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「先端半導体」実装急げ…産総研で進む、一貫製造体制整備の意義

「先端半導体」実装急げ…産総研で進む、一貫製造体制整備の意義

先端半導体製造の研究開発ライン(産総研提供)

産業技術総合研究所でコンピューティングを革新する研究が進んでいる。先端半導体や量子分野で国から大型投資を受け、製造ラインなどの整備が進む。産業界は産総研をテストベッドとして使うことで開発のボトルネックを解消できる。これにより産総研は事業化を見据えた研究ができるようになる。国の投資でアカデミアから本気で社会実装を目指せる時代が始まろうとしている。(小寺貴之)

技術開発、学理構築を両立

「いい論文を書けば仕事は終わりだと思っている研究者はいないと思う。少なくとも半導体分野では見ない」と、産総研の安田哲二執行役員エレクトロニクス・製造領域長は振り返る。「みな自分の仕事が社会実装につながるか。企業からどう評価されるか常に考えている」と続ける。

安田領域長は2ナノメートル(ナノは10億分の1)世代以降の先端半導体を作るための研究開発ラインの立ち上げに奔走している。フッ化アルゴン(ArF)液浸露光装置やシリコンゲルマニウム化学気相成長装置、マルチチャンバー洗浄装置など最先端装置16台を導入した。既存の相補型金属酸化膜半導体(CMOS)ラインに組み込み、個々の装置は稼働した。

先端半導体製造ライン(産総研提供)

現在はゲートオールアラウンド電界効果トランジスタ(GAAFET)を実際に作り、ライン全体での最適化を進めている。このトランジスタ層を作るだけでも約300工程かかる。工程間の干渉など、プロセスを通して検証しないと現れない課題に挑戦している。

日本の研究者にとって最先端半導体の製造ラインは雲の上の存在だった。研究用の小片の基板と量産用の300ミリメートルウエハーは別世界とされる。さらに研究開発用の製造ラインであっても最初から最後まで一連の工程を整えると300億円以上かかる。20年前なら量産ラインを構築できた額になる。産総研は16台に100億円単位の予算を投じた。ベルギーの国際半導体研究機関「imec」などに続いて一貫製造が可能になる。

半導体材料や装置メーカーは産総研のラインを使って自社技術を検証できる。自社の装置や材料を産総研のラインに組み込み、製造工程全体への影響を検証可能だ。企業で最適化できる範囲は自社技術の前後程度に限られていた。安田領域長は「特定の半導体メーカーの特許に依存せず、知的財産の面からも中立なラインを構築している」と説明する。

先端半導体を作る300ミリメートルウエハー(産総研提供)

半導体製造ラインの運営などは、研究者からは論文につながらないと考えられてきた。工程間の干渉対策などは企業がノウハウとして蓄え、通常は公表しない。産総研先端半導体研究センターの昌原明植センター長は「企業の技術者は応用研究や製品開発に忙しく、科学的に現象を理解するところまで手が回らない」と指摘する。不具合を解析していくと、新しい物理現象が見えてくることがある。昌原センター長は「原理を押さえていけば新しい学理が開ける。そして、その問題を解消できれば次の世代の半導体のコア技術になる」と説明する。

産業界と一緒に社会実装を進めつつ、研究者としては学理の構築に挑む。国の技術戦略を実行する国研ならではの研究スタイルが日本でも可能になってきた。これは産総研に限らず、国研が長年追い求めてきたスタイルだ。半導体分野ではベルギーのimecや台湾の工業技術研究院(ITRI)、産業技術全般ではドイツのフラウンホーファー研究機構が実践している。日本は大学にこうした役割を求めてきた。ただ投資が分散してしまうと、民間企業を引きつけるほどの研究環境を半導体分野で実現するのは難しかった。

産総研は国の戦略投資を受け研究環境整備を実現した。半導体は経済安全保障上欠かせないため、投資額も大型化した。この半導体と同様に投資を受けているのが量子分野だ。

量子分野にも大型投資 基礎研究・アプリ開発を並走

G-QuATの施設イメージ(産総研提供)

産総研の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)は、2022年度と23年度に補正予算で合わせて620億円が措置され、拠点整備を進めてきた。さらに24年度の補正予算で確保された1009億円の中から追加措置することが決まっている。

G-QuATに設置予定の量子コンピューターのイメージ(産総研提供)

特徴は基礎研究やアプリケーション開発を同時並行で進める点だ。G-QuATの益一哉センター長は「物理現象の基礎研究からアプリケーション開発まで一気に立ち上げることが求められている」と説明する。

そこでG-QuATにはデバイス開発や量子制御回路、計測、スパコン、量子アプリケーションなど、一連の開発チームを集めた。量子ビットを作り、制御するのは量子物理の研究者だ。この量子物理系をデバイスとして実現するのは半導体研究者。量子コンピューターのコンポーネントを評価するためには先端計測、アプリケーション開発には量子情報科学の研究者がチームを作る必要があった。

G-QuATに構築する超電導型量子コンピューターの模型(産総研提供)

益センター長は「アプリケーションに合わせてデバイスを開発することが重要」と強調する。アプリケーションや事業化を先行させることで実用化に向けた課題を抽出できる利点もある。量子コンピューターは超電導方式や半導体方式、光量子方式などの、複数方式が開発されている。実用化に向けた共通課題を各方式の開発に反映させ、共通化できる領域を探して開発コストを抑制する。堀部雅弘副センター長は「研究から事業化まで一つのセンターに集まっている効果は大きい。毎日のように侃々諤々の議論になっている」と苦笑いする。

G-QuATもテストベッドとしての役割を担う。各方式の量子コンピューターをそろえ、ユーザーが各方式を比べながら使い倒す環境を整える。これを量子物理や量子情報科学の研究者が支える。

社会実装を通して新しい研究課題を抽出して学理を開く。これは国研本来の姿とも言える。産学でイノベーションを体現できるかが注目される。

日刊工業新聞 2025年03月07日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
約10年前、論文の数を稼ぐようなサラミ論文をどうにかできないかという話になって、研究者の業績評価を産学連携などの社会実装重視にすればいいのではないかと提案したことがありました。当時も産総研の組織は社会実装重視だったので、そういう人を集めて評価したらいいじゃないと。そのときは、産総研は学術界の一部で、学術界全体が論文数を競っているときにそうじゃない人を集めるのは難しい。産総研を経て大学に戻りたい研究者も多く、結局論文数を求めてしまうと聞きました。文科省の国研もそうでした。ポストを確保するには必要なことです。ただ国交省や厚労省の国研は雰囲気が違っていたし、エビデンスをそろえて業界と戦うわけでもないので、規制当局よりも政策を支える意識が薄いのは仕方ないのかと思っていました。現在、政府の決断で大型投資がなされ、学術界にも産業界にもない研究環境が整います。このタイミングで研究者のマインドセットも変わっていて、幸か不幸かサラミ論文に割く時間はなくなってしまいました。そこに産業界からの人間も合流していて、量子分野では部屋が足りないと嬉しい悲鳴があがっています。企業ではできない研究ができて、本気で社会実装を目指せます。政策・産業・学術を動かせるかもしれません。これを機に国研の研究者像が学術界に浸透するといいなと思います。

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