九州大学(九大)を中心とする研究グループは、神経のダメージで発症する慢性的な激しい痛み(神経障害性疼痛)の原因タンパク質として「IRF8」を突き止めたと発表した。神経の損傷後、IRF8は脳・脊髄の免疫細胞と呼ばれる「ミクログリア」だけで増加しており、同細胞が過度な活性化状態を作り出すことで激しい痛みが引き起こされることが明らかになったという。同成果は、九大大学院薬学研究院薬理学分野の津田誠 准教授、井上和秀 教授のほか、同 増田隆博 特任助教、吉永遼平 院生、齊藤秀俊 助教、横浜市立大学医学部免疫学の田村智彦 教授、米国立小児保健発達研究所の尾里啓子 セクションヘッドらによるもので、米科学誌「Cell Reports」電子版に掲載された。
がん、糖尿病、帯状疱疹あるいは脳卒中などで神経が障害されると、抗炎症薬やモルヒネなどの鎮痛薬が効きにくい「神経障害性疼痛」と呼ばれる慢性痛が発症し、服が肌に触れただけでも激しい痛みを感じるようになったりする。しかし、このメカニズムは不明で、効果的な治療法も確立されていない。研究グループではこれまでの研究から、脳や脊髄の免疫細胞と呼ばれる「ミクログリア」が、神経損傷後の脊髄で過度に活性化した状態になり、その激しい痛みを引き起こしていることを明らかにしていたが、ミクログリアで発現する分子がどのようにして調節されているのかは不明であった。
今回、研究グループでは、神経を損傷させたマウスの脊髄で、様々な分子の発現をコントロールするタンパク質「IRF8」がミクログリアだけで劇的に増えることを発見した。このような機能を有するタンパク質で、ミクログリア特異的なものは、過去に発見例はなく、今回のIRF8が世界初のものとなるという。
さらに、IRF8が発現しないように遺伝子を操作したマウス「IRF8遺伝子欠損マウス)では、神経損傷後の激しい痛みが緩和され、さらにミクログリア活動を高めて痛みを起こす多くの分子も減っていることが確認された。
これらの結果から、神経の損傷によってIRF8タンパク質が脊髄のミクログリアで増え、それが痛みを引き起こす分子を増加させ、神経障害性疼痛を引き起こすという仕組みが明らかとなった。
IRF8は、多くのミクログリア分子をまとめて調節し、激しい痛みを起こすようなミクログリアの過度の活性化状態を導く、いわば"活性化スイッチ"のような役割をしていることが確認されたことから、このIRF8の働きを抑える薬により、ミクログリアの過度の活性化状態を正常化させ、慢性通を緩和できる可能性が期待できると研究グループではコメントしている。
また、今後は、なぜIRF8がミクログリア細胞だけで増 えるのか、またIRF8によって発現する新しい分子はあるのかなどを研究することで、ミクログリアの活性化メカニズムや慢性疼痛の仕組みの全容を明らかにできる可能性があるという。さらに、ミクログリアは脊髄だけでなく、脳においても特異的であり、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳疾患の原因究明などにも応用が期待できるという。