以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Penguin Random House, AI, and writers’ rights」という記事を翻訳したものである。
友人のテレサ・ニールセン・ヘイデンは、名言の宝庫だ。「他人の夢の中で自分が何をしたって責任はない」もその一つだが、私が最も気に入っているのは、Napster時代の「あなたが彼らの味方だからって、彼らがあなたの味方とは限らない」だ。
当時、レコードレーベルはNapsterを目の敵にしていた。多くのミュージシャンもそうだった。ミュージシャンたちがファイル共有に反対する法的・広報キャンペーンでレーベルの側に立つと、彼らはレーベルの主張に法的・社会的な正当性を与え、最終的にそれは勝利を収めた。
ところが、レーベルはミュージシャンの味方ではなかった。Napsterの消滅と、それに伴うインターネット音楽配信のブランケットライセンス制度(ラジオ、ライブ演奏、店舗や会場での BGM と同様のシステム)というアイデアの終焉により、新しいサービスが運営するには必ずレーベルから許可を得なければならなくなった。
この時代の到来は、レーベルにとって極めて好都合だった。ユニバーサル、ワーナー、ソニーの3大レーベルカルテルは、Spotifyのような企業に条件を指図する立場にあり、何十億ドルもの価値を持つ株式を譲渡させ、Spotifyが運営する使用料スキームを共同で設計した。
Spotifyの支払いについて知っていることがあるとすれば、おそらくこうだろう。アーティストにとってとんでもなく不利だということだ。これは事実だ。だが、それは3大レーベルにとって不利だということを意味しない。3大レーベルは毎月保証された支払いを受け取っている(その多くは「帰属不明の使用料」として計上され、レーベルが自由に分配・保持できる)。さらに、人気のプレイリストに楽曲をタダでねじ込めるし、他にも様々な便宜を受けられる。おまけに、アーティストへの超低額の支払いは、Spotifyの株式がレーベルにもたらす価値を高める。Spotifyが音楽に支払う金額が少ないほど、投資家の目には魅力的に映るからだ。
3大レーベル(合併祭りのおかげで、過去に録音された全レコードの70%を所有している)は、これらの低ストリーム単価の不足分を保証された支払いとプロモーションで補っている。
一方、残り30%のインディーレーベルとミュージシャンは蚊帳の外だ。彼らは3大レーベルと同じ1ストリームあたり数分の1セントの使用料スキームに縛られているが、月々の巨額の現金保証はなく、3大レーベルならタダでねじ込めるプレイリストに載せてもらうには金を払わなきゃならない。
自分が彼らの味方だからって、彼らが自分の味方とは限らないのだ。
https://pluralistic.net/2022/09/12/streaming-doesnt-pay/#stunt-publishing
極めて重要かつ実質的な意味で、クリエイティブワーカー(作家、映画製作者、写真家、イラストレーター、画家、ミュージシャン)は、作品を市場に出すレーベル、エージェンシー、スタジオ、出版社と同じ側にいるわけではない。これら企業は慈善事業ではなく、利益の最大化に動機づけられている。そのための重要な要素の一つがコスト削減だ。当然、我々の仕事への支払いをいかに減らすか、ということも含まれる。
この事実はしばしば見逃されている。なぜなら、巨大エンターテインメント企業で働く従業員は我々の階級の味方だからだ。作者への支払いを抑制しようとするのと同じ衝動が、エンターテインメント企業がエディター、アシスタント、広報担当者、メールルームのスタッフへの支払いを考える際にも働いている。それに、彼らはクリエイティブワーカーが日々接する人々であり、概して彼らは我々の味方だ。そのため、我々の味方である彼らと、彼らの雇用主が混同されやすいのである。
この階級闘争は、クリエイティブワーカーと我々の出版社、レーベル、スタジオなどとの関係において不変の事実というわけではない。エンターテインメント企業が数多く存在するなら、彼らは我々の仕事(そしてその仕事を市場に出す労働者の労働)をめぐって競争が起こり、それが我々の作品が生み出す利益から分配される我々の取り分を増やす。
ところが、あらゆる業界で極度の市場集中が起こっている。エンターテインメントも例外ではなく、5つの出版社、4つのスタジオ、3つのレーベル、2つのアドテク企業、そしてすべての電子書籍とオーディオブックを支配する1つの企業と取引せざるをえない。この集中は、アーティストがエンターテインメント企業とまともに交渉することをはるかに困難にしている。その結果、エンターテインメント企業はクリエイティブワーカーとは共有されない市場優位性を獲得しているのだ。つまり、あなたの業界がカルテルに支配されているなら、あなたは彼らの味方かもしれないが、彼らはほぼ確実にあなたの味方ではない。
今週、人類史上最大の出版社であるペンギン・ランダムハウス(PRH)が、AIトレーニングを禁止するために著作権表示を変更したというニュースが話題になった。
著作権ページに以下の文言が追加された。
本書のいかなる部分も、人工知能技術やシステムのトレーニングを目的として使用または複製することはできない。
多くの作家たちは、この動きをクリエイティブワーカーの権利がAI企業に勝利したと理解して称賛した。AI企業は、我々を解雇してアルゴリズムに置き換えられるという約束を掲げ、数千億ドルを調達してきた。
しかし、これを称賛する作家たちは、自分たちがペンギン・ランダムハウスの味方だからといって、PRHが自分たちの味方だと思い込んでいる。PRHがAI企業による彼らの作品の無断使用と戦うなら、PRHは自分の作品でAIをトレーニングすることを一切許可しないだろうと早合点しているのだ。
実にナイーブな見通しだ。それよりはるかに可能性が高いのは、PRHが所有する法的権利を利用して、我々が書いた本でチャットボットをトレーニングするライセンスをAI企業に売りつけることだ。そうなったとしても、PRHがボットのトレーニングホッパーに投入される本を書いた作家たちとライセンス料を分配する可能性は極めて低い。また、PRHがチャットボットの出力を使って我々の賃金を侵食したり、我々を完全に解雇してAIのデタラメに置き換えようとする可能性のほうがよほど高い。
これは推測だが、情報に基づいた推測である。注目すべきは、PRHは、著者がチャットボットのトレーニングに自分の作品が使われることを阻止する契約上の権利を盛り込むとは発表していないことだ。また、著者にトレーニングライセンス料を分配するとも、我々の作品でトレーニングされたボットが生成したものからの収入を分配するとも発表していない。
実際、私が新人作家だった頃に栄えていた30社ほどの中堅出版社が、今日の業界を支配するビッグ5に収斂していくにつれ、彼らが提示してくる契約は、作家にとって着実に、そして顕著に悪化してきた。
https://pluralistic.net/2022/06/19/reasonable-agreement/
これは全く驚くべきことではない。どんなオークションでも、目を真っ赤にした入札者が多ければ多いほど最終価格は高くなる。我々の作品に30の入札者がいた時代には、現在の最大5人の入札者しかいない時代よりも、我々は平均してより良い取引ができていたのだ。
当然、ペンギン・ランダムハウスはそれは違うと主張する。PRHがSimon & Schusterを買収しようとしていた頃(それによってビッグ5出版社をビッグ4に減らす)、彼らは自分たち自身が競合し続けると言い張った。Simon & Schuster(PRHの一部門)の編集者が、ペンギン(PRHの一部門)やランダムハウス(PRHの一部門)の編集者と競合して入札する、と。
バカバカしいにもほどがある。スティーブン・キングが合併に反対して証言した際(その後、合併は裁判所に阻止された)にこう言った。「夫婦がそれぞれ同じ家に入札するようなものです。非常にジェントルマン然として、『どうぞ』『お先に』というような感じでしょうか」。
https://apnews.com/article/stephen-king-government-and-politics-b3ab31d8d8369e7feed7ce454153a03c
ペンギン・ランダムハウスが人類史上最大の出版社になったのは、他社より素晴らしい本を出版したからでも、他社より良いマーケティングをしたからでもない。他社を買収することでその規模を獲得したのだ。実際、この企業はかつて独立していた数十の出版社からなる一種のコロニー生命体だ。その買収の一つ一つが作家の交渉力を弱めていった。PRHでは書いていない作家でさえも影響を受けている。信頼できる入札者がPRHの企業ポートフォリオの中に消え去れば、どこに作品を売るにしても、潜在的な入札者が減るからだ。
PRHが、自分の作品をAIトレーニングに使用することを禁止する権利を作家に与える契約を提示してくるとは思えない。この予測は、ビッグ5の他の2社の出版社との直接の経験に基づいている。彼らはこれをきっぱりと拒否し、そんな契約を望むのなら取引はナシだと作家に告げたことを私は知っている。
ビッグ5の契約条件は驚くほど似通っている。あるいは、似ていて当然とさえ言えるかもしれない。集中化された業界では行動様式が収束していくからだ。ビッグ5はそれぞれ十分に似通っているので、作家がビッグ5出版社のどれか一つでも訴えれば、他の出版社からもブラックリストに載せられることになると広く理解されている。
ビッグ5の1社が私から1万ドル以上をかすめ取ったとき、私のエージェントがそうアドバイスしてくれた。あるプロジェクトに関わっていた人物が手を引いたために、出版そのものがキャンセルになったのだが、私の契約書に明記されていたキルフィー(訳注:出版社都合で原稿が出版されなかった際の保証報酬)から5桁を差し引いた。そうできると踏んだからだ。私のエージェントは、確かに訴訟には確実に勝てるが、訴えればキミのキャリアは終わりだと言った。ビッグ5すべてから嫌われることになるのだから。
ペンギン・ランダムハウスの新たな著作権表示を歓迎する作家たちは、これでAIに取って代わられることはなくなると胸をなでおろしているのかもしれない。
https://pluralistic.net/2023/02/09/ai-monkeys-paw/#bullied-schoolkids
だが、それは事実ではない。ペンギン・ランダムハウスにAIトレーニングのライセンス料を請求する権利を与えても、ペンギン・ランダムハウスが我々の食い扶持を削ったり、我々をクビにするためにAIを使うリスクを減らすことにはならない。
だが、それを望むなら別の道がある! 米国著作権局は、AIが生成したものは著作権で保護されないとする一連の裁定を下し、それは裁判所によっても支持されている。著作権は法令と国際条約により、人間の創造性に基づく作品に留保された権利だ(だから「猿の自撮り」は著作権で保護されない)。
https://pluralistic.net/2023/08/20/everything-made-by-an-ai-is-in-the-public-domain/
他の条件がすべて同じであれば、エンターテインメント企業はクリエイティブワーカーへの支払いをできるだけ少なく(あるいはゼロに)したがる。彼らはアーティストの報酬を減らすことに並々ならぬ執着を見せているが、それでも、自分たちがリリースする作品を誰がコピーでき、販売でき、配布できるかをコントロールすることへの執着のほうがはるかに強い。
つまり、「もうアーティストに金を支払わずにすむ」という選択肢と「誰もが我々の製品を販売したりタダで配れるようになって、一銭も得られなくなる」という選択肢の二択を迫られれば、エンターテインメント企業は二つ返事でアーティストに金を支払うだろう。
AIが吐き出したゲロ(slop)でペテンを働いてアートコンテストに優勝し、その後に「自分の」絵をコピーするなと喚き散らして笑い者になったアホのことを覚えているだろうか。そのゲロ作品を自分で描いたふりをした最初の詐欺なんかより、そのゲロ作品が著作権に値するというその男の主張の方がはるかに危険なのだ。
もしPRHが、著作権局のAIの著作物性に関するケースに介入し、AI作品は著作権の保護を得られないと主張するのであれば、それこそが我々が彼らの味方でありかつ彼らが我々の味方だと言えるだろう。彼らが「AIに著作権なし」を支持する法廷助言書やパブコメを提出する日が来たら、私は天に向かって彼らを称賛するだろう。
しかし、PRHが著作権表示を変えたところで、作家の経済状況が改善することはない。作家にAIトレーニングをコントロールする権利を与えても、PRHをはじめとする巨大エンターテインメント企業が我々の作品でAIをトレーニングするのを止めることはできない。彼らはただ「もしあなたの作品でAIをトレーニングする権利を譲渡してくれないなら、我々はあなたの作品を出版しない」と言うだけだ。
自分の作品がどれだけ搾取されるかの最大の予測因子は、アーティストがどれだけの排他的権利を持っているかではなく、どれだけの交渉力を持っているかだ。5つの出版社、4つのスタジオ、または3つのレーベルと交渉する場合、たとえ議会や裁判所が新たな権利を与えてくれたとしても、その権利は次の契約交渉で彼らに譲渡される。
レベッカ・ギブリンと私が2022年の著書『チョークポイント資本主義』で書いたように。
クリエイティブワーカーにより多くの著作権を与えればいいという考え方は、いじめられっ子にもっと昼食代を持たせてやろうというのに似ている。どれだけ昼食代を与えても、いじめっ子たちがすべて取り上げてしまう。子供の昼食代もっと増やしてあげても、いじめっ子たちはそのお金を校長への賄賂にまわして、目をつぶってもらうことができる。その子供にもっともっと昼食代を持たせてやれば、いじめっ子たちはお腹をすかせた可哀想ないじめられっ子の昼食代をもっともっともっと増やしてあげようと訴えるグローバルキャンペーンを開始できるようになるのだ!
https://chokepointcapitalism.com/
合併と統合の新自由主義時代を通じてクリエイティブワーカーの先行きに暗雲が垂れこめるにつれ、我々は強力な交渉力ではなく、強力な著作権のためのキャンペーンに目を奪われてきた。
ただ、我々に強力な交渉力を与える著作権政策は存在する。AI作品が著作権取得を禁止すれば、我々はもっと強力な交渉力を手にすることができる。つまるところ、AIが我々の仕事をできないという事実は、我々のボスがAIの営業マンにそそのかされ、我々を解雇して無能なAIに置き換えることを防ぐものではないのだ。
https://pluralistic.net/2024/01/11/robots-stole-my-jerb/#computer-says-no
さらに「著作権の終了権」もある。1976年著作権法の下では、クリエイティブワーカーは35年後に自分の作品の著作権を取り戻すことができる。たとえ著作権の全期間を譲渡する契約にサインしていても、だ。
https://pluralistic.net/2021/09/26/take-it-back/
ジョージ・クリントンからスティーブン・キング、スタン・リーまで、クリエイティブワーカーはこの権利を金に変えてきた。これは著作権の保護期間延長とは違って、交渉の余地のない契約条項を盾にエンターテインメント企業に吸い上げられることのない権利だ。我々は著作権保護期間の延長を求めて出版社と共に戦うのではなく、著作権の終了権を取得するまでの期間を短縮するために戦うことができる。例えば、人気の書籍や楽曲、映画、イラストを14年後に取り戻す権利(これは元々の米国著作権システムでそうだった)を求め、リスクのない証明済みの成功作品を取り戻すことができれば、その再販売によってより多く利益を手にできるだろう。
そうなるまでは、あなたが彼らの味方だからといって、彼らがあなたの味方とは限らないことを覚えておいてほしい。彼らはAIのゲロ作品があなたの賃金を減らすのを防ごうとしているのではない。彼らのAIのゲロ作品によってあなたを確実に失業させたいのだ。
(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)
Pluralistic: Penguin Random House, AI, and writers’ rights (19 Oct 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: October 19, 2024
Translation: heatwave_p2p