青梅市・南東部の友田町。
今なお、雑木林が広がる丘陵があります。
登山ガイドブックにも、ほとんど紹介されない丘陵の森。
晩秋の頃、落ち葉を踏みしめ探索しました。
目次
青梅・友田に残る、静寂の丘陵を歩く
小作駅から、友田・八雲神社へ
青梅市・南東部の友田に広がる丘陵。
登山・ハイキングのガイドブックにも、ほとんど紹介されないエリアです。
今回は、地図を頼りに「友田の森」を歩きます。
起点は、JR青梅線・小作駅西口。駅から南西に伸びる道を進みます。
新奥多摩街道(都道29号線)を渡り、300mほど南西に進みと、小作緑地公園に到着。
多摩川段丘・上部の公園で、小規模ながら雑木林が残ります。春はシュンランなど、稀少植物も咲く貴重な林です。
公園・中央辺りから南へ下ります。下りきると、右手に「小作坂下」交差点があります。
右折して、吉野街道(都道249号線)を進み、多摩川橋を目指します。
吉野街道沿いには、人気の蕎麦店・河邊さんもあります。
交通量が多いのが苦手ならば、交差点から少し北側から並行する、旧吉野街道もあります。こちらをノンビリ歩くのも良いですね。
多摩川橋を渡ります。多摩川もこの付近になると、川幅が随分広がります。
橋から150mほど進むと、友田交差点。ここを右折します。
150mほど西へ進み、友田駐在所のある交差点を左折。
250mほど進むと、右手に上る道が現れます。
急坂を上り、丘の上の集落を抜けると、八雲神社に到着。境内には児童公園もあります。
例年4月には、友田八雲神社例大祭も行われ、山車も繰り出します。
八雲神社から、友田の森へ
神社の鳥居・右側から、丘陵地帯への道があります。
色々、調べてみましたが、この丘陵に名称が、イマイチ分からない… ここでは便宜的に「友田の森」とします。
森へ入ると、いきなり落ち葉の絨毯! カサカサと、心地良い音を立て進みます。
送電線をくぐり、国土地理院の道から少し離れたところを歩きますが、すぐに合流します。
季節の彩りを楽しみつつ、散策します。
鬱蒼とした針葉樹の森。
緩やかに登り詰めると、標高244m地点の山に到着します。
「友田」四等三角点もあります。山名というよりも、昔の村の名前が由来でしょうか?
山頂には「共有山林譲渡記念碑」なるものもあります。要約すると…
1961年に共有山林を大手資本に売った、と書かれています。「観光開発」との事ですから、ゴルフ場でしょうか?
何らかの理由で計画が頓挫し、森が残ったのでしょう。
玉泉寺を経て、東青梅駅へ
山頂から西へ進みます。深山の装いで、すぐ近くに人里があることを忘れる光景です。
静かな山ですが、比較的、道はしっかりしています。
歩く人も少ないのか、蜘蛛の巣の多い道。気が付かず、顔に蜘蛛の巣がまとわり付きます。
日溜まりの林床が、心地よい。
なだらかな道に、落ち葉が溜まります。
雑木林の輝き。
しばらく進むと、ベンチのある分岐を右折します。近くには小さな畑もあり、人里の趣きが少しずつ感じられます。
少し下ると、車道に出ます。右折して車道を下ります。抜け道なのか、意外と車が通るのでご注意を。
足元には落ち葉。
「滑りに注意」の道路標識。なんか、酔っ払いのオジさんみたいなマークです。
付近には、雑木林も。林道歩きも悪くありません。
集落を抜け、さらに道を下ると、吉野街道(国道411号線)。左折して西に進みます。
100mほど進み、右折します。
道なりに進むと、左手に玉泉寺があります。
湧き水の池もあるお寺で、四季折々楽しめます。特に桜と紅葉は見逃せません。
玉泉寺から350mほど西へ進み、都道45号線を右折します。
下奥多摩橋を渡ります。この付近の多摩川は護岸もなく、自然豊かな光景です。西には大岳山も望まれます。
下奥多摩橋から、北へ進むと千ヶ瀬バイパス(都道5号線)に到着。交差点から北へ進み、急坂を登れば、JR青梅線・東青梅駅も近いです。
インフォメーション
マップ
JR青梅線・小作駅 …〈10分〉… 小作緑化公園 …〈30分〉…八雲神社 …〈30分〉… 244m地点…〈40分〉… 車道 …〈30分〉…玉泉寺 …〈30分〉… JR青梅線・東青梅駅
ー計2時間50分ー
コースの状況など
- 歩く人の少ないマイナーコースで、地図は必須。
- スマホの登山地図アプリ等のGPSで、現在位置を要確認。
- 山道は比較的なだらかで、危険箇所も少ない。
- コンビニは、小作駅西口駅前にある。
- 吉野街道・多摩川橋北側に、惣菜・弁当店「いい菜ファーム 羽村羽西店」あり。営業時間は10:00~20:00。
- トイレは、小作駅前、旧吉野街道沿い・小作ふれあい公園トイレ、八雲神社(友田町1丁目 児童遊園)、玉泉寺・西側の長淵3丁目児童遊園、東青梅駅南口にある。
友田共有林は、往年より地域の燃料や堆肥の供給源として、管理してきました。
西武鉄道から、観光開発をしたいとの申し入れがあり、要請に応じました。友田集落の発展のために昭和36年に売り渡しました。この碑を建て、歴史ある共有山林の処分について、後世に伝えます。