人とコンピュータの関係を考えると、二者間には常にインタフェースが存在します。本連載では人とコンピュータを介在するインタフェースに着目し、インタフェースとそれらを世に生み出すプロダクト開発について議論します。初学者の方からプロフェッショナルの方まで、何らかのプロダクト開発のヒントを持って帰っていただけるような連載を目指しています。
こんにちは。yuisekiです。Helpfeelでメディアキャプチャーツール「Gyazo」のプロダクトマネージャーをしています。今回は、Gyazoの設計・開発の過程で得られた、人間の認知や判断、行動や操作に関する知見を紹介します。
習慣化が人間の速さの役に立つ
本稿でみなさんに最もお伝えしたいのは、「人間は速さのために習慣化を求める」ということです。これまでも、この連載を通じて「人間は極めて速い」ということをお伝えし、人間の速さを意識してソフトウェアでおもてなしをするさまざまな事例について見てきました。本稿においても「人間は極めて速い」という前提に変わりはありませんが、人間の速さを支える別の側面である「習慣化」に焦点を当てたいと思います。
実際、人間は毎日同じシチュエーションに遭遇すると、あまり深く考えずに「いつもの選択」「いつもの行動」を繰り返しがちです。これは私たちが無意識に行う「最適化」の一つで、限られた時間や思考エネルギーを節約し、より速く意思決定し行動するための思考の戦略とも言えます。
この「自然に繰り返してしまう」、習慣化を踏まえてソフトウェアをデザインできれば、ユーザーにとっては意思決定や行動がより速くなり、サービス提供者にとってはリテンション(継続率)の向上という大きなメリットを得られます。
ソフトウェアにおける習慣化の具体例
いくつか、ソフトウェアにおける習慣化の例を示します。
GitHubの草
ソフトウェアエンジニアなら一度は目にしているであろう習慣化の仕組みの一つに、GitHubの草(コントリビューショングラフ)があります。
GitHubの各ユーザーのプロフィールページには、コントリビューショングラフと呼ばれる一年間分のマス目があります。このマス目は、日々多くのコミットをすればするほど、より濃い緑色に染まっていきます。このマス目がどれだけ濃い緑色で埋まっているのかが、そのユーザーがどれだけ頻繁に開発しているかということを示しています。
GitHubのコントリビューショングラフのマス目における緑色を絶やさないことは「草を生やす」と表現され、ソフトウェアエンジニアにとって一つの目標となっています。
Duolingoのストリーク
もう一つ有名な例としては、外国語学習アプリのDuolingoがあります。Duolingoはユーザーのリテンションを高めるため、さまざまな工夫を取り入れています。
その一つが「連続記録(ストリーク)」の機能で、学習者が毎日レッスンを続けることで記録が伸びる仕組みです。これにより、GitHubのコントリビューショングラフと同様に、記録を途切れさせたくないという心理が働き学習の習慣化が促進されます。
このように、特に長く連続して続けていること自体が評価される場合には、連続記録が人間の速い意思決定を後押しして、習慣として定着させる効果を持っています。連続記録はリテンションを向上させるための最も基本的なインタフェースです。他の事例についてもご紹介します。
Money Forwardの一括更新ボタン
筆者自身が毎日習慣的に使っているソフトウェアとして、Money Forwardを紹介します。Money Forwardは、プレミアムサービスに加入することで「金融機関からのデータ一括更新」というボタンが有効になります。
このボタンをクリックすることで、Money Forwardと連携している金融機関からのデータ更新が即座に行われます。プレミアムサービスに加入している時点で金融機関からのデータの自動更新が毎日行われるので、このボタンを毎日手動で押す必要は全くないのですが、なんとなく毎日押したくなるし、毎日押しています。
Misskeyのボタンウィジェット
前回の記事で紹介した分散マイクロブログSNS「Misskey」にも、習慣化を促すカスタマイズ機能があります。Misskeyにはウィジェットという機能があり、そこにボタンを配置することで、1クリックで定型文を投稿できます。
上記の画像のように、日々の習慣をボタンとして用意しておけば、1クリックで投稿できます。さらに、Misskeyではそれぞれの投稿にリアクションがもらえるので、他のユーザーからのフィードバックによって達成感が得られます。
さまざまなマイクロブログSNSがある中でも、Misskeyは見た目や挙動だけではなくこうした頻繁に使い続けるためのポイントがたくさん用意されているので、愛用しています。
「あえて自動化しないこと」も習慣化を促す
Money Forwardの一括更新ボタンとMisskeyのボタンウィジェットを通じて見てきたことは、「同じような行動を毎日簡単にできると、つい毎日やりたくなる」という一言でまとめられるでしょう。
Money Forwardが完全に自動化されてしまっていたら、毎日家計簿を確認する習慣はできていなかったかもしれません。「今日も一括更新ボタンを押して金融機関のデータを取り込もう」「ついでに家計簿も確認しよう」という流れで、習慣化が促されています。
Misskeyも、テキストを入力するのでもいいのですが、ボタンをクリックするだけでも楽しい!という体験を自分でカスタマイズできたので、長く使い続けています。
ソフトウェアのコアサイクルと習慣化
ソフトウェアの利用時に、最も頻繁に、自然と繰り返される基本的な行動パターンのことを「コアサイクル」と呼びます。ユーザーにソフトウェアを便利に使ってもらうためには、このコアサイクルを効果的にデザインし、ユーザーの習慣に自然に入り込むことが重要です。
コアサイクルの設計においては、ユーザーが気軽に繰り返せるシンプルな体験を設計することが重要です。また、行動に対するフィードバックを適切に提供することで、ユーザーは満足感を得て行動を継続しやすくなります。
コアサイクルという考え方は、単にユーザー体験を向上させるだけでなく、良いソフトウェアを開発するうえで欠かせないものであると言えます。
まとめ
これまで見てきたように、人間は「速さ」を求め、そこに「習慣化」が加わることで、さらに効率的に行動を最適化できます。人間の速さと習慣化の特性を深く理解し、それに基づいてインターフェースやフィードバックを設計することで、ユーザーが自然にソフトウェアを使い続けられる環境を提供できるようになります。
本稿がより良いソフトウェアの開発に関して、何かしらのインスピレーションを与えられるものになっていたら嬉しいです。