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“吉本興業下請法違反”が、テレビ局、政府に与える重大な影響

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:アフロ)

振り込め詐欺グループの宴会に参加して金を受け取ったとして謹慎処分を受けた、宮迫博之氏と田村亮氏の2人の記者会見を受けて、吉本興業ホールディングス(以下、「吉本」)の岡本昭彦社長が、7月22日に記者会見を行ったが、言っていることが意味不明で、宮迫氏らへの発言について不合理極まりない言い訳に終始し、一度行った契約解除を撤回する理由も不明なままであり、社長・会長の責任については50%の報酬減額で済ますというのも、全く納得のいくものではない。

岡本社長は、この問題を、宮迫氏らとの「コミュニケーション不足」や、彼らの心情への「配慮不足」の問題のように扱い、「芸人ファースト」「ファミリー」などという言葉ばかりを使い、精神論的な問題にとどめ、吉本という会社と芸人・タレントの関係に関する根本的な問題に対する言及は全くなかった。

口頭での「契約」の是非

最大の問題は、吉本興業は、芸人・タレントと契約書を交わしておらず、大崎洋会長は、「芸人、アーティスト、タレントとの契約は専属実演家契約。それを吉本の場合は口頭でやっている。民法上も、口頭で成立します。」と言い切っており、今後も契約書を交わさないことを明言していることである(【吉本興業の「理屈」は、まっとうな世の中には通用しない】)。

しかし、芸人等の出演契約というのは、小売店での現物売買、「料金表」に基づく業務発注などとは異なり、「契約書」を作成し、契約内容、対価を明確にしておくべき必要がある契約の典型だ。

しかも、企業にとって、そのような契約を口頭で行って、契約書も交わさないというやり方には、法律上問題がある。

それは、独占禁止法が禁止する「優越的地位の濫用」について、親事業者の下請事業者に対する行為を規制する下請代金支払遅延防止法(以下、「下請法」)との関係である。

下請法との関係

吉本の芸人・タレントは、個人事業主である。下請法により、一定規模の親事業者が個人事業主に役務提供委託する際には、下請法3条に定める書面(いわゆる3条書面)を発行する義務がある。吉本のような芸能事務所が主催するイベントへの出演を個人事業主のタレントに委託する場合には、「自ら用いる役務の委託」に該当するため下請法3条書面を交付する義務が発生しない。

しかし、吉本が、テレビ局等から仕事を請け負い、そこに所属芸人を出演させる場合には、吉本が個人事業主の芸人に役務提供委託をしたことになる可能性があり、この場合、下請法3条の書面を発行する義務がある。下請法上、親事業者は発注に際して、発注の内容・代金の額・支払期日などを記載した書面を下請事業者に直ちに交付する義務があり(同法第3条)、この義務に反した場合には、親事業者の代表者等に50万円以下の罰金を科する罰則の適用がある(同法第10条)。

吉本では、芸人・タレントをテレビ等に出演させる際に、契約書を全く作成しないということなのであるから、下請法3条の発注書面交付義務違反となる可能性がある。

下請法が、このような下請事業者への書面交付を義務づけているのは、発注書面がないと、親事業者から、後で「そんな発注はしていない」、「代金はそんなに出す約束をしていない」、「支払いは3か月後だ」などと言われても下請事業者は反論しにくくなってしまうからである。そこで、下請事業者に不当な不利益が発生することを防止するために書面の交付が義務づけられている。

吉本の芸人は、契約書を交わすこともなく、契約条件も、対価も明示されないまま「口頭での契約」で出演の仕事を行っているのであり、著しく不利な立場に置かれていると言える。

この点に関して、公正取引委員会が、2018年2月に公表した「人材と競争政策に関する検討会報告書」では、以下のように書かれている。

発注者が役務提供者に対して業務の発注を全て口頭で行うこと,又は発注時に具体的な取引条件を明らかにしないことは,発注内容や取引条件等が明確でないままに役務提供者が業務を遂行することになり,前記第6の6等の行為を誘発する原因とも考えられる(この行為は,下請法が適用される場合には下請法違反となる。)

※「第6の6の行為」⇒「代金の支払遅延,代金の減額要請及び成果物の受領拒否・著しく低い対価での取引要請・成果物に係る権利等の一方的取扱い・発注者との取引とは別の取引により役務提供者が得ている収益の譲渡の義務付け」

つまり、当該取引に下請法の適用がある場合には、発注者が業務の発注を全て口頭で行い、発注書面を交付しない行為が違法であることは明白である。

「下請法3条違反」に対する刑事罰適用の可能性

もっとも、下請法3条違反で罰則が実際に適用された例は、これまではなく、すべて当局の「指導」により是正が図られている。しかし、それは、ほとんどが、発注書面自体は作成交付されているものの、その記載内容に不備があるという軽微な違反だからである。書面を全く交付していないというのは、下請法の適用対象の大企業では、ほとんど例がない。しかも、吉本興業は、露骨な下請法違反を行っておきながら、経営トップである大崎会長が、悪びれることもなく、「今後も契約書は交わさない」と公言しているのである。このような違反に対しては、当局の「指導」では、実効性がないと判断され、刑事罰の適用が検討されることになるだろう。

違反の事実は、会長・社長の発言などからも明白だが、吉本所属の芸人・タレントから、公取委に申告、情報提供が行われれば、公取委が調査に乗り出すことは不可避となるだろう。この場合、「親事業者が,下請事業者が親事業者の下請法違反行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由として,その下請事業者に対して取引数量を減じたり,取引を停止したり,その他不利益な取扱いをしてはならない」(4条1項7号)という規定があるので、吉本側が、それを理由に、契約解除等の措置をとると、それ自体が下請法違反となる。

 

「吉本下請法違反」がテレビ局に与える影響

このように、吉本の下請法3条違反は、弁解の余地がないように思え、しかも、その事実関係は、外部的にも明白である。社会的責任を負う企業としては、「反社会的勢力」と関わりを持つことが許されないのと同様に、このようなコンプライアンス違反を行っていることを認識した上で取引を継続することは許されない。

吉本が、配下のすべての芸人・タレントと契約条件を明示した契約書を交わすなど、違法行為、コンプライアンス違反を是正する措置をとらない限り、吉本と契約をしているテレビ局、そして、吉本が4月21日に発表した教育事業への進出に総額100億円もの補助金の出資を予定している政府も、吉本との取引は停止せざるを得ないということになる。

もちろん、安倍首相も、吉本の番組に出演したりして、浮かれている場合ではないことは言うまでもない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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