書評:なぜ男女の賃金に格差があるのか
さきほど2023年度のノーベル経済学賞の会見が行われ、労働経済と経済史を専門とする クラウディア・ゴールディン氏|ハーバード大学教授 の受賞が発表されました。おめでとうございます🎉
女性の受賞は、エリノア・オストロム氏(2009年)、エステル・デュフロ氏(2019年)に次いで3人目、女性の単独授賞は初めての快挙となります。
受賞理由は「女性の労働市場における成果についての私たちの理解を前進させた」(for having advanced our understanding of women’s labour market outcomes)こと。
詳しい解説については、こちらの公式ウェブサイトをご参照ください。
さて、大変タイムリーなことに、ゴールディン氏の研究の集大成とも言える翻訳書『なぜ男女の賃金に格差があるのか』が慶應義塾大学出版会から今年刊行されています。実は、僕も『週刊 東洋経済』に本書の書評を寄稿させて頂きました。以下で、その全文を転載させて頂きます。
夫婦の公平な分担を阻む「時給プレミアム」の問題
書評:『なぜ男女の賃金に格差があるのか』
評者:安田洋祐|大阪大学教授
男女の賃金格差の原因として、何を思い浮かべるだろうか。学歴や職業選択の違い、上司や同僚による差別、女性の交渉力や競争心の低さなどが、よく挙げられる理由だろう。しかしそれらは、少なくとも米国では格差の主な要因ではないと著者は断言する。では、答えはいったい何なのだろうか。
本書は、米国における大卒女性たちの約100年分のデータと、各世代を代表する著名人のライフストーリーを重ね合わせながら、男女格差の謎に迫っていく。原題を訳すと『キャリアと家庭:女性たちの平等へ向かう100年の旅』になるが、まさに本書の内容を正確に表している。
具体的には、19世紀後半以降に生まれた大卒女性を5つの世代に分け、キャリアと家庭の両立が各世代でどう進んだのかを分析していく。例えば、著者自身も該当する1944〜57年生まれのグループでは、プロフェッショナルスクールへの進学や専門的職業への就職が急拡大した。
この変化をもたらした要因として著者が指摘するのが、若年女性へのピルの普及である。ピルは大卒女性の初婚年齢を劇的に引き上げ、彼女らを一気にキャリア志向へと変えた。小さな避妊薬が静かな革命を起こしたのである。
著者のクラウディア・ゴールディンは、専門分野の細分化が進む経済学界で、経済史と労働経済という2つの分野で大活躍する稀有な研究者だ。2000年に経済史学会会長、13年に米経済学会会長を歴任した彼女が、自身の専門2分野にまたがる独創的な研究成果をわかりやすく解説したのが本書である。
説得力があるだけでなくスリリングな文章で書かれ、数式や堅い専門用語はまったく登場しない。上質なノンフィクション作品といった雰囲気の一冊に仕上がっているので、経済書が苦手な方にもぜひ手に取ってもらいたい。
冒頭の謎に戻ろう。カギを握るのは「時給プレミアム」だ。長時間または不規則な勤務で時間当たりの賃金が上がる場合に、その割増分(=時給プレミアム)が大きい職種では、職場で長時間待機するような働き方が有利となる。結果的に、夫婦で仕事と家事を公平に分担するのではなく、夫が職場、妻が家庭での待機に時間を割くような専門化が起こりやすくなる。
この専門化こそが男女格差の原因だと著者は説く。時給プレミアムを減らすような組織・経営改革が必要であるというメッセージを、わが国の経営層もぜひ真摯に受け止めてほしい。
ノーベル賞の公式ウェブサイトに掲載された資料のうち、ゴールディン氏の業績を非専門家でも理解できるように分かりやすくまとめた
・Popular science background: History helps us understand gender differences in the labour market
を日本語に翻訳しました。興味のある方はご参考いただけると嬉しいです😊