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「お金返して」「なんで?へへへ」追い詰めた男の言葉 女性は命を絶った(2)[2022/09/08 11:00]

 大阪府の川上穂野香さんは2020年10月、22歳の若さで自ら命を絶った。「暗号資産」への投資をうたう詐欺の手口にかかり、消費者金融から借りた150万円を支払っていた。「なぜ死ななければならなかったのか」。調べていくと、取材しているこちらも身を震わすような怒りを感じる事実があった。(テレビ朝日報道局社会部 染田屋竜太)


■「一番大切なお母さん」ホテルに残した母への手紙
 穂野香さんの大学の同級生を通じて紹介された男は、LINEなどで畳みかけるように投資を迫り、「引っ越しを理由に金を借りられる」と金策の指示までしていた。穂野香さんは男に150万円を支払った1か月後、大阪市内のホテルで自殺した。

 私は今年7月、詐欺撲滅のために弁護士らが団体立ち上げ会見で、穂野香さんの母親、佐永子さん(55)に出会い、翌月、佐永子さんの大阪府豊中市の自宅でインタビューさせてもらった。

 ホテルに残された佐永子さん宛ての手紙には、「投資詐欺の件で沢山迷惑をかけ、心配をかけてしまってごめんなさい」「今まで本当にありがとう。一番大切なお母さん」と書かれていた。

 自殺の兆候に「気づいてあげられなかった」と佐永子さんは悔やんだ。穂野香さんは金を支払った数日後には「詐欺ではないか」と不安に思っていたという。

男に金を渡した3週間ほど後、「穂野香からLINEで『(うつ病と)診断された』と送られてきて」と佐永子さんは話す。借りたお金をどうしようか悩んでいた様子だったが、「見た目は元気そうで、そこまで思い詰めているとは……」と佐永子さんは言葉に詰まった。

 穂野香さんは自殺する直前、交際相手と大分と京都への旅行に出かけている。佐永子さんが当時の動画や写真を見せてくれた。京都で着物を着て恥ずかしそうに笑う穂野香さん。とても、数日後に自ら人生を終わらせるようには見えなかった。

 「旅行から戻ってすぐ、男に会いにいっているんです」。佐永子さんが気になることを口にした。

「投資」を勧誘し、150万円を受け取った男はその後、いろいろと理由をつけて穂野香さんと会っていなかった。その男に、交際相手と穂野香さんが直接会ったという。「渡したお金の受領証を書いてもらおうとしたんやけど、うまくいかなかったみたいで」。

穂野香さんは100万円を銀行振り込みで、50万円は男に手渡ししていた。だが、男は直接受け取った現金の受領証すら、「後で」などと言い、渡していなかった。

 「なぜ150万円を背負って人生を閉じなければいけなかったのか」。その疑問を持ち続けていた私は、男との面会がひっかかった。穂野香さんは亡くなる直前に男と対峙した。どんなやりとりがあったのか。

 佐永子さんを通じて、穂野香さんと一緒に男に会いにいった交際相手に取材ができないか頼むと、「ちゃんと事実を伝えてくれるなら」と受けてもらえた。

 仕事終わり、インタビューに応じた交際相手の男性は一つ一つ、言葉を選びながら答えてくれた。


■「会社がやってること」ひるまない男の言い分
 なかなか会おうとしない男に対し、穂野香さんが「私の交際相手が投資に興味がある」とメッセージを送ると、男は急に自分から「会おうか」と連絡してきたという。

2人が男に会ったのは、指定された大阪府内のテニスコートの駐車場だった。男は「仲間」とみられる数人を連れてきていた。

どんな話をしたのか。交際相手の男性はそれまでの穏やかな口調を変え、吐き捨てるように言った。「いい発言ではないですけど、人をなめ腐っているような態度でしたね。ずっと」「論点をずらしてきていた」。穂野香さんたちは受領証を作ってほしいと頼んだが、のらりくらりとかわされたという。

 「周りに(男の)仲間みたいなのもいて」、ばかにするような口調で割り込んできたという。交際相手の男性は一瞬言葉を詰まらせ、うつむいて言った。「僕も子どもだったんで、結局何もできなかった」。

 男との面会後、交際相手の男性は穂野香さんと食事し、「これからもがんばっていこうな」と声をかけた。穂野香さんはうなずいたという。

 だが、その翌日、穂野香さんは大阪市内のホテルで命を絶った。

 交際相手の男性は、男らの声を録音していた。「あいつらの声がほしくて。どんな説明するのか」。

何かの手掛かりになるかもしれない。30分にわたる音声データを提供してもらった。
 記者の特性で、音声は文字にして読むくせがついている。イヤホンで聞きながら文字起こしをしようとした。だが、数分ともたなかった。キーボードを打つ手が震えるくらいの憤りを感じたからだ。

交際相手「こいつの150万、返してほしいんですよ」
男「なんで(笑)へへへ」
交際相手「僕からしたら、やめさせたい」
男「(笑)」
穂野香さん「誰が誰にどういうルートで」
男「(投資先の)会社がやっていることなので、僕らって一切わからないんですよ」

 交際相手の男性がインタビューの時、高まる感情を抑え込むように話していたことが理解できた。佐永子さんが「許せない」と語っていた表情も思い浮かんだ。

人を小ばかにしたような口調で、交際相手や穂野香さんの言葉に答えようとしない男。拇印を押した書類がほしいといわれると「実印じゃないと契約は成り立たない」。説明は矛盾し、たとえも数字もめちゃくちゃなのに、最後までひるむ様子だけは見せなかった。


■追い詰めたのは男なのか、女性自身のやさしさなのか
 ただ、私が一番心が痛かったのは、穂野香さんが別れ際に男に向けた最後の言葉だった。
穂野香さん「ごめんな、しょうもない話に付き合わせてしまって。ありがとう」

 「ここまでされた人間なのに」と思ってしまう。口車にのせて現金を出させ、逃げ切ろうとする男に最後まで優しさや丁寧さを見せた穂野香さん。この性格に、男たちが付け込んできたのではないか。このまじめさが、自分を必要以上に追い込んでしまったのではないか。

 「穂野香さんはどんな方でしたか」
 インタビューで交際相手に聞いた。
 「僕なんかよりも相当まじめで大人っぽくて。僕なんかでいいんかって思いました」

 そんな穂野香さんがなぜ不審な投資話に乗ってしまったのか。
 「すごく相手に気を遣う人で、気を遣いすぎるくらいだから、相手に畳みかけられて、断るに断れなくなったのかもしれない」と話した。

 取材を続けていても、穂野香さんが単にもうけに目がくらんだとは思えなかった。心を許した大学の同級生からの誘いに初めは軽い気持ちで乗り、断れなくなってしまったのか。

 交際相手の男性も穂野香さんの死後、自分を責め続けたという。
 「(男に会いに)行ったときにお金返してもらえたらよかったんかなとか」
「もうちょっと生きる希望とか楽しいことをもっと一緒にできたらよかったんかなとか」


■女性は亡くなった 男に科せられた罰は……
穂野香さんの母、佐永子さんは事件後、男を大阪府警に刑事告発した。弁護士に相談したが、「詐欺罪は難しい」とアドバイスされ、業者としての許可がないのに金融業をした「金融商品取引法違反」容疑で刑事告発した。

今年6月、男は略式起訴され、罰金70万円を科せられた。
「罰金刑だけ……。納得できる理由を知りたい。やっぱり加害者に一番憤りを感じます」
そう、佐永子さんは話した。男は行方をくらまし、一切連絡も取れない状態だという。

 詐欺事件の取材をしていると、詐欺罪での立件がいかに難しいかを感じる。「だます」という行為は人間の内心部分にもかかわり、「本当に儲かると思った」と偽ると、それが「うそ」だと証明するのは容易ではない。

 22歳の女性1人の命が失われて罰金だけでいいのか……。
 そんな思いから、弁護士らが7月に立ち上げたのが、「投資まがい詐欺撲滅」のための団体だ。詐欺まがいをした場合の罰則強化や、新たな法律の制定を目指すという。

 会見の場に、穂野香さんの遺影を胸に抱いた佐永子さんがいた。
「今日、この席に来させてもらうのも、すごく悩んだんですけれども」
「同じような被害者の方が出ないように少しでもできることがあれば」

穂野香さんの死後、佐永子さん自身も「後を追おうか」と考えたと打ち明けてくれた。「でも、加害者に制裁を加えないと、死んでも死にきれない」と、強い口調で言い切った。

 追い詰められ、周りへの迷惑を心配し、命を絶ってしまった穂野香さん。取材を通してその苦しみの一端を見ることはできたが、やはり彼女の選んだ方法には賛成できない。どんな思いをしても、生き抜いてもらえなかったか。私が話を聴いた人たちは皆、支えたいと思っていたはずだ。

 記者という立場からは、取材を発信することしかできない。「穂野香みたいな子が二度と出てこないようになるなら……」。そういって顔を出したインタビューを引き受けてくださった佐永子さん。その思いを今後もつないでいかなければ、と思っている。

【写真】22歳の若さで自ら命を絶った川上穂野香さん。大学を卒業し、社会人として歩み始めたばかりだった。

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