「アニメ」はソニーグループの何を変えるのか?前編 -アニメビジネスの特殊性とソニーの優位性-
[映像でなく、音楽に含まれるアニメ事業]
ソニーグループのアニメ事業が好調だ。2021年に劇場映画が空前の大ヒットとなったアニメ『鬼滅の刃』は、ソニーグループのアニメ事業会社アニプレックスが手がけている。本作の製作の中心となり、マネジメントやプロモーションを担当する。またアニメやスマホアプリゲームで大ヒットを続ける「Fate/Grand Order」もアニプレックスが製作する作品だ。ソニーグループはいま成長著しい日本アニメのメインプレイヤーのひとつなのである。
国内だけでない。2021年8月には、日本アニメを世界配信する映像配信プラットフォーム「クランチロール」を当時の為替で約1300億円にて買収した。世界1億2000万人、有料会員数は約1000万人(22年12月現在)の巨大プラットフォームで、これでソニーグループの海外アニメ事業はいっきに広がった。
アニメ分野での大型買収実現は、グループ内でのアニメ事業の認識が近年大きく変わったことも理由だ。
ソニーグループは2020年3月期の経営方針説明会で、アニメ事業を「ゲーム&ネットワークサービス」「音楽」「映画」「エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション」「イメージング&センシングソリューションズ」「金融」と並び、初めて単独で言及した。今後の重要事業との方向が示される相当の力のいれようだった。
しかし成長産業と理解されるが、ソニーグループのなかでアニメ事業がどのような位置づけかは実際にはよく知られていない。
たとえば『鬼滅の刃』のビジネスを手がけたアニプレックスである。同社は音楽事業部門のソニーミュージック エンタテインメント(日本)の子会社にあたる。ソニーグループには、映画やテレビ番組を主要事業とするソニーピクチャーズ エンタテインメントがあるが、そことは直接の資本関係はない。
このためソニーグループのアニメ事業の売上げ、利益の大半は、映像分野でなく音楽事業に反映されている。『鬼滅の刃』の大ヒットも、音楽事業部門の業績を押し上げている。
一方で海外の日本アニメ事業を統括するクランチロールは、カリフォルニアに本社のあるソニーピクチャーズ エンタテインメントの子会社だ。さらに同社には音楽事業部門のアニプレックスも一部出資する複雑な構造になっている。
この複雑は位置づけこそが、ソニーグループにおいてアニメが特別な存在であることを示している。もともとアニプレックスのビジネスの中心はビデオソフト・DVD・ブルーレイの発売とその作品の企画・製作にあった。ソニーピクチャーズでなくソニーミュージックがそれを担当するのは、事業が立ち上がった2000年頃は映像ジャンルにおいてアニメがニッチ(隙間)とみられていたからだ。
実際にその後急成長したアニプレックスの関連事業売上げは2022年3月期でも年間約2300億円程度、国内アニメ業界では圧倒的だが一年間に10兆円を売り上げるソニーグループ全体の2%余りに過ぎない。クランチロールなど他の関連売上げを含めても3%程度だろう。売上高だけをみればアニメはいまでもグループで小さな存在だ。
しかしむしろグループの傍流と見られてきたことで、常識に捉われない大胆な決定ができた。アニメスタジオ設立やアプリゲームや商品化、イベントへの進出、相次ぐ海外事業の立上げに、企業の買収・出資と次々に事業を拡張する。アニメ事業の定義すら変えていくベンチャー企業のような気概が漂う。
[ワンソニーの象徴としてのアニメ]
2020年のグループ内での突然の脚光には、ビジネス成長だけが理由ではなかったはずだ。それはアニプレックスが進める事業分野の横断やクリエイティブを中心に革新を続けるビジネススタイルにあったのでないだろうか。
ラジオやテレビなどAV機器・家電からスタートしたソニーのアイデンティティは長らくメーカーだった。やがて半導体や精密、金融、サービス、映画、ゲームなどに事業を拡張していった。いまでは巨大なコングロマリットだが、AV機器の時代からソニーのアイデンティティはクリエイティブにあった。最先端のクリエイティブや時代性を示すことで商品・サービスを売ってきた。
高いクリエイティビティによって世界を席巻するアニメは、新しい分野であると同時に長年のソニーのスピリットに通じるところがある。2020年代のソニーがそれを求めたのだ。アニメを強調することで、クリエイティビティに溢れる活気に満ちた企業であるとのソニーグループのメッセージを送り出される。
もうひとつアニメがグループに与えるのは、「One Sony」の実現だ。経営方針では、アニメには「音楽」、「映像」、「ゲーム&ネットワークサービス」の3つの事業を飛び越え、融合した展開が期待されている。
数々の優良事業を抱えるソニーだが、各事業は独立性が高く、そのためにシナジー効果が十分発揮されていないと長年指摘され続けてきた。海外の物言う株主からエンタテイメント部門や半導体部門のスピンオフを強く求められていたのは、つい最近の出来事である。「One Sony」を掲げるのは、つまりはそれが実現されていないからに他ならない。
音楽事業でありながら映像製作・配給・流通を手がけ、ゲームにもキャラクターやIPライセンスにも進出する。さらに製品やサービスのプロモーションにも活用されるアニメは、事業の枠組を超えてそれらをつなげる「One Sony」の目標を体現できる。
[アニメビジネスの特殊性とソニーの優位性]
産業規模は決して大きくないアニメだが、実はビジネス定義の取り方によってその大きさは変わってくる。日本動画協会が発表する2021年の世界の日本アニメ市場は2兆7400億円とされている。大きな数字だがこれにはマジックがある。
「アニメ産業」と聞いて多くの人はどのようなことを思い浮かべるだろうか。アニメーターが絵を描き、それを映像にする制作工程、完成した作品の放送や劇場上映、DVDやブルーレイの販売、最近であれば動画配信もある。映像を作り、それを様々なメディアに販売することだ。
しかしそれらはアニメビジネスのごく一部に過ぎない。日本動画協会の統計では、アニメ産業はアニメのキャラクターに基づく玩具やアニメ音楽、ライブイベント、コラボカフェ、パチンコ・パチスロの遊技機まで多種多様な2次展開ビジネスが含まれる。アニメ市場の大きな部分は映像そのものでなく、そこから派生するライセンスの活用だ。それは「キャラクタービジネス」、「コンテンツビジネス」、「IPビジネス」との言葉に置き換えると分かりやすい。
アニメ分野が好調と、放送局、映画会社から芸能事務所、IT企業も含めた多くの会社がいまアニメビジネスへ参入しようとしている。しかし利益をきちんと伸ばせる企業は限られる。アニメの利益の源泉はライセンス運用にあり、そのシステムや活用する方法を持たなければうまくいかない。
アニメ製作は参入障壁が低く見えるが、いざスタートしても予想ほど儲からないと早晩撤退することが多い。かつて伊藤忠商事、三菱商事、住友商事、三井物産と大手総合商社は軒並みアニメ事業に進出していたが、いずれも現在は撤退している。
逆にゲームや商品化、イベント、玩具、インバウンドなど周辺ビジネスを自社グループに抱えているとシナジー効果は大きい。バンダイナムコグループのアニメ関連事業の売上げは880億円程度だが、ガンダムを活用したゲーム、プラモデル玩具「ガンプラ」などアニメから生まれたIPが売上げ9000億円のグループ売上のかなりを支えている。
ソニーグループには音楽、ゲーム、イベント、ネット・ITなどアニメを活用できる分野が多くあるが、まだ十分に活用しきれていない。シナジーで事業を拡大できる可能性が高いのである。