訓練された実行犯、欧州に広がる過激派ネットワーク
プロピッカー菅原出が分析する「パリ・テロ事件の脅威」
2015/11/16
11月13日の夜、世界を震撼させたパリの同時多発テロ事件。NewsPicksのプロピッカーで国際政治アナリスト菅原出氏による緊急寄稿を公開する。
世界の治安関係者にも衝撃
11月13日の夜にパリ中心部で発生した同時多発テロは、今年1月から高度な警戒態勢をとってきたフランス治安機関の監視の目をかいくぐって実行された。
テロリストたちがこれほど計画的で組織的なテロを実行できたということ自体、計り知れない衝撃的なインパクトを世界の治安関係者に与えた事件である。
用意周到なテロ、高性能爆弾の使用
この事件に関し、現時点で明らかになっていることを整理してみたい。
テロ実行犯は3つのグループに分かれて午後21時20分ごろに攻撃を開始した。
1班は3人編成でロックコンサートの行われていたバタクラン劇場を襲撃。コンサートに集まっていた観客に無差別に乱射して殺害し、一部の人質を2時間近く拘束した後、警察の突入に合わせて2人のテロリストが自爆、1人は警察に射殺された。警察は劇場を午前0時20分に制圧したが、89人の死者が出た。
2班も3人で編成されていた。
目標はパリ郊外サンドニ市の競技場「スタッド・ド・フランス」。午後21時20分に競技場のゲート前で1人のテロリストが自爆し1人の通行人も巻き添えで死亡した。
ちなみに、このチームはテロに失敗していた可能性が高い。少なくとも彼らのうち一人はサッカー観戦のチケットを持っており、競技場の中に入ろうとしたところ、警備員に止められて逃げていたことが伝えられている。もし、3人の自爆テロリストが競技場内でテロを起こすことに成功していたら、さらに被害は大きかったと思われる。
3班はおそらく2人編成。
車両でアルベルト通り沿いに乗りつけ、レストラン「Le Petit Cambodge」とカフェ「Le Carillon」に向けて店の外から乱射し15人を殺害した。
続いて少し離れたバー「A La Bonne Biere」前の交差点で乱射し5人を殺害。カフェ「Le Belle Equipe」のテラスにも乱射して19人を殺害。その後、実行犯の一人がレストラン「Le Comptoir Voltaire」に入り自爆した模様だ。
8人のテロリストは全員、高性能爆薬「TATP」でつくられた同じタイプの自爆ベストを身につけており、そのうち6人は起爆させて自ら命を絶った。実行犯の一人は逃亡中だと思われる。
実行犯、ベルギーの過激派と連携
実行犯の背景が少しずつ明らかになっている。
1人は、パリ南部クールクロンヌ出身の29歳の男性オマル・イスマイル・モステファイ容疑者で、犯罪歴があり、過激なイスラム思想を持っていることで警察の要注意人物のリストに掲載されていた。2013年秋にシリアに渡り、2014年春にフランスに帰国していた模様だ。
メンバーの中の3人は兄弟で、そのうちの2人がイブラヒムとサラ・アブデスラム容疑者であることがわかっている。仏警察はサラ・アブデスラム容疑者の写真を公開して指名手配した。2人とも過去数年間ベルギーに住んでいた。
もう1人の実行犯ビラル・ハドフィもベルギー在住でシリアに渡航してISに加わって戦闘に従事した経験がある。その他2人の身元も判明しているが、仏当局は彼らの氏名を明らかにしていない。ただ、ベルギー在住のフランス人で、1人は競技場前で自爆した20歳、もう1人はレストランで自爆した31歳の男性だという。
さらにもう1人は10月3日にギリシャに難民として入国した記録を持つ25歳のシリア人だと伝えられているが、これは現場にパスポートが落ちていただけで、実行犯かどうかは明確ではない。
ここまで明らかになっている情報からどんなことが読み取れるのか。
実行犯グループは、ベルギー在住のイスラム過激派コミュニティと深く関わっており、フランスとベルギーの国境を越えてテロの準備、計画を行った可能性が高い。
また、実行犯メンバーの数人はシリア渡航経験があり、現地でISに加わって戦闘に従事した経験があると思われる。取り扱いの難しいTATPを使った自爆ベストは、爆発物のエキスパートが製造したものだと思われる。
通常は爆弾製造者はテロを行わないので、今回の実行犯とは別にテロをサポートする秘密組織が、おそらくベルギーに存在すると考えられる。ベルギー当局はこれまでに今回の事件と関連して7人の容疑者を拘束している。
テロが実行される前日に、イラク外務省が「ISのテロが迫っており、とりわけフランス、米国、イランが標的にされる可能性が高い」とする警戒情報を発していたことも明らかになっている。そのため、ISの中枢指導部から何らかの指示や命令が出ていた可能性はある。
ISへの忠誠、高度なテロ技術
いずれにしても今回のテロ事件では、ISに忠誠を誓い、自爆をいとわない過激な欧州の若者たちが存在することが明らかになった。かつ、先進国の治安機関の厳しい監視にもかかわらず、国境を越えて軍用の武器を調達し、連携を取りながら綿密なテロ計画を立てて実行できる能力を有していることが明確となった。
彼らは暗号技術を使って慎重に相互の交信を行っていた可能性も高い。そうしたオペレーショナル・セキュリティの指導も何らかの方法でISから受けていたと思われる。
実行犯の何人かはシリア渡航経験があったと思われることから、中東の紛争地と欧州の中心部を彼らが比較的自由に往来できている。警察や情報機関の監視が追いつかないほど、そうした過激派のネットワークの裾野が広がっていることがうかがい知れる。
ソフトターゲット攻撃の脅威に留意
今回襲撃された6カ所はすべて「人が多数集まり、警備の手薄な」ソフト・ターゲットだった。そのことから、過激派たちは最大限の死傷者を出し、恐怖のインパクトを与えるのに適した場所を選んでいることも特徴的である。バタクラン劇場のオーナーはユダヤ系でイスラエル治安機関と関係があるといううわさもあるため、標的にされた可能性もある。
いずれにしても、IS系テロリストは政府施設や一流ホテルなど警備の厳しいハード・ターゲットではなく、ソフト・ターゲットを狙うことで、テロ成功の確率を上げ、最大限の宣伝効果をあげることを、優先させる傾向が強いと思われる。
フランスはこのテロ攻撃を受けて、シリアのISの拠点に集中的に空爆を実施した。フランスはISと交戦中の国である。彼らに爆弾を落としているので、定期的にその報復をテロというかたちで受けているのである。フランスに限らず、ISと交戦中の国々では今後もテロは続くと考えるべきである。
(写真:アフロ)