自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や物価の上昇などが背景にある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。この連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。

第32回は冷蔵倉庫の設計・製造を手掛ける岸産業(埼玉県 蕨市)を取り上げる。ニッチ分野に携わる同社は、社員に自社や商品の強みや特徴を深く理解してもらう「社内ブランディング」を実施。自社の前向きな報道も含めてメールなどで共有し、営業や安定した資金調達などに好影響を与えている。同社の岸晃広社長は企業ブランディングの意義について「社員が会社に誇りを持てるようになり、社内外に当社のファンが増える」と指摘。「生産性の向上や離職率の低下、新たなビジネスの創造などさまざまな効果がある」とも話す。聞き手はZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。

  • 岸産業株式会社 代表取締役社長 岸晃広氏

岸産業株式会社 代表取締役社長 岸晃広氏
昭和53年1月20日、兵庫県宝塚市生まれ。岸産業の3代目。大学卒業後、2000年に家業である岸産業株式会社へ入社。2013年に専務取締役に就任。2017年に東京営業所を立ち上げ。2022年に代表取締役社長に就任。

ポイント

①企業ブランディングは生産性向上や離職率の低下などさまざまな効果がある
②ブランディングの効果は間接的。中小企業では社員の理解を得づらい
③管理職6人の広報チームで社内ブランディングを実施。強み共有で会社に誇り持てるように
④社長がトップダウンで進めるよりボトムダウンでのブランディングに手ごたえ

本村:貴社は防熱扉の製造などを手掛けています。会社の概要と強みを教えて下さい。

岸:当社の主力事業は冷蔵倉庫の防熱扉の設計・製造・施工です。1958年創業で、本社は大阪府堺市にあります。一般の家庭用冷蔵庫向けの扉と違って、絶縁体を内部に入れるなど特殊な技術を使って外部の熱を伝えないようにしています。従業員35人の中小企業ですが、防熱扉の分野では国内シェアでトップ5に入っています。

当社の強みは製品のカスタマイズのしやすさです。防熱扉はお客様によってさまざまな用途があり、必要な機能も違います。例えば半導体関連など可燃性物質の貯蔵に使われる冷蔵倉庫の防熱扉には、防爆性能が必要です。当社の製品は型にはめてライン生産するのではなく、一つ一つ製造していますので顧客ニーズに細かく対応できます。

アフターメンテナンスのしやすい製品づくりも当社の特徴です。防熱扉は10~20年の長きにわたって利用する商品ですから、途中でメンテナンスが必要となります。当社の防熱扉は他社製品と違い、扉の接続部の間に挟み隙間をふさぐパッキンの交換が、扉を付けたままできるようになっています。このため、メンテナンス費用や人件費も安く済みます。

  • 冷蔵倉庫の防熱扉を製造している

    冷蔵倉庫の防熱扉を製造している

本村:知名度や認知度が営業力や採用に影響を与えることが知られ、ブランディングをする企業が増えています。貴社にとっての企業ブランディングの意義とは。

岸:企業ブランディングは、社内外で当社の「ファンづくり」につながると考えています。当社の製品はニッチな商品で一般の人は目にしないため、社員が社会貢献している実感を得づらいです。社員に自社の強みを知ってもらい、事業を通じて何を伝えていきたいのかを浸透させていけば、社員が自社を誇りに思えるようになり、生産性が向上します。離職率も下がり、チーム作りや社員の人生の充実にもつながります。

社員が自社に誇りを持てば、お客様にもそれが伝わり、良好な関係や新たなビジネスにもつながりやすくなります。金融機関にも自社の社会的意義を知ってもらうことで融資を受けやすくなりますし、ビジネスのマッチングもしてもらいやすくなります。

本村:顧客ニーズに細かく対応してコンサルティングをし、サービスに生かしているのも貴社のブランディングにつながっているのではないでしょうか。

岸:お客様ニーズへの丁寧な対応を通じて、多くのクライアントから「岸産業ならどんなことでも対応してくれる」というイメージを持ってもらえるようになったと思います。それが岸産業のブランドになりつつあると感じています。

当社の製品は、クライアントの状況によって性能を変える必要があります。例えば、製品を湿度の高い場所に保管する場合は、扉の機密性をより高くする必要があります。「こういうことをやりたいが、何かできないか」という漠然とした相談も多いですが、それを具体化していくのが面白いと思っています。最近では、潜水艦の扉まで製造しています。

  • 顧客ニーズへの細かな対応が特徴

    顧客ニーズへの細かな対応が特徴

本村:さまざまなニーズがあることは「貴社なら期待に応えてくれる」という信頼があることの証です。しかし、中小企業にはブランディングは難しいとの声もあります。

岸:当社は中小企業であるだけでなく、携わる事業がニッチな分野でもあるため、一般の方に取り組みを伝える機会がほとんどありません。広報活動やブランディングの活動はあくまで間接的な効果にとどまりますから、売り上げにどのくらいの効果があったのかを定量的に示すことが難しいです。

社員から、ブランディングにお金をかけるくらいなら給料を増やしてほしいと言われる場合もあるかもしれません。しかし、ブランディングは企業の未来につながるツールでもあります。社外で自社を知ってもらうことだけでなく、社内理解を得るのも難しいのが中小企業やニッチ事業に携わる企業のブランディングの難しさだと思います。

本村:社内理解がブランディングのカギということですね。御社の成功事例を教えて下さい。

岸:2023年末から社内ブランディングを始めました。営業や製造、設計など各部署の管理職6人でチームを作って自社の特徴や強みについて深く考え、社員全員に共有するようにしました。また、メディアの方々に接触して商品を取材してもらい、少しずつ報道をしてもらえるようになりました。報道記事は社内メールなどで社員全員に送り、回覧するようにしました。

結果として、製品のカスタマイズのしやすさなど自社の強みを改めて理解でき、営業でも明確に自社の特徴を説明できるようになりました。社員が自社の強みを深く理解すれば、みんなが同じ方向を向いて一致団結できます。チームとして機能するので強くなりますし、やりがいも出やすくなります。現在ホームページの刷新をしているところですが、こうした社内ブランディングの結果を反映させ、メディア掲載欄も設ける予定です。

具体的な効果として、「記事を見た」と潜在顧客や金融機関から問い合わせがあったことがあります。報道は第三者が当社を評価してくれたことの証明でもあるので、「信頼のおける会社だ」と感じてもらえるようです。社員にも報道記事をメールで送ったり、紙面自体を回覧したりしていますが、社長の考え方や会社の歴史が浸透したと思います。報道記事の方が社長の話を直接聞くよりも社員の頭に素直に入っていくのかもしれません。

本村:自社商品やターゲットについて従業員に理解させる試みは、多くの会社でやっていると思います。一方で、貴社のように自社の強みや特徴まで理解してもらう努力をしている企業は多くありません。社内ブランディングをしようと考えたきっかけは何でしょうか。

岸:社内ブランディングをする前は、社員の一人一人の自社商品への理解が不足しており、他社との差別化を図れませんでした。それでは営業をしても価格競争に陥りがちです。このままではいけないと、自社の特徴や強みを社内で考えることにしました。2023年までは広報担当者がいませんでしたが、現在は社内ブランディングのチームの6人が広報担当になっています。

  • 広報チームで社内ブランディングを開始

    広報チームで社内ブランディングを開始

本村:ブランディングの失敗例は。

岸:ブランディングを始めた当初は、社長のトップダウンで進めすぎてしまい、社員にとっては「やらされている」感覚になってしまいました。社長がやりすぎると社員がむしろ萎縮する場合があります。そのため、現在は社長の私が過度に主導するのではなく、社員の意見を聞くことから始めるようにしてモチベーション向上に努めるようにしています。

本村:Zenkenのサイトに御社の記事が掲載されています。

岸:2024年4月から当社の記事を掲載してもらっています。当社のホームページは自社商品の紹介にとどまっていますが、Zenkenのサイトは当社の強みや特徴などがわかりやすく説明されていると感じています。記事を見た潜在顧客から問い合わせがくるなど、新規顧客の開拓にもプラスになっています。取材を受けて、当社の強みを改めて深く検討できたのも収穫でした。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

本村 丹努琉(もとむら・たつる)

Zenken株式会社 取締役 eマーケティング事業本部長

通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部(現:グローバルニッチトップ事業部)」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、14年間で約8000社のインサイドセールスを構築した。