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ノア・スミス「アメリカは指導者たちによって売り払われようとしている:メッテルニヒ=リンドバーグか,逆キッシンジャーか」(2025年2月21日)

「中国・ロシアと右派大同盟を結集できる」とトランプとイーロンが思ってるなら,その先に待ってるのはまた別の厄介ごとだ.

By Jan Jacobsen, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ちょっと想像してみよう.中国・ロシア連合に対してアメリカが大規模戦争に負けたら,どうなるだろう.勝利した中露連合は,降伏条件として,いったいアメリカにどんなことを強制するだろう? ぼくには確かなことはわからないけれど,第一次世界大戦の講和条件から考えてみると,アメリカ側が譲歩を強いられる項目は,こんな具合になるかもしれない:

  1. 撤退:中国/ロシアの覇権に抵抗を試みている国々への支援を一方的に取りやめるのをアメリカは強いられるだろう.さらに,ユーラシア大陸への影響力行使をやめて,その影響の及ぶ範囲を西半球(または北米だけ)に限定することになるだろう.

  2. 軍縮:アメリカは,その軍事力の規模と能力を大幅に縮小するよう強いられるだろう.

  3. 脱工業化:アメリカは,中国の製造力と競争するべく設計された産業政策を取りやめることになって,かわりに,中国への原材料と農産物の供給に経済面で注力することになるだろう.

このリストは,第一次世界大戦後にヴェルサイユ条約でドイツが呑まされた講和条件とおおよそ似ている――ひとつだけ違うのは,戦勝国に対してドイツが支払わされた巨額の賠償金がこっちのリストにはないところだ.

ともあれ,新たなドナルド・トランプ体制のもとで,アメリカはすごく急速に上記3項目の方へと突き進んでいる.

一点目,撤退.トランプはウクライナをめぐるロシアとの「和平」交渉を行っている.その交渉に,当のウクライナとウクライナを支援している欧州諸国は招かれていない.その交渉で,トランプは頼まれもしないうちから一方的にロシアの戦争要求の長いリストに譲歩している.その一方で,開戦の責任がウクライナにあるとトランプは大っぴらに非難している――アメリカのトランプ支持者たちの間ですら,これを明白なウソと見る人は多いはずだ.ウクライナ戦争に関してトランプが自分のソーシャルメディア・アカウントから公にやった発言を見てみよう:

考えてもみろ,まあまあ成功したコメディアンのヴォロディミル・ゼレンスキーが,アメリカ合衆国に 3,500億ドルを出費させて.勝ち目のない戦争,会戦の必要もなかった戦争に突入したんだ.アメリカと「トランプ」がいなければけっして落着させられない戦争にだ.アメリカが出してる金は,ヨーロッパより 2,000億ドルも多い.しかも,ヨーロッパの金は保証されているが,アメリカには一文も返ってこない.なんであのおねむちゃんのジョー・バイデンは平等化を要求しなかったんだ.この戦争は,俺らよりもヨーロッパにとってはるかに重要だろ――アメリカは,あの大きな美しい海であっちから隔てられてるんだぞ.

しかも,ゼレンスキーは,アメリカがあいつに送った金の半分が「行方不明」だと認めている.選挙を拒否していて,ウクライナの世論調査では支持率がとても低い.あいつがうまくやったことといえば,バイデンを「手玉にとる」ことだけだ.選挙なしの独裁者のゼレンスキーは,さっさと行動しないと国がなくなっちまうぞ.その間に,こっちは戦争終結に向けてロシアと舞台裏でうまく交渉を進めてる.こんなことは,「トランプ」とトランプ政権にしかできない.みんなが認めてる.バイデンはやろうともしなかったし,ヨーロッパは和平実現に失敗した.ゼレンスキーはどうせ「利権列車」を続けたいんだろう.俺はウクライナを愛している.だが,ゼレンスキーはとんでもねえ仕事をした.国は崩壊して,何百万人も不必要に死なせた――しかも,それはまだ終わってない(…)

また,停戦合意の監視役として中国軍の部隊をウクライナに派遣することもトランプは提案している.

それに加えて,欧州の当局者のなかには,こう考えている人たちがいる.「アメリカはバルト諸国から部隊を撤退させる準備を進めているんじゃないか.」 ウクライナが片付いたら次にロシアが狙うだろうバルト海沿岸の旧ソ連の小国から,アメリカが撤退しようとしていると,その人たちは見ている.さらに,こんな噂もある.「いまのところトランプ政権は「そんなことはしない」とポーランドに請け合っているけれど,アメリカはヨーロッパから全面的に撤退するかもしれない.」

二点目,軍縮.表向きには,トランプ政権は国防支出の大幅増額を含む下院予算案を支持しているし,ピート・ヘグセス国防長官は国防予算の増額を求めている.でも,内々では,ヘグセスはペンタゴンに大幅削減の準備を指示している

『ワシントンポスト』が入手した内部文書と,この件に詳しい関係者によれば,ピート・ヘグセス国防長官は,ペンタゴンの上級幹部と米軍全体に対して,今後5年にわたって毎年 8 パーセントの防衛予算削減計画を策定するよう命じた.(…)火曜日の日付が記されたその文書によれば,ヘグセスは,月曜日までに削減案を作成するよう命じている.その命令には,トランプ政権が予算削減対象から除外するよう望む17項目のリストも記載されている.(…)
ペンタゴンの2025年予算はおよそ 8,500億ドルで,中国・ロシアの脅威を抑止するには軍事支出の大幅増額が必要だという点は,議会で広く合意を得ている.全面的に実施されれば,この予算削減には今後5年にわたって年間数百億ドルの削減が含まれることになる.(…)今回の予算指示に先だって,今週解雇されると見込まれる数千人の国防総省の試用期間職員のリストをトランプ政権は要求していた.億万長者イーロン・マスクの「アメリカ行政効率省サービス」(DOGE Service) が,連邦官僚機構のより広範な解体の一環として,この取り組みを監視している.

そして1週間前に,各国が軍事支出を半減させる中国との「取り引き」をトランプは提案した.(実際にはこれは一方的にアメリカだけが軍縮することになる.中国の軍事支出の大半は予算外だからだ.)

市場は,これを大ごとだと受け止めている.ヘグセスの文書が明るみに出ると,アメリカの防衛関連株価が大きく下がった――たんに従来の「主要」契約企業の株価が下がっただけじゃなく,政権とのつながりが強いと一般に考えられているパランティアの株価も下がった:

X で一部の人たちが言っているように,トランプとその仲間たちは,中国に世界を明け渡そうとしているんじゃないとしたら,なんとも奇妙きわまる方法でその意図を示してるものだよね.

追記こんな主張が登場してる.今回の防衛支出削減は,実は防衛予算全体からの削減じゃなくって,既存プログラムからトランプが優先する新しい項目への再配分だって話だ.これが正確なのか,それとも実際に削減がなされるのか,これから数ヶ月でわかるだろう.ともあれ,DOGE は防衛支出の 50%削減案をちらつかせているし,ペンタゴンで大量解雇を実行中なのは間違いない.)

三点目,脱工業化.バイデン政権下で着手された産業政策推進を撤回する動きをトランプは急速に進めている.議会で承認された EV助成金をトランプは凍結し,バッテリー駆動車両を優遇する政策を終わらせる命令を下した.いま,CHIPS法の運営を担当していた多数の職員を,トランプは大量に解雇していっている.これは,半導体産業政策にとってとてつもない痛手だ.

アメリカ国立標準技術研究所 (NIST) での大規模な人員削減によって,試用期間中と見なされる従業員およそ 500名が影響を受けるおそれがあります.そのなかには,こうした人々が含まれます:
・CHIPS法製造賞 390億ドルを担当するスタッフの約60%
・110億ドルのチップ研究開発取り組みを担当するスタッフの約 3分の2

その一方で,中国に対してトランプが見せた関税の脅しは,急速に雲散霧消していってる.選挙中,トランプは中国に 60% の関税をかけると公約していた.選挙に勝利すると,その数字は 10% に急落した.いま,トランプが語っている「取り引き」では,第一期政権で中国にかけた(そしてバイデンが継続した)当初の関税すら撤廃されるって話になっている.

ようするに,アメリカの関税を一方的に撤廃しますってことだ.というのも,トランプが第一期にやった「取り引き」では,アメリカの農産物購入を中国は約束しながらも守らなかったからだ.ただ,かりに成功を収めたとしても,こんな「取り引き」はアメリカを脱工業化の方向へと押しやることになる.米中関係貿易パターンを研究している人たちの多くが認識しているように,そうなったら,製造業を中国に譲り渡すことになる.

アメリカ製品輸出と引き換えに中国の産業政策を受け入れる取り引きは,脱産業化と衰退を招くレシピだ.

第二次トランプ政権の経済政策はどうやら…〔オフショアリングならぬ〕「フォウ(敵国)」ショアリングになりそうか?
カナダ・メキシコ・ヨーロッパとの貿易を減らし,おそらくは日本(相互関税,232条分野別関税)との貿易も減らして,中国・ロシアとの貿易を増やすって?
そいつは創造的だね.

いったいなにが起きてるんだろう? どうして,アメリカ合衆国大統領が,主要ライバルに大規模戦争で敗北したかのような行動をとっているんだろう? まるでアメリカの立場を弱めるのを狙っているかのような動きを矢継ぎ早に繰り出してるのを,いったいどう説明できる?

陰謀論の人たちだったら,きっとこう言うだろうね.「実はほんとにアメリカは大規模戦争に負けたんだよ!」 そして,こう続ける.「トランプも,ヴァンスも,中国によって――いやひょっとしてロシアかな――直接に接触を受けて向こうに服従していて,脅迫されたんだか買収されたんだかして,自国を売り渡そうとしてるんだ」とかなんとか.あるいは,こんな説を唱えるんじゃないかな.「イーロン・マスクは寝返っていて,自分の影響力を行使してトランプ政権にこういう動きを強要しているんだ.」 この手の陰謀論を繰り出してる人たちはソーシャルメディアにたくさんいる.たまに,気楽な会話のなかで似たような話を耳にすることもある.

そういう陰謀論がぜったいにありえないとは言わないけれど,とんでもなくありそうにないことだと思う.アメリカの指導者たちをガチで外国の手先に変えるために必要な脅迫や賄賂はとてつもなく大きなものだろう.トランプはすでにアメリカでいちばん力をもつ人物だし,外国の脅迫から我が身を守るのにアメリカ政府の機構まるごとを使える.それに,バレてしまうリスクはあまりに高すぎる(共謀者は,投獄か処刑になる見込みが大きい).とくに,そういう陰謀を実行するために必要な複雑さや大胆さを考えれば,なおさらだ.だから,「人類史上とびきり途方もなく大胆きわまる陰謀」は,この状況を説明する筆頭の選択肢にはならない.というか二番手の選択肢にもならない.

いま起きてる事態を説明する代替のもっともらしい説なら,2つ考えられる.第一の説――「トランプとマスクとヴァンスは,世界でアメリカが果たす役割を転換しようと決めた.自分たちのイデオロギー上の目標と自分たちが評価したアメリカの能力に見合う役割に変えようとしている.」 これを,「メッテルニヒ=リンドバーグ説」と呼ぼう.国内反体制派の取り締まりに専心する保守勢力の合同を夢見たクレメンス・フォン・メッテルニヒの構想と,西半球だけに関心を向けるアメリカを思い描いたチャールズ・リンドバーグの構想を合体させているからだ.

メッテルニヒ=リンドバーグ説

まずは,クレメンス・フォン・メッテルニヒと,19世紀前半の歴史について語ろう.メッテルニヒはオーストリアの外交官で,のちにオーストリア帝国の首相になった.1800年代序盤のヨーロッパは,まだまだフランス革命と相次いだ大戦争から立ち直っていなかった.ヨーロッパ各地の体制は,「フランス式の革命運動がまた沸き起こって王室を引きずり下ろして社会秩序再編を図るんじゃないか」と,戦々恐々だった.

メッテルニヒは,ヨーロッパの指導者たちのなかでもとりわけ保守的な部類だった.メッテルニヒは,こう考えていた.「18世紀のように絶え間なく戦い合うのではなくてヨーロッパ諸国が平和をたもちつつ協調して,おのおのの国内の革命勢力を抑圧するべきだ.」 こうして,「ヨーロッパ協調」が生まれた.ナポレオン敗北から半世紀にわたって,メッテルニヒがその多くを仲介した様々な外交制度が首尾よくヨーロッパでの戦争を防止した.その一方で,メッテルニヒと保守的なロシア皇帝アレクサンドル1世は,ヨーロッパ全土で革命思想や自由主義思想を抑圧するのに尽力した.メッテルニヒの体制には浮沈があったけれど,1848年の同時多発的な革命によってヨーロッパの大きな体制変革が生じるのは防いだ.

さて,2010年代後半から2020年にかけてのいろんな出来事を考えてみよう.アメリカ人なら誰でも知っているように,2014年に始まった「黒人の命を尊べ」(Black Lives Matter) の抗議運動は,2020年夏のフロイド抗議で最高潮に達した――この抗議運動は,アメリカ史上最大ではないまでも,少なくともここ100年のアメリカでは最大の運動だった.ただ,多くのアメリカ人が忘れていることがある.2010年代後半,とくに2019年は,世界中で極度の大衆不安が広まった時期だった.当時の『ニューヨーカー』には,こう記されている:

後世の歴史家たちが 2019年を振り返ったら,その物語の軸はドナルド・トランプが巻き起こした混乱にはならないだろう.そうではなく,六つの大陸を席巻し自由民主主義国も冷酷な独裁国家も巻き込んだ抗議運動の津波が,物語の軸になるはずだ.2019年の最初から最後まで,様々な運動が一夜のうちにどこからともなくうまれては,世界規模で人々の怒りを放出させた――パリやラパスからプラハとポルトープランスまで,ベイルートからボゴタとベルリンまで,カタルーニャから海路へ,香港,ハラレ,サンティアゴ,シドニー,ソウル,キト,ジャカルタ,テヘラン,アルジェ,バグダード,ブタペスト,ロンドン,ニューデリー,マニラ,さらにはモスクワまで.これらを合わせると,前例がないほど大規模の政治的動員が抗議運動になって現れている.

列挙された都市に「モスクワ」と「香港」があるのにとくに注目しよう.低成長と経済制裁が何年も続いていたロシアでは,2019年に,モスクワの通りに人々が溢れ出てプーチン支配に抗議した.中国でも,天安門事件いらい最大の抗議運動が起きた.香港では,数ヶ月にわたって抗議が続いた.2019年から2020年にかけて,民主主義体制か権威主義体制かを問わず,あらゆる国々が動揺した.

正確に言うと,こういう抗議運動はフランス革命よりも1848年に近い――実際には体制の転換はほぼ起こらず,ただ権力を握っている誰も彼もがおののき,多くの政権が大幅な譲歩をした.こうした抗議運動は,激しい社会変動の時代の到来を告げるものと思われた.2019年にあちこちで社会不安が起こったのか,正確な理由を知っている人はいない.ただ,有力な説は,テクノロジーでこれを説明している.ソーシャルメディアとスマートフォンが出現したことで,もっとかんたんに街頭行動を組織する力が人々にもたらされた――それは,もっとかんたんに急進的な考えや扇動的な画像を交換・共有する能力でもあった.この説を詳しく述べている著作に,マーティン・グリ『公衆の反逆』とゼイネップ・トゥフェクチ『Twitter と催涙ガス』がある(どちらも2019年以前に出版された)〔Martin Gurri, The Revolt of the Public; Zeynep Tufekci, Twitter and Tear Gas〕.

アメリカでは,こうした社会変動がいわゆる「ウォークネス」〔差別や社会正義に敏感で意識の高い傾向〕が DEI〔多様性・公平性・包摂性〕とトランス文化のかたちになってバイデン政権下で制度化されて現れた.これを制度化したのは政府ではなく,企業や大学などアメリカのいろんな組織だ.これは,ようするに大衆の不安に対する譲歩だと見られていた.トランプの復活は――そしてとくにイーロン・マスクの DOGE は――そうした譲歩と人々の不安への反応と見ていい.アメリカの保守派は,こうした制度化を白人に対する差別による死の脅迫と受け取った.そこで,2020年の感情をどこか思わせるものはとにかくなんでも打ち砕こうと全精力を注いでいる.

一方,ロシアと中国は社会不安にそれぞれ独自の方法で反応した.ロシアによるウクライナ侵略は,栄光と帝国の再興をもくろむ動きなのは間違いないけれど,2019年への反応とも見れる――国のエネルギーと暴力的な若い男たちを外部の敵に逸らすという反応だ.中国のゼロコロナ政策は,毛沢東時代に行われたあちらこちらにまで行き渡る厳格な社会統制を再確立する動きという部分もあったと見ていい――とりわけ香港は,コロナウイルス対策を口実に最終的につぶされた.[n.1]

そのため,アメリカの新しい支配者たちは,彼らがとってかわったバイデン体制よりもロシア・中国とずっと利害が一致していると見ているのかもしれない.バイデン時代の民主党は,2014年~2020年のああいう運動に対して最大限に譲歩しがちだった.それに対して,トランプ時代の共和党は,そういう譲歩をまったくやろうとしない.中国やロシアよりもウォークネスの方がずっと大きな脅威だと,おそらく彼らは見ている――蒋介石の言葉を借りれば,中露は「皮膚の病」でウォークネスは「心の病」といったところだろう.最近のミュンヘン安全保障会議でJDヴァンスがどんな発言をしたか,思い出そう:

ヨーロッパに関して私がもっとも懸念しているのはロシアではない.中国でもない.他のどんな外的勢力でもない.(…)私が懸念しているのは,内部の脅威だ.ヨーロッパがそのもっとも根本的な価値観の一部から後退しているのではないか,これまでアメリカ合衆国と共有していた価値観の一部から後退しているのではないか,という点をなによりも懸念しているのだ.

また,トランプ政権で国務省広報外交担当の暫定次官をつとめているダロン・ビーティーも,ときおりこんなツイートをしている:

現実には,台湾はいずれ中国に吸収されるのを避けられない.
そうなったら,台湾のドラァグクイーン・パレードは少なくなるかもしれないが,あとは別にこの世の終わりではない.
これは,大胆で物議をかもすかもしれない.だが,大きな取り引きの成立が必要だと思う――アフリカと南極に関して大幅な譲歩をするのと引き換えに,この現実を認めるのに我々は同意する.
ディープステイトは憤慨するだろうが,この取り引きはやるべきだ.

また,右派インフルエンサーのトリスタン・テイトは,民主国家ではなくロシア・中国とアメリカが同盟するように求めている

アメリカは NATO を脱退すべきだ.
ロシアと中国と完全かつ全面的な同盟をつくるんだ.
3つの超大国すべてが軍事支出を 75% 削減する.
その3ヶ国のすべてで,生活水準が爆上がりする.
東欧のほんの数カ国は加盟すればいい.正気を失ってない国はな.
自分が子供だった頃には,「頭おかしいイデオロギーで歪んだ敵」といえばソ連/ロシアだった.
いまや,彼らは問題ない.頭おかしいというなら,ヨーロッパの方だ.
フランスやイギリスが調子に乗ったところで,ARC(アメリカ-ロシア-中国)に挑む力なんてない.
世界平和が実現する.
実現可能なんだよ.

これは,さすがに大半の MAGA タイプの人たちも公に述べたりはしない過激な言い草だけれど,おそらく,この運動内部の深くに流れている思想が,ここに現れているんだろう.

それだけじゃない.「外敵と戦いながら国内の反対勢力を抑えつけるは難しいので,外国と紛争を起こしていると,国内で大衆が改革を求める運動に譲歩を余儀なくされることがある」ってことを,トランプ,マスク,ヴァンスは理解している.アメリカの公民権運動や人種隔離撤廃運動が大事に世界大戦に大きく影響されていたのを,きっと彼らも忘れてはいない.「中国・ロシアに対抗する必要が高まれば,進歩主義運動にアメリカが譲歩せざるをえなくなるかもしれない」と,彼らは懸念しているのかもしれない.

なので,イデオロギー面では,MAGA 運動は「ヨーロッパ協調」みたいなものを模索しがちな傾向がある――ロシア・中国との三国同盟によって国内の反対勢力を抑え込んだり,移民流入の流れをひっくり返したり,といったことがその目的だ.もちろん,サイン国同盟とは言ったけれど,メッテルニヒが考案した公式の制度とはちがったものになる.むしろ,非公式の提携といったところだ.その要点は,大国間の紛争を回避しつつ国内のイデオロギー闘争に注力することにある.

ちょっとしたお遊びで,二ヶ月ほど前に Grok に画像をつくらせてみた.新メッテルニヒ体制の画像だ:

Art by Grok

もちろん,ここでメッテルニヒの役回りをしているのが,イーロンだ.トランプは老いたオーストリア皇帝で,フレーム外のどこかにいる.[n.2]

地政学的に見て,これは19世紀ヨーロッパと実は似ていない――それよりは,1930年代にチャールズ・リンドバーグが構想したものに近い.リンドバーグはこう主張していた――アメリカはユーラシア大陸への関与を全面的に避けて,西半球にひたすら注力すべきだ.

守れもしない約束をするのをやめよう.エチオピアやチェコスロバキアやポーランドに対して,無意味な保証を与えるのをやめよう.我々が決定する政策は,海岸線のように明確で,大陸のように容易に防衛できるものであるべきだ.(…)この西半球こそ,私たちの活動領域だ.その領域内で,私たちは自由に貿易する権利がある.アラスカからラブラドールまで,ハワイ諸島からバミューダ島まで,カナダから南米まで,いかなる侵略者もその領域内に足を踏み入れさせてはならない.こうした地域こそが,我々の地理的防衛の基本的な輪郭をつくっている.(…)こうした地域の周りに,中立か戦争かの境界線を引くべきだ.こうした地域内での防衛や貿易の権利について,いっさいの妥協はやめよう.(…)政治と所有のこうした戦争で我々の力を空費したり,あるいはヨーロッパの力を空費させたりするのはやめよう.

リンドバーグの運動は,「アメリカ第一」運動と呼ばれた.近頃は,多くのトランプ支持者たちもこの名称を使っている.

当時のアメリカはリンドバーグ主義を拒んだ.ただ,当時と今では,大きく違うところがある:世界のパワーバランスだ.1930年代のアメリカは世界の製造業の巨人で,ユーラシア大陸の運命を決めるだけの力があった.今日,その役割は中国が占めている.その製造力は,いまやアメリカを凌駕している.

トランプとマスクとその仲間たちは,この製造力の不均衡ぶりを見て,こう判断したのかもしれない――「同盟国やインドなどの潜在的な協力国と協調しても,アメリカが今後20や30年で中国の力に並び立つのは無理だ.」 アメリカ社会を再構築して中国に追いつくなんて途方もない話だという見通しにMAGA の人たちは尻込みしてしまって,中国の圧倒的な力という新たな現実と折り合いを付ける方法を探し始めたのかもしれない.

西半球に自主的に引きこもろうというリンドバーグ主義は,アメリカの新しい右派指導者たちがメッテルニヒ式の内部闘争に注力できるようにしつつ中国に譲歩する方法に思えるかもしれない.この考えには,勢力圏を3つに分割しようという要素が含まれている.その3つのいずれも,権威主義的保守権力が支配する――中国はアジアを支配し,ロシアがヨーロッパを支配し,アメリカが西半球を支配する,という勢力図になる [n.3].なるほどこれなら,トランプがカナダや他の近隣国にいきなり好戦的な発言をしたのもうなづける.

これが,トランプがいきなりアメリカの国外ライバルたちに駆け寄ってるのを説明するのにぼくが考案した「メッテルニヒ=リンドバーグ説」だ.この動きはようするに第二次冷戦の早期降伏なんだけど,トランプやマスクたちには,西洋文明の自分たちなりの構想を維持するための唯一の選択肢に見えているのかもしれない.

代替仮説――「逆キッシンジャー+なんか他のX要因」

これも一つの説ではあるけれど,それでおしまいじゃない.別の理論では,こう考える(おそらくいまも大半の人たちはこっちを信じている)――「トランプの行動は,地政学的な再編に向けた本心からの取り組みだ.」 これは,ときに「逆キッシンジャー」説と呼ばれる.冷戦の後期に,キッシンジャーは,中ソ対立を利用して中国と事実上の同盟を組んだ.つまり,〔いまの世界では,それと反対に〕「太平洋でより強力なライバルにアメリカのあらゆる努力を集中し直すために,トランプは中国からロシアを引き離したがっている」というわけだ.

実際,イデオロギーやルールに基づく国際秩序を気にせずに純粋なパワーバランスだけを問題にするなら,これはひどい考えじゃない.もちろん,ロシアがすぐにもアメリカと同盟を組むはずもないし,経済面では中国依存を続けるはずだ.ただ,ロシアは弱いから,米中の紛争で中立を保って,これまでに消耗した力を回復させる機会を喜ぶかもしれない.それに,ウクライナ戦争で中国がロシア支援に躊躇しているのを見るにつけ,中国とロシアの連携は紛れもない堅固な同盟というよりはゆるい枢軸なのがわかる.その一方で,対ロシアで中立になれば,アメリカはインドとの同盟を固めやすくなる.インドはロシアと良好な関係を続けていて,しかも,長期的な連合を組んで中国に拮抗するうえでは絶対に欠かせない国でもある [n.4].

もちろん,そのためにはアメリカは同盟国としてのヨーロッパを犠牲にする必要がある.でも,トランプの計算では,どっちにせよ対中国でヨーロッパは大して助けにならないと踏んでいるのかもしれない.「ヨーロッパとロシアには互いのことで手一杯になってもらって,その好きにアメリカはアジアに軸を移す方がいい」という腹なのかもしれない.

トランプ政権がただ世界の舞台から完全に撤退するのではなく実際に太平洋での中国抑止に関心をもっているという証拠は,いくらかある.アメリカ国務省は,台湾独立を支持しないという文言を削除して,中国の怒りを買った.また,日本・韓国と協力してトランプ政権は台湾への外向的な支援を強化している.トランプ政権は,対中タカ派をたくさん任命している.

ただ,この説が当たっているとして,アメリカに対する中国の優位を強化しそうなことばかりをトランプがやっているのは,どうやって説明がつけられるだろう? 防衛支出の削減や,産業政策の撤回や,TikTok 売却法案の阻止や,世界各地で中国の影響に対抗すべく設計されている USAID のいろんなプログラムをやめさせた件や,アメリカがいなくなれば中国が支配するとわかっている国際機関からの撤退は,どう説明がつく?

ここで「逆キッシンジャー」説がうまくいくには,他にも仮定を加えないといけない.具体的には,次の2つのどちらかを仮定しないといけない:

  1. 「トランプ政権はアホで,自分たちが壊しているいろんなものが,中国に対するアメリカの力をどれほど削いでしまうのかわかってない」

  2. 「いま挙げた動きはそれも中国を優位にすると主張している人たちは間違っていて,トランプの動きは実はアメリカの力の維持になんら支障がない」

防衛支出増加と半導体政策は議会で超党派の強い支持を得ている.だから,#2 が正しいとは考えにくそうだ.少なくとも,いまトランプがやっていることの多くには,これは当てはまりそうにない.

すると,トランプの行動を説明するのに,メッテルニヒ=リンドバーグ説に変わる理論としていちばん有望なのは,こういう説だ――「トランプは逆キッシンジャーをやろうとしているけれど,バカなことをたくさんやっているせいで自分の取り組みの足を引っ張ってしまっている.」 この説がダメだとは言わないけれど,現時点では,メッテルニヒ=リンドバーグ説の方を有望な仮説と見るべきだと思う.[n.5]

これから数ヶ月で,どちらの理論が正しいのかがもっとはっきりしてくるはずだ.もしもメッテルニヒ=リンドバーグ説が正しかったら,トランプとマスクが次に切る相手は,中国に対抗したがっている防衛契約業界・防衛機関の人たちだろう.そのなかには,パーマー・ラッキーパランティアの人たちも含まれる――中国の帝国主義的な脅威を明確に認識している人たちだ.また,防衛・外交政策機関の人たちも大勢含まれる.他でもなくトランプが任命した人たちでさえも,だ.防衛支出削減が実際に行われたら,それが大きな予兆だ.

対中国の輸出規制の解除や,太平洋地域の米軍基地撤退,「日本・韓国はアメリカに寄生していて防衛の対価を払っていない」みたいな主張,台湾に関するアメリカ政府の表現の転換などなどに警戒しよう.もしもそういうことが起きたら,「トランプとマスクはアメリカをアジアから撤退させてもっぱら国内の争いや域内の影響力に力を注ぎたがってる」という信念の確信度を上げるべきだ.

いちばん起こりそうな事態の展開はこれだとぼくは思っているけれど,まだまだ確信するにはほど遠い.ただ,もしもぼくが正しくて,「リンドバーグとメッテルニヒの地政学的な構想を自分たちは実現できる」とトランプとマスクが考えているなら,彼らは期待をあれこれと裏切られることになるだろう.

たとえ進歩主義が嫌いでも,メッテルニヒ=リンドバーグはろくでもない考えだ

なにより,2010年代ですっかり疲弊しているのは確かだけど,アメリカ人はトランプ政権が決めてかかっているほどには無気力でも無頓着でもないんじゃないかとぼくは見ている.トランプがウクライナに関してとったあれこれの行動をみて,普段なら従順な保守派の多くが,困惑や怒りや反対を公に表明している――そういう面々には,ニッキー・ヘイリーパトリック・ルフィニマーク・レヴィンナイアル・ファーガソン,『ウォール・ストリート・ジャーナル』,そして様々な共和党議員たちがいる.おそらく,ぼくがまだ目にしていないだけで,他の人たちもいるはずだ.

いずれ,こうした共和党議員たちも,右派からの怒りの声に怖じ気づいたり,マスクが資金提供する予備選挙という困難に脅されたりして,統制されておかしくない.ただ,もっと深いところでは彼らは国民感情というもっと広範でずっと御しがたい存在の代理人だ.ウクライナについてトランプがあれこれと発言した後,その支持率はまたしても低下した:

Source: FiveThirtyEight

トランプはまだ「ハネムーン期」にあるし,人々はおそらく DOGE だの大統領命令だのをそんなにじっくり追いかけてはいない.でも,いずれ,独裁者を称え民主制をけなす声が大きくなっていけば,アメリカ人も気づくはずだ.ぼくが若かった頃から,アメリカは変わった.でも,そんなに様変わりしてはいない――右派の XとTikTokのジャンキーが代表しているのは,国民のほんのごく一部にすぎない.

指導者たちが自分たちを敵に売り渡そうすれば,大半のアメリカ人はそんなことをよしとしない.

もしもトランプがロシアだけでなく中国にまで擦り寄りはじめたら――じきにやるとぼくは予想してる――きっとアメリカ人はトランプ体制についてもっと否定的になる――それと同時期に経済要因逆風になる見込みが大きいので,なおさら否定的になる理由もある.いずれ,不支持率がすごく高くなったら,民主党がアメリカ人を結集させるチャンスが生まれる.そのとき,結集の軸になるのは,これまでにさんざん敗因になってきたアイデンティティ政治や医療に関する冴えないメッセージではないだろう.

メッテルニヒ=リンドバーグ式の考えには,他にも大きな問題がある.それは,中国にも発言権があるという点だ.おそらく,アメリカの圧力から解放されてロシアは一息ついて喜ぶだろうけれど,中国は世界の3分の1の支配で満足しないかもしれない.内向きで何を考えているのかわかりにくい独裁国アメリカを,中国は真の同盟国とは見なさないだろう.それに,中国の指導層は,アメリカの指導層がまたガラリと変わってアジアでまた中国に挑む力を取り戻すんじゃないかと懸念しているはずだ.

だから,かりに中国のごきげんをアメリカがとったとしても,あちらは相変わらずアメリカ弱体化を狙い続けるだろう.西半球に閉じこもったとしてもね.中国は,カナダのパトロンにして擁護者として介入してくるだろうし,ラテンアメリカの国々にも同じことをするはずだ.リンドバーグ当時のように南米をアメリカは支配できないだろう.それに,南米には中国が独占したがりそうな資源が豊富にある.日本・韓国・インドの支えがなくなれば,アメリカは自分の裏庭を中国が侵犯するのに抵抗するだけの力に事欠くだろう.

それに,アメリカ社会を不安定にするための取り組みを中国は止めそうにない.もしも MAGA がアメリカで優勢なイデオロギーになったら,中国とその影響工作は,左派思想やウォークネスなど,とにかくアメリカを分断して不安定にとどめられそうなものはなんでも支援しようとするだろう.(この方面で,ロシアも中国を手助けするかもしれない.なぜって,やらない理由は?) こんな具合に,ウォークネスを西洋から排除しようというトランプとイーロンの目標にとって,メッテルニヒ戦略は逆効果になるおそれがある.

ここで,元祖メッテルニヒ体制が最終的に失敗した理由を思い出しておくとよさそうだ.失敗した理由は,列強の一部が――主にドイツだけど,ロシアとフランスも――1815年時点の地域で自分たちがもっていた安定した勢力圏に満足しなかったことにある.国家間の対立が再び起こって,内向きに転じていたメッテルニヒのオーストリアなどの国々は,製造業・科学・テクノロジー・軍事力を強化させていた他の国々に歯が立たなくなってしまっていた.さて,現代ではどうかと言うと,力の成長サイクルで中国がいまどの段階にあるかを考えると,国際的な保守協定の半減期はかつての 19世紀よりも大幅に短いんじゃないかと予想してる.

歴史は止まらない.リベラルのために止まってくれなかったのと同じく,保守派のためにも止まりはしない.


[n.1] もちろん,実際はもう少しややこしい.コロナウイルスによって,中国本土で抗議運動が小規模ながらも発生したことで,習近平はそれに譲歩してゼロコロナ政策を終了せざるを得なくなった.

[n.2] 1930年代との類推で言うと,トランプがリンドバーグで,マスクはヘンリー・フォードだ.

[n.3] これはオーウェルの『1984年』に描かれてる地政学的な情勢でもあるのにお気づきかな.

[n.4] タルシ・ギャバードが国家情報長官に就任した理由はこれじゃないかとぼくは見てる.彼女は親ロシアではあるけれど,同時に,インドのモディを強く支持してもいるから,その同盟を強化するのに役立ちうる.

[n.5] さらに,「混合」説もある.トランプとヘグセスその他は中国と対抗したがっているけれど,イーロンとヴァンスはそうさせまいとしている,という説だ.


[Noah Smith, "America is being sold out by its leaders," Noahpinion, February 21, 2025]

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