4、面倒見の良い男
「すみません、ベル様。この子、ちょっとお馬鹿で」
「うぅ、だってベル様愛らしすぎるんだもんー!」
ああ、薄々気づいてた。よいよい、気にするな――とは言えないので、とりあえず微笑んでおく。
仕方がない。ここはジルベール馴染の店。危険はないと仮定して、今は情報集めに勤しもう。
「ラウラ様、どうか、ジルベール様のことを」
「あ、申し訳ございません! ええと、それじゃあどこから話そうかな。ベル様は傭兵騎士制度については詳しくご存じで?」
こくりと頷く。
傭兵騎士。その名の通り、国と直接契約を結んでいる騎士とは違い、個別に契約を結ぶフリーの騎士である。
騎士と違って仕事内容は様々。素材採取から魔物の討伐、護衛など多岐にわたる。受けられる案件はランクによって決まり、最低がF。最高がSSとされている。
SSランクまでいくと一国に数人しかおらず、戦にでもなれば騎士団長が頭を下げて助力を願い出てくるレベルだ。
「ああよかった! それじゃあその辺すっ飛ばしていきますね!」
「ラウラ?」
「あ、えっと、お話しさせていただきますね!」
アリーシャの聖母のような微笑みの裏にうっすらと般若が浮かんでいた。普段の力関係が実によくわかる図だ。面白い。
「うちの店はもともと低ランクの傭兵騎士たちのたまり場、みたいなものだったんです。ランクが低い人ほどお行儀が悪くって。あの頃は本当につらかったなぁ。でもそこへジルベール様がいらっしゃったんです!」
ラウラは瞳を輝かせ、前のめりに語気を荒くさせた。
それをすかさずアリーシャが引きはがしにかかるが、彼女の勢いは弱まらず、いかにジルベールが素晴らしく、恩義があるかを切々と語り続ける。
「ジルベール様ご贔屓の店って事で噂が広まり、徐々に高ランク帯の方々のご利用も増えていったんです! やっぱり皇族ブランドって凄いですよねぇ! まあ、中身が伴っていなければそんなブーストすぐに意味なくなっちゃうんですけど。うちにはアリ姉がいたんで!」
「まあ」
「アリ姉が一番最初の接客を担当して、どういう子が合うか、多少の失敗を許してくれる人かそうでないか、そういうのを見抜いて的確に振ってくれて。あの時は大変だったけど、楽しかったなぁ! 同時進行でビシバシ礼儀作法や話術なども徹底的に叩き込まれて、徐々に成長していく私たち! お客様たちもそれを楽しみにご来店なさるようになったんです! あ、本当にヤバい接客の子たちはジルベール様が全部引き受けてくださって、ジルベール様からも色々手ほどきしてくださりました!」
「ラウラ、ちょっと黙りなさい……!」
疲れ切った表情のアリーシャがすかさずレティシアの耳を塞ぐが、時すでに遅し。ジルベールが手ほどきのあたりもしっかりと聞こえていた。
この店がどういう場所なのか自覚があるのならば、言葉のチョイスが悪すぎたことくらい推して知るべしなのだが。
何が問題なのか分かっていないラウラは目を輝かせたまま、アリーシャの言いつけ通り待ての姿勢を取っている。この純真さが彼女の魅力なのだろう。ゆえに説明されずともわかる。手ほどきとは礼儀作法や話術のみ。閨を共にしたわけではないのだと。
不安げな表情でレティシアを見つめてくるアリーシャに、問題はないと微笑みかける。
そんなことより。
ラウラを卓につけても良いと、アリーシャが判断した。その事実の方が嬉しいものだ。
(どうやら多少の失態など水に流せる度量の大きな人物だと一瞬で看破されたらしい。いやはや照れる照れる。ははは!)
ひっそりと悦に浸っているレティシアの本性を察するのはさすがに難しかったか。アリーシャは申し訳なさそうにラウラの説明に補足を加えた後、「悪ぶっておりますが、ジルベール様はお優しく、真面目なお方ですよ」とレティシアに向けて安心させるような表情で微笑んだ。
彼女たちにここまで言わせるのだ。ジルベールの素行に、もはや疑いなど向けられるはずもない。
「さて、続きは私が代わりましょう」
「え、それじゃあ私は何をすればいいんです?」
「……そうね。それではお食事をお手伝いする、というのはいかがでしょう? ベル様」
アリーシャの提案に頷く。ラウラは「それじゃあ次はお菓子にしましょうお菓子! これ美味しいんですよぉ!」と嬉しそうにクッキーの入った皿を取った。
本当はそろそろ腹にたまるものが欲しかったのだが、あの役目を与えられてはしゃぐ子犬のような姿を見せられては、口を挿む方が野暮というもの。
あーん、と口に寄せられたクッキーを一口頂く。
サクサクの歯ごたえはもちろんのこと、はちみつを練りこまれたような上品な甘さが余韻を残し、とても美味しかった。これは貴族もご用達の有名ブランドのものだ。良い物を仕入れている。
「まったくこの子は……」
「可愛らしい、ですわ」
「ふふ、ありがとうございます。ベル様。それでは続きを――と思うのですが、続きはそれほど長くはありませんわ。店の持つ特性というものは重要でございます。この店の質が上がるほど、素行の悪かった人たちは居辛くなり足が遠のいていったのです。ジルベール様や高ランク帯の方々が目を光らせてくださったおかげ、でもありますが」
なるほど、とレティシアは静かに目を閉じた。
ジルベールが娼館通いとされている噂。大方、面倒見がよすぎてその後もちょくちょく様子を見るついでに、変な客が来ないか目を光らせているのだろう。皇子のご来店中に暴れる馬鹿などいやしない。
良い旦那になりそうではないか。これは首根っこを引っ掴んでも成婚になだれ込むべきであろう。
レティシアはうんうんと満足げに頷いた。
「おい。甘いものばかり勧めるな。人形姫をぶくぶく太らせるつもりか?」
そこへタイミングよくジルベールが帰ってきたらしい。