「十三夜の面影」17
会社帰りに早速香水を買ってきた。
エルメスの「ナイルの庭」という香水だ。
香水を良く知らないので、店員に柑橘系の香水を聞いたら勧めてくれた。
「柑橘系のグリーンマンゴーをはじめ、
フレッシュな香りをベースにしたフルーティ、
グリーン、ウッディノートのユニセックスな香りですよ。」
「それだったら、嗅がせて下さい。」
少しとって、香りを嗅がせてもらった。
「香りをかいだだけでゆったりと流れるナイルのほとり、
クレオパトラも愛でたかもしれない睡蓮の美しい風景が
イメージできませんか。
自然をそのまま切り取ってきたわけではないのに、
人工的な無機質さを感じさせないんですよね。」
あまりにも流暢な説明にうなずくしかない。
そう言われれば、そんな感じがするかも。
微笑む店員に手渡された「ナイルの庭」を
それこそ自然に受け取って、買ってしまった。
結構いい値段したが、かぐや姫は高貴だからな。
はやく帰って、身に付けて貰いたい。
「お帰りなさい!」
いつもより、歓迎してくれてるような・・・。
彼女に小さな包みを見せながら、
「これなんだ?」と聞くと、
「香水でしょ。」と即答。
やっぱり待ってたのか。
「嬉しいな。どんな香水?」
手渡すと、包み紙を開けるのもまどろこしっそうに
香水を取り出す。
「素敵な香水ね。付けてみていい?」
「いいよ。」
僕の返事も聞かずにつけてるじゃないか。
あまりの性急さに思わず笑ってしまう。
手首につけて、香りをかいでいる。
「なんか、夢の世界に誘われるみたい。」
僕は店員に教わったうんちくを並べるが、
彼女は本当に夢の世界に行ってしまって、
ろくに聞いていない。
やっと戻ってきたようだから、
「マリリンモンローという女優は、
シャネルの5番ダフィネだけを身に着けて眠ったんだって。」
という話をすると、
「素敵ね。私もやってみようかしら。」
目をキラキラさせて、無邪気に言うのだ。
「香水以外は何も身にまとわないんだよ。」
念押しすると、素直にうなずく。
今までずっと我慢してきたのに、
ますます厳しいよ。
これでは蛇の生殺しだよな。
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