて良いの。誰もが考え、話し合って手を取り合える。そんな時代が来たのよ。だから少なくとも私は古き時代の偉業なんてもう要らないと思う。理念を継ぐって言ってくれるのは確かに嬉しい事だけど、それが貴方達の枷になる事を私は望まないわ」

「……リュミ」

「王だって救われて良いと思うの。……だから私はこの手で父上を殺めた。あのまま進めば父上は絶対に救われなかった。だから私は精霊契約者の真実を隠蔽した。もう同じ過ちを繰り返さない為に」


 リュミエルが言い終われば再び沈黙が訪れる。……沈黙を破ったのは父上だった。


「まったく余の時代に何故こうも面倒事が舞い込むのだ……?」

「陛下。流石に口が過ぎますよ」

「わかっておるわい、グランツ! ここまで来たなら潔く腹を括るわ!」


 頭を痛そうに抱えていた父上のぼやきをグランツ公が窘める。それに父上が苛立たしげに返しながらも席を立つ。


「今、この国には新しい風が必要なのだ。だが、それは決して過去と現在を断絶させる為にあってはならない。この国の貴族達、そして貴族と民との関係にも言える事であろう」

「父上……」

「余は……私は皆が争わぬ為の重石となる事しか出来なかった。時代を変える力は私にはなかった。だが耐え忍び、ここまで繋いだ事を誉れと出来るならば私の治政にも意味があったと信じたい」


 ……胸を張るその姿はどこから見ても、立派な王様ですよ父上。


「アニスフィアよ」

「はい」

「そして、ユフィリア」

「……はい」

「私はお前達に未来を託したい。その上で問う。……王になるのは、どちらだ?」


 その問いに私はつい拳を握りしめてしまった。

 答える所まで来てしまった。胃が縮むような感覚に目を閉じてしまう。


「アニス」


 父上が私を呼ぶ。目を開けて、父上を見る。

 真っ直ぐな目だった。ただ私を見つめて、言葉を待ってくれている。

 ここに来るまでずっと考えてきた。自分がどうするべきか。何をしたいのか。何をする事が正しいのかをずっと。

 確信もないし、自信もない。それでもこの答えだけは胸を張って答えなきゃいけない。息を整える。声が震えないようにしっかりと向き直る。



「――……私は、王にはなれません」



 ……言った。

 言ってしまった。


「……でも」


 目の奧が熱い。でも、と続く言葉が重く喉に引っかかる。

 本当は、ずっと言いたかった言葉があって。ここに来るまで、そればかり考えていて。

 怖かった。ずっと、ずっと怖かったんだ。……ここで口にしないと、多分永遠に機会を失っちゃうから。


「なれるものなら、なりたかったです」

「……アニス?」

「王になりたい訳じゃなくて、王になれる自分になりたかったんです。貴方達の娘として、胸を張って」


 ユフィに指摘されて自覚した思いがある。私はアニスフィア・ウィン・パレッティアだ。でも、その中身はそのままじゃなかった。私には別人の記憶があって、この国の人間としては非常識な考え方を持つ異端児だ。

 それを心の奥底で“偽物”だって思っていた。自分は本物じゃないなんて。魔法を使えなかったのも私が私だったから。それはどうしようもない事実だし、私もだからって自分が消えれば良かったなんて思わない。今の自分が嫌な訳でもない。

 それでも願ってしまう。もし普通に魔法が使えたのなら、誰も苦しませずに生きる事が出来たのかなって。……それがどうしても心苦しかった。


「王になりたくなかったのは、自分に出来ると思わなかったし、嫌だったし、アルくんが継ぐならそれでいい。アルくんが座る席を自分のものになんてしたくない。でも、いざ私しかいなくなったなら継がなきゃって、ずっとそればっかり考えてました」


 ぽろ、と涙が落ちた。堪えようと思っても堪えられない。ただ、それでも声だけは震わせられないと気を張って言葉を紡ぐ。

 もし、そんな妄想が叶ったのなら。私が全てを丸く収める事が出来たなら。私が私じゃなかったら。どうしてもそんな可能性を考えてしまう。

 ユフィに背負わせて、父上と母上を苦しませて、アルくんも、グランツ公とネルシェル夫人からも家族を奪う事になってしまったのも、全部自分がいたから。そんな考えが首元に手をかけるように這い寄って来る。


「私のせいで皆に迷惑をかけたのに……私、許されて良いの……?」


 私が私でなければ、全部上手く行っていたかもしれないのに。

 そんな思いがずっと拭えないままだ。


「……アニスよ」

「……はい」

「以前も言っただろう。お前を更生させるつもりなら機会は幾らでもあった。その機会を奪ったのは私だ。お前が己の責任として背負い込む必要はないのだ」

「それ以前の話です。最初から私が、私なんかじゃなくて魔法が使える真っ当な王女として生まれてたら……そう、考えてしまうんです」

「だがお前でなければ魔学は生まれなかった。そして誰も精霊信仰への疑念を抱く事はなかったやもしれん。それは初代国王の悲劇を繰り返す結果に繋がっていたかもしれない。お前がお前でなければなどという仮定は意味がないのだ」


 それもわかってる。今は今しかない。わかってる。それでも理由を探してしまうの。


「……アニス様」


 いつの間に席を立っていたのか、先程とは逆にユフィが私の肩を抱く。


「もう良いんですよ」

「……ユフィ」

「貴方が許されたかったのは、もっと簡単な事ですよ」


 ……何よ、私よりも私がわかってるみたいな言い方して。

 でも、きっと間違ってない。私はやっぱり自分の気持ちには疎いみたい。

 ユフィの助けを借りないと、本当に求めてるものを自分で見逃してしまう。


「王にならないなら、王女である意味もない。……貴方が恐れていたのは、娘ですらいられなくなる事でしょう?」


 ユフィの問いに視界がぼやけた。一気に涙の量が増えたからだ。


「どんなに自分が陛下と王妃の娘であると思っても、思おうとしても……その証が貴方には少なく思えてしまった。だから疑ってしまう。今ある繋がりを保とうとしてしまう。娘のままでいたいから。違いますか?」


 ……違わない。

 涙が落ちていく。胸に思いが溢れていく。後悔と罪悪感がずたずたに胸を引き裂いていくようでユフィに縋ってしまう。


「親子でいられない事が怖いんじゃない。陛下と王妃様から娘を奪ってしまう事がずっと怖かったんですよね。自分が自分である為に。それでも自分である事を止められない貴方には苦しかったですよね」

「……ぅ、ぅっ……!」


 暴かないで欲しい。でも、言葉にされて形になる思いにどうしようもなく安堵してしまう。そんな矛盾。

 でも、やっぱりわかって欲しい。そう思う自分は弱くて、わかって貰えないなら、必要とされないなら私も求めない。求めてはいけない、そう誤魔化して意地を張ってきた。


「もう、偽らなくていいんですよ」

「……だって、私のせいで、いつも迷惑かけて、アルくんだって、苦しめて……! 呆れられてれば、期待されなきゃ、自由でいられる……そうしないと息苦しくて、でも、誰にも期待されないのも、自分はどうしようもなく曲げられなくて、そんな自分なんか消えていなくなればって思うのも、辛いよ、辛かったよっ!」


 ユフィの支えがなかったらこんな事言えなかった。これは私の弱さだ。絶対に見せちゃいけないものだと思ってた。


「父上も母上も尊敬してた。厳しくされても、私の為だってずっと感じてた。それを裏切る事しか出来ない私に、何の価値があるのってずっと……ずっと……苦しくて……! 言えないじゃん……言える訳ないじゃない……! 私が私である事も止められないのに、受け入れてなんて……ただの、我が儘だ……!」

「……はい」

「ただ褒めてくれるだけで良かった。王になれって言うなら応えたかった。それしか、私が娘でいていい理由が思い付かなかった……!」


 魔学は私の誇りだ。でも、私には魔学しかない。それしかなかった。それが認められないなら……私に何の価値があるの?

 どんなに父上と母上が認めても、国が認めなければ私は王女としては不適格だ。国が求めない王なんて、私にはなれない。なれっこない。それこそ心を殺しでもしなければ無理だ。

 何度この国を捨ててやろうかと思った。何度も要らないなら捨ててくれと思った。それでも、そんな私に優しくしてくれたのは親である2人なんだ。

 自分が望んだ形から遠くたって、私達は家族で。私は家族でいたかったんだ。父上とだって、母上とだって、アルくんとだって。私がそんな家族をバラバラにさせてしまった。完全に修復出来なくなるのが……ただ、苦しかったんだ。


「王になんてなりたくないよ! なりたくないに決まってるじゃん! 皆が認めないのになんで王になるのさ! でもなれって言うなら認めさせるよ、なったら認めさせるさ! でもそうじゃない、そうじゃないんだよ! 私はただ、笑って欲しかっただけなのに! 皆、笑ってくれれば良かったのに! 私はただ皆を幸せにする魔法が欲しかった! それなのに求めた魔法も使えなくて、代わりを見つけても貶される! じゃあ、どうしろって言うのさ! どうすれば良かったのさ!?」


 ……全部吐き出してしまった。心の中に溜まっていたものを。それが苦しくて、でも軽くなってしまった。みっともなくて、無様だけど。これが私の本当の気持ちだ。

 認められるなら王になっても良かった。認められないから、そんな認められない人達を押しのけてまで王になんてなりたくなかった。だってそれは私の理想じゃない。

 こんなの子供の癇癪だ。私が口にして良い事じゃない。それでも、これが偽れない私の本心なんだ。言えなくて、ずっと隠してきた……私の傷だ。


「貴方は、きっと優しすぎたんです。優しすぎて、自分に優しく出来ない程に」


 ユフィが私の頭を抱え込むように抱き締める。その温もりに縋り付いてしまう。

 もう、頑張らなくていいなら。王にならなくていいなら。……こんな私のままで良いんだろうか。王として相応しくならなくていいなら、そんな私が許されていいのか。それすらも許されなかったら、私はどこに行けば良いのかわからないんだよ。


「……こんな人を泣かせてまで王にならなければいけない国は、一体何の為にあるのでしょうか? 望むと言うのなら、何故涙を流している事に気付いてあげられなかったのか。望まないのに王になれと言うのなら、それこそ何の為に? 私はそう思うのです。陛下」


 ユフィの腕を思わず掴む。そんな事を父上に言って欲しくて泣いてるんじゃないんだよ。ただ、ただ私は……弱い私のままでいられる居場所が欲しかったんだ。

 誰も傷つけない、誰からも傷つけられない。そんな居場所が欲しかっただけなんだ。だから離宮なんて小さな世界があればそれで満足だったんだ。……満足出来たんだ。


「皆が望まぬ王なら、ただそれが必要だからと言うのなら。私が戴きます。この国を導く標が必要だと言うのなら私がなってみせましょう。元よりその為に私は育てられたのですから」

「…………あぁ、そうだな」


 父上の呟きが聞こえる。どんな顔をしているのか、怖くて見る事が出来ない。


「……手間のかかる娘だとは思ったが、それは手間を惜しんだ私の不徳だったのだな」

「……違います、違うんです。そんな風に思って欲しくない。それでも私は変われなかったから……!」

「変われるものならば、な。……だがお前は精霊を従える事が出来なかった。“ただそれだけ”の為に虐げられる国ならば何の為にあると問われても何も言えぬな」


 力なく父上が呟く。すると、勢い良く机に何かを打ち付ける音が響いた。


「……ッ、やはり改革すべきだったのです! どんなに血を流しても!」


 机を勢い良く叩いたのは母上だった。あまりの音に顔を上げれば母上が唇を噛み切って震えていた。その拳を机を砕く勢いで叩き付けたのか、破片が散っている。


「私達はそれを先送りしました! それが間違いだとは思ってませんでした。私達の治政はいずれ時が来ればと、芽を出す時まで堪える事こそが正しいと……その為に耐え忍んだのです! それを! 子に背負わせる事も王族としてならば当たり前だと……!」

「……母上。でも、それは何も間違ってはいないです……」

「それでも貴方は泣くのでしょう!? いっそ、貴方が魔法を持たずに生まれたのは私のせいだと、そう責めてくれれば良かったのに! 何故なの、アニスフィア……! アルガルドも! 私はやはり外ばかり見て、ただ国を守るばかりで……貴方達を守れてないじゃないッ!!」


 俯きながら震える母上の頬には涙が伝っている。違う、そんな事を言わせたい訳じゃなくて……!


「それでも、だから血を流せば良かったと母上が言うのも嫌なのです! 言っても仕方ない、仕方ない事だったんです……!」

「えぇ、そうよ。アニスの言う通り、国なんていつも仕方ない事ばかりよ」


 不機嫌そうに声を出したのはリュミエルだった。いつの間にか母上の傍に寄っていた彼女は母上の肩を叩く。


「だから話し合えって言ってるのよ。……少し話せば良いだけの話でしょ。貴方達を見てればわかるわよ。間違ったのは、歩み寄れなかった事。そしてそれを許さなかったのは過去からの因習なんでしょうよ。貴方達が変えるべきなのは過去でも後悔でもない。今ある現実でしょ?」

「……リュミ、でも」

「でもも何もないのよ! アンタ達はまだこうして言葉を交わせるのに、後悔だって出来るのにピーチクパーチク泣くだけなの!?」


 何かを言いかけた母上の言葉を遮り、目を吊り上げてリュミエルが怒鳴り声を上げる。


「幾らでも後悔しなさい! 出来る内にね! 嘆くなら後でだって幾らでも出来るわ! 浸るのも自由! 前に進むのも自由! けどねぇ! ……1人で抱え込んだって良いことがないのよ」


 ……耳が痛い。

 リュミエルの過去を思えば、そこにどんな思いが込められてるのか想像するだけで胸も痛む。


「……子育てという点では、私達は全員失敗していますなぁ」


 ふと、ぽつりとスプラウト騎士団長が呟いた。今までずっと控えていた騎士団長は気まずげに頭を掻いてる。


「魔法省の所為にしたくはないが、正直恨み言は言いたくなるな。私達がどうしても彼奴等に手を取られてたのは事実だ」

「そうだな。……ただ次の時代を子に託す為に厳しく育てれば良いと、そう思っていたな」


 スプラウト騎士団長に同調するように呟くのはグランツ公だ。グランツ公だけはいつも通りだ。いっそこの状況だと不動なグランツ公にホッとしてしまう。


「私達は国を安定させる為に私欲を捨てました。それを間違いだとは思いません。……ですが、子供達にそれを強要するのは間違いだったのでしょう。時代の変化を見定められなかった私達に落ち度があったのね。けれど、だからといって魔法省の行いの全てを悪とするのもまた軽率な発言ですよ? マシュー」

「……わかっていますがねぇ」

「少なくとも国内の意思統一に大きく貢献したのは魔法省なのです。それ故、教育の場へ進出を目論む彼等の影響を抑え付けるのも匙加減が難しかった訳ですが……」

「結果、国に危機を招いては意味がない。……自己満足で国は動かぬ、と我等は思い知るべきだったな」


 ……マゼンタ公爵夫妻がいつも通り過ぎて、なんだろ、逆に安心してしまう。

 母上も落ち着きを取り戻したのか、涙を拭って居住まいを正している。


「それでも今は憎らしく思いますよ……アルガルドだけでなく、アニスフィアもここまで追い込んでいたのは間違いなく魔法省なのですから」

「しかし、その動きを掣肘するのは大人の仕事ですからな。やはり我等の不徳とすべき所でしょう」

「わかっているわよ。……はぁ、情けないわ」

「戦場に立てば泣く子も黙る王妃様でも、政治の場では人の子ですか」

「……マシュー、喧嘩なら買うわよ?」

「このやりとりも懐かしいですな。……結局の所、我々に足りてなかったのは言葉なのでしょう。理解し合う為の言葉を我等は惜しんでしまった」


 自虐めいた笑みを浮かべてスプラウト騎士団長が呟く。それはナヴルくんの事を思っての事なのかもしれない。

 父上達の時代は苦しい時代だった。だから自分達の私欲を捨てて、ただ国の為に奔走した。でも全てが解決した訳じゃない。きっと父上達だって次の世代が困らないようにと思った結果なだけ。

 それが時代に噛み合わなかった。本当はその噛み合わない歯車を噛み合わせる為に手を入れなければならなかったのに手間を惜しんでしまった。それこそを後悔すべきなのだと。


「……私は思うのです。それは自明の理です」

「ユフィ?」

「信仰だけで生きていけるならば、そこに他者は必要なのですか? 精霊契約の本質とは己と向き合う事。己と向き合い続ける事だけを美徳とし、形なき偶像の教えに従えば良いのであれば他者と言葉を交わす必要がありますか? いつしか知らず、それが毒になっていたと思うのです」

「……ユフィリア嬢、信仰を毒などと言えば魔法省のお偉い方が顔を真っ赤にしますぞ?」

「薬も過ぎれば毒とは言ったものですよね?」


 しれっとユフィが言い切る。わぁ、すっかり毒舌モードに入っちゃった……。

 グランツ公が愉快なものを見るようにユフィへと視線を向けてるし。もう、この親子は……!


「……話はよくわかった。アニスには荷が重いという事がな。では、やはりユフィを王とする方針で進めるとしよう。それで良いのだな? ユフィリアよ」

「はい。私に迷いはありません」


 うぇ! か、肩を抱き寄せながら言うと変な意味とかに取られるでしょぉ!? 天然なの!? わざとなの!? あ、しかもがっちり押え込んでるから逃げられないし!


「……アニスよ」

「うぇ! は、はい!」

「……謝罪を口にすればお前は竦んでしまうのだろう。今までの擦れ違いはどちらが悪いと証を立てる必要もない。だから、お前は健やかに生きなさい。親としてそれだけは願っていた。それだけは嘘偽りないと胸を張れる」

「……父上」


 父上の言葉にきゅっと唇を引っ込めて噛んでしまう。でないとみっともなく泣いてしまいそうだった。


「……貴方が泣いた姿を、私はどれだけ目にした事でしょうか」

「母上……」

「数えられもしないのよ。覚えがないという意味でね。情けない話だわ……」

「でも私は散々ご迷惑をおかけしました。わかっていたからこそ、泣き縋るなどと恥知らずな真似は出来ません」

「私はずっとそれを望んでいたのかもしれないわね。厳しくして貴方が音を上げれば良い。でも貴方は自分を貫いた。ただその強さだけを見て、それが貴方なのだと誤解してしまったわ」


 母上が静かに首を左右に振る。……もう口を開きたくない。目を開けてるのだって、涙がぼろぼろ零れて辛いのに。


「アルガルドもきっと、私に言いたい事が山ほどあった事でしょうね……」

「……揃いも揃って頑固者で申し訳ないです」

「いいの。……いいのよ、アニス。これから、これから少しずつ始めましょう。もう1度ここから、ね?」


 母上の優しい声に、喉の奥から抑えきれない声が漏れる。

 もう言葉を紡ぐ余裕もなくて、目も開けていられない。ユフィに支えられるままに体を預けて私はただ泣き続けるしか出来なかった。



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