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日本では結婚で女性が姓を変えることに「社会的圧力」があり、政府が推進する旧姓使用の取り組みでは不十分―。
2024年10月、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で女性差別撤廃委員会が開かれた。議論を経て出された改善勧告は、姓を巡る日本の社会構造を厳しく批判し、民法の改正を求める内容となった。
勧告は「世界の女性の憲法」と呼ばれる女性差別撤廃条約に照らしたものだ。日本に対しては4回目。国際社会からの指摘をどう受け止めるべきだろうか。(共同通信=村越茜)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podacast」でお聴きください。
▽9割超改姓、「社会的圧力」
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【勧告】女性が婚姻前の姓を保持できるよう、夫婦の姓に関する民法の改正を
民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定める。委員の1人は、審査会合で「文言自体は中立的だが、女性の9割以上が夫の姓へと変更する。これは社会的な圧力によるものだ」と指摘した。
法務省の担当者は「旧姓の通称使用拡大に取り組んできた」などと答えたが、最終見解では「特に対処されていない」と一蹴された。
旧姓の通称使用では問題は解決しないというのは多くの当事者から聞かれる意見だ。経団連も2024年6月に選択的夫婦別姓制度の早期導入を求めた提言で、様々なトラブル例を挙げた。「通称では不動産登記ができない」「多くの金融機関で、ビジネスネームでは口座やクレジットカードを作れない」「空港ではパスポートのICチップのデータを読み取るが、旧姓併記がないため出入国時にトラブルになる」など。
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選択的夫婦別姓の実現を求める民間団体「あすには」の井田奈穂代表理事は、勧告について「併記による苦痛や職務上の困難、尊厳が傷つけられていることに理解を示してくれた」と評価する。
撤廃委が同様の勧告をするのは2003年、2006年、2016年に続き、4回目。しかも、2年以内に再度報告も求める「最重要項目」の位置づけだ。多くの課題がある中、委員会が特に重視するのはなぜか。
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2008~2018年に委員を務め、2015年から2年間は日本人初の委員長となった林陽子弁護士は、「日本における女性差別の最大かつ根幹的な問題と見ているということだ」と解説する。諸外国で法改正が進み、同様の制度が残っているのは日本だけとみられることも大きいとみる。「2年以内に報告を求めるということは、『政治的意志があればすぐにできることだ』という委員会のメッセージだ」と林氏は言う。
▽政治参画ハードル高く
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【勧告】一時的措置として女性が国会議員に立候補する際の供託金減額を
供託金制度をなくした国もある中、日本では、衆院選・参院選ともに選挙区は300万円などと非常に高額で、女性の平均年収に相当する。総務省は「当選を争う意思のない人が売名などの理由で立候補することを防ぐ」とするが、女性や若者ら新たに政治に挑戦しようとする層を阻んでいるとの批判が強い。
国会の女性比率は増加傾向となる一方、男女平等にはほど遠く、変化のスピードも遅い。2024年10月の衆院選で当選した女性は73人で過去最多となった。それでも全体に占める割合は15・7%で、参議院でも25・4%にとどまる。
林氏は「供託金に加え、時には職を辞さないとスタートラインにすら立てない。ハードルが高すぎて政治の場に女性が増えず、ジェンダーに関する課題が進みにくい悪循環に陥っている」と指摘する。
▽対話が結実「政策に生かして」
ほかにも撤廃委の指摘は多岐にわたった。そのうちいくつかを紹介したい。
・男系男子に皇位継承を限る皇室典範の改正
・ドメスティックバイオレンス(DV)被害者のシェルターなどに適切な資金配分
・沖縄における性暴力加害者の適切な処罰
・男女間の賃金格差縮小し、最終的には解消を
・離婚後の親権や面会交流権の決定において、ジェンダーに基づく暴力を十分考慮できるよう裁判官らの能力向上
報告書をまとめた撤廃委のメンバーは、国際法や人権、ジェンダー、気候変動といった様々な分野の専門家が名を連ねる。国の代表ではなく個人資格だが、出身もウガンダやオーストラリア、アゼルバイジャンなど多様で、女性が多いが男性もいる。
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林氏は「関係府省庁が代表団を組んで応じた日本政府との対話を基に、非政府組織(NGO)の声も丁寧に拾い上げた上で、最終見解に結実している。政策に生かすべきだ」と訴える。
そして、多くの人に報告書を読んでほしいとも願う。「私たちの社会のいろんな課題を考える上で重要な指摘がたくさん入っており、今まで何か納得できないと感じていたことが一つは出てくるのでは。関係していたり関心があったりする問題があれば、地域の議員に訴えかけるなど行動をしてみてほしい」
女性差別撤廃委員会の報告書は外務省のホームページ上から読むことができる。