目薬や化粧水、リップクリーム、かゆみの治療薬――。ロート製薬が提供している医薬品や化粧品は、私たちの日常を支えてくれている。筆者もさまざまな商品を愛用しており、乾燥しているこの時期は、「リトルナース(小さな看護師さん)」がトレードマークのリップクリームを肌身離さず持ち歩いている。

  • ロート製薬が扱う商品(提供:ロート製薬)

    ロート製薬が扱う商品(提供:ロート製薬)

そんなロート製薬の生産工場で“改鮮隊”が活躍していることをご存じだろうか。改鮮隊は「まず人がいて、輝いてこそ企業が生きる」という同社の企業理念のもと、現場力の強化に力を注いでいる部隊だ。「トヨタ式カイゼン」を参考にしたという「ロート式カイセン」は、一体どのような取り組みで、どのような成果が出ているのだろうか。

ロート製薬は、サイボウズが11月に開催した「Cybozu Days(サイボウズデイズ) 2024」で特別セッションを行った。セッションには改鮮隊 隊長の辻森俊作氏らが登壇し、同社が推進する「現場×IT部門による業務改善」を紹介した。本稿ではその内容をもとに、同社の取り組みを紹介していこう。

  • 「Cybozu Days(サイボウズデイズ) 2024」ではロート製薬が講演を行った

    「Cybozu Days(サイボウズデイズ) 2024」ではロート製薬が講演を行った

「改鮮隊」はなぜ発足した?

1899年(明治32年)2月22日に創業したロート製薬は、医薬品や化粧品、機能性食品などの製造販売を手掛けており、従業員数(単体)は1600人を超える。国内に4つの工場を持ち、ロート製薬最大の工場「上野テクノセンター」(三重県伊賀市)では、380人の従業員が働いている(2024年9月末現在)。

同工場は、ロート製薬の主力商品である「Vロートプレミアム」などの目薬をはじめとする一般用医薬品や、「肌ラボ極潤ヒアルロン液」などのスキンケア製品を生産し、品質管理・物流の拠点となるマザー工場として機能している。年間で1億5907万個(23年4月~24年3月)の商品を製造しているというから驚きだ。

  • ロート製薬最大の工場「上野テクノセンター」(三重県伊賀市)

    ロート製薬最大の工場「上野テクノセンター」(三重県伊賀市)

先述した改鮮隊は2005年に発足したチームだ。その背景には同年に施行された薬事法改正がある。同改正により製造業は、製造販売業と製造業に分離できるようになった。つまり、ロート製薬の製品を自社工場で製造せずに、他社の工場で製造してもOKとなったのだ。

辻森氏は「ロート製薬の工場が生き残っていくためには、現場力の強化が必須と考えた」と振り返り、「QCD(品質・コスト・納期)で他の工場に負ければ、仕事を奪われてしまう。それを回避するために発足したのが改鮮隊」と説明した。

  • ロート製薬 上野新改鮮隊 隊長 辻森俊作氏

    ロート製薬 上野新改鮮隊 隊長 辻森俊作氏

ロート製薬が定義する現場力とは何か。それは、知恵を絞り、工夫を凝らして現場の問題に気づき、そしてそれを解決できる能力のことだ。改鮮隊は、工場の現場力を強化するために“改鮮活動”を続けてきた。

  • 改鮮隊によるミーティングの様子(提供:ロート製薬)

    改鮮隊によるミーティングの様子(提供:ロート製薬)

ノンコア業務が2時間→5分に、現場主導の業務変革

特に成果を上げているのが「気づき活動」だ。これは従業員の「問題を見つける目」を養うための取り組みで、上野テクノセンターと大阪工場で働く従業員全員に、日々の業務や職場の環境などで気付いたことを月に1件必ず報告するように義務付けた。2005年に始まってから約20年間、同社の従業員は毎月欠かさず気づきを提出しているという。

辻森氏は「ムダを見つけようと意識しないとムダは見えない。ムダに気付けないと改善のしようがない。気づき活動は、職場の宝に気付ける人を育てるための取り組み」と、現場の課題を宝に例えた。

しかし、この気づき活動にもムダが存在した。気づきの提出手段はアナログ(紙)とデジタル(Excelなど)が混在し、提出のタイミングはチームごとで異なった。集計担当者は、すべての現場まで足を運ぶ必要があり、届いた気づきをExcelに毎月約2時間かけてまとめて入力していたという。紙で提出された気づきはすべて廃棄されていたので、物理的な意味でもムダが多い取り組みだったと言える。

  • ムダを見つける気づき活動にもムダが存在していた

    ムダを見つける気づき活動にもムダが存在していた

そこで同社は、すでに営業部門や人事総務部門などで導入していたノーコード開発ツール「kintone(キントーン)」(サイボウズ提供)を、2023年から工場にも導入した。kintoneは現場主導でアプリ開発ができるツール。ロート製薬はkintoneを活用し、工場内に存在するさまざまなムダを排除していった。

例えば、先述の気づき活動では、気づきをアプリから提出できるようにした。Webフォームの作成ができる「FormBridge(フォームブリッジ)」(トヨクモ提供)をkintoneと連携し、従業員が「タブレットやノートPCなど端末問わず、いつでもどこでも気づいたときに入力できるようになった」(辻森氏)という。

  • kintone導入後は、いつでもどこでも気づいたときに入力できるようになった(提供:ロート製薬)

    kintone導入後は、いつでもどこでも気づいたときに入力できるようになった(提供:ロート製薬)

集計作業も簡単になった。アプリのデータをダッシュボードとしてリアルタイム表示できる「krewDashboard(クルーダッシュボード)」(メシウス提供)をkintoneアプリと連携してデータを可視化することで、集計作業の効率化に成功した。

データの入力先をkintoneへ統一したことにより、アプリを開けばデータはすべて集約されるようになった。「毎月約2時間かかっていた集計作業は5分に短縮され、ノンコア業務が激減した」(辻森氏)という。従業員からも「紙だと書き直すのが大変だったが、PCだと入力しやすい」「どこでも入力でき、集計も楽になった」と好評だ。

  • ダッシュボード機能により集計作業は効率化された(提供:ロート製薬)

    ダッシュボード機能により集計作業は効率化された(提供:ロート製薬)

そのほか、工場に勤務するアルバイトのシフト申請・管理や工場の来訪者管理などを、現場主導で開発したkintoneアプリで行うようにすることで、業務効率化につなげている。「上野テクノセンターと大阪工場で得た気付きを、全社展開していく」(辻森氏)

ロート製薬流の「工場とIT部門の関わり方」

ここまで、ロート製薬がいかにして改鮮活動を通じて業務効率化を進めたかを紹介してきたが、実際のところ、現場にIT活用を浸透させることは簡単ではなかったという。

ロート製薬 IT/AI推進室の柴田久也氏は「現場は情シスなどの管理部門に対して『自分たちにはないアイデア』を求め、逆に管理部門は『業務を把握しているのは現場だしな……』と頭を抱える。製造業あるあるで、対立構造になりがち」と語り、「そこでロート製薬では、現場にはIT用語を通訳し、管理部門には現場の業務プロセスを共有する『ミドルオフィス』を設け、現場とIT部門の伴走を後押しした」と説明した。

  • ロート製薬 IT/AI推進室 柴田久也氏

    ロート製薬 IT/AI推進室 柴田久也氏

そして、両部門のメンバーを巻き込んでいくために、柴田氏自身は「プロセスエコノミー」という考え方を大事にしているという。プロセスエコノミーとは、商品やサービスといった最終アウトプットだけでなく、それを生み出すプロセスでも価値を届けるという考え方だ。

kintoneの場合、アウトプットはアプリになるわけだが、プロセスはアプリ開発、つまりプロジェクトマネジメントに置き換えられる。「プロジェクトのゴールを設定し、要件を定めて、合意を取りながらスケジュール通りに進行していく。テストをして、アジャイルで改善していく。その過程を重視した」(柴田氏)

その過程の中で重視したことは、現場のユーザーに徹底的に向き合うことだ。「手伝いにきた」というスタンスではなく、同じ部門の仲間として成果にコミットする気持ちを示し、プロジェクトに臨んだ。「何度も現場に足を運び、対話を通じて解決につなげた。課題は必ず現場にある」(柴田氏)

  • ロート製薬では「プロセスエコノミー」という考え方を重視し、工場現場の伴走を進めてきた(提供:ロート製薬)

    ロート製薬では「プロセスエコノミー」という考え方を重視し、工場現場の伴走を進めてきた(提供:ロート製薬)

また、現場の声を踏まえ、一斉にkintoneに切り替えるのではなく、段階的に切り替えることにした。チームの代表者を立て使い方をレクチャーし、「移行の優先順位を決め、苦手な人を置いていかない環境づくりを心掛けた」(柴田氏)という。

こうした取り組みが功を奏し、だんだんとノーコード開発の民主化が進んできた。「工場内の成功事例が伝搬し、現場から『もっとkintoneのことが知りたい』、『今こういう業務で困っているので力を貸してください』といった多くの声が届くようになってきた。これからも市民開発を後押ししていきたい」(柴田氏)

  • ロート製薬では市民開発が進んでいる(提供:ロート製薬)

    ロート製薬では市民開発が進んでいる(提供:ロート製薬)

改鮮隊 隊長の辻森氏は最後に、こう意気込みを語った。

「『改善活動に終わりはない』という言葉があるように、改鮮活動にも終わりはない。これまでの気付きを引っ提げて、kintoneの可能性を全社に広げていく」