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バックナンバー:2013年07月17日 配信号 収録

travel 雄弁な沈黙――戦争を語りつぐ場所・しょうけい館

夢を見ました 倅(せがれ)の夢を
肩をたたいて くれました
骨になっても
母を忘れぬその優しさに その優しさに
月がふるえる 九段坂
 (『靖国の母』二葉百合子 作詞・横井弘)

九段といえば靖国神社。その靖国神社に今年も「みたままつり」がやってきた。先週末の13日から16日まで。冬の新宿酉の市と並んで、東京都内では「見世物小屋」が出る唯一の夏祭りということで、毎年楽しみにしているマニアの方も多かろう。日本歌手協会の超ベテラン歌手たちによる、能楽堂での「奉納特別公演」というフリーコンサートが、僕にはいちばんの楽しみだ。

その九段かいわいには、戦争関連展示施設が集中していることをご存知だろうか。靖国神社の境内には「遊就館」という軍事関連展示場があるし、九段下の交差点近くには昭和10年ごろから30年ごろまで、戦中戦後の昭和の暮らしを展示する昭和館がある(厚労省所管)。

昭和館のすぐ先には東日本大震災で廃館になってしまった九段会館(旧・軍人会館)がいまだそびえたっているし、北の丸公園を挟んだ番町側には35万柱余の戦没者遺骨を安置する千鳥ヶ淵戦没者墓苑(国立)もある。そしてもっとも知られていないのが、九段下の交差点を挟んだ神田側のビル街に隠れる「しょうけい館」だろう。


バブル前の神田神保町界隈を思わせる古屋が残る九段下の一角

昭和館、それに西新宿住友ビル内の平和祈念展示資料館とあわせて、都心部の戦争関連展示施設として、3館スタンプラリーなども夏休みごとに開催されるしょうけい館。ちなみに「しょうけい」とは語り継ぐという意味の「承継」から来た館名。昭和館が戦中・戦後の日常生活に重点を置き、平和祈念展示資料館が戦争体験を語り継ぐ場、とされているのに対し、しょうけい館のほうは別名に「戦傷病者史料館」とあるように、あくまで戦争によって負傷した戦傷病者とその家族の人生を描き出すことで、戦争の悲惨さを訴える史料館なのだ。


地味なビルの、地味なエントランスの奥に、これほど充実の展示が隠れていようとは

そもそも1998(平成10)年に「戦後半世紀以上が経過し、戦傷病者及びその妻の高齢化が進み、これらの者が体験した戦中・戦後の労苦の記憶が風化しつつあることから、同年夏、(財)日本傷痍軍人会よりこれらの者が体験した労苦を後世代に伝えることを目的とした戦傷病者等労苦継承事業(仮称)の実施について要望が出された」(公式サイトより、以下同)ことがきっかけで、2006(平成18)年に開館したもの。その目的とは――

しょうけい館(戦傷病者史料館)は、厚生労働省が戦傷病者等の援護施策の一環として、戦傷病者等が体験した戦中・戦後の労苦を後世に語り継ぐ施設として平成18年3月に開館した国の施設です。

常設展示室では、戦地で受傷した時身につけていた実物資料や医療、更生などの様々な資料、写真、映像、体験記などで構成し、体験記を基にある兵士の足跡を辿る形で、入営から戦場での受傷、戦地医療、内地での療養、社会復帰、そして現在まで、その折々に体験された戦傷病者のご苦労をお伝えしております。


1階の資料展示コーナーから。右が「傷痍軍人手牒」、左の「傷痍軍人会会員章」は、いまも旧家の玄関先に見ることがある

館の運営は、厚生労働省から財団法人日本傷痍軍人会が受託し、世界の平和に向けたメッセージを発信することを目指しております。また、これから、書籍等の収集にも努め収蔵図書を充実させたいと考えております。

無料観覧となっております。皆様方お気軽にご来館ください。


日露戦争時に、渋谷に設置された「廃兵院」が傷病兵保護の始まり


廃兵院は1934(昭和9)年、傷兵院と改称され、小田原に移転した

九段下の交差点から徒歩わずか1分かそこら、まだ昭和ふうの看板建築がちらほら残る裏通りのビル。けっしてわかりやすくはないエントランスをくぐれば、そこが1、2階あわせて700平米という、しょうけい館の小規模な展示空間だ。


資料図書閲覧コーナー






ふつうの図書館ではなかなか見かけない資料が書架を埋める


皇后陛下下賜の義肢


乃木大将が「手のない傷兵が自由にタバコを吸えるように」と、みずから図面を引き、自費で製作させ、負傷兵ひとりひとりに配って歩いたという「乃木式義手」

館内は1階が「体験者が語る映像やメッセージ、作品により戦傷病者とその家族のさまざまな労苦をお伝えします」ということで、映像シアターやメッセージ・ボード、図書資料コーナー、さらに企画展示コーナーがあり、ここでは小さいながらもなかなか興味深い企画展が開催されている。


「戦傷病者の写真展」「軍医が語る戦時救護」「戦盲」など、興味深いテーマの企画展示がパンフレットになっている。かなり読み応えあり


現在展示中の「武良茂(水木しげる)の人生」。ラバウルで片腕を失った戦争体験が、水木漫画の原点であることは言うまでもない。貴重な肉筆資料で戦中・戦後の体験を振り返る

現在は『武良茂(水木しげる)の人生』と題された、一兵士武良茂の戦争体験をスケッチや葉書などで描き出す企画を展示中で、こんなところで水木しげるの肉筆に出会えてびっくりした。体験者たちのメッセージ・ボードにも、胸を打つ短歌が並んでいたりして、思わず足が止まってしまう・・・。

華やかに飾るウインドの前にしていたいたし傷兵の銭乞う姿  石川信

戦盲の我に絵本を読めと言ふ二歳の孫を強く抱きしむ  山梨県・井上伴造

気荒なる衛生兵に殴られしとマラリア患者の呻きが聞こゆ  新潟県・高橋治三郎

半人前も出来ぬ仕事としりながら義足の足に地下足袋をはく  群馬県・品川時次郎




傷兵と家族の労苦を込めた短歌が並ぶコーナー

いっぽう2階は「体験者の証言をもとに、戦場で負傷したある兵士の足跡を辿る形で戦傷病者とその家族の労苦をお伝えします」となって、徴兵制の解説から赤紙、入隊、出征、戦地での生活と負傷、本国への帰還、療養生活と、戦後にかけての社会復帰の労苦・・・と、傷病兵の半生をなぞるかたちでの展示が展開していて、これが非常に興味深い。


2階展示室――「戦争により 傷を受け 病にかかり 生涯にわたって ご苦労された人々が 数多くいます  これらの人々から寄せられた証言をもとに ある兵士の足跡をたどる形で 語り継ぎます」


出征の様子から物語が始まる


徴兵検査の解説


慰問袋、戦地からの葉書、軍馬の給餌袋まで


戦地の日常をかいまみせる展示品。飯盒、椰子の実で作った水筒、ズックのバケツは軍馬の給水袋


眼鏡を貫通した銃弾――「意識不明のまま 野戦病院へ運ばれ 頭部まで達した弾の摘出を受けた。軍医に「メガネをかけていなかったら 即死の可能性があった」といわれた」


タバコケースを貫通した銃弾――「体内に入った弾は 脊椎の近くにあり 摘出できなかった。「私が死んだら 弾を摘出してほしい」。生前の願いは 火葬場で果たされた」


ジャングルの野戦病院で摘出された銃弾


従軍看護婦のユニフォーム


衛生兵であった中野珪三氏が、ビルマ遠征時の体験を描いたスケッチ――「収容される傷兵は、手当を拒み、一杯の水を求めた。その水を飲み、兵士は絶命した」


「救護」と題されたジオラマ・コーナー。「野戦病院に移された 受傷した手と足が悪化し 切り落とされることになった 麻酔もなく 身体をおさえつけられて 激痛に耐えた いま 壕のなかにいる」

なかでも必見なのが展示室中央部に置かれた「野戦病院ジオラマ」。「南方で受傷した方々の体験と南方で医療活動に従事した経験を持つ元軍医、元衛生兵の証言に基づき構成した」という、かなり迫真の実物大立体展示。劣悪とかいう言葉では足りないほど、あまりに悲惨な戦争医療のありさまが暗い室内に浮かび上がり、息を呑む。こんなジオラマが、こんな都心のビルの一室にひっそりあるなんて・・・。










壕のなかの、急ごしらえの野戦病院を再現したジオラマ。迫真の出来!

戦争関連の博物館や史料館は、日本中にたくさんある。しかし、たしかに規模は小さく、訪れるひともまばらであるものの、これほど戦争の悲惨さをストレートに表現している展示施設は、日本国内でも珍しいはず。その意味でしょうけい館は貴重な存在だし、恐ろしいほどの勢いで右傾化が進む現在の日本にあって、もっともっと脚光を浴びなくてはならない施設だ。


「戦時下の療養生活」解説


恩賜の義眼


音賜の義足。背後の写真も興味深い


恩賜の義指


終戦から引き上げの様子


傷痍記章、証明書


傷痍軍人の社会復帰を呼びかけるポスター



傷痍軍人の生活を描いたコーナー。昭和40年代ごろまでは東京でも、渋谷や上野駅前など、傷痍軍人たちが坐って歌い、救けを乞う姿がふつうに見られた


傷痍軍人を抱えた家庭はどこも厳しい生活を強いられた。ついに布団まで質草にしたおりの質札。昭和34年、3500円とある


社会復帰を目指す傷痍軍人たちの労苦を描くコーナー


片足でペダルを漕げるように改造された自転車


リアルな証言が胸を打つ・・・

とりあえず、「日中開戦」とか勇ましいこと言ってる政治家や、煽ることしか知らないオヤジ週刊誌の編集者たちには全員、しょうけい館で半日過ごしてからいろいろ発言してもらいたい。しかしこの史料館、実はうちから歩いても行ける距離なのだけど、その存在すら知らず、本メルマガの去年7月11日配信号で紹介した「日本でいちばん展覧会を見る男」グッチ山口さんに教えてもらったもの。グッチさんの、守備範囲の広さにあらためて脱帽でした!

しょうけい館(戦傷病者史料館)
東京都千代田区九段南1-5-13 ツカキスクエア九段下
03-3234-7821
月曜休
http://www.shokeikan.go.jp

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