2013年9月17日(火)大森靖子月例実験室 大森靖子生誕カウントダウン@高円寺円盤
第1部
9月17日。この日は、ほかでもない大森靖子の誕生日の前日である。こんな特別な日に、彼女が毎月開催している月例イベント「大森靖子月例実験室」の一環として、高円寺・円盤で「大森靖子生誕カウントダウン」が行われた。開演予定時刻から20分ほどすぎた19時50分頃、会場に到着。幸い、ライヴはまだはじまっていないようだ。この高円寺・円盤での大森のライヴは、足を運ぶたびに客席の密度が増している。この日は特に、生誕カウントダウンということで、大森の誕生日を祝おうと多くの人があふれていた。受付には、大森が連載中の雑誌「FRIDAY」から贈られた花が飾られている。また、入場時には大森からお客さんに、彼女からのプレゼントが配られた。缶バッジや髪飾りなど、大森自身がこの日のために用意したものらしい。
大森は、普段はピンクや黒を基調にした衣装を着ていることが多いが、この日は白いワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っていた。落ち着いた清楚な雰囲気の服もとても似合っている。彼女は、ステージで準備をしながらお客さんと談笑している。そんな和やかな雰囲気のなか、ライヴはスタートした。「ハンドメイドホーム」が演奏される。会場の雰囲気を象徴するかのような、明るいメロディが響く。大森がギターを鳴らせば、歌がはじまれば、会場はすぐに彼女に集中する。この日の円盤には、当たり前のように大森を好きな人しかいないのだろう。
「over the party」の演奏を終えると、翌日に26歳の誕生日を迎えることを報告する。「(自分のなかにある)これはダメだって思っていたものをいま生かせているのは、みなさまのような謎の感受性を持った方たちのおかげです(笑)。本当にありがとうございます」と、おどけながら、感謝の言葉を口にした。そのまま、「君と映画」がはじまる。この曲にある〈君と新しい人生を作るの コピーページにはならない〉というフレーズが、大森とこの場にいるお客さんとの関係性、そしてこれから大森が音楽業界に遺していくであろう道のりを歌っているように聴こえた。
「あたし天使の堪忍袋」の合唱パートは、大森が男女別に歌わせる。女子のみの合唱が聴こえた途端に、大森は「あー、かわいい!! 」と歓喜の声をあげた。曲が終わると「やっとできましたね(笑)。やっとバランスが等しくなった」と嬉しそうに話す。たった半年前まで、確かに客席には男性の姿が目立っていた。この日は丁度半々くらいの男女比になっていた。
中盤は未発表曲や新曲が多く演奏される。客席の集中も、一段と高まる。〈ねぇ知ってた? サブカルにすらなれない歌があるんだよ〉というフレーズが印象的な「hayatochiri」、〈幸せはたぶんこれなのに いそがしいからあとまわし〉という言葉が心を抉る「W」。曲間はなく、次々と演奏されていく。「あれそれ」が終わると、やっと音が途切れ、拍手が起こった。
「サマーフェア」で、〈明日スカートをはくのが 今のぼくの夢〉と歌ったあと、大森は夢について語った。「夢がたくさんあって、割と最近は言うこと全部誰かが叶えてくれるというか、思いどおりになるなと思って、言ってみるもんだなって思って」「夢はだいたい叶わないですけど、いっぱい言えばちょっとくらい叶うので、それがすごいうれしいなと最近よく思いますね」「私は、武道館とか紅白とかいっぱいやりたいことがありますけど、みんなもそれぞれ一緒にあがっていく感じで見守ってくれればと思います」。大森は、ライヴでお客さんが自分に夢を語ってくれることも多く、それがとてもうれしいとも話していた。大きな愛情と優しさを感じる言葉だった。その後「展覧会の絵」を歌ったあとにも、大学進学を理由に上京したころの話や、歌を歌いはじめたころのことを話した。この日は、彼女自身のことを、とても穏やかな口調でたくさん話してくれた。
ここで、ケーキが登場。大森が自らバースデー・ソングを歌い、客席は手拍子でそれを盛り上げる。場内は祝福ムードに包まれた。笑顔の客席のなかで、大森が見せた無邪気な表情がとても印象的だった。最後に歌った「背中のジッパー」も、いつもより優しく聴こえた。大森が「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」と挨拶し、第1部が終了。ライヴを終えたばかりの大森は、そのままお客さんひとりひとりとチェキの撮影を行っていた。
第2部
お客さんの入れ替え時間を経て、第2部へと突入。時計はもう、22時50分近くになっている。深い時間にも関わらず、さきほどと比べてもまったく見劣りしないほどのお客さんが円盤につめかけていた。しかし、さすがに遅い時間ということもあるのか、第1部よりも男性の割合が多い印象。大森が「よろしくお願いします」と挨拶し、「1部とまったく同じことをやります(笑)」と話すと、第1部ではやっていない「秘めごと」から第2部の演奏はスタートした。1ステージを終えた直後だというのに、まったくそれを感じさせない歌声。優しく噛みしめるように、丁寧に歌った。3曲目の「コーヒータイム」を歌い終えると、円盤の店員であるジョニー大蔵大臣(水中、それは苦しい)から水の差し入れが。ジョニー曰く、「まったく水を飲んでないでしょ」とのこと。そういえば、いままでのライヴで大森がステージ上でドリンクを飲んでいるのを目にしたことがないように思う。大森は「全然大丈夫です」と応えていた。
「一緒に(誕生日を)迎えられてうれしいです」と改めて挨拶し、「キラキラ」を演奏。ここまで、第1部とはすべて違う選曲。「高円寺」では、ときに笑ったり、突き放したような表情を見せたり、さまざまな感情をさらけ出す。場内は、徐々に大森の深い世界へと引き込まれていく。ここから「青い部屋」「歌謡曲」の流れで作り上げた緊張感を一気に高めた圧倒的な空気感は、さすがと言うほかない。比較的アットホームな空間においても、彼女はいとも簡単にこの空気を作り上げてしまう。そのあとは、「絶対彼女」「ぱるるの小包」と、先ほどの空気から一転した女の子らしい曲が続いた。
後半に入ると、『大森靖子黒歴史 EP』にも収録されている懐かしい曲「東京地下一階」などを演奏。現在は入手困難になっているデモ音源に収録されている「ファミレス」も演奏された。こちらの2曲は、ときに激しく首を降りながら歌っていた。2011年の初頭に、ここ円盤ではじめて大森のライヴを観たときのことを思い出した。
ここで、少し長めのMC。高校生のころからやっているというブログの話や、昔から携帯で文字や歌詞を書いていたため、紙だと書けないという話、昔ながらのガラケーで撮った低画質の写真が好きな話など、いろんな話をした。「私は、この世界(携帯の画面)が好きなんですよ。ここに完結してほしいんです。私は中学のときとか、ずっと携帯をいじっていたので。ずっとネットしてて、前略プロフィールとか、写メコン(自画撮りの写メールを投稿してランキングを競うサイト)とかを見ていたんですけど。授業中にアイドルの画像を漁ったりとか。だから、私はこっち(ネット)の方がリアルだったんですよ。こっちの方が長時間だから。その世代なんです」という話が、とても印象的だった。ネットの方がリアルだと言い放ってしまえる潔さ。彼女はもう、自ら望まなくとも、とっくに時代を背負ってしまっているように思えた。
「"おめでとう"みたいな曲は、全部第1部でやってしまいました」と、ここでやっと、第2部は第1部とすべて違う選曲であることが明かされる。ライヴはもう終盤。ここでも、〈なんか違う 全部違う〉と繰り返し歌われる「本日の恋人」や「109回目の結婚式」など、貴重な曲が披露された。終わってしまうのが名残惜しいかのように、曲が終わってもギターをしばらく鳴らし続ける。しばらくすると、ラストの曲「PINK」がはじまった。途中でマイクを外して、ギターを抱えながら吐き出すように叫ぶ。演奏を終えると、「ありがとうございました」と笑顔で挨拶。大きな拍手に包まれた。
この時点で、時計は23時55分。しばらく大森のトークが続く。24時前、10秒前からカウント・ダウン。24時になった瞬間、祝福の拍手が場内に鳴り響いた。「ラジオが好きなので、26歳はラジオができるようにがんばります。ありがとうございました。大森靖子でした」と眩しい笑顔で話し、第1部からトータルで4時間以上続いたライヴは終了した。その後も、終電を諦めた猛者たちによるチェキの撮影会などが深夜まで続いた。ちなみにこのあと、大森は朝までスタジオがあるとのこと。この人はどこまでタフなのだろうか。
毎月開催している円盤での恒例イベントであることや、「大森靖子生誕カウントダウン」と題されていることもあり、本当に大森を好きな人ばかりが集まっていることがわかる、とても和やかで暖かい空気のライヴだった。大森自身もそれを感じているようで、いつもよりも饒舌で、終始見せていた柔らかい笑顔が心に残っている。また、38曲にも及ぶセットリストのなかには、普段のライヴではあまりやらないレアな曲も多く含まれていた。筆者がはじめてライヴで聴く曲もいくつかあった。入場時のプレゼントやチェキ撮影などもあり、こちらの方がいっぱいプレゼントをもらってしまったようなライヴだった。どさくさにまぎれて撮ってもらった2ショットチェキは、家宝にしようと思う。大森には、いつまでもこんな愛のある空間のなかで歌い続けてほしいと思った。とても暖かい気持ちにさせられるライヴだった。あの場にいた誰もが、きっとこう思っているだろう。大森靖子と同じ時代を生きられて幸せだ。26歳、おめでとう。
文 : 前田将博
写真 : 二宮ユーキ
セットリスト
大森靖子月例実験室 大森靖子生誕カウントダウン 第一部
1. ハンドメイドホーム
2. 新宿
3. Over The Party
4. 君と映画
5. 婦rick裸にて
6. エンドレスダンス
7. 魔法が使えないなら
8. あたし天使の堪忍袋
9. PS
10. hayatochiri
11. あまい
12. W
13. あれそれ
14. お茶碗
15. KITTY'S BLUES
16. サマーフェア
17. 展覧会の絵
18. 最終公演
19. さようなら
20. 背中のジッパー
大森靖子月例実験室 大森靖子生誕カウントダウン 第二部
1. 秘めごと
2. パーティードレス
3. コーヒータイム
4. キラキラ
5. 高円寺
6. 青い部屋
7. 歌謡曲
8. 絶対彼女
9. ぱるるの小包
10. 音楽を捨てよ、そして音楽へ
11. 東京地下一階
12. ファミレス
13. 赤い部屋
14. I love you
15. 夏果て
16. 本日の恋人
17. 109回目の結婚式
18. PINK
生誕日9月18日にOTOTOYでリリースされた音源がこちら!!
大森靖子 / 大森靖子 at 富士見丘教会(DSD 5.6MHz+HQD ver.)
【配信形態/価格】
DSD 5.6MHz+HQD(24bit/48kHzのwav) まとめ購入のみ 1,500円
※教会での録音風景の写真をまとめた歌詞入りブックレット付き
【Track List】
01. 赤い部屋 / 02. サマーフェア / 03. プリクラにて / 04. ひかる一秒 / 05. 歌謡曲 / 06. 剃刀ガール / 07. さようなら / 08. 青い部屋
All Songs & Lylics 大森靖子
Recorded & Mixed by 奥田泰次、米田聖(studio MSR)
Recorded at 下北沢 富士見丘教会Mastered by 木村健太郎
Mastered at kimken studio
Clarity operator 大澤康祐(G-ROKS)
All photos by 木村泰之
Produced by OTOTOY
OTOTOY 飯田仁一郎、梶山春菜子、高橋拓也
Supported by KORG INC.
Special thanks to 前田将博、二宮ユーキ、standards INC.
過去作&関連作はこちら
PROFILE
大森靖子
1987年生まれ。はっきりと自我を自覚したとき、既に少女性を失っていた劣等感とそうさせた世の中への苛立ちにより、表現活動を始める。楽曲のポップさと世相を反映した不安定さ、老婆のような悟りと子どものような無邪気さがそれぞれ混在するライヴが圧倒的であると口コミでひろがり、ヒリヒリするのにかわいい! と徐々に支持を得る。2013年3月20日1stアルバム『魔法が使えないなら死にたい』を発売。5月13日に渋谷クラブクアトロでワンマン・ライヴを行う。