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コロナ休校と「9月入学」
コロナ休校と「9月入学」
新型コロナの影響で休校期間が長引いており,カリキュラムへの影響が懸念されています.対応として,新入学と新学期のスタート時期を9月に変更するという案があります.
【コロナと学校】「9月入学」の検討状況を説明 文科相(読売新聞)
9月入学には,メリットが2つあります.
- コロナによる教育カリキュラムの遅れを,半年程度まで取り戻すことができる.
- 海外の教育スケジュールと一致する.留学生の往来が容易になる.
しかし,コロナの影響があるからといって,単純に9月入学に変更する案には,当然,デメリットもあります.
- 世の中の,4月生まれを前提とした情報システムの改修コスト等
- 9月入学・新学期は進めるべきではない ― 子どもたちと社会への影響を重く見るべき4つの理由
- 在校期間の延長による児童生徒への負担
- 教育コストの増加
- 半年間,新卒の労働力が減少する
- 政治リソースの消費
- 教育カリキュラムの半年遅れの常態化
この記事では,3つ目のデメリットを説明したいと思います.
「通常想定される」9月入学と生年月日の関係
そもそも,一般に,9月入学とはどのような制度で,4月入学とはどう違うのでしょうか. 通常,「9月入学変更」と言った場合,下記の2つを同時に変更することが想定されます.
- 入学・進級のタイミングについて,現在の「4月」から「9月」に変更する
- 一つの学年を構成する児童について,現在の「4月~3月生まれ」から「9月~8月生まれ」に変更する.
2.が重要です. 下のような図を書くとわかりやすいです. 図は,何年何月生まれの児童が(縦軸)いつ(横軸)どの小学校の学年になるかを例示したものです.
横軸は日付,縦軸は児童の生年月日です.
簡単のために,赤枠に注目してみましょう. 赤枠は,左右の図共通で,「2012年4月~2013年3月生まれの児童が,2021年4月~2022年3月を何年生で過ごすか」を表しています. 4月入学(左)の場合,この期間,全員が3年生です. 一方,9月入学(右)の場合,誕生日が早い半分の(9月までに生まれた)児童は学年が半年だけ上がり(3~4年生),誕生日が遅い半分(9月以降に生まれた)児童は学年が半年だけ下がります(2~3年生). 新入生について言えば, 2014年4月~9月生まれの児童は,入学予定が半年早まり,次の9月に急遽入学を迎える ことになります.
一方で,「1年生は平均7.0歳」「2年生は平均8.0歳」というように,学年と平均年齢の関係は,現在と変わりがありません. この点は重要で,例えば 「全員が,平均で8.0歳のとき九九を習う」 ということは, 4月入学でも9月入学でも変わりません.
以上から,「通常想定される」9月入学案は,以下の性質があります.
- 誕生日によって,学年が半年上がる児童と下がる児童がいる
- 各学年の平均年齢は変わらない
コロナで検討されている「9月入学」と生年月日の関係
しかし,コロナ対策で検討されている「9月入学」案は,上とは異なるものです.
- 入学・進級のタイミングについて,現在の「4月」から「9月」に変更する
- 一つの学年を構成する児童について,現在の「4月~3月生まれ」のままに据え置く
2.がポイントです. 現在検討されている9月入学の主旨は,「休校によるカリキュラムの遅れに対し,スケジュールを半年後ろ倒しすることで対応する」というものです. したがって,学年の構成を変更することは想定されていないと考えられます.
上でやったのと同じように,赤枠内を比較してみましょう. 上とは異なり, 「生年月日によらず,全員の学年が半年だけ下がる(2~3年生)」 ことがわかります.
また,グリッド(学年)と斜め線(年齢)の関係が変わってしまいます. つまり,各学年を構成する児童の年齢が変化します. 例えば,今回の「コロナ対策の9月入学」の場合は,「1年生は平均7.5歳」「2年生は平均8.5歳」というように,4月入学と比べて,平均年齢が0.5歳だけ上昇します. 各学年の児童が,これまでより半年だけ年寄りになるということです.
- 誕生日によらず,全員の学年が半年だけ下がる
- 各学年の平均年齢は,0.5歳上昇する
半年の差は無視してよいのか?
以上をまとめると,
- 4月入学(変更前):小学1年生は平均7.0歳,小学2年生は平均8.0歳,…,高校3年生は平均18.0歳
- コロナ対策の9月入学(変更後):小学1年生は平均7.5歳,小学2年生は平均8.5歳,…,高校3年生は平均18.5歳
となります. このまま9月入学に移行すると,日本全体で,九九を習うのも,微積分を習うのも,英語を習うのも,平均で,半年遅くなるわけです. 当然,現在の在校生については,これはやむを得ないと思います. しかし,今後の新入生まで,同じようにカリキュラムを遅らせると,教育水準の低下が懸念されます. たかが半年とも言えますが,若い脳に対し,半年の遅れがどの程度影響するかは,よくわからないと言っていいでしょう.
また,他にも,例えば「3年生の平均年齢・体重」といった統計は,今後そのまま使えなくなる,といった影響も考えられます.
これらの影響をどう考えるか,は一つの論点であるべきです.
次の新入生を,何年何月生まれの児童にするか?
では,学年ごとの平均年齢を変えないための方法はあるでしょうか. 単純な解決方法は,上の2つの9月入学制度のハイブリッドでしょう.
- 現在の在校生は,「コロナ対策版の」9月入学制度にする
- 将来の新入生は,「通常想定される」9月入学制度にする
こうすることで,現在の教育カリキュラム遅れに対処すると同時に,将来的には学年の平均年齢を現在の状態に戻すことができます. しかし,この場合も,状況は複雑で,問題は多数生じそうです.
- 2020年9月の新入生は, 「2013年4月~2014年9月生まれの児童」 にする必要がある.つまり,対象の生年月日期間が,この歳だけ通常の1.5倍になる.この学年だけ,生徒数が通常の1.5倍になる.
- 特に,「2014年4月~2014年9月生まれの児童」の入学は,現在の予定(2021年4月)から,半年早まり,2020年9月(あと数ヶ月後!)になる.
私は教育現場を知りませんが,これはこれで様々なと歪を生むのではないでしょうか.
まとめ
- コロナ対策で単純に9月入学を採用すると,各学年の年齢が0.5歳上昇する
- 教育カリキュラムが半年遅れる
- 身長体重などの統計が使用できなくなる
- 上記の問題に対処するためには,次の小学校の新入生の人数を1.5倍にする必要がある
以上は,単純に入学・進級・卒業のタイミングを変更するための(膨大であろう)事務コストとは別の観点であることが重要です. 個人の感想ですが,「コロナを機に,政治が音頭を取れば実現できる」なんて簡単なものではなように感じます.
そもそも,「全体を半年遅らせれば,スケジュールの遅れを解消できる」という仮説が嘘なんじゃないでしょうか. 遅らせた半年は,本来,卒業後に個々人が何かをする半年だったわけで,無批判に教育が優先されるというのもおかしな話だと思います.
代案
私が考える代案は以下の通りです.
- 中学・高校のカリキュラムを,「生徒が(映像授業等で)個人で学習可能なもの」「個人では学習不可能なもの」に分類する.
- 「個人で学習不可能なもの」を優先的に学校で教育する.
- 「個人で学習可能なもの」については,スケジュールが間に合わない場合,教育カリキュラムから除外する.除外された内容は,在学中や卒業後の時間を使い,映像授業により各自のペースで学習することを想定する.
- カリキュラムから除外された内容は,高校・大学入試の出題範囲からも除外する.
- 個人で学習を進めるために,ビデオチャット等で質問できる窓口を用意する.
- 各教員が,「一学年下の学年の教育内容」を教えられるように準備する.例えば,中学教員は小学校6年生の内容を,高校教員は,中学3年の内容を教育する準備をする.
- 入学・進級・卒業のタイミングは変更しない.小学校の遅れは中学で,中学の遅れは高校で吸収する.
何が個人で学習可能/不可能か,というのは,もちろん程度問題です. 具体的には学校の先生の判断の方が正しいでしょうが,英文法とか地歴公民とかは個人でもある程度できそうな印象です. 副教科は学校じゃないとできないことが多そうです.
いずれにせよ,短いスケジュールで大きなコストをかけ,読みきれないリスクを取って9月入学という社会構造の変更を行うよりは, 「どの教育が間に合わなかったか」「間に合わなかった教育をリカバリーするためには何をするべきか」を明示するのが政治・行政の責任であるように感じます.