ソーシャルメディア・プリズムを読んで思うこと
ソーシャルメディア・プリズム
クリス・ベイル(著)
エコーチャンバー(自分と似た意見の人たちの中で自分が発信したことに、肯定した発信が返ってくるので、より意見が強化される環境)内から出て、他の意見も聞いてみることで多様な考え方を持つことができると思っていたのですが、逆にその自分と反対の意見によって自分の考えを強化する結果になると知り、真逆なことが起こっちゃうもんなんだなと思ったのでこの本を読みました。
どのような本か
SNSによる自分の見え方、相手の見え方が歪むことや、少数の意見対立と大勢の穏健派がいることがわかります。SNSによる見え方が歪むことをプリズムといっていて、それプリズム自体がどんなものかを知り、その屈折する見え方を考慮すること、そして壊し方(接し方)が書かれています。最後により良いソーシャルメディアについて書かれています。SNSとの向き合い方について考えられる本です。
筆者の考え(抜粋)
ソーシャルメディアは、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだ。それによって私たちは、互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう。私たちが作り出すアイデンティティーや求めるステータスにプラットフォームの設計が与える影響についてもっと考える必要がある。現行のプラットフォームにおける分極化の緩和努力は、社会化学といっそう深く関わると恩恵を得られるだろう。その過程では、私たちが直面している途方もない難題がこれからも変化し続けることを忘れてはいけない。急速に進展する計算社会科学という分野によって、私の推奨事項がうまくいかないことが明らかになったなら、私は真っ先に路線変更を呼び掛ける輪に加わろう。
読んでのまとめスケッチ
その感想
普段そうだろうと考えていること。
エコーチャンバーで意見が硬直する。
自分の過激主義を合理的だと思わせて、相手方をより攻撃的で、過激で、粗野に見せる。
SNSの中毒性は入念なデザインによる。
匿名性が攻撃的にさせる。
意外とそうでもないと分かったこと。
エコーチャンバーから出ると意見をいっそう強める。
分断は考えているほどではない。偽りの分断化を一気に進めた。
人間的な営みが、SNSによって簡単にできるようになったから。
匿名性が人種の違いを超えて建設的な対話を促す可能性。
この本を読み、上に書いたような当たり前と考えていたことが、意外と実験結果からそうでもないことがわかるので、ソーシャルメディアプリズムや社会の常識とされているものに自分の見方を決められていることに気づきます。
コロナのワクチンの接種が広まってくる時に、ワクチンの反対する人とワクチンを接種する人とで結構意見が分かれて過激になっていたと思っています。受ける人や進める人に誹謗中傷を浴びせる人もいるのをニュースで見ました。(ワクチン接種は個人の判断なので、かからないようにすることと、かかった後にすることは基本変わらないので、他の人がワクチンを打とうと打たなくても責め立てる必要はない気がします。副作用辛いですし。)
ただ、結果として1回目と2回目の接種は80%を超えて、4/5以上の人が打つ結果になっています。意見対立から見ているともう少し打つ人は少ないのかなと思ってましたので、本に書いてあった穏健派がミュートにするということもそうなんだなと納得しました。
SNSの「いいね」で自分がどんな人か分かってしまうのと同時に、SNSによって屈折している自分が自分にも相手にも違った姿で見えてしまう、という世の中になっているので、見えているものや見せられている対象から少し離れた位置で見たり、その後に観測するために少し近づていて見たりと、行ったり来たりする態度が必要なんだと思います。
エコーチャンバーもフィルターバブルも時代の流れによって影響が強いものとされ、それを打開するには外に出るしかないと思っていましたが、逆にそれが意見を強化することになり得るということがとにかく一番驚きでした。著者も書かれているようにこれからも途方もない難題が起き、その都度その解決方法が実行されると思いますが、それも間違っていることがのちにわかることもよくあると思います。その都度方向転換ができるようにしておく柔軟さが大切だと改めて感じました。
付録の調査手法(実験方法)が本書の1/3くらいあるので、今回の実験が非常に複雑で正しい結果をとるのが難しいということがその分量でわかりました。(全部は読めてない、いや読んでないです。)