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ポロスとソクラテスの会話にて、「不正を裁くというのは裁かれる側を善いものにするという行為だから、不正を裁かれないよりは、裁かれたほうが、より害悪ではない」という説明は筋が通っていて理解できたのですが、
「不正を行うほうが、不正を受けるよりも醜い」という説明はイマイチ理解できません。

これはソクラテスによると、どういう理屈や筋道で説明されるのでしょうか?

A 回答 (1件)

ドフィさんおはようございます。


 古代 greece の人たちの常識を学ぶことが難しいです。Scrates の筋道の付け方がわからないです。不正と醜さの関係がわからないです。不正を行う方が受けるよりも得をするだったりするとそりゃぁ得をするさねと納得します。対話の様子が後述の link にあります。『プラトンの『ゴルギアス』(2)ポロス編』https://kotento.com/2019/09/14/gorgias2/さんがあります。文章から類推することになります。不正を行うと受けると裁くと裁かれるがあります。善くするがあります。害悪であると醜いがあります。例えば不正として他人の財布からお金を1000円抜き取ると抜き取った分だけ得をします。その抜き取る行為が洗練されていると美しいと形容できます。『スリの手口は?9段階のレベルで実演 | Levels | WIRED Japan』
があります。抜き取られた人が無様です。無様な様子が醜いです。不正を行うほうが不正を受けるよりも醜くないです。
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