雨ニモ負ケズ、先行フリー・ダウンロード配信開始!
ふと、今年4月にワシントンのナショナル大聖堂で催された礼拝の話を思い出す。それぞれ異なる信仰をもつ者達が集まり、東日本大震災の犠牲者を悼んだこの場で朗読されたのが、宮沢賢治「雨ニモマケズ」の英訳だったのだという。海の向こうで祈る彼らは、この詩でうたわれているような慎ましい生き方や自己犠牲の精神に、日本人の姿を見ていたのだろうか。
そんな宮沢の遺作から名をとり、宮城県仙台市を中心に活動する4人組が、雨ニモ負ケズだ。同じく東北の福島県双葉郡を拠点とするNomadic Records(現在はいわきの仮事務所で営業中)から初の流通音源『不撓ノ一奏』をリリースする。歪んだピアノの音色と切迫したビート、そしてどことなく脆さを残した女性ヴォーカル。作品を構成しているサウンドはほぼそれだけだ。詳しくは本人の発言に譲りたいが、バンドを牽引する鍵盤奏者のsottiは愚直なまでに自分のルーツを重んじ、内面と向き合い、それを深めていくことに腐心し続ける。だからこそここで鳴らされるヘヴィネスには、このバンドの抱える切実な思いがくっきりと映し出されているのだろう。不屈の精神から生まれた8つの抒情詩。まさに『不撓ノ一奏』と呼ぶにふさわしい作品だ。
インタビュー & 文 : 渡辺裕也
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(フリー・ダウンロード期間11月3日~11月9日まで)
雨ニモ負ケズ / 不撓ノ一奏
【Track List】
01. 無常ノ風ガ吹キ荒ブ / 02. こころ / 03. 絶叫の後 / 04. 環 / 05. 北東西南 / 06. 雪原
07. 邪魔をするもの / 08. イツカ
劇的なバンド・サウンドと透き通る様な洋奈の歌声が、胸を締め付ける。3.11の大震災の被災地から飛び出した衝撃のバンド。これからのバンド・シーンを牽引していく可能性を秘めた期待のバンドのファースト・アルバム。
今なにかを残さないと
――全員が仙台市出身なんですか。
sotti : いや、仙台出身は僕と洋奈だけですね。
小松拓哉(以下、小松) : 僕は秋田です。
チバ : 私は塩釜市の出身なんです。
――では、どのような経緯で結成に至ったのでしょう。
sotti : 僕がmixiでメンバーを募集して、まったく面識がない者同士をいきなり集めたところからこのバンドは始まったんです。結成当時のヴォーカルとドラムはもう脱退しているんですけどね。今の女子メンバー2人が加入したのは結成から2年後くらいでしたね。
――そのmixi上ではどんな募集をかけていたんですか。
sotti : もう覚えてないなぁ(笑)。でも、前にやっていたバンドの音源をアップしていましたね。そこでどういう音楽がやりたいのかは、ある程度伝わっていたのかもしれません。その時から僕がピアノで曲を作っていたので。というか、その当時の曲を今でも演奏しているし(笑)。
――つまり楽曲やバンドの指針となるものはsottiさんが既に用意していたんですね。では、sottiさんの音楽的なバックボーンにあたるバンドがあれば教えてください。
sotti : 曲に関しては、僕がこのバンドを結成する前から脈々とやってきた音楽を形にしている感じですね。影響を受けたのはブラフマンとイースタン・ユース。あとはミスター・チルドレンも大きいです。歌詞の面でもこの3組には強く影響を受けていると思います。
――今挙げてくださった3つのバンドって、sottiさんの年齢で考えると、恐らく10代後半の辺りで夢中になったバンドですよね。
sotti : そうですね。僕は高校の時に初めてバンドを組んだんですけど、僕が音楽でやりたいことって、基本的にはその時からまったく変わってないんです。あの時に感じたものが未だに僕の中に残っているから、まだ音楽をやってるんだと思います。
――それ以降にはあまり刺激的な音楽との出会いはなかったのでしょうか。
sotti : もちろんそれはありましたよ。最近で言うと凛として時雨とかかな。でも自分のバックボーンという意味では、さっき挙げた3つのバンドが特に大きいと思います。
洋奈 : 私はこのバンドに入る前はコピー・バンドをやっていたんです。その時は今sottiさんが挙げたようなバンドのことを私はよく知らなかったんですけど、私が当時コピーしていたCoccoとか椎名林檎もとても言葉を重要視する人だったので、その辺りはsottiさんが影響を受けたバンドと共通するものがあったのかもしれません。sottiさんの書く詞にしても、私にとっては共感できる部分が多かったんです。
――作詞もsottiさんが担当されているんですね。他のメンバーが書いた詞を歌うというのは、また特別な難しさがあると思うんですが。
洋奈 : そうですね。でも私は理解できているから歌えるんだと思います。sottiさんがなにを伝えたいのかはよくわかっているつもりだし、自分も同じ気持ちを共有している時があったから。書いた本人も事細かに話してくれますし。
自分も常に危機感を抱えながら創作していきたい
――結成前に作った曲を今でも演奏していると先ほどおっしゃっていましたが、今回収録された8曲はそれぞれいつ頃書いたものなのでしょうか。
sotti : バラバラですね。最後の「イツカ」は今年の3月後半に書いたもので、これがアルバムの中では一番新しい曲です。古い曲に関してはもう5年も前のものもあって。僕、曲を作るペースがものすごく遅いんですよ。ここに入っている8曲が雨ニモ負ケズの現時点での全曲なんです(笑)。
――「イツカ」は3月後半に書いたんですね。その時期となると、やはりどうしても3月11日を連想してしまうのですが、実際にあの震災に感化されたところはあったのでしょうか。
sotti : この曲に関してはまさにそうですね。震災が起きて避難生活をしている中で「今なにかを残さないと」と思って、小松とジャムを始めたところから出来た曲なんです。自分が曲を作った時の記憶ってすごく曖昧だから、当時の自分がどんなことを思っていたのかはあまり憶えていないんですけど。
――その「イツカ」に限らず、雨ニモ負ケズの楽曲はどれも内省的というか、怒りや憤りを感じる言葉が並んでいますね。sottiさんはどんな感情から創作に向かっていくのですか。
sotti : 恐らく負の感情でしょうね。それは自分に対するフラストレーションでもあるし、世の中に対してのものだったりもする。どちらにしても、幸せな気持ちの時に書いた曲はひとつもないと思います(笑)。
――そうしたネガティヴな側面から生まれてきた歌を、すべてご自身で歌おうと思った時はないのですか。
一同 : (笑)
sotti : あの、今みんなが笑っていたのでわかってもらえると思うんですけど、僕はまったく歌えないんですよ(笑)。メロディがなければまだいけるんですけどね。
――(笑)。sottiさんがラップしているのはそういう事情から?
小松 : なるほどなぁ(笑)。
sotti : いやいや(笑)。一時ヒップ・ホップに寄り道していた時があったんです。ドラゴン・アッシュから入って、ブルー・ハーブを特によく聴いていたんですけど。でも僕はリズム感が悪くて、あんな感じのラップとも言えないような叫び声になってるんです(笑)。
――そうなるとsottiさんは自分の発想をメンバーに委ねなければいけなくなりますよね。必然的にメンバーへの要求も厳しくなりそうですが。
チバ : (笑)。私に対してはやっぱり厳しいですよ。特に私はテンションが上がるとすぐに演奏が走っちゃうので。
小松 : 俺は特に厳しいと感じたことはないかな。わりと自由にやらせてもらってますけどね。歌詞とかに関しては、正直俺にはよくわからないことの方が多いし。みんなで曲を作っていきながら理解を深めていくものだと思っているから。
洋奈 : 私も自由に歌わせてもらっていますね。
――今回は福島を拠点としているNomadic Recordsからリリースされるんですよね。なにをきっかけにレーベルとの付き合いが生まれたのでしょう。
sotti : (レーベルと)出会ったのは今年の1月でした。仙台で僕らのライヴをたまたま見ていて、ライブ終わったあとに声をかけてくれて。そこで話していくうちに「(音源を)出さないか」という話になったんです。それから実際にレコーディングすることになって、twoさん(平山“two”勉。Nomadic Recordsレーベル・オーナー)と話して決めたのが「今まで作ってきた曲は全部録っちゃおうよ」ということで。このアルバムを作ることで一旦一区切りをつけて、そこからまた新しく出発したいと思って。だから、いわばこのアルバムはここまでのベスト盤なんですよね。
――その作品に『不撓ノ一奏(ふとうのいっそう)』と名付けたのはなぜでしょう。
sotti : このアルバムを作ることが決まって、震災もあったんですけど、それでも変わらない自分達の音楽に対する姿勢を、この「不撓」という言葉で表したんです。ここから先のことは具体的にはまだなにも決まってないですけど、とにかく今の4人で作った楽曲をもっと増やしていきたいんですよね。今回のアルバムには前のメンバーがいた頃から演奏し続けているものもあるから。今の4人で雨ニモ負ケズのスタンダードを作っていけたらと思っています。
――この雨ニモ負ケズというバンド名についても伺いたいのですが。
sotti : 僕がこのバンドを結成するちょっと前に、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』という詩に出会いまして、すごく感銘を受けたんですよね。詩の中で描かれている人物が、ある意味自分の理想像にとても近いように感じて。それを描いた宮沢賢治ってすごいなと思ったんですけど、あれって彼が晩年に書いた詩なんですよね。もしかすると死を覚悟した者じゃないとああいう詩は書けないのかなと思って。だから、自分も常に危機感を抱えながら創作していきたいし、そういう存在に近づいていきたいと思ったんです。でも、あの詩とバンドの姿を照らし合わそうとしているわけではないですよ。今の話はあくまでも僕個人のものですから。さっきの小松が言ったみたいに、メンバーといえども詞に関してはあまり理解できないという場合もあるし(笑)。僕もそれが当然だと思ってますから。
――お話を聞いていると、震災を経験したみなさんの死生観もこの作品には反映されているのかなと思ったんですが、どうですか。
小松 : 正直、今の僕にはまだわからないですね。これから5年、10年と経ってからこの音源を聴いた時にわかることもあるのかもしれないけど。
チバ : でも、あの地震がなかったら「イツカ」は生まれなかったから。歌詞にもそういう想いは込められていると思うし。この曲は(歌詞のクレジットが)すべてカタカナなんです。だから、例えば“カエル”という一言が、“帰る”にもなるし、“還る”にも、“返る”にもなり得る。そういうところも含めて考えながら作った曲なんですよね。私にとっても他とは違った気持ちで取り組んだ曲なんです。
洋奈 : 私も「イツカ」に関しては、いろんなことを思いながら歌ったので、特別な思い入れはあります。
sotti : 本当に月並みな言葉になりますけど、僕はこの『不撓ノ一奏』というアルバムをより多くの人に聴いてもらいたいんです。それだけなんですよね。ただ一バンドとして、たくさんの人に聴いてほしい。
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LIVE INFORMATION
2011年11月07日(月) @仙台MACANA
2011年11月09日(水) @長野JUNK BOX
2011年11月10日(木) @新潟GOLDEN PIGS
2011年11月16日(水) @郡山#9
2011年11月17日(木) @いわきSONIC
2011年11月28日(月) @千葉LOOK
2011年11月29日(火) @代々木Zher the Zoo
2011年11月30日(水) @水戸SONIC
2011年12月02日(金) @仙台FRYING SON(ex.FRYING STUDIO)
PROFILE
雨ニモ負ケズ
sottiの呼びかけにより集った異色4ピース。彼の有名な宮澤賢治の詩、「雨ニモ負ケズ」を冠にギターレスのピアノ・ロック・バンドとして2008年11月に始動。同年12月に初ライブを行い、既存の音楽にはない新しいサウンドに、会場はどよめき、仙台の音楽シーンに衝撃を走らせた。