その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は古屋星斗さんの『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか “ゆるい職場”時代の人材育成の科学』です。

【はじめに】

 若者の育成が難問となっている。筆者もその難しさを痛感する場面がいくつもある。
 これは、とある場で会った大学4年生Aさんと筆者の会話だ。

筆者「就活は終わった感じですか? ちょうどAさんは入学直後にコロナ禍もあったし、大学もオンラインになって、〝ガクチカ〞(※学生時代に力を入れていた活動。就活用語)を書くのが大変だったんじゃないですか?」
Aさん「ガクチカが書けない……? そういう人もいるみたいですね。なんかニュースで流れていたのを見たような気がします。でも大学がオンラインになったことと関係があるんですか?」

 もちろん筆者が想定していたのは、

●学校、コロナから正常化模索 就活は「ガクチカ」問わず(日本経済新聞、2023年4月26日付)
●「ガクチカ」聞きません 日立、コロナ禍配慮し面接(朝日新聞、2023年3月21日付)

 といった就活関連の報道でもひかれていた、「コロナ禍で様々な活動が制約された大学生」というイメージだ。
 ガクチカが書けなくて大変だったね、そんなことを何気ない世間話のひとつとして聞いたときの素朴な反応があまりにも意外だったので強く印象に残っている。
 それは、「オンラインでなんでもできたからこそ充実した大学時代」が背景にある、素直なリアクションだったのだといまならわかるが、その場ではギクシャクとしてしまった。

 また、とある地方都市に行った際に自社の若手について語る経営者の声。
「自分がもともと考えていた若者はこうだろう、という考えが今年入社してきた2人と話すと、それが全く違っていて。入社の歓迎会なんかも〝会社で飲み会なんて嫌だろう〞と思い、やっていなかったんです。そうしたら、若手のほうから『やりましょう!』と提案されたんです。コロナで中止していた社内イベントも再開しようと企画してるみたいで。ちょっとした話ですが、若者、と一括りにしていたら、大きなエネルギーを見落としてしまうんだなと感じています」

 難しさは数字からも感じる。とあるインフラ系の大手企業で筆者が管理職研修を行った際に、「若手育成に課題を感じる」と答えた受講者は、数百名のうち96.5%に達していた。
 別の調査では「このままでは部下の若手が離職してしまう」と日々感じているマネジャーは、65%と3人に2人に上った。さらに2023年の民間調査報告によれば、若手の離職に対して「課題感がある」「やや課題感がある」の合計は63%と、6割以上に達していた。
 筆者のもとに、大手企業・中小企業問わず、若手の定着や育成に関する相談が多数寄せられ、こんなに有名な企業でも悩んでいるのかと驚くことも多い。各地の商工会などで話をすることもあるが、若手の採用と育成で悩んでいない企業はいないのではと思わされるほど、経営者は直面する若手との関係に四苦八苦している。
 残業をしない、人付き合いをしない、会社が嫌なら辞めればいいと思っている、でも安定したいと言う……。若者に対するそんな企業の声を聞かない日はない。

 しかし、なぜ若手の定着や育成でこれほど悩むようになってしまったのか。

 いきなり結論から言うようだが、その理由は2つに集約されると考えている。
 ひとつは「若手の仕事・キャリアに関する考え方の多極化」。もうひとつは「職場環境の劇的な変化」である。

 働き方改革を経て日本の職場は急激に変化しつつある。結果、労働時間が短くなったり、ハラスメントが無意味で害があることと認知されたり、労働環境が良くなっていったのは間違いなく良いことだ。
 しかしその変化によって、職業人生のはじまりの時期に大切な〝質的負荷〞(詳しくは第6章)が職場から失われつつある。
 筆者は、これをいち早く肌で感じ不安視した若手層が「職場がゆるくて辞めている」という事実を指摘し、「きつくて辞める」層とは異なる理由での離職現象が起こっていることを取り上げた(拙著『ゆるい職場―若者の不安の知られざる理由』中央公論新社、2022年)。
 質的負荷が低下しているという職場の現状をほっておくと、どうなるか。筆者が強く懸念するのは、若手を育てるために「ふるい職場」に戻すべき(長時間職場に囲い込んでOJTで育てるべき)では、という逆流のムーブメントが起こってしまうことだ。
 働き方改革後の職場にフィットした新しい育て方をセットできなければ、いずれ「やはり『ふるい職場』に戻すべきだ」という意見と、「そうではない」という意見で甲論乙駁(こうろんおつばく)の神学論争になってしまう。
 本書の筆をとった目的は、日本の職場を「ふるい職場」に戻すことなく、「ゆるい職場」時代の新しい育て方を確立するための方向性を示すことで、社会全体の議論を前に進めることにある。
 進行中の働き方改革と、本書が提唱する「育て方改革」が2つ合わさって、はじめて若手が本当に活躍できる職場となるのだ。

 その大前提として、若手の仕事・キャリアに関する考え方の多極化、そして職場環境の劇的な変化、それぞれの状況を本書の第1章と第2章でデータに基づいて紹介する。
 冒頭の大学生Aさんと経営者の方の話は、多極化した若者自身ですら「若者の考え」がわからなくなっている率直な状況や、職場環境が変わりすぎて(周りの大人も変わりすぎて)若者の意外な反応にびっくりする企業の素直な気持ちが表れている。

 もちろん、筆者は「若者は実はみんな飲み会をしたい」とか「実はみんなガツガツしている」とかそういうことを言いたいわけでは全くない。
 現代の若者の仕事やキャリアに関する考え方の広がりをコミュニケーションによって理解することなしに、また、その理解を難しくしている背景にある職場環境の変化を理解し「育て方改革」に着手することなしに、若手と企業の新しい関係の構築は難しいと考える。
 若者への忖度(そんたく)と、〝わがまま〞に付き合い疲れた先に未来はないのだ。

 職場運営法改革によって若手を取り巻く職場環境が大きく変わった。だからこそ、いままでの育て方とは異なる発想で、若手育成を行う必要があるのだ。

 それでは、「若者論」を超えた、新時代の若手育成論を始めよう。


【目次】

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]

「日経BOOKプラス」2023年11月24日掲載記事を転載