ネコと意思疎通する方法は? 最高峰のコミュニケーションは「敬意」の上に成り立つ
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ネコは「最も個体差が大きい動物」
ネコがブームだ。SNS界隈では、じゃれあう愛くるしい子ネコや小さなケースにぴったり収まったネコなど、さまざまなネコが楽しめる。ネコと暮らしている人なら、こうした動画を見ながら「うちの子はこんなことはしない」などと、自分のネコとの違いを感じることもあるのではないか。何しろネコは、「すべての動物のなかで最も個体差が大きい動物」だそうで、「よその子」と「うちの子」が違うのは当然なのだ。個性があるからこそ、飼い主は「うちの子は……」と、その特技やクセを披露したくなるのかもしれない。
さまざまな個性のネコがいる中で、ネコは、どのように暮らせば幸せなのか。いわばネコのウェルビーイングを考えるのが『ネコ学』(築地書館)だ。多くの研究成果を踏まえ、ネコの仕草や鳴き声の意味を解説するほか、ネコ視点のコミュニケーションの取り方などを示す。
単純にあてはめられるものではないが、人間のコミュニケーションにも通じるところはありそうだ。世界には個性豊かなさまざまな部下(または上司)がいる。言葉の通じないネコの仕草や様子を観察し、彼らのウェルビーイングに思いを巡らせることは、何を考えているのかわからない若手(または中高年)とともに快適な職場生活を送るヒントにもなるかもしれない。
著者のクレア・ベサントさんは、ネコがより暮らしやすい世界をつくることを目指す慈善団体、インターナショナル・キャットケアの最高責任者を28年にわたって務めた人物だ。自身も多くのネコとかかわってきた。
ネコと人間の「互恵的」な関係
ネコの個体差を感じる、つまり「ネコによりけり」なものの一つが、「人なつこさ」だろう。研究によれば、生後7~8週までの間に人間とポジティブなふれあいをするか否かが、人間を好きになるかどうかを決めるのだという。人間が大好きで、人見知りをせず、誰にでも寄っていくネコがいる一方で、抱き上げられたり触られたりするのが好きではないネコもいる。研究によると、ネコが人間とコミュニケーションをとりたがるときに人間がそれに応えると、その人がそのネコに触りたいときに応じてくれることが多いという。ネコだって、多少は人間のことを思いやってくれるのだ。
ベサントさんは、ネコと人間の関係は、家畜やイヌなどに比べて「より互恵的」だと表現する。ネコは人間に支配されない部分を保持していて、古来の単独で狩りをする能力を今でも保っている。にもかかわらず、自ら選んで人間と一緒にいる。ネコのあの、ときに不遜なまでの態度の大きさは、いざとなれば自立できるという自信の裏返しともとれる。もっとも、大型の捕食動物に襲われる可能性もあるため、ライオンやトラのように堂々としているわけにはいかないらしい。
再び、職場での人間関係に当てはめてみる。単独行動しがちで、かまおうとすると逃げていく部下はいないだろうか。彼らは、いざとなったら現在の組織を離れ、転職なり独立なりして生きていこうと考えているのかもしれない。とはいえ、捕食されるまではいかないまでも、一人で生きていくとなれば大変そうで面倒くさく、とりあえず組織に属している――のではないか。かまってほしいサインを見落とさずに話を聞いてコミュニケーションをとれば、今度は、こちら側の雑談やランチの誘いに応じてくれるかもしれない。
まばたきでネコとコミュニケーション
ネコ学というだけあって、ネコをめぐる意外な話、興味深い話がいくつもある。たとえば、まばたきには大切な意味があるのだとか。人間が飼い猫にむかってゆっくりまばたきすると、猫もお返しにゆっくりまばたきすることが多い。ネコのゆっくりとしたまばたきは、機嫌のよいとき、信頼と愛情のしるしなのだ。人間もゆっくりまばたきして見せることで、ネコに対する愛情をネコにもわかる手段で伝えられるかもしれない。まばたきを交わし合いながら、自宅のネコの様子を観察してみてはどうだろう。ただし、ネコは凝視されるのは好きではないらしいので要注意。
またネコは、選択肢があり、自分に決定権がある状況を好むのだという。これを知って、あるネコを思い出した。個人的な話で恐縮だが、上京して初めて住んだアパートの部屋に、時々遊びにくる茶トラがいた。部屋にいると、玄関ドアを外から引っ搔いて「開けて」と催促。開けてやると我が物顔で入ってくる。餌や水を与えたことは一度もなかったが、膝にのって甘え、ときに昼寝し、飽きるとドアを引っ掻くので開けてやると出ていく。それだけの関係を、引っ越すまで4~5年続けた。エサもないのに何をしに来るのかと思っていたが、思えば私の部屋に「寄る/寄らない」の決定権は茶トラ側にあった。
あの茶トラにとって私は、なんだったのだろう。休憩場所として便利に使われていたのは間違いなさそうだが、私もまた茶トラに癒されていたのだから、「互恵的」関係の典型例なのかもしれない。
近づきすぎないことで、お互いに依存しない幸せな関係を築く。少し寂しいが、彼らが求める距離感とは、そんなものかもしれない。なおベサントさんは、「最高峰のコミュニケーションというのは、理解、共感、根気、受容性、そして敬意の上にこそ成り立つ」と、書いている。相手がネコであっても人であっても、そのことを肝に銘じておきたい。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
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『ネコ学』
クレア・ベサント 著
三木 直子 訳
築地書館
296 p 2,640円(税込)
