第2回:牧野泰才・東大講師が語る、触覚研究の最前線
触覚でコアになる技術は何か
2015/7/9
6月22日にスタートした第2弾プロピッカー企画。テクノロジー分野のプロピッカーとして参画する牧野泰才氏は、東京大学大学院で触覚の研究を行う「理系イノベーター」だ。触覚に働きかけて人間を支援する技術の研究「ハプティクス」を専門としており、タッチパネルなどのインターフェース分野に精通している。
現在、インターフェース分野ではどんなことが研究されているのか、今なぜ「触覚」の研究が熱いのか。アナリスト集団Longineの泉田良輔編集委員長が、インターフェース研究の最前線に迫った対談を合計6回の連載でお届けする。
触覚研究の3分野
泉田:触覚のコア技術は何でしょうか。
牧野:触覚の研究には大きく3つの分野があります。
ひとつは、心理学や生理学の切り口から「人の触覚とは何か」を考えるような非常にアカデミックな領域に関する研究です。
ほかに、エンジニアの観点から言うと2つありまして、ひとつはセンサーでもうひとつはディスプレイです。
泉田:なるほど。センサーとディスプレイの関係はどう理解すればいいでしょうか。
牧野:映像で言えば、センサーはその映像を撮るためのカメラですね。ディスプレイは映像を映し出すテレビです。
泉田:牧野先生の専門はどちらになるのでしょうか。
牧野:私の専門は、先ほどの例で言えば、ディスプレイです。触覚を表現するほうですね。ディスプレイに関しては、人工的に触覚を再生するというものです。その再生の仕方もいろいろあります。
泉田:具体的にはどのような再生の方法があるのでしょうか。
牧野:うちの研究室(篠田・牧野研究室)でやっているのは、超音波を発生させ、それを手のひらなどに当てることで触覚に訴え、表現するという方法です。指先や手のひらに情報を提示するということですね。
現・慶應義塾大学の門内助教やうちの長谷川特任助教を中心に、立体映像に触覚を提示するという装置などを開発しています。
泉田:ディスプレイというのは、液晶パネルである必要はないのですね。
牧野:その通りです。しかし、今お話した超音波を利用した表現方法は、何もない空中に触覚を提示するというのを目的にしたもので、一般的ではありません。皆さんが一番親しみやすいディスプレイは、その何か出したい物があったら、その物自体をリアルに再現するという方法でしょう。
泉田:たとえば、どのような表現でしょうか。
牧野:ピンのアレイを並べるといったケースがあると思います。ただし、これをずっとやってきた感覚としては、ピンのアレイをたくさん並べても、限界があるということがわかってきました。
どういうことかと言うと、ピンのアレイはいくら並べてもピンのアレイですよね。剣山がいくら細かくたくさん並んでいても、先端をこういうふうに触ったときの感覚が、なめらかな机の表面を触れたときとはやっぱり違いますよね。
泉田:微細化してもダメだ、限界があるということでしょうか。
牧野:現時点ではそういうことだと思っています。
泉田:それでは、触覚に訴える表現の研究は、どちらの方向に向かっているのでしょうか。
牧野:今までは空間を移動する、させるみたいな感覚を表現しようと思ったら、ピンのようなハードウェアを大量に並べてビャーっと動かさなければならないと、みんな信じ込んでいたのですが、その限界が見えてきました。そもそも、大量のピンを動かすのも大変なんですが。
一方で、実は振動を丁寧に出してあげると、移動感覚はなくても感覚としては移動している感じがするのではないかということがわかってきたのです。これは慶應大学の南澤孝太先生を中心に、「TECHTILE toolkit」というプロジェクトで今研究が行われています。
泉田:振動がピンの代わりですね。
牧野:ところが、振動をちゃんと出すというのが、実は結構難しいのです。
携帯電話やスマートフォンのバイブレーターは通常200ヘルツ程度の共振周波数というのを持っています。つまり、ほぼその周波数でしか揺れないんですよ。
ところが、もっと幅広い、つまり低い周波数から高い周波数まできっちり丁寧に再現すると、リアリティがすごく増します。研究者の間では、そういう表現のできるアクチュエータをみんなが取り合っています。
泉田:アクチュエータというのは、結局モーターですよね。
牧野:方式にもよります。触覚研究者として、これまでアクチュエータの中で一番いいというのがニンテンドーDSの振動パックの中に搭載されていたフォースリアクタでした。しかし、それがだんだん手に入らなくなってきていて、困っています。
泉田:電子部品メーカーが製造を終了したらしいですね。
牧野:はい。研究者の需要だけでは、電子部品メーカーも事業として成立させるのが難しいのでしょう。このフォースリアクタがビットコインみたいな存在になっていて、みんなで発掘するみたいになっています(笑)。
泉田:センサーの技術に関してはいかがでしょうか。
牧野:センサーのほうは、以前は圧力が詳細にわかるように細かなセンサーが大量に並んでいて、どういうふうに押した、押されたというのが全部わかればいいんじゃないか、というのが主流の在り方でした。しかし、状況にもよりますが、現在はそうなっていない印象ですよね。
泉田:それはなぜでしょうか。
牧野:たとえば、ロボットの全身にセンサーを搭載するという話になると、実際はそこまでする必要がないということなのだろうと思います。そんなに密度がなくても、ある程度わかってしまうという話なのだと思います。
泉田:素人発想だと、密度が細かければそのほうがより正確に触覚の動きをつかめそうなものですが。
牧野:触覚の研究をしていて難しいのは、面積を広くしてたくさんセンサーを使うとなると、配線が大量になることです。そうすると柔らかくロボットの全身を覆おうと思っても覆えなくなってしまうのが、大きな問題のひとつです。
泉田:配線問題を解決する方法はないのでしょうか。
牧野:その解決策としてわれわれの研究室で提案したのが、2次元通信です。
泉田:それはどのような技術でしょうか。具体的に教えてください。
牧野:シートの上に置いた物が全部、通信と給電をすることが可能になります。センサー自体は配線をしなくてもできます。ワイヤレスで置けて、かつメンテナスフリーというか、バッテリーもいらないので、電池が切れることもありません。シート自体はただの金属の板で、かつ柔らかくもできるので、設置する場所をそれほど選びません。
泉田:なるほど。でも、ロボットでのセンシングというのは、パーツ、つまり部分でよいのでしょうか。細かく全部貼る必要はないということですか。
牧野:それは場合によります。たとえば、ロボットと対象物とのインタラクションをどれだけ考えるかにもよります。安全性の確保という程度であれば、一番当たる外側が接触検出さえできれば、たぶん問題ないと思います。
泉田:生産現場で使用されるようなロボットであれば、おっしゃるようなコンセプトでいい気がしますが、人と接触するようなロボットだとありさまが異なる気がしますが、いかがでしょうか。
牧野:そうですね。日本人はあんまり人同士で触ってコミュニケーションをとらないので、ロボットを相手にしたときに実際に触ろうとするかわかりません。
握手などボディタッチ的な意味でのコミュニケーションをロボットと取ろうとしたら、たぶん触られほうの質をちゃんと検出しなければならないですね。ただし、ロボットにセンサーをつけることよりも、何をしたいかのほうが重要です。
泉田:どういう意味でしょうか。
牧野:たとえば、握手の感覚を、ロボットに伝えようとした場合、ロボット側にすごく精度の高いセンサーを付けないといけません。
ただ、そんな状況が必要とされるのは、まだ先のような気がします。もし精密に測れたら、人がロボットの手を握ったときの感情みたいなものまで見えるかもしれないですが。
*続きは来週木曜日に掲載予定です。
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