スマホの調子が悪くなり調べて貰いに行ったら恐ろしい事になっていた話
最近調子が悪いとは思っていたが、ついにスマホのSiriが私の呼びかけを無視する様になった。
こちらの声を拾いきれていないらしく、通話も怪しい状態となってしまった。
絶望的な気持ちになりながら、朝早くにショップへ行くと店員に怒鳴っている客がいた。
私がカウンターに案内されると、「他のお客様もいますので、お声を少々落として…」と、その客に対応していた店員が気を遣ったが為に、客の怒りがこちらに飛び火し、凄まじい剣幕で「何かアンタに迷惑かけてるっていうの!?」と、こちらへ捲し立ててきた。
私は火に油を注がぬよう慎重に言葉を選びSiriが反応しない事を伝え、早急に対応してもらえるよう協力してほしいと伝える事にした。
しかし、私の「Siri」のイントネーションがおかしいが為に
「私の尻の調子が悪いので、どうかご協力頂けますか?」
と、唐突に尻の不調を訴え、初対面の客に協力を要請する不気味な事態となった。
客は数秒停止した後
「尻が何ですって?」
と訊ねてきたので、私は
「絶望的な状態です」
と、答えた。
この瞬間、私は周辺の者に絶望的な尻を持つ者として認識された事に違いない。
そのうえに
「昨日から話しかけても返事をしてくれなくなったんです」
などと言葉を続けた為に、尻よりも頭の方が絶望的である事態へと発展した。
返事などするはずがないと言う客に対し、私は
「恐らく気がついていないだけです。呼びかけるとちゃんと返事をしてくれます」
と、他にも明日の天気や、近隣の店情報など様々な情報を教えてくれる旨を真剣に語った。
しかし、私が丁寧に語れば語るほど、客の顔は強張っていった。
Siriについて説明するごとに、博識な尻を持つ頭のおかしい奴になってゆくという恐ろしい事態に陥っている。
しまいには、年配の女性なのでSiriを知らない可能性があると思い、親切心から
「絶対に返事しますので、ちょっと出してみてください」
などとスマホを出すよう要求した為、客は尻を出せと言われたと思い、身の危険を感じる事となった。
「何でお尻を……」
と、その客が言った事により、ようやく私は己の愚行に気が付いた。
先程まであんなにも元気に店員に怒りをぶつけていた客は、今や怯えた目をしている。
今までの言動を遅ばせながら省みると、どう考えても警察沙汰であった。
大変な事になったと店員達に顔を向けると、彼らは下を向き震えていた。
特に怒鳴られていた店員は、吹き出そうものなら客の逆鱗に触れる恐れがある為、忍者が自らに痛みを与え眠気に抗うように、自分の腕を強い力で鷲掴みにし耐えていた。
もはや証拠を見せる他ない。
私はSiriが反応しない事など頭から飛び、必死に起動させようとした為
「ヘイ、尻!ヘイ!ヘイ!尻」
と、軽快に尻に語りかける陽気な不審者と化した。
せめて、あの時Siriが返事をしてくれていたならば、結果は違ったのだろうか。
客は、とにかくこの場を去り頭のおかしい奴から離れようと思ったのだろう。
「こんな酷い店にはいられない。他のちゃんとした店にいかせてもらうわ」
などと、名探偵がいる中で発言しようものなら間違いなく翌日の朝陽を拝めぬであろうセリフを発し、荷物をまとめ始めた。
私は「こんな酷い店」に自分も含まれていないか不安になった。
去り際に「アナタ達の事は本社に全部報告しますからね」と吐き捨て出ていった。
アナタ「達」ということはやはり高確率で私も含まれている。
店員への苦情と共に「頭と尻に深刻な問題を抱えた不気味な客が店で野放しにされていた」と報告されるのだろうか。
【追記】
この後も非常気まずい時間が流れた事は想像に容易い事だろう。
私の担当の店員はSiriだと分かっていたが間に入る事ができず申し訳なかったと謝罪した。
怒鳴られていた店員は、奇妙な声を漏らしながら奥へ下がり、その後出てくる様子は無かった。
怒鳴られた事により悔し涙を流しているのではと心配になり、こちらの事は一先ずいいのでと伝え様子を伺って貰ったが
「ある意味泣いてますが大丈夫です」
と、帰ってきた。
平日の朝一は驚くほど客がいない為、お勧めである。