2024年元旦の能登半島地震以降、能登で解体が必要とされる家屋は約32,000棟にものぼる。苦渋の決断が続くなか、家を彩った古材や古道具だけでなく、人々の「心」のレスキューを目指す「のと古材レスキュープロジェクト」に密着。Vol. 1は試行錯誤しながらレスキューに取り組む、若きメンバーたちをフィーチャー。

地震に伴う大規模火災で焼けこげた、輪島の朝市通り。まるで爆撃されたような光景を初めて見たとき、「早く解体が進んでほしい」と強く願っていた。けれど、いざ公費解体が終わり何もなくなった更地を見たとき、ぽっかりと足元が抜け落ちたような寂しさが襲ってきた。震災前にただ貪欲に食べ歩き、愉快に飲み歩きしていただけの私でさえこうなのだ。地元の方々にとっては、どんな悲しみだっただろう。

ましてや、解体され「無」になるのが、自分の家だったら? しかもその家が、先祖代々の墓が横に鎮座するような、何代にもわたる家族の象徴だったとしたら? 

やりきれるはずもない不条理と、喪失感。それらを前に佇む人々を、記憶を含めて「レスキュー」している団体がある。輪島市三井地区で民間ボランティアの拠点を運営する「のと復耕ラボ」代表の山本 亮さんが率いる、「のと古材レスキュープロジェクト」だ。

2025年1月に「のと古材レスキュープロジェクト」チームが向かった、輪島市門前町の立派なお宅。囲炉裏の煙で燻された天井の黒は、家族の時間が染み込んだ美しい艶を放つ。

「のと古材レスキュープロジェクト」を行う「一般社団法人のと復耕ラボ」代表理事の山本 亮さん〈右〉。のと復耕ラボの理事でプロジェクトを担当している「奥能登アーキ」代表で建築家の越田 純市さん〈中央〉。初期から運営メンバーとして併走してきた、株式会社丹青社地域創生支援室の大竹 悠介さん〈左〉。

里山の景観に、敬意を込めて

せめて柱一本でも、次の家に持っていけたら───。「のと復耕ラボ」のボランティア活動で様々な家を訪ねるうち、山本さんたちメンバーの耳に届いてきたのは、突然「被災者」になった人々の切なる声だったという。そもそも旧加賀藩が木材保護政策を進めていた能登は、今も森の緑が色濃く、『日本昔話』に出てきそうな立派な古民家が多い。床材一つとっても、能登ヒバ(輪島塗の素地に使われることでも有名)を使用したり漆を塗っていたりと、独自の特徴と魅力が光っているのだ。

「活動していても、『これすごい!』と驚くような古材がたくさんある」と話す山本さんが口にしたのは、「里山」という印象的なキーワードだった。

「能登には100年、200年前に建てられた家が多く残っていて、その建物が作り出す里山の風景が、大きな価値の一つ。2011年に日本で初めて、世界農業遺産に認定されたのは能登の里山里海だったんですよ。使われている木材からそれらが作る景観まで、能登の家には、里山の暮らしのすべてが詰まっていると感じます。3月に行うプロジェクト初の展示販売イベントのタイトルを、みんなで悩んだ末に『のとのいえ』にしたのも、そうした思いがあったからです」

被災地ならではの「心のレスキュー」

古材レスキュー開始を決意した山本さんらは、早速日本における古材レスキューの殿堂的存在である長野県諏訪の「リビルディングセンタージャパン」からノウハウを学ぶ。そしてその後、能登独自のレスキューを模索していくことになる。なぜなら彼らが向き合うのは、前触れもなく一瞬のうちに、マグニチュード7.6の1000年に一度といわれる大地震によって家を奪われた人々だからだ。

「のと古材レスキュープロジェクト」担当の越田 純市さんが、「心のレスキュー」という言葉を大切そうに口にする。

「僕たちがレスキューするのは、何もしなければただ廃棄される予定だった古材や古道具です。でも、家主の方々にとっては思い出の詰まったもの。レスキューした木材でフォトフレームを作って家主へプレゼントしたり、活動した一つ一つのお家の記録をしっかり残しているのも、物の背景にあるストーリーも一緒に、届けられるだけ届けたいと思っているから。突然家を失った方々の、思いをすくい上げたいという気持ちが根底にあるんです」

「のと古材レスキュープロジェクト」を「一般社団法人のと復耕ラボ」とともに進める、「古材create青組」代表で設計士の江崎 青さん。

販売や継承より、目指すは「循環」

「心のレスキュー」の大切さを話す越田さんの言葉に、プロジェクトで主に古材の流通・活用を担当する「古材create青組」代表の江崎 青さんも深く頷く。

「骨董屋でも木材屋でもない僕らが、こういう活動をしている理由は『循環』なんです。

僕たちが1番最初に伺った山浦さん(能登連載Vol. 2に登場)はレスキューの時、家の歴史を残してほしい気持ちと、自分の家が形を失っていく寂しさと、色々な感情が混ざってすごく複雑な顔をされていました。でも僕らの思いを伝えたら、最終的に、『それやったらレスキュー頼んだ意味あったな』って言ってくださって。そこで、物だけのレスキューはあまり意味がないと気付きました。自分と家族が生まれ育った家がなくなるっていう寂しさが何かに生まれ変わって、他の誰かに届くことが、救いになるような仕事にしていきたい。レスキューと向き合う僕たちの姿勢が、あの時に決まりました」

ボランティアが作業をしていると、地元の方々がよく話しかけてきてくれるという。

釘も丁寧に一つずつ取り除き、木材をレスキュー。

古材保管スペースの確保も、大きな課題の一つ。江崎さんが借りている倉庫には、古材がどんどん集まってくる。

2025年3月に「東京ミッドタウン」にて開催される「のと古材レスキュープロジェクト」の展示販売イベントで、クリエイティブ・ディレクションを手がけるデザイナーの鈴木 啓太さん〈左〉。江崎 青さん〈右〉と終始楽しそうに、古材や古道具をセレクト。

友人の実家の改修を手伝ったことで、古材レスキューに興味が出たという江崎さん。実際に震災の約1年前には準備を始め、古材を保管する倉庫を借りたところで地震が起きたという。幼い頃は能登の歴史に無頓着だった地元出身の江崎さんが、改めて感じる能登の家の魅力はなんだろう?

 「建てた人や暮らした人の息遣いが、目に見える感じがするんですよね。無垢の木を加工して作ってる家からは、そういった人の声がダイレクトに響いてくる気がします。例えば施工のやり方を見ると、すでに半分以上失われている技術が使われていたりする。僕の中ではすごく貴重な、教科書のよう。人の気配がする歴史そのものを、少しでも残していきたい、という気持ちがあります」

もとの木がもつ根曲がりをいかした「鉄砲梁(てっぽうばり)」や、囲炉裏の煙で燻され黒く輝く木材が、江崎さんのお気に入り。理由を尋ねると「なんだろう、直感でかっこいい」とシンプルな答えが。

能登の家づくりの要になる能登ヒバの木材や、漆塗りが施された木材も。一つ一つの木材から、能登の里山の暮らしが伝わってくる。

未来へ繋ぐため、試行錯誤の真っ只中

2025年3月には「東京ミッドタウン」での展示販売イベントも決まり、活動は軌道に乗っているように見えるが、「レスキューすることで精一杯の状況」と江崎さんが打ち明ける。

「活用方法に関しては、正直、まだまだ未開拓です。例えば素晴らしい梁も、次の建築への使用は法律的にかなり難しい。また同じ古材をたくさん揃えることも難しいので、加工して違う価値を生むことがメインだと思います。建築素材というより、内装や店舗の什器、インテリアの可能性が大きいのかな。

ただ僕らのチームは建築関係や大工、設計士が多いので、思いつく活用方法が偏ってしまう。皆さんが何に魅力を感じて、何を面白がってくれるのか分からない部分が多いんです。長く続けるには事業として成立させる必要がありますし、活用方法を一緒に考えてくれる人たちがいたらいいな、そのためにはまず皆に活動を知ってもらえたら、とは漠然と思っていました。

なのでデザイナーの鈴木啓太さんが、一緒に使い道やアイディアを考えてくれるのは嬉しいし、楽しい。啓太さんが『東京ミッドタウン』さんや『東京クリエイティブサロン』さんにも声をかけてくれて、3月にイベントが開催できることもとても有難いです。実際に皆さんも能登に来てくれて、古材や古道具で一緒に盛り上がったり、継続的に取り組みたいと仰ってもらったり。うまく言葉にできないけれど……僕らがやってきた意味があったと思えました。大人がいっぱい集まって面白いことできそうだなって、今、ちょっとワクワクしていますね」

日本を代表する工芸である輪島塗も、能登の人々にとっては日常の道具。ここまで工芸が産地に根付いている地域は、全国でも珍しい。

「古材レスキュープロジェクト」初の展示販売イベントが、「東京クリエイティブサロン 2025 」の会期中に開催。『のとのいえ – 里山が紡ぐ、古道具の記憶 -』は「東京ミッドタウン」のプラザB1にて、2025年3月13日(木)〜23日(日)までオープン。


イベント開催情報
のとのいえ – 里山が紡ぐ、古道具の記憶 –

期間:2025年3月13日(木) – 2025年3月23日(日)
   11:00~20:00
   (古道具の販売は15日、16日、20日、22日、23日の土日・祝日のみ)

会場:東京ミッドタウン プラザB1

主催:一般社団法人のと復耕ラボ 古材create青組
協力:PRODUCT DESIGN CENTER 丹青社 東京ミッドタウン

イベント関連トークショー
第1回 「のと古材レスキュープロジェクトAtoZ 里山の美の紡ぎ方」

日時:3月15日(土)18:00〜19:00
会場:東急プラザ原宿「ハラカド」4階
登壇者:山本 亮 「一般社団法人のと復耕ラボ」代表理事
    江崎 青 「古材create青組」代表
    鈴木 啓太 デザイナー、「プロダクトデザインセンター」代表

第2回「能登の家と工芸の魅力とは? 今一度輝く土着の美」

日時:3月20日(木・祝)14:00〜15:00
会場:東急プラザ原宿「ハラカド」4階
登壇者:坂井 基樹 公益社団法人日本陶磁協会 事務局長
    鈴木 啓太 デザイナー、「プロダクトデザインセンター」代表

※ どちらの回も無料、予約不要

Photos: Kentaro Hisadomi
Text: Makiko Oji