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「知の洪水に呑まれたよう」…企業の幹部候補生鍛える、東大EMPの価値

知の洪水 幹部候補鍛える

東京大学は企業の幹部候補生などのエグゼクティブ層がリベラルアーツを学ぶ東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)を提供している。授業では一流研究者たちが生々しい悪戦苦闘を語り、みなで問題の解を探す。あらゆる分野の知の探究を咀嚼(そしゃく)し、自分の中で消化する。プログラム直後に自分が得たものを言語化できる人は少ない。混沌(こんとん)とした時代にリーダーであるための力をみなで模索する。(小寺貴之)

「受講生は初めの1カ月、何をどう質問したらいいかさえわからない。知の洪水に吞(の)まれたようになる」と高梨直紘特任准教授・東大EMPセクレタリー・ジェネラルと苦笑いする。東大EMPでは半年間で約90人の東大研究者から研究の最先端を学ぶ。体系化された知識ではなく、いま壁にぶつかっているテーマやその社会的な必要性、研究アプローチについてありのままを話す。理解するために必要な事前知識は課題図書を読んで挑む。1時間の解説の後は40分間の議論だ。授業の間には20分間のコーヒーブレークはあるものの大抵は延長戦になる。

こんな授業を金曜と土曜を丸1日使って160―170コマ受ける。対象は芸術以外のあらゆる分野だ。受講生は毎回初めて見聞きする専門知識の奔流に吞まれることになる。高梨特任准教授は「2カ月で研究者とキャッチボールができるようになり、3カ月で研究者に対し新しい視点を提示する議論になっていく」と説明する。

この経験は経営幹部となって世界に出ていくための基礎になる。他の経営者から尊敬を勝ち取るには、社会や科学への深い見識と経営哲学が必要だ。地球温暖化や持続可能な開発目標(SDGs)など、企業は社会的責任が深く問われている。さまざまな分野の専門家と対話し歩むには、彼らの関心や探究法への理解が欠かせない。これを直接議論することで体得する。無知の知に終わりはない。東大EMPでは共に歩む仲間ができる。

日刊工業新聞 2025年03月04日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
エコノミックアニマルたちだけでは会社を経営していけない時代が来てしまいました。ボードメンバーだけでなく部長などの階層にも哲学者みたいな人間がいないと会社の将来が不安になるこのごろです。経済団体や国際舞台などに幹部を送り出す組織にとっては尚更です。海外は博士だらけの世界で相手から尊敬を獲得せねばなりません。テクニックとしての教養は簡単に見破られます。相手の専門性を理解し、その上で新しい視点を提示するなど感心させる必要があります。こんな能力は教えられるものではなく、実践を通して体得してもらわないといけません。そして、いまは専門家が尤もらしい嘘をつく時代でもあります。専門家であっても得意領域から外れると最先端についていくのは困難です。それでも発信すれば肯定的なフィードバックループが回ります。専門家の発言がその人の得意領域なのか、あやしい領域なのか素人が判断するのは困難です。そんなときは直接議論するに限る。一流研究者90人にそれができるなら600万円は…。こんな時代に幹部候補を育成せねばならない人事部にとっては安いのだろうと思います。

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